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第1節 

3 生活者の取り組みによる大きな力

 本節2(2)では、生活者自身の取り組みうる生活関連の環境負荷低減方策について紹介した。しかしながら、地球温暖化等の大きな環境問題に対しては、一人ひとりの取組は小さなものに見えてしまう上、生活関連の環境負荷を低減するためには、本節2(3)(4)で紹介した事業者や行政などの取組も必要である。こうしたことから、ともすれば「私一人が取り組んでも意味がないのではないか。」というように感じてしまう生活者もいるであろう。またこれまで行政側もこうした生活者の気持ちに対して「一人が一日に○○を行うと全国で××の効果があがる」という「ちりも積もれば山となる」式の回答しかできなかったのではないか。
 一人ひとりの取組の積み重ねは何より尊いものである。しかしながら、かつて公共投資の経済効果がその投資額にとどまらず、乗数効果により投資額の何倍もの経済効果を生み出すとされたのと同様、本来生活者の持っている力というのは、単に一人ひとりの直接的な取組の合計にとどまるものではない。以下に述べるような住民運動や消費者運動、また第1章で紹介したグリーン購入の取組に象徴されるように、生活者の意識や行動の変化は、直接・間接に他の生活者や事業者、行政を動かす。生活者の意識、事業者活動、行政の政策の変化は、互いに影響を与え合い、各主体の行動をさらに大きく変えていく。こうしたプロセスによって、生活者の意識・行動の変化は、最初の小さな動きからは予想もできないような大きなうねりをつくり出し、社会制度や産業構造を変え、新たな価値観に基づく経済社会を創造し得る力をも持っていると考えられる。
 ここでは、生活者が、消費の際の選択行動を通じて、また、より直接的に消費者運動等を通じて、環境に関わる制度や事業について行政や事業者に行使できる大きな力を、水質汚濁や廃棄物問題の事例により見てみよう。
(1) 生活排水による水質汚濁への取組−琵琶湖の富栄養化対策−
 昭和52年、琵琶湖に赤潮が発生した。赤潮は、琵琶湖周辺の住民をはじめ、関係各方面に大きな衝撃を与えた。それまでのPPM単位の微量な有害物質の濃度や有機汚濁の指数で語られていた琵琶湖の水質問題が、周辺に住む人々の目に見え、悪臭で感じられる形で現れてきたのである。
 赤潮の原因は、リン・窒素による富栄養化であり、リン・窒素の琵琶湖への流入量と発生源の内訳は、第3-1-31図の通りであった。
 琵琶湖の周辺では、昭和45年頃から、合成洗剤の主成分である界面活性剤による健康への影響と、当時の合成洗剤に含まれていたリンによる琵琶湖の富栄養化に対処するという観点から、合成洗剤の使用をやめ、粉石けんを使おうという運動が行われていた。
 こうした動きがこの赤潮の発生をきっかけに拡大し、消費者団体、婦人団体、生協、漁協、農協、労働団体、福祉団体、青年会議所など非常に幅広い層が参加する運動となった。粉石けんの普及率は赤潮発生前には10%(全国平均では当時7%)程度であったのが、昭和54年の春には40%を越えた(第3-1-32図(滋賀県内)、第3-1-33図(全国))。
 当時の滋賀県の武村正義知事は、この運動を「(前略)一方的に行政に要求をぶつける運動ではない。たとえ粉石けんの方が、負担や手間がかかっても、琵琶湖を守るために自らが決意し、率先して実践していかなければならない。その上で他の人々にも広く呼び掛けていくという運動である。自らの問題を自らの知恵と責任で解決していくという、自治の原点に立つ住民運動であり、同時に琵琶湖を守るという社会意識に目覚め、公共の目的を実現するために一人ひとりが行動を起こすという住民運動である。」(武村正義編著「水と人間−琵琶湖からの報告−」、昭和55年、第一法規出版)と捉えている。
 運動を行ってきた人々の側も「単に行政に向かって、赤潮を何とかしろという要求を突きつけるだけではなく、自分達が何を成し得るか」(「よみがえれ琵琶湖」、琵琶湖を考える会、昭和56年)という自問をしながら活動を活発化させていったという。
 こうした状況を背景に、昭和52年、滋賀県は、粉石けんの自主的な普及が50%を超えること、条例による合成洗剤の規制がやむを得ないとする世論が概ね3分の2を超えることの2つの条件が満たされれば、条例制定の具体的な検討に入るとした。昭和53年、科学技術庁が、合成洗剤の界面活性剤による健康への影響は、「適量であれば問題ない」との発表を行ったこと等から滋賀県は、富栄養化の観点に問題を絞り、昭和54年、有リンの合成洗剤の販売・使用を禁止すること等(このほか、工場・事業場からのリン・窒素の排出規制、農畜産排水及び家庭雑排水におけるリン・窒素の排出抑制等)を内容とする「琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例」を公布、翌年施行した。当初、条例化に反対していた合成洗剤製造業者は、この条例の影響が全国に及んでいく中で、相次いで無リンの合成洗剤を開発・生産し、また、粉石けんの生産を再開した。
 この事例では、一人ひとりの生活者が、実際の消費行動(滋賀県が条例検討の条件として掲げた粉石けんの自主的普及50%を達成)と行政・事業者に直接働きかける住民運動の両面で環境保全への姿勢を示したことが大きな力となり、行政の条例制定という強い手段につながり(「非常にダイナミックな住民運動に尻をたたかれて私ども行政側はみこしを挙げたようなものです」(武村前掲書))、さらに、事業者をも動かす結果につながった。
 また、琵琶湖へのリンの流入量にしめる合成洗剤の寄与の割合は、先に述べたとおり 昭和50年で18%、このほかは、家庭系のし尿及び雑排水や工業、農業、自然に起因するものであり、決して合成洗剤に関する取組だけで解決する問題ではなかったわけだが、それに対して、大きな運動が展開され、総合的な対策を含んだ条例制定という成果が得られたという点も注目に値する。
 平成6年版滋賀県環境白書では、この件について、「私たち県民は、豊かさや便利さを追求してきた生活感に反省を加え、行政、住民および事業者が一体となって、琵琶湖を守りその豊かな恵みを次の世代に引き継ぐことを決意したのであり、私たち県民の生活を支える環境を自らの意思と決意と努力で守るという、この条例制定に至る過程は、いわゆる「環境自治」といえるものであろう。ここで芽生えた「環境自治」の精神は(中略)今日まで脈々と継承されている」と総括している。
 琵琶湖の事例の問題の構造は、排出者が多数の生活者であり、一部の人々や行政等が危機感を持っている等の点では、現在の廃棄物問題、地球温暖化問題等のそれと全く同じである。ただこれらの問題では、琵琶湖の場合の赤潮に当たるような、目に見える「引き金」に欠けているのかもしれない。
 また、古来より琵琶湖と共に生きてきた「近江人」にとって、琵琶湖は周辺の人々の営みを映す鏡であり、「母なる湖」であった。そうした彼らであったからこそ、赤潮の発生を「琵琶湖が身をもって自分達の生活に警鐘をならしている」と切実に受け止めることができたのかもしれない。我々は、自分達の生活や健康が、地域の環境に大きく依存しており、また、地球が全ての人間にとって、かけがえのないものであることを思い返すとともに、直接自分の目には触れなくとも、メディア等を通じて様々なデータで示される警鐘に耳を傾ける必要があるのではないだろうか。
 (2)では、生活者の動きそのものが「引き金」になったと考えられる例を見てみよう。


