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第6節 

1 野生生物種の現状

(1) 日本の野生生物の生息・生育の状況
 日本においては、動物では脊椎動物1,199種、無脊椎動物35,207種、植物では、維管束植物約5,300種、藻類約5,500種、蘚苔類約1,800種、地衣類約1,000種、菌類約12,000種の存在が確認されている。(動物は亜種を含む。植物は亜種、変種、品種、亜品種を含む。動物の種数は「日本産野生生物目録(1993,95年、環境庁編)」による。維管束植物の種数は「我が国における保護上重要な植物種の現状」による。)
 この数は、野生生物種の数の多い熱帯林を擁する国々と比べると少ないものの、先進国、特にヨーロッパ各国と比べると生物種は豊かである。これは日本の気候的、地理的・地形的条件により亜熱帯から亜寒帯にまで広がる多様な生態系が存在することによると考えられる。
 我が国はシベリアなどからの渡り鳥の飛来地として重要な位置を占め、我が国で見られる鳥類の60%以上(国内の移動も含む)が渡り鳥であり、我が国に生息している種が国境を超えて移動し、自然環境には国境の壁がないことを教えてくれる。
 渡り鳥に関しては、その移動経路を明らかにすることが渡来地の保全や渡り鳥保護の国際協力に資することから、標識調査や人工衛星を利用した渡りの経路の追跡調査を行っている。その結果多くの渡来経路が明らかになり、国際的な調査・研究に寄与している。
 また、鳥獣の保護繁殖を図るため必要のある地域には鳥獣保護区を設定し、鳥獣の捕獲を禁止し、鳥獣の繁殖に必要な対策を行っている。平成8年3月末で3,709か所,3,440千ha(国設54か所,484千ha、都道府県設3,655か所,2,956千ha)に鳥獣保護区が設定されている。
 一方、近年、過疎・山村地域を中心に、エゾシカ等の野生鳥獣による農作物等への被害が起こってきており、平成6年度において、鳥類による農作物被害面積は約18万ha、獣類による農作物被害面積は約6万haにのぼっている。
 こうした問題に対し、鳥獣の適正な管理が必要な地域において、野生鳥獣管理適正化事業、野生鳥獣共存の森整備事業等の事業を行い、野生鳥獣の管理・被害防止対策を総合的に推進している。
(2) 日本の絶滅のおそれのある野生生物種
 我が国は、多様な気候と地形並びに地理的位置を反映し、変化に富んだ自然環境に恵まれており、野生生物もこうした生育・生息条件から多種多様なものとなっている。野生生物種は種の存在自体が貴重な情報源であり、生態系の構成要素として物質循環やエネルギーの流れを担い、その多様性によって生態系のバランスを維持している。
 また、人類は野生生物種を生活の糧として利用をはじめ、様々な道具の素材、科学・教育・レクリエーション・芸術の対象として利用し、共存を続けてきた。しかし、こうした活動が、時には乱獲につながったり、また、人間の経済・社会活動の拡大に伴う生息地の破壊などにより、野生生物種は生息数の減少や絶滅への圧力を受け続けている。生物の種はいったん失われると人間の手で再び作り出すことはできない。野生生物種の絶滅を防ぐことは、生態系の保全から見ても、野生生物の持つ様々な価値を守る上からも、緊急の課題となっている。
 このため、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」に基づき、我が国に生息する絶滅のおそれのある種については、順次、国内希少野生動植物種として指定し、捕獲及び譲渡等の規制、生息地等の保護、保護増殖事業等の対策を講ずることとしており、51種が現在指定されている。また、指定された国内希少野生動植物種について、その生息、生育環境の保全を図る必要があると認めるときは、同法に基づき、生息地等保護区を指定できる。平成8年6月にハナシノブ(2カ所)とベッコウトンボについての計3カ所が生息地等保護区に追加指定され、全部で4種について5カ所の生息地等保護区が指定され、工作物の設置や木材の伐採等の行為を規制している。
ア 動物種
 環境庁では、絶滅のおそれのある日本産の動植物の種を選定するために「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」を実施し、平成3年の調査結果に基づき、動物については「日本の絶滅のおそれのある野生生物(レッドデータブック)」を発行している。この調査で対象とされた日本産の野生生物の種数(亜種を含む。以下同じ)は、哺乳類188種、鳥類665種、爬虫類87種、両生類59種、淡水魚類200種、昆虫類28,720種、クモなど十脚類192種、陸・淡水産貝824種、その他無脊椎動物4,040種に及ぶ(第4-6-1表)。
 こうした種のうち、種の存続の危機の状況に応じて、?絶滅の危機に瀕している「絶滅危惧種」、?現在の状況が続けば近い将来絶滅に瀕する「危急種」、?生息条件の変化によって容易に「危急種」あるいは「絶滅危惧種」に移行する可能性のある「希少種」の3つを選定している。 「絶滅危惧種」は110種(第4-6-2表)、「危急種」114種、「希少種」415種となっており、そのほか「絶滅種」が22種確認されている(第4-6-2表)。
 こうした野生生物の種が絶滅し、または絶滅の危機にさらされている原因としては、乱獲、植生の変化、水質の悪化などの人間による生息環境の悪化や消滅などが指摘されており、我が国の野生生物の生息環境は厳しいものとなっている。平成7年4月に絶滅危惧種のトキの雄が死んだことにより、日本で現存しているトキは雌一匹だけとなり、日本産トキの絶滅が確定した。
 絶滅のおそれのある動植物のうち、例えば、北海道のタンチョウは昭和27年にはわずか33羽しか生息が確認されなかったが、保護活動の結果、平成9年1月には586羽の生息が確認された。一時は絶滅したと考えられていたアホウドリは、鳥島等で現在約800羽の生息が確認されており、デコイ(実物大模型)を用いて安全な新繁殖地の形成など保護増殖事業を実施している。平成8年2月には新繁殖地において雛の孵化が初めて確認されたのに続き、平成8年11月には2つがいによる産卵が確認された。また、イヌワシは北海道から九州にかけて生息しているが、近年、人間活動による営巣場所や餌動物の減少により、個体数の減少する傾向が認められている。特に九州では現在1つがいしか確認されておらず、このままでは九州のイヌワシが絶滅してしまう可能性があることから、環境庁では、繁殖成績の良い他地域から通常死亡する第二ヒナを持ち込み、九州のつがいにヒナを育てさせる「里子計画」を実施している。このイヌワシを含め新たに6種の国内希少動植物種について、保護増殖事業計画が策定され、同計画の策定がなされている国内希少野生動植物種は14種となった。
イ 植物種
 日本に生育している植物種は、環境庁の調査によると、維管束植物約5,300種、藻類約5,500種、蘚苔類約1,800種、地衣類約1,000種、菌類約12,000種(亜種、変種、品種、亜品種を含む)が確認されている。日本自然保護協会と世界自然保護基金日本委員会によって作成された報告書「我が国における保護上重要な植物種の現状」によると、絶滅のおそれのある植物種(亜種、変種を含む)は、絶滅寸前の種として147種、絶滅の危険のある種として677種、危険性はあるが実状が不明の種が36種、絶滅種が35種存在するとしている(第4-6-3表)。
 このように多くの種が絶滅の危機に瀕している要因としては、開発に伴う生息環境の悪化、生息地の消滅及び愛好家等による乱獲などが指摘されている。特に生息環境の破壊では物理的破壊にとどまらず、生息地を取り巻く環境、すなわち生態系に十分な配慮が払われていないことも問題となっている。


