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第2節 

1 長期的、総合的な環境問題の把握と政策の支援−環境指標

(1) 環境指標の役割

 一般に、指標とは大きな事象を理解する助けとなり、又は簡単にはわかりにくい動向や現象を知ることができるようにするものである。社会の中で様々な指標が果たす役割の重要性については異論のないところであろう。例えば、経済分野ではGDP(国内総生産)をはじめとして各種の指標が広く定着し、政府の政策決定のみならず、一企業の経営方針等においても重要な影響を及ぼしている。また、社会分野でも、出生率や識字率のような指標が定着している。これに対し、環境分野では、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい環境上の条件を表す基準として環境基準が設定され、政策の推進力として重要な役割を果たしてきたものの、経済社会を支える基盤としての環境の健全性を総体として扱いうる総合指標は未だ存在しない。ここでは、環境保全に指標が果たす可能性を見るため、まず、環境指標に期待される効用について簡単に見てみよう。
ア 環境指標の効用
 環境指標の主な効用をまとめると、以下のようなものが挙げられる。
? 環境の状況のわかりやすい表現
 環境指標は、環境に関わる多種類かつ大量のデータを一定の側面に着目してまとめて表すものである。このため、環境の諸側面についての情報を、より理解しやすくする手段となる。
? 地域間の環境の比較
 指標の算定の手法をあらかじめ統一的なものとしておくことにより、地域間、都市間、あるいは国際間の環境の状況の比較を容易に行うことができる。
? 環境のトレンドの把握
 ?と同様に、環境の状況の時系的な比較を容易に行うことができる。
? 環境目標の設定の支援
 目標の設定はそれを図る物差しがあってはじめて可能となることから、環境指標の存在は環境目標の設定の前提条件である。また、総合化された環境指標は、個別評価から総合評価にいたる段階的思考を体系的に示してくれる。このため、個別目標から全体目標にいたる環境目標の体系を設定し、また目標水準を定めるに当たり、環境指標が有効な支援手段となる。
? 各種施策の効果や影響の計測・予測
 包括的な環境指標は、広範な環境問題にわたる状況の変化を的確に検出し、予測する手段となる。このため、各種施策の効果や影響を計測・予測し、施策の有効性や計画の達成度を評価する際に、環境指標が重要な手段となりうる。
? 調査・分析手段の提供
 環境指標及びその算定の手法は、環境の状況の計測・分析・総合化・結果の利用という一連の調査・分析作業に対して、統一的な指針を与えてくれることから、各種の行政調査や環境の監視の手段として環境指標を積極的に活用しうる。
? コミュニケーションの促進
 適切に環境指標を設計することにより、科学者などの専門家以外にも直感的に理解しやすい指標を作ることができる。これにより、政策決定者や一般市民の環境問題に対する理解とコミュニケーションが促され、世論の形成、必要な施策の速やかな実施などが期待できる。
 以上のような効用を果たす上で、情報を「定量化」して情報の持つ意味をはっきりと認識できるようにするとともに、複雑な事象に関する情報を「単純化」して伝達力を高めるという指標が持つ二つの特徴が重要な意味を持つ。この点で、指標は統計や一次データとははっきりと区別されるものであり、指標及び集約化された指標は、観測等により得られる一次データやそのデータを分析したものの上部に位置づけられる(第3-2-1図)
イ いま環境指標に光をあてる意義
 このような環境指標の効用は、今日我々が直面している環境問題に対処していくに当たりますますその重要性を増している。
 その理由としては、第1に、地球環境問題をはじめとする今日の環境問題は、従来の公害問題等に比べると、その影響、因果関係などがはるかに複雑であり、一般の人々にはにわかに理解しがたく、かつ実感しにくいものとなっている。にもかかわらず、エネルギー消費に伴う地球温暖化問題などに見られるように、通常の社会経済活動がその原因となっているため、事業者や一般市民等の幅広い主体が環境問題について理解し、行動する必要性は逆に格段に高まっている。