(2) 廃棄物問題への取組
 牛乳パックに使用されている紙の量は約19万トン(平成8年度)で、我が国の紙の生産量の約0.7%を占めている。回収され、再生紙原料として使用される牛乳パックは約3.8万トン(平成8年度)、これは古紙使用量全体の約0.2〜0.3%である。これらの数字は大きなものには見えないが、牛乳パックは、ほとんどすべてバージンパルプから作られており、牛乳パックを作るために、年間179万本分の木材が使用されている計算になる。我が国では、使用済みの紙類については、従来から、市町村や集団回収、古紙回収業者等により、回収・再利用されていた。しかし牛乳パックは、資源としては引き取られず、廃棄物として、焼却、埋立等の処理をされていた。
 牛乳パックの回収運動は、昭和59年、山梨県大月市の主婦のグループが、「使い捨ての生活を見直し、物を大切にする習慣を身につけよう」と、子供の教育の面に主眼において、活動しはじめたのが最初といわれている。早くも翌年には東北、関東、東海、九州の11団体により「全国牛乳パックの再利用を考える連絡会」(略称「全国パック連」)が結成されている(現在、全国パック連には、200団体以上が加盟している。)。
囲み3-1-10 廃油石けん
 台所で使用した油は、そのまま流すと水質汚濁の原因となるが、この廃油を回収し、これを原料として粉石けんを作る運動が、水質汚濁が問題となった琵琶湖の周辺や手賀沼の周辺など各地で行われている。これは、水質汚濁の原因を除去するとともに、再生した粉石けんを利用することにより、さらに水質汚濁対策に寄与するものと言える。
 我が国の廃油のフローは、図の通りであり、再生された粉石けんに対する需要があれば、原料として回収できる廃油の方は潜在的にかなりあると考えられる。


