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序章 持続可能な未来から見た今日の環境

 1992年(平成4年)6月に国連環境開発会議(地球サミット)が開催されて以来約4年を経過したが、我々は持続可能な社会への道を進んでいるのだろうか。
 この間、国際社会においては各分野において様々な取組が進められ、一定の成果が見られる分野もある(第序-1表)。我が国においても、アジェンダ21行動計画の策定、環境基本法の制定、環境基本計画の策定と、持続可能な社会の構築に向けての枠組みづくりをはじめとして、各分野での取組が進められている。


 しかしながら、内外で様々な取組が進められる一方で、新たな科学的知見によって明らかにされつつある地球環境の現状と見通しは、引き続き厳しい状況にある。
 地球温暖化問題では、1995年(平成7年)12月に採択された「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第二次評価報告書において、人間活動の影響による地球温暖化が既に起こりつつある相当数の証拠があるとされており、また、温室効果ガスが現在の増加率で増え続けた場合(ほぼ中位の排出予測に対応)、来世紀末における全球気温は2.0℃、海面は50?それぞれ上昇すると予測(中位の気候感度と組み合わせた場合)されている。その一方で、世界の二酸化炭素排出量は増加傾向が続くとともに、二酸化炭素の排出量を2000年時点で1990年レベルに抑制することを目標として対策を進めることとされている先進国の多くでは、その達成がなお難しい状況にあり、一層の対策が必要となっている。他方、開発途上国でも排出量の増加が続いている状況にある。
 オゾン層破壊問題においては、1994年(平成6年)のモントリオール議定書に基づく評価パネルの報告書において、南北半球の中緯度で10年当たり約4〜5%とこれまでの数値モデルによる予測を上回る速度でオゾン量の減少が進んでいること、国際的に合意されたオゾン層破壊物質の削減を着実に進めたとしても、オゾンホールが観測される以前の1970年代の状況までオゾン層が回復するには今後約50年という長い期間を必要とすることなどが明らかにされた。また、南極上空では、1989年(平成元年)から規模の大きなオゾンホールが観測されているが、1995年(平成7年)も最大規模であった過去3年と同規模のオゾンホールが出現した。
 熱帯林の減少については、国連食糧農業機関(FAO)の調査によると、1981年から1990年の10年間に平均して、毎年、日本の国土面積のほぼ4割に相当する1,540万haの熱帯林が失われたと報告している。
 生物多様性の減少については、1995年(平成7年)に発表された国連環境計画(UNEP)の生物多様性評価報告書においては、近年の種の絶滅は自然のままの50〜100倍の速さで進行していると推定されている。また、鳥類では11%、哺乳類では18%、魚類では5%、植物では11%の種が、全体では5,400種の動物、26,000種の植物が絶滅のおそれのある種に分類されている。
 国内の環境問題に目を転ずると、大都市地域の窒素酸化物、浮遊粒子状物質等による大気汚染には改善が見られず、河川や湖沼の水質汚濁は渇水などの影響から平成6年には悪化が見られるなど、依然として厳しい状況で推移している。廃棄物については、景気後退により減少傾向がみられるものの、最終処分場の残余容量は逼迫状態が続いている。
 持続可能な未来から見て今日のこの状況を考えるならば、今後、我々は、これまで重ねてきた努力をはるかに超える努力を注いでいかなければならないだろう。IPCCの第二次評価報告書は、二酸化炭素濃度が産業革命前と比べて2倍となったときや現状の2倍となったときなどの自然・社会経済影響について、地域的、定量的な予測には更に検討が必要としつつも、大規模な植生変化、水循環への大きな影響、海面上昇と沿岸地域での高波被害など広範かつ深刻な影響が生ずると予測している。一方、二酸化炭素濃度が産業革命前と比べて倍増する時期を21世紀末まで遅くし、以降はそのレベルで安定化させようとするという目標をとるとしても、おおむね21世紀末には世界の二酸化炭素排出量を1990年(平成2年)の水準以下までに戻し、さらにその後削減するという対策努力が要求されることを明らかにしている。その他の分野においても大きな対策努力が要求されていることは言うまでもない。
 公害の原点ともいうべき水俣病問題については、関係当事者間の最終的かつ全面的解決のための合意を踏まえ、平成7年12月に必要な施策等について閣議了解等を行った。水俣病問題は、深刻な健康被害をもたらしたばかりでなく、地域住民の絆が損なわれるなど広範かつ甚大な影響を地域社会に及ぼした。このような悲惨な公害は決して再び繰り返されてはならない。