 第2に、多様な、しかもタイムスケールが長く、地域的にも広範囲に及ぶ環境問題に対処していくには、計画的に総合的かつ長期的な環境対策を推進していく必要があるが、そのためには、適切な環境指標を用いて全体の進捗状況を評価、管理していくことが重要である。我が国では、平成6年12月に閣議決定した環境基本計画において、「環境基本計画の4つの長期的な目標(「循環」、「共生」、「参加」、「国際的取組」)の達成に向け施策の効果的な実施を図るためには、これらの目標の達成状況や目標と施策との関係等を具体的に示す総合的な指標あるいは指標群が定められることが望ましい」、そして、「環境基本計画の長期的な目標に関する総合的な指標の開発を政府において早急に進め、今後、その成果を得て、環境基本計画の実行・見直し等の中で活かしていくものとする」として、指標が計画の推進に果たす役割を明確に位置づけるとともに、総合的な指標の開発を政府の重要な行政課題として掲げている。政策が成果を上げているかどうかを環境指標によって適切に評価することができれば、政策決定者や市民は状況が望ましい方向に向かっているのかどうかを知り、現行の政策や取組が十分なものかどうかを判断することが可能となる。
 環境指標は今後、持続可能な社会を構築していくための指針となるものであり、また、そのような社会の構築が可能となるような指標の開発が求められている。



(2) 環境指標の開発と活用をめぐる国際的な取組の状況

ア 環境指標の開発のための概念的枠組みの形成
 環境問題の拡大とともにますます広範多岐にわたる環境情報を政策決定者や一般市民にも分かりやすいものとするためには、これを体系的に整理し、指標化していくための概念的枠組みが必要である。そのような枠組みがはっきりすれば、足りないデータが何であるかが明らかになり、データ収集の指針ともなる。
 OECD(経済協力開発機構)がカナダの取組をベースに開発した「P-S-Rフレームワーク」はこのような枠組みの一つであり、他の国際機関や各国等が環境指標を開発する際の基礎として世界的に広く浸透しつつある。P-S-Rフレームワークとは、人間活動と環境の関係を、環境への負荷(Pressure)、それによる環境の状態(State)の変化、これに対する社会的な対応(Response)という一連の流れの中で包括的にとらえようとするものである(第3-2-2図)。これは、環境の状態はどうなっているのか、どうしてそうなっているのか、それに対して我々はどう対応しているのか、という原因、結果、社会的対応という論理構成に沿ったものである。そして、OECDでは、このP-S-Rフレームワークに沿って気候変動やオゾン層の破壊等の主要な環境問題を整理し、国際的に優先度の高い指標の共通セットとして提唱している(第3-2-1表)。なお、ここでいう「負荷(Pressure)」とは、二酸化炭素の排出や自然資源の減少や劣化などの直接的な負荷に加え、交通量の増加や土地利用の変化などの間接的な負荷も含めており、環境基本法で定義する「環境への負荷」よりも広義の概念として用いられている。
 次にP-S-Rフレームワークを応用した指標開発の取組を見てみよう。
 地球サミットでの合意、特にアジェンダ21のフォローアップを担当するために設置された国連持続可能な開発委員会(CSD)、及びCSD事務局(国連政策調整・持続可能な開発局(DPCSD))では、アジェンダ21の第40章に持続可能な開発のための指標開発の必要性が盛り込まれたことを受け、現在、そのための作業を進めている。1995年(平成7年)のCSD第3回会合では、持続可能な開発指標の開発作業計画が採択され、その中で持続可能な開発指標のメニュー案が示された。その中では、環境面の個別指標に加え、持続可能な開発の達成に必要な社会、経済、制度面の指標がメニューに加えられ、これに伴い、OECDのP-S-Rフレームワークの環境への負荷(Pressure)指標が駆動力(Drivingforce)指標として社会、経済、制度面を含む概念に拡張されている。この枠組みの下に現在、検討が進められている。
