1 化学物質の安全性に関する施策の推進
(1) 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律の実施
昭和48年10月に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(以下「化学物質審査規制法」という。)が公布され、新規の化学物質については、難分解性、高蓄積性及び慢性毒性等があるかどうかを、その製造又は輸入前に審査し、それらの性状をすべて有する化学物質を特定化学物質として指定し、製造、輸入、使用等の規制を行っている。さらに、昭和61年5月の同法の改正により、従来の特定化学物質を第一種特定化学物質とし、新たに、高蓄積性はないものの難分解性であり、かつ慢性毒性等の疑いがある化学物質を指定化学物質として指定し、製造量等の監視を行い、当該指定化学物質による相当広範な地域の環境汚染により健康被害を生ずるおそれがあると見込まれる場合には有害性の調査を行い、その結果、慢性毒性等があることが判明した場合には、第二種特定化学物質として指定し、取扱いに係る技術上の指針の遵守、環境汚染の防止に関する表示を義務づけるとともに、必要に応じ、製造及び輸入量に係る規制等を行うこととなった(第1-5-1図)。同法に基づく新規化学物質の届出は、厚生大臣及び通商産業大臣に対して行われ、平成8年中に320件の届出があった。なお、平成8年末現在、第一種特定化学物質としてポリ塩化ビフェニル等9物質、第二種特定化学物質としてトリクロロエチレン等23物質及び指定化学物質としてクロロホルム等257物質が、それぞれ指定されている。
(2) 関係省庁による取組
既存化学物質の安全性の点検として、通商産業省においては、分解性及び蓄積性の試験を実施している。平成8年末までに、1,085物質について安全性の点検を実施している。また、これらの既存化学物質の点検を迅速かつ有効に進めるため、新たな試験方法の開発等の事業を進めている。また、平成8年2月に化学品審議会安全対策部会において、産業界の自主管理の促進、技術基盤の整備、国際的ハーモナイゼーションの確保等の重要性を提言する「化学物質総合安全管理の在り方(中間報告)」がとりまとめられた。
厚生省においては、従来から順次化学物質のスクリーニング毒性(?ほ乳類に対する28日間の反復投与毒性、?細菌に対する復帰突然変異、?ほ乳類培養細胞に対する染色体異常)及び慢性毒性試験等を実施するとともに、動物試験代替法を含む毒性試験方法及び評価に関する開発研究等を行っている。また、既存化学物質の安全性点検や新規化学物質の審査の効率化を図るべく、化学物質の毒性に関する構造活性相関(QSAR)の導入について研究を進めている。
環境庁においては、昭和49年度以来、化学物質の環境中のレベルを調査してきたが、昭和54年度からは、数万といわれる既存の化学物質を効率的・体系的に調査し、環境における安全性を評価するため、昭和63年度までの10年計画で第1次化学物質環境安全性総点検調査を実施した。
昭和63年5月には、生産活動等の変化や科学技術の進歩などを踏まえて、中央公害対策審議会環境保健部会化学物質専門委員会から、?調査対象物質の拡大、?環境運命予測を活用した調査対象物質の厳選、?調査物質の拡大、調査期間の短縮等による調査の充実、を柱とする環境安全性総点検調査の今後の在り方についての提言がなされ、平成元年度からは、これらを踏まえた、第2次化学物質環境安全性総点検調査を実施している。この調査の体系概要を第1-5-2図に示す。
平成8年度には、この体系に基づき、化学物質の環境調査、水質・底質モニタリング及び生物モニタリング等を実施した。
また、化学物質の利用拡大等を踏まえ、化学物質の環境リスク評価のための生態影響試験等の調査研究を引き続き実施するとともに、平成8年度から、難揮発性化学物質の分析マニュアルの作成のための調査を開始した。
さらに、昭和47年に生産等が中止されて以降、本格的な処理が進まず事業者等により保管が続けられているPCBのより安全な処理技術に関する調査を実施しており、化学的処理法等の焼却によらない処理方法や、PCB汚染物処理の環境安全性の検討を進めている。
(3) 国際動向
経済協力開発機構(OECD)、世界保健機関(WHO)、国連環境計画(UNEP)等の国際機関では、次のように化学物質対策に関する種々の活発な活動を主宰しており、我が国も積極的に参加しているところである。
ア OECDの活動
OECDにおいては、新規化学物質の安全性評価のためのテストガイドライン(化学品安全性試験法)及びMPD(上市前最小安全性評価項目)の作成、化学品ハザードアセスメント(危険性評価)プロジェクト、GLP(優良試験所基準)、情報交換システム、化学品規制の経済的影響等について検討を行ってきており、これらの成果を受け、化学品規制に関する種々の措置についての決定や勧告が採択されている。
現在、既存化学物質について安全性試験の実施状況等に関する情報を、各国が分担して収集・整理し、各国に提供する活動(クリアリングハウス活動)を進めている。また、各国で大量に生産され、かつ、安全性データの少ない既存化学物質に関する安全性点検を各国が分担して実施する国際プロジェクトを推進しており、このプロジェクトによって2000年までに648物質の安全性点検が完了する予定である。我が国の分担は148物質であり、平成5年度までの第一次点検で33物質の点検が完了しており、現在、第二次点検の115物質について順次点検作業に着手しているところである。さらに、既存化学物質についての環境リスク低減のための検討も進められており、1996年(平成8年)2月の環境大臣会合において、環境汚染物質排出・移動登録(PRTR)の導入に関する理事会がなされた。