 こうした回収運動の広まりに呼応し、パックを再生紙の原料して受け入れる製紙会社も徐々に増え、さらに、昭和62年には、東京都の大手スーパーの支店が、地域の消費者の声に応え、店頭でのパックの回収を開始した。現在では、多くのスーパー等の店頭にパックの回収箱が置かれており、また、普及啓発活動や公共施設でのパックの回収を行う地方公共団体も多い。
 こうした回収運動の盛り上がりを受けて、平成9年に施行された「容器包装リサイクル法」では、ビン・カン等とともに、牛乳パックは分別収集の対象となり、住民、事業者、行政の三者の役割分担が法律に明記された。
 この事例は、一部の主婦の運動が、製紙会社、スーパー等の事業者、行政を動かして協力体制を築きあげ、廃棄されるだけであった物の回収・再利用のルートを創り出し、最終的には、法律で分別収集の対象として位置付けられたというものであり、生活者の持つ大きな力を示した象徴的な例と言える。
 ここで見たように、生活者は、その商品選択行動、また、直接的な消費者運動等により、事業者や行政に大きな影響を行使しうる。こうしたことから、生活者による積極的な環境負荷低減に向けた取組が期待される。一方、大きな影響力を持つだけに、より正しい知識や情報に基づく適切な行動をとっていくことが重要となる。
(3) 生活関連の環境負荷に係る各主体の行動の相関
 本節では、生活関連の環境負荷を低減していくためには、生活者のみならず、事業者、行政等の取組も必要であるという認識に基づき、各主体ごとに行いうる行動を記し、また、生活者が他の主体に与えうる影響力に関する事例を紹介してきた。ここでは最後に、生活者、事業者、行政の各主体の行動やその他の要素がどのように関わり合っているかについて、地球温暖化対策としての家庭内のエネルギー利用に伴うCO2の排出削減という取組を例に取って図にしてみた(第3-1-34図)。この図からも、生活関連の環境負荷低減のためには、あらゆる主体の取組が必要であることが理解できる。生活関連の環境負荷低減のための施策を行う際には、各主体が相互に影響を与え合いながら複雑な関連を持っていることを踏まえ、個別の取組の推進、促進を考えるだけではなく、関連を意識した体系だった施策を考えていく必要がある。
囲み3-1-11 消費者の声を受け入れる小売業の取組
 ある大手スーパーマーケットは、事業活動に伴い発生する廃棄物量や商品販売の際商品に付加した容器の使用後の廃棄物量が多い状況から、これらの削減は販売事業者の責任において解決すべき問題であると認識している。こうした観点から?安全かつ安心であること、?環境に対する負荷が低いこと、?廃棄物が少ないタイプであること、?環境を改善することに役立つことを原則に、消費者の声を反映した環境にやさしい商品の開発や品揃えを行っている。例えば、安全な廃棄の方法の提示を求める要望に対し、廃棄の際の参考としてもらうため、プライベートブランド商品に使用包装材の材質の表示を開始した。
 また、食品包装ラップをポリエチレンラップに全面的に切り替えることとしている。さらに、回収したPETボトルを利用したワイシャツや回収した牛乳パックから製造したトイレットペーパーの販売を行ったり、環境に優しい商品の基準を設け、基準を満たした商品には消費者にそれが分かるよう表示している。
 スーパーマーケットは、毎日の生活のなかで欠かすことのできない存在となっていることから、このように消費者の意見を反映させた販売戦略の展開は、製造メーカーと消費者の接点として流通業界の果たす役割は大きい。


 図の左側の環境負荷を規定する要素の列を見てみると、地球温暖化をもたらすCO2の排出を左右する家庭におけるエネルギー利用は、第1義的には、生活の中で利便性や快適性を確保するためのエネルギー利用へのニーズに規定されており、?エネルギー利用機器の使用方法や管理方法、?エネルギー利用機器のエネルギー効率、?供給されるエネルギーの種類の3項目により大きく変化する。言い換えるとニーズそのものを低減すること及びこの3項目が主な対策分野となる。図では、エネルギー利用へのニーズに係る各主体の欲求や行動、3つの対策分野で各主体が行いうる行動を枠囲いで示している。また各主体の行動に影響を与えうるいくつかの要素を角の丸い枠囲いで示し、これらの行動や要素が互いに与え合う場合には、矢印でその関係を示している。例えば、エネルギー利用へのニーズを見てみると、その決定要因は、利便や快適を求める生活者の欲求が基本となるが、そのニーズを喚起する事業者の行動、ヒートアイランド現象を緩和するような都市構造や、規制のような社会制度の整備、適切な情報提供等の行政の行動、冷暖房需要を左右する気候、生活者の環境保全意識、環境配慮のためのコスト等がある。3分野挙げている対策の実施にあたっても、同様に各主体の行動その他の要素が影響を与え合っている。

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