 CSDでは、先の開発作業計画及びその後合意された実施計画によれば、西暦2000年(平成12年)までを3つのフェーズに分けて持続可能な開発指標の開発を進めていくこととしている。第1フェーズでは国際機関、政府、NGO等の専門家の協力の下に、各国が指標を算定する際の拠り所となる方法論シートの開発を中心に作業を進め、第2フェーズでは、指標の集約化を行うほか、方法論シートをいくつかの国に適用してのケーススタディを実施し、そして、第3フェーズでは、ケーススタディの結果等を踏まえ方法論シートの改良や指標メニューの評価等を行い、持続可能な指標体系全体のとりまとめを行うこととしている。1996年(平成8年)2月には、第1フェーズへの貢献として、我が国環境庁の主催及びCSD事務局の共催の下、「持続可能な開発指標専門家ワークショップ」がニューヨークで開催され、CSD事務局が中心となってとりまとめた方法論シートについて専門的立場から討議がなされた。同ワークショップの結果は4月に開催されたCSD第4回会合に報告され、今後の指標開発に活かされることとなった。
 第3-2-2表はOECD、CSD等の最近の指標開発に向けた取組の流れをまとめたものである。
イ 集約化された環境指標の開発
 政策決定者や一般市民にとって分かりやすい指標を開発するという観点からは、多くの個別指標を少数の指標に集約化することが鍵となる。
 これを進めるには科学的な基礎づくりが必須であり、環境問題科学委員会(SCOPE)が、CSDにおける持続可能な開発指標の集約化を支援するため、科学的見地から取組を進めている。SCOPEは国際学術連合会議(ICSU)の下に設置された非政府的、学際的、国際的な科学者の協議会であり、UNEPと共同でプロジェクトを開始し、これまでに、1995年(平成7年)1月及び11月の2回、持続可能な開発指標のためのワークショップを開催している。
 環境指標の開発と活用を各国に率先して進めているのはオランダである。オランダでは、1989年(平成元年)に決定された国家環境政策計画(NEPP)の作成過程でNEPP上の施策の進捗状況を評価する指標の必要性が認識され、1987年(昭和62年)より指標の開発作業を開始した。開発された指標は現在、政府におけるNEPP・(1994年(平成6年)3月に新たに決定)の評価に実際に用いられ、環境指標に基づく同計画の進捗状況報告書が毎年議会に提出されている。
 オランダの指標は、P-S-RフレームワークのP(環境負荷)に焦点を当てている。これは、環境政策は環境への負荷の削減を通じて環境の状態の改善を目指しており、環境への負荷指標が政策の有効性を測るのに最も適していると考えられたこと、他の指標に比べて環境への負荷指標に関するデータの利用可能性が高いことなどによる。気候変動や酸性化等の環境問題毎にその問題に関わる物質による負荷を計算・統合し(例えば、気候変動の場合、気候変動をもたらす二酸化炭素、メタンなどの温室効果ガスをIPCCによる地球温暖化係数(GWP:二酸化炭素を1としたときの相対的な温室効果の強さ)に基づき統合)、環境問題毎の指標を算出している。さらに、これをNEPPで掲げる環境問題毎の政策目標の達成度に応じて重み付けすることにより、集約化された総合指標を算出している(第3-2-3図)。同様に、ターゲット・グループと呼ばれる工業、農業等の経済部門毎の指標を算出し、各ターゲット・グループによる取組の評価に用いている(第3-2-4図)。オランダでは、国家の環境目標が各ターゲット・グループとの協議により各グループの目標に変換され、このようにして得られたグループ毎の目標は目標達成のための施策及びスケジュールと併せて行政とターゲット・グループ間の環境協定としてまとめられている。目標達成のための全体的な条件を整備するのが政府の役割であり、環境指標はそこに大きな役割を果たしている。例えば、指標により、オランダ国内の有害物質による総環境負荷に民間部門の様々な活動がどのように寄与しているかが明らかにされると、産業界の取組姿勢が変化し、産業界の代表は環境省との間で有害物質の自主的な大幅削減合意書に調印した。このような合意も産業界の積極的な参加がなければ不可能であるが、それが可能になった背景には、環境指標の明確性と指標を作る基盤となっている情報体系の「透明性」に帰するところが大きいとされる。