また、1994年(平成6年)より特別プロジェクトとして実施されている農薬フォーラムにおいては、農薬の安全性に係る再評価の国際分担や農薬によるリスク削減対策等についての検討が進められている。
イ WHOの活動
WHO総会決議に基づき、UNEP及び国際労働機関(ILO)とも共同で各国の主な研究機関の有機的な協力による国際化学物質安全性計画(IPCS)が実施されている。本計画では、対策の優先度の高い化学物質のリスク評価、健康へのリスク評価手法の開発等の活動が実施されており、化学物質ごとの環境保健クライテリアの刊行等が行われている。
ウ UNEPの活動
UNEPにおいては、化学物質の人及び環境への影響に関する既存の情報の収集・蓄積並びに化学物質の各国の規制に係る諸情報の提供等を目的として、国際有害化学物質登録制度(IRPTC)が実施されており、データプロファイルの刊行、質問・回答サービス、IRPTCBulletinの発行等が行われている。また、禁止又は厳しく規制されている化学物質の貿易時における情報交換の手続を規定したロンドンガイドラインに、輸出先国への事前通報・承認(PIC)手続が導入されている。なお、1995年(平成7年)5月のUNEP管理理事会におけるPICの早期条約化に係る勧告を受けて、条約交渉会議が開催されている。
さらに、1994年(平成6年)4月の非公式会合において、化学品による人の健康及び生態系へのリスクの削減を目的として、化学品の国際取引に関与する民間関係者に、本規範の原則等に合致した自主規制対策を講ずる旨の公約を求める「化学品の国際取引に関する倫理規範」がとりまとめられ、同月に開催された化学物質の安全性に関する政府間フォーラム(IFCS)においてその推進が決議された。
エ 「アジェンダ21」のフォローアップ
これらの国際機関の活動を集大成し、1992年(平成4年)6月に開催されたUNCED(環境と開発に関する国連会議)において採択された行動計画「アジェンダ21」の中には「有害かつ危険な製品の不法な国際取引の防止を含む有害化学物質の環境上適正な管理」として国際的に取り組むべき項目が以下のように示されており、これらのフォローアップを行うため化学物質の安全性に関する国際会議(ICCS)が1994年(平成6年)4月に開催され、IFCSが設立された。
? 化学的リスクの国際的なアセスメントの拡大及び促進
? 化学物質の分類と表示の調和
? 有害化学物質及び化学的リスクに関する情報交換
? リスク低減計画の策定
? 化学物質の管理に関する国レベルでの対処能力の強化
? 有害及び危険な製品の不法な国際取引の防止
? 国際協力の強化
これらの項目のうち?については、平成7年度に国際機関や各国が有する化学物質情報の交換手段として、インターネットを用いる「地球規模化学物質情報ネットワーク(GINC)」が、日本の積極的な支援により開始された。
(4) 国際的動向を踏まえた我が国の取組
関係省庁において、かかる国際動向を踏まえ、OECDにおける化学品規制の調整作業、高生産量既存化学物質の安全性点検等に積極的に対応するとともに、試験データの信頼性を確保し、各国間のデータ相互受入れを進めていくため、OECD理事会で採択されたGLPに関する国内体制の整備、生態影響評価試験法等に関する我が国としての評価作業、化学物質の安全性について総合的に評価するための手法等についての検討、内外の化学物質の安全性に係る情報の収集、分析等を行っている。
また、事業者間における化学物質の安全性に関する情報交換を目的とした「化学物質安全性データシート(MSDS)」の作成について「化学物質の安全性に係る情報提供に関する指針」を制定し、MSDSの普及に努めている。さらに、UNEPの規定したロンドンガイドラインの国内実施措置として、平成4年7月に輸出貿易管理令を改正し、現在40物質について輸出の際の事前通報制度にかからしめている。
環境庁においては、環境リスクの包括的な管理を行う枠組みとして、OECDから導入を勧告されている環境汚染物質排出・移動登録(PRTR)を受けとめ、平成8年10月から、検討会を開催し、PRTRの導入に当たっての技術的課題の検討を行うとともに、関係者の共通認識の形成を図っている。
産業界においては自主的な化学物質管理の促進を図るため平成7年4月「日本レスポンシブル・ケア協議会」が発足し、同年10月、本協議会会員を倫理規範を実施する企業としてUNEPに登録した。また、同協議会では、PRTRに関する取組として、平成9年1月には化学品審議会リスク管理部会に平成7年度の排出量調査結果(55物質)を報告した。
(5) 国際協力
現在多くの化学物質が世界中で生産、使用、廃棄されていることから、化学物質の安全対策は国際的協調の下に推進することが不可欠となっている。「アジェンダ21」においても、化学物質の安全性確保に関する発展途上国への支援が挙げられており、関係省庁において、化学物質の環境モニタリング、安全性評価等に関し、技術協力を実施している。