(3) 海外の生物種の生息・生育の現状
 野生動植物の数は、維管束植物や脊椎動物については比較的研究が進んでいるものの、無脊椎動物、中でも昆虫類については知られていないことが多く、地球上に存在する種の総数についての正確な数値は把握されていない。現在確認されている種数は140万種程度であるが、推定では500万種とも5,000万種とも言われている。世界の陸地面積の7%を占めるに過ぎない熱帯林には、種全体の半数以上が生息しているといわれており、熱帯林を擁する南アメリカ諸国やインドネシア、ザイールに生息する生物種の数は非常に多い(第4-6-4表)。
 このような生物種や固有種の多い国を「メガ・ダイバーシティ国家」と呼び、例えば、ブラジル、コロンビア、エクアドル、ペルー、メキシコ、ザイール、マダガスカル、オーストラリア、中国、インド、インドネシア、マレイシアなどがこれに該当すると考えられ、世界の生物種の60%から70%はこれらの国々で見ることができる。ブラジルや中国のように国土面積が広いため種の数が多い国もあるが、エクアドル・マダガスカル・マレイシアのように狭い国土面積ながら地形的要因により種の多様性が高い国や、オーストラリア、マダガスカルのように固有種の多い国もある。
 しかしながらこうした豊かな生物相も、その生息・生育地の破壊によって急速に失われようとしており、もしこのままの割合で森林破壊が続くと熱帯の閉鎖林に生息する種の4〜8%が今後25年の間に絶滅するという試算もある。
 種の絶滅は、自然界の進化の過程で絶えず起こってきたことではあるが、その速度はきわめて緩やかであったのに対し、今日の種の絶滅は、自然のプロセスによるものではなく、人間の活動が原因であり、しかも地球の歴史始まって以来の速さで進行している。
 こうした傾向に対して、種の絶滅は地球環境問題の一つとしてとらえられ、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(ワシントン条約、CITES)や「生物の多様性に関する条約」などが結ばれ、国際的な取組が進められている。1994年(平成6年)11月に行われた第9回ワシントン条約締約国会議において、トラ・サイの保護に関する決議が行われた。これをうけて、環境庁は平成7年10月に「トラ・サイの保護のための国内行動計画」を策定し、関係省庁への協力依頼を行った。
 また、日本とアメリカ、オーストラリア、中国、ロシアの各国との間で渡り鳥等保護条約(協定)を締結し、ツルやシギ・チドリなど渡り鳥の保護を推進しているほか、日本と中国の間では、中国におけるトキの生息地保全に向けた取組を両国が協力して行うなど、二国間においても種の保存へ向けた取組がなされている。

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