 環境に負荷を与える物質ではなく、人間活動に伴う環境との間での物質収支自体を指標としてとらえようとする試みもある。ドイツのヴッパータール気候・環境・エネルギー研究所では、経済活動への資源の投入と、経済活動からの不用物の排出を産業連関分析と同種の枠組みにより記述する「総物質フロー勘定」を作成し、この収支データに基づき、「総物質投入量(TMI:TotalMaterial Input)」と総物質消費量(TMC:Total Material Consumption)」という指標を提案している。総物質投入量は人間活動に投入される物質の総量を、質量という単純明快な単位で集計するものであるが、活動に直接投入されるもののみならず、原料生産や原料採掘にまで遡って、各過程での副産物・廃棄物まで考慮に入れて資源の総投入量を計量する点に特色がある(第3-2-5図)。一方、総物質消費量は総物質投入量から輸出による国外へのフローを差し引き、国内での消費に関する物質需要を表したものである。さらに、GDPを総物質投入量で割ることにより、物質フロー1単位当たりのGDPである「物質生産性」を算出したり、産業分類毎の物質投入量を求めることにより、指標としての実用性を高める工夫がなされている。
 我が国では、経済活動への資源の投入、不用物の排出などの物質フローをマテリアル・バランス(物質収支)として試算し、平成4年版環境白書より毎年掲載している。第3-2-6図は平成6年度の我が国のマテリアル・バランスである。自然からの資源採取量は20.2億トン(5.1%増)(うち海外からの輸入は6.9億トン(4.7%増))、蓄積が11.8億トン(6.3%増)、そして排出量が9.0億トン(3.7%増)であり、リサイクルされて新たに資源として投入されたのは2.2億トン(1.5%増)であった(括弧内は対前年度比)。同様の試算方法により、過去に遡って我が国のマテリアル・バランスを試算してみると、投入量(=産出量)は増減はあるものの、おおむね一貫して伸び続け、平成6年度には昭和45年度の約1.46倍に増加している(第3-2-7図)
 このような物質収支そのものを指標とすることについては単純化しすぎているとの声もある。総物質投入量が個々の環境問題とどのように結びついているかは明確でなく、有害化学物質のように質的側面が問題とされる場合には更に工夫が必要である。しかし、物質のフローに伴ってどのような環境問題が生じるかが知られているケースはむしろ希であり、物質の大量フローは潜在的に資源利用の持続可能性を損なうとともに、採掘や加工、輸送、廃棄等の各段階で様々な環境問題を引き起こすおそれがある点で、総物質投入量は様々な環境への負荷を代表する「代理指標」としての利用価値があると考えられる。このような指標は、今日の環境問題の本質が、資源採取と不用物排出の量と質が自然の循環の容量を越えてしまったために生じているとの認識に通じるものである。
 以上のような人間活動と環境との関係を物量単位で表す手法と異なり、経済活動が環境に与える負荷をその費用として貨幣単位で評価し、環境と経済との関係を統一的な基準で把握しようとする試みがある。この背景には、国民経済計算体系(SNA)から算出される現行のGDP(国内総生産)等の指標が環境悪化に伴う医療費の増加等を計上する一方で、国民生活の質の低下をもたらす環境汚染等を経済活動の費用として計上していないため、環境と経済の関係を把握する上で不都合な側面を持つとの認識がある。国連による1993年(平成5年)のSNAの改訂に際してサテライト勘定の一つとして環境・経済統合勘定(SEEA)の導入が勧告されたことを受け、現在、各国で様々な取組が進められている。我が国では、環境庁の地球環境研究総合推進費を活用して経済企画庁の経済研究所が中心となって研究を進めており、平成7年6月に試算結果を公表している。これは、?SNAのフロー、ストックに含まれる既存計数から環境保護関係の計数を分割して明示、?経済活動に伴う環境に関する外部不経済を貨幣評価する(帰属環境費用の算出)、?国内純生産から帰属環境費用を差し引いた環境調整済国内純生産(EDP)を示したものである。試算は、外部不経済の貨幣評価の方法、今回の試算では扱われていない地球温暖化などの重要な環境問題の扱い等の面で今後の研究を待つ部分も大きいが、国連の提示した枠組みに基づくいち早い取組の例として意義あるものであり、引き続き改良が進められている。
