前のページ 次のページ

第1節 

2 環境とともにあるライフスタイルの創造に向けて

 これまで、「食と環境」を題材に我々の暮らしと環境を見てきたが、その根本には社会経済活動の巨大化の中で、日常生活と環境とのつながりが見えにくくなっていることがあった。そこで、通常あまり意識されることのない日常生活全般からの環境への負荷について、平均的なモデル世帯の設定を通じて試算するとともに、環境とともにあるライフスタイルについて若干の考察を加えてみたい。

(1) 日常生活からの環境への負荷

 我々は、常に何らかの負荷を環境に与えながら日々の生活を送っているが、それを意識することはほとんどない。しかし、我々の生活のあり方が地球温暖化問題や都市・生活型公害等の今日の環境問題に深く関わっているとすれば、時には生活を見つめ直し、そこからの環境への負荷を減らすように生活を見直していくことが求められる。
 とは言っても、実際には、このような環境への負荷と日常生活との結びつきを実感することは非常に困難である。そこで、そのような結びつきを見るための一つの方法として、具体的な生活からどの程度の環境への負荷が生じているのかを定量的に示すことが有効と考えられ、近年、多くの試みがなされるようになってきている。ここでは、家庭からの環境への負荷の一つの目安として、平均的なモデル世帯を設定し、二酸化炭素、窒素酸化物の年間排出量を環境庁において定量的に推計した結果を見てみよう。モデル世帯は、各種統計等に基づき、東京の集合住宅に居住する夫婦と長女の3人世帯等とするとともに(第1-1-6表)、総務庁の社会生活基本調査報告等に基づき家庭内/家庭外に分けて生活行動パターンを設定している。第1-1-20図は二酸化炭素排出量についての試算結果である。これによるとモデル世帯の二酸化炭素排出総量は約2,000?(炭素換算)となり、内訳は家庭外が5割強、家庭内が4割弱、廃棄物処理が約1割となっている。単一の排出源としては乗用車利用の寄与が最も大きく約3.5割を占める。窒素酸化物については、自動車からの排出量が約4割と最も高く、次いで廃棄物が約2割、家庭内が約3割となっている(第1-1-21図)。家庭内では給湯器からの排出が大きく全排出量の1割以上を占めており、環境庁では家庭用ガス大型給湯器を含む小規模燃焼機器の低NOxガイドライン値を定めることとしている。なお、本推計では、日常生活で消費する物資の生産や輸送等に伴う誘発排出量は含めていないのでこれを含めた場合には世帯からの負荷は更に大きくなる。また、ここでは推計を行っていないが、日常生活は水質汚濁の面でも大きな負荷発生源となっている。
 地域や国全体の環境への負荷も元をただせば、このような我々一人ひとりの日常生活が無数の負荷発生源となってそれが積み重なった結果として現れ出たものである。第1-1-22図は、我が国の二酸化炭素排出量の推移を産業、民生(業務及び家庭)、運輸部門に分けて見たものである。排出総量が昭和40年から平成5年の間に118百万トン(炭素換算)から324百万トンへと約2.7倍に増加する中で、産業部門のシェアが54.7%から40.7%へと徐々に減少する一方、民生部門は16.7%から23.4%、運輸部門は13.9%から19.4%へと増加している。ごく大雑把に言えば、我が国の社会経済構造が生産から消費に重点を移し、日常生活をより便利に、快適にするために多くの資源が使われ、それに伴う環境への負荷が増えてきたことを示すものと言えよう。家庭より直接排出される二酸化炭素排出量は自家用車の利用やごみ処理に伴うものを含めても1990年(平成2年)時点で排出総量の約10.8%に過ぎないが、火力発電所で発生する二酸化炭素排出量のうち、家庭で使う電力分を転嫁すると約22.4%となり、更に、家計で消費する物資を生産したり、輸送したりするために産業・運輸部門で発生している排出量(誘発排出量)を産業連関分析の手法を用いて推計し加えると、排出総量の約47.5%が家計消費に伴って生じていると考えられる。さらに、二酸化炭素以外の環境への負荷についても、大気汚染の原因である二酸化窒素について見ると東京都区部では、工場からの排出量は40%以下であるのに対し、過半数(53%)が自動車からの排出であり、その内30%が乗用車からの排出となっている(平成2年度)。また、水質汚濁ではさらに家庭からの負荷の割合が高く、東京湾に流入する汚濁負荷量(COD)の約66%は生活系のものとなっている(平成4年度)。
 先に見たモデル世帯からの環境への負荷の試算結果はいくつもの前提を置いた上での一つの推計値に過ぎないが、具体的な生活様式とそれに伴う環境への負荷を結びつけてみたものとして日々の生活から発生する環境への負荷を考えるきっかけともなろう。既に多くの自治体等で環境家計簿に関する取組がなされているが(第2章第2節参照)、生活に伴う環境への負荷を具体的に目に見える定量的なものとし、更に何らかの目安を設けて比較を行うことができるようにすれば、仮に排出量が大きな場合にはどのような要因で大きくなっているのかを具体的に考え行動に移していくことが容易になろう。また、その際、世界に目を広げ、一人当たりのエネルギー消費やそれに伴う環境への負荷等の面で先進国と大きな隔たりのある開発途上国の人々の日常生活と環境への負荷の関係を併せて示し、比較できるようにすれば、我々の生活を世界的な視点の中に置いて見つめ直すことが可能となり、物質消費量と豊かさの関係など、多くの示唆が得られると考えられる。