 今日の環境問題、とりわけ地球環境問題は、巨大化する人間活動に起因し、大きくしかも不可逆的な影響が予測されているが、一方で科学的不確実性が避けられない問題でもある。こうした問題に対して、水俣病の経験を教訓として、科学的解明の努力を一層続けながら、日々の生活における実践から長期的には経済社会システムの変革までを視野に入れ、未然防止の原則に立って対策を進めていく必要がある。
 我が国においては、環境基本法の制定、環境基本計画の策定により、新たな環境政策の基本理念、枠組みと長期的な方向が定められた。これは、地域から地球のレベルまで、また、短期の問題から超長期の影響まで広範な環境問題を対象とし、持続可能な社会をつくっていくという大きな挑戦であり、今後、いかに実施していくかが問われている。
 従来の公害問題のように、地域での被害が目に見え、因果関係が比較的理解しやすい問題については、種々の対策が講じられ、企業等の取組がなされて相当の成果をあげてきたといえるが、こうした理解と対策が社会に定着するまでには幾多の苦難があった。
 今日の環境問題の多くは、巨大な経済社会の中で多数の主体が複雑に絡み合いながら活動している中から生じており、それを認識し、理解し、具体の政策・取組を実行していくことは容易ではない。どのようにすれば、経済社会を構成する主体が問題に対して共通の認識と理解を持ち、その解決のための目標と方策を共に探り、合意された方策を公平な役割分担と責任の下に着実に実行に移していくことができるかという戦略的なアプローチが不可欠である。
 そこで、今回の年次報告では、このようなアプローチについて、個人の生活の中から始まって、より広い社会経済活動と環境の関わりを理解し、それぞれが責任を分担し、連携しながら取り組んでいくというパートナーシップの重要性に焦点を当てて考察した。
 その出発点は、国民一人ひとりが自分自身の日々の生活と環境との関わりに気付くことであろう。そこで、第1章においては、日々の暮らしと環境、特に食生活を通しての環境とのつながり、自然の中で心身を育む遊びについて考え、また、人間と環境の関係を感得し、表現する精神の働きとして芸術・文化と環境についても取り上げた。これらの題材を通して、環境の恵みによって人間の生活が成り立ち、また、日々の生活が環境に大きな負荷をもたらしていることについて理解が深まることが、経済社会として問題に取り組んでいくことにつながっていくと考えられる。
 次に、どのように環境の成り立ちと仕組み、その中にある人間社会の構造について理解を共有することができるであろうか。地球上の無数の生物の営みと連鎖こそが、地球の生態系をつくり、それが人類の生存基盤となり、すべての人間活動を支えている。生物多様性は、この構造を理解する上で重要、不可欠な考え方である。この地球の生態系には、限りがあり、我々は、その働きと容量に適合するという意味で環境効率的な経済活動を目指す必要があり、こうした方向への新たな取組が始まっている。第2章では、これら2つの視点を軸に環境と経済社会との関係についての共通の理解の基本を考察した。
 そして、どうすれば、共通の目標と取組に合意し、パートナーシップを通じた具体の行動に実現していけるであろうか。巨大な経済社会の中にいる個人や企業が環境と経済を統合していく意思決定をする上での障害として、各自の利潤追求が他への影響をかえりみないこと、科学の力の盲信、今日の決定がもたらす遠い将来への影響の無視、組織や制度の硬直性、とりわけ個々の産業や分野を独立して扱う傾向が、「我ら共有の未来」(環境と開発に関する世界委員会報告)で指摘されている。これらの問題を克服していくことは、パートナーシップへとつながる道である。その解決手法は一様ではありえまい。地域レベルでの環境と共生するようなまちづくり、地域や業種を越えた連携、国境を越えたパートナーシップと、それぞれのレベルでの実践を積み重ね、その教訓を共有していくことが求められる。第3章では、そうした観点から様々な事例を取り上げている。同時に、経済社会の構成主体の共通の認識と目標・取組の合意を形成していくことを助ける政策枠組み・手法が不可欠である。人間活動と環境の関係の全体像をとらえ、わかりやすく示し、具体の施策へとつないでいくことが環境指標の役目である。また、人間活動による長期的・複合的な影響は、普通には実感することが困難であるが、環境リスクという考え方と手法を用いることによって、そうした問題についても理解を共通にし、政策を進めることができる。さらに、行政、消費者、事業者が公平に役割を分担して取り組むリサイクル、環境コストの内部化と公平な負担を目指す経済的手法、環境と開発をめぐる社会の的確な意思決定を支える環境影響評価も、社会のパートナーシップを支える制度である。第3章では、これらについて現状と課題を概観している。
 最後の第4章では、内外の環境の状況について記述した。
 いつの世においても、また世界のいずこにおいても、人間の生活が環境の恵みを受けて成り立っていることに変わりはない。環境と人間のつながりに気付き、理解し、行動する人々の輪によって、持続可能な未来への道を切り開いていかなければならない。

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