 さらに、NGO等からは、環境保全のための具体的行動を促すための啓発的要素をより強く持つと考えられる指標が考案されている。そのような指標としては平成6年版環境白書で見たオランダの国際的NGOが提唱している「環境スペース」という概念が有名であるが、ここでは、一例として、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学が中心に研究を進めている「エコロジカル・フットプリント」と呼ばれる指標を見てみよう。エコロジカル・フットプリントとは、直訳すれば「経済活動による生態系の踏みつけ面積」となり、ある特定地域の経済活動、またはそこに住む人々の生活を持続的に支えてゆくためにどれだけの生産可能な土地(水域を含む)が必要かを算出し、面積を単位として表した指標である。例えば、食料や木材を得るための農地や森林面積、排出される二酸化炭素を吸収するための森林面積、漁業資源を得るための海洋・淡水面積等を対象として一人当たりの生活を支えるのに必要な面積を算出している。その上で、このようにして得られた一人当たりの面積を、世界の人々に公平に生産可能な土地を分け与えた場合の面積(公平割当面積)と比べることにより、その差を過剰な資源消費量として削減すべき部分としている。第3-2-3表は、このような考え方にもとづき、カナダ人の一人当たりのエコロジカル・フットプリントを試算し、公平割当面積と比べてみたものである。



(3) 我が国における取組

ア 地方公共団体等による環境指標に関する取組
 我が国において環境指標は、1960年代から主に汚染指標として発達してきたが、各種の計測値を組み合わせた複合指標は稀で、規制基準や環境基準の尺度そのものが通常用いられてきた。しかし、1980年代に地方公共団体で地域環境管理計画が策定されるようになってからは、各地方公共団体で各種の総合指標が提案・算定されるようになってきた。ここでは、指標が対象とするジャンルを以下の5つに分けてその概要を見てみよう。
(ア) 公害関連の指標
 従来、大気・水・騒音などの複数の汚染物質濃度や環境レベルを総合化した環境の状態を表す指標が中心であったが、近年は都市活動や汚染物質排出量等の負荷量で表したりする傾向にある。
(イ) 自然環境保全関連の指標
 自然環境を数値指標化した事例としては、環境庁の自然環境保全基礎調査における「植生調査」の植生自然度や総合解析において動物の出現頻度を多様性指数に換算した例が挙げられる。また、水資源かん養機能など、森林や農地が国土・環境保全等に果たす役割を評価する指標に関する研究も進められている。
 しかし、自然環境の特性や生物多様性などを総体的に表す指標の開発は今後の取組に負うところも多く、事例としてはわずかに自然環境の質を植生、動物、景観の3つの側面から総合的に評価し指標化した宮城県の自然環境質指数などが挙げられるにとどまる。
(ウ) 快適環境評価関連の指標
 1980年代以降策定されるようになった地域環境管理計画と併せて、公害の防止、自然環境の保全、快適環境の創造という3つの環境行政課題の統合を支援するための総合的な指標が宮城県、大阪府等で作成されるようになった。
 さらに、快適環境の評価には地域住民の主観的評価を取り入れる必要があるとの観点から、住民意識を取り入れた指標が、国立環境研究所との共同研究による北九州市の取組をはじめとして、東京都等多くの自治体で作成された(第3-2-4表)。指標は、アンケート調査によって把握した住民の環境に対する意識データと物理的な環境データを統計的に分析し、両者の関係をモデル化することにより空気のきれいさ指標などの個別指標を算出し、さらに個別指標を住民意識で重み付けすることにより総合指標を算出している。このような指標は我が国独特のものである。
 また、環境に関わるデータそのものを住民の観察により把握し、指標を作成している例も川崎市などで見られる。
(エ) 環境の健全性に着目した指標