(2) 環境とともにあるライフスタイルの創造に向けて

 日常生活からの環境への負荷を考えることは、突き詰めれば、環境を一つの軸としてライフスタイルを再構築することを意味する。今日、我々日本人は物質的には非常に豊かな社会に生きており、ライフスタイルという点でも極めて多くの選択肢を持っている。例えば、消費という側面に限っても、広告等の命ずるままに次から次へと新しいものを購入し、不用になった物を捨てていくという生活を送ることが可能である。他方、あり余る商品の中から十分に吟味して、自分の感性にあった個性的な商品選択を行い、それを長く愛用していくという生活を送ることも可能である。環境問題は、このようなライフスタイルの選択に際し、新たな判断材料の一つとなるものである。環境保全という観点からは、おそらく上で挙げた消費形態の内では後者が望ましいであろう。生活の快適性という観点からはどうであろうか。おそらく、物質的な側面からは、前者に軍配が上がろうが、精神面まで含めた満足度という点では後者を挙げる者も多いと思われる。環境問題に取り組むことは、生活の利便性を阻害し、生活の豊かさを減ずる制約要因としてとらえられがちであるが、真に豊かなライフスタイルを創造していくための契機として前向きに考えていく姿勢が今求められている。第1-1-23図は、主として近年の経済的な停滞を背景としての調査であるが、約7割の人々が「欲しいものを手に入れるためには生活の何かを削る」と回答しており、物質的な制約がある中でもライフスタイルを組み替えることによって、より豊かな生活を追求していこうとする積極的な姿勢が認められる。このことを、環境面、資源面で地球的規模での限界が見えつつあり、もはや従前のような拡大が望めないという現在の状況に重ね合わせて見れば、長期的な制約の中で、環境保全型であるとともに、個性豊かな更に満足度の高いライフスタイルへと向かう可能性を示唆するものとも考えられよう。
 もちろん、このような環境保全型のライフスタイルの創造をすべて個人の心がけと努力に還元してしまうことはできない。社会のあり方やシステム、経済のルールが変わらないと実現できないことも多い。例えば、いくら自動車が環境への負荷が大きい交通手段であるとしても自動車に代わる代替的な交通手段がなくては、その利用を減らすことはできない。いわば、環境への負荷を発生することが避けられないような仕組みが社会経済システムに構造的に組み込まれている部分があり、これらについては国をはじめとする主体が政策によって見直していく必要がある。OECDや国連持続可能な開発委員会(CSD)等では「持続可能な生産と消費」に関する取組が進められており、消費者が持続可能な消費選択を行えるような様々な支援、持続可能な経済社会づくりに寄与する消費を行った場合のインセンティブや反対に持続可能でない消費を行う場合のディスインセンティブを創設すること、消費の舞台となる街や輸送手段についても持続可能な消費を支援する形に変革していくこと等が検討されている。一方、環境保全に対する先進的な取組が行われている自治体等では市民の環境意識が高いことに見られるように、我々が環境保全に真正面から向き合う姿勢が政府の政策を推進する力となる。環境との関係でどのようなライフスタイルを選択していくのかということは、誰かが正解をつくり、それを普及していくというものではなく、広範な社会的合意によって創り上げていく以外にない。 ともすると、今日の巨大な経済社会活動の中で、ライフスタイルのあり方は些細なものに思えるが、社会経済システム全体のあり方を変えていく潜在力を有するものである。第1-1-24図は、日本人1人1日当たりの水資源、エネルギーの消費量及び廃棄物の排出量を生物レベル、家庭レベル、社会レベルの段階毎に見たものであるが、例えば、水資源については、生物として生きるだけなら約2〜2.5リットルで十分なのに対し、家庭生活を営むためには約340リットル、更に社会経済活動全般を行うためには約2トンが必要となっている。ここからは、何らかの形で我々の生活を支えるための帰結として今日の巨大な社会経済活動が存在していること、そして、生活と経済社会のつながりを通じて、我々の生活のあり方が社会経済システムのあり方に大きなインパクトを与え得ることが示唆される。今日、例えば、電気供給量の不足に対し、新たな発電所の増設という供給サイドのアプ3香[チに代えて、消費者に省エネルギーのインセンティブ等を与えてエネルギー消費量を抑えるという、需要サイドに焦点を当てた政策の重要性が強調されているが、個々人のライフスタイルへの働きかけを通じて、経済社会のマクロな動きに変化をもたらそうとするものである。
 食と環境の部分で見たように、我々は地域の、そして世界の環境と分かち難く結びつきながら日々の生活を営んでいるが、多くの場合、その結びつきを意識せず、また、消費や行動の帰結が環境とどのように関わっているかも考えていない。まず、我々はこのような環境と人との結びつきを意識して「見る」ことからはじめ、それが循環や多様性といった自然の摂理に合致しているかどうかを見直していくことが求められよう。そして、地域の環境とのつながりを確かなものとし、その環境の特性を更に発展させていくような、環境に根ざしたライフスタイルを創造していくことができるなら、我々の生活は21世紀に向けて更に豊かなものとなろう。

前のページ 次のページ