 この指標は、公害、自然環境、アメニティという環境要素に着目した従来の指標と異なり、社会経済活動の基盤である地域の自然環境と、それを利用する人間との関わりを中心にとらえて地域環境の健全性を評価しようとするものである。
 このような指標としては、環境庁と国立環境研究所が共同で1988年(昭和63年)に提案した「アーバン・エコロジー指標」があり、自然環境と人間の関わりの段階に応じ、?人間が生産・生活を営む基盤である自然環境の状態を表す「自然の恵み指標」、?自然環境を人間がどのように利用しているか、あるいはその保全のためにどのような働きかけをしているかを表す「人と環境との関わり指標」、?所与の自然環境の中で、人が環境と関わり合いながら生産・生活を営んだ結果として表面に現れる環境の現状を表す「都市環境の質指標」、の3グループから構成される。この指標は現在の環境の状態が発現するまでの自然と人との関わりの構造を併せて表そうとするところに特色があり、先に見たP-S-Rフレームワークに通じる考え方を有する。ただし、この指標が行政レベルで実用化された事例はまだない。
 資源の利用に絞ってその健全度を表す指標が東京都足立区、宮城県、千葉市などで作成されている。これらは、資源を水資源、エネルギー、物質資源に分け、それぞれの利用効率(工業用水使用量等)及び利用健全化努力(雨水利用施設数等)を測り、全国平均に対する相対評価を行う等により指標化している(第3-2-8図)
(オ) 環境への配慮行動と参加に関する指標
 環境に配慮した個人や地域社会の行動を促すため、環境への負荷の低減、資源の効率的利用、自然との共生に向けた市民レベルの行動の定着度合いをとらえる指標が作られている。
 個人や家庭単位での環境配慮行動を評価するものとして近年多くの自治体や団体に広がりを見せているものに環境家計簿がある。
 また、宮城県、熊本県や千葉市では、環境に配慮した行動による環境への負荷の削減量を推定し、市(県)民の環境配慮行動の効果が簡単に計算できる評価指標を作成している。例えば千葉市のエコライフ指標は、「古新聞等を集団回収に回す」等の省資源、省エネルギー、水の有効利用の3グループ50項目よりなる環境配慮行動について、各々の実行率をアンケート調査により推定し、行動1単位当たりの削減量をかけることにより行動全体の環境への負荷削減量を算出し、地球温暖化や酸性雨等の環境問題毎にその環境保全効果を推計している。
イ 環境基本計画の長期的目標に係る総合的な指標の開発に向けた取組
 先に見たとおり、環境基本計画では、同計画の「循環」、「共生」、「参加」及び「国際的取組」の4つの長期的目標の達成状況や目標と施策との関係等を具体的に示す総合的な指標(群)の開発を政府において早急に進め、同計画の実行、見直し等の中で活かしていくこととされている。
 環境庁では、この基本計画の要請を受け、平成7年11月に学識経験者よりなる検討会を発足させ、これまで見てきたような国内外の環境指標開発の動向も踏まえながら、環境基本計画の総合的指標の開発に向けた検討を関係省庁の協力を得つつ政府一体となって進めている。また、総合的指標の開発には、環境保全に重要な関わりを持つ個別の政策分野における検討も重要であることから、関係省庁が協力してこれら個別政策分野に係る指標の検討を進めている。これらの取組により、おおむね平成9年度を目途に総合的指標をとりまとめ、平成10年度以降の環境基本計画の点検や見直し作業に活用していくこととしている。



(4) 環境指標の一層の活用に向けて

 今後、環境政策に環境指標の一層の活用を図り、さらに、持続可能な発展の達成に役立つ指標を整備していくためには以下のような課題が考えられよう。
ア 目的・対象に応じた環境指標の作成とその体系化
 地球環境、国、地域のどのレベルを対象とするのか、計画・施策の立案/評価、環境の監視、環境教育・市民参加の促進等どのような場で活用されることを想定するのかなどによって必要とされる環境指標は異なる。例えば、地球環境問題を対象とする場合には、地球全体の環境の状況や取組の進展がとらえられることが不可欠であり、各国の指標が容易に比較、集計できるように国際的連携の確保に特に重点が置かれる必要がある。また、地域の環境問題を対象とする場合には、地域の自然的社会的特性や地域住民の意識などを適切に指標に反映させることが求められよう。
 他方、地球環境問題、地域環境問題といってもその原因には共通した部分が多く、環境問題全体として総体的にとらえられる必要がある。また、国、地方公共団体、事業者、市民等のそれぞれのレベルにおける環境への負荷や取組も整合的にとらえられる必要がある。このため、目的・対象によって焦点を当てる部分は違っても、例えば国レベルの物質収支と製品レベルのライフサイクル・アセスメント(LCA)が同様の枠組みで表されるようにするなど、様々な環境指標が全体として一貫性を持った体系として構築されることが課題である。
イ 環境指標を支える情報基盤の整備
 環境指標は環境に関する情報・データを総合し、あるいは集約化して得られるものであることから、適切な情報の存在が指標活用の根幹をなすといっても過言ではない。我が国の環境に関する情報・データは、これまで個別分野の対策の必要性に応じて整備されてきており、環境基本法及び環境基本計画の体系下における長期的、総合的な環境政策を推進するのに十分なものとは必ずしもなっていない。このため、環境指標を今後の総合的な環境政策に活用していくために必要な情報・データの再検討と整備が課題であり、環境情報の体系的な収集・管理体制の強化が求められる。例えば、ドイツでは、あらゆる分野の統計は法律によって目的・調査項目等が定められ、各州が統計調査を実施することとされているが、環境分野についても環境統計法が1975年(昭和50年)より実施され、環境問題の広範化に伴い順次改正が行われ、着実かつ体系的な環境統計の整備が図られている。
ウ 環境指標を用いた情報提供の推進
 環境指標が作成されても、それが実際に活用されなければ意味がない。オランダでは、前述のとおり、環境指標が毎年の国家環境政策計画の進捗状況報告書の中で用いられ、政策決定者や国民が国の環境政策を評価するのに役立っている。カナダでは、オゾン層の破壊、気候変動等の環境問題毎に環境指標を用いたパンフレットを定期的に公表し、環境問題に対する理解の促進に活用されている。
 また、コンピュータ・グラフィックスの活用等により視覚的に訴えるようにするなど環境指標の表現の仕方を工夫することにより、環境指標による情報伝達能力を高めていくことも重要であろう。
 我が国においても、環境基本計画の長期的目標に係る総合的指標をはじめとして、その効果的な活用方法及び表現方法を指標の開発と合わせて検討していくことが求められよう。
 さらに、環境家計簿や自然観察型の指標、環境監査結果の指標化等の市民や事業者の参加による指標づくりを促進することにより、行政からの一方的な情報提供にとどまらない、双方向の環境情報の流通が期待できる。
エ 環境指標をめぐるその他の課題
 環境指標を経済活動と環境との関係を表すモデルや環境勘定と結びつけることにより、環境指標をより強力な政策手段として活用することが期待される。モデルは例えば、ある施策の実施により環境への負荷がどれだけ減り、その結果環境の状況がどの程度改善するかというような指標間の相互関係を見たり、あるいは将来予測を行う上で重要な役割を担いうる。また、環境勘定は、環境や経済に関する統計的なデータを体系的に整理することにより、環境指標を導く基礎として大きな力を発揮するものである。
 例えば、オランダでは、先に見た物量単位で表された気候変動等の環境問題毎の指標が、貨幣単位で経済活動を表した国民経済計算体系と組み合わされて「環境勘定を含む国民経済計算マトリクス(NAMEA)」と呼ばれる一種のサテライト勘定が作成されており、経済活動と環境汚染物質の排出量を直接対応させてとらえたり、環境・経済モデル分析に用いたりすることが可能となっている。経済指標が経済モデルや経済勘定と一体となって今日の政策決定に大きな役割を担っているように、環境指標もモデルや環境勘定と組み合わされた一つの体系として整備するとともに、環境と経済そのものを統合していくための指標やモデル、勘定の整備に係る検討を、今後我が国においても一層推進していく必要があろう。

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