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第1節 

1 地域における様々な主体の連携

 地球環境は地域の環境や生態系が無数につながり、相互に依存、影響し合って構成されており、地域での取組は地球全体に対する対応の基礎となる。
 地域社会の主体がその地域の環境保全に取り組む重要性はいうまでもない。伝統的な生活文化には、その土地の自然資源と永続的に付き合っていくために自然資源を取り尽くすことをしないといった知恵が受け継がれてきている。このような知恵を今日の社会に再生するには、まず、その地域に住み、その地域で生計を立てているものこそが最も地域の環境を良く理解し、その理解の下に地域の環境と持続的な関係を構築していくことが必要である。
 また、日常生活そのものが環境負荷の要因となっている今日、ライフスタイルの見直しが課題となっているが、環境と自分の生活とのつながりの意識が希薄なままでスローガンを掲げて節約や倹約を呼び掛けるだけでは、十分な効果がなく長続きしない。自分の生活と環境とのかかわりの意識を深めつつ、足元から取組を進める上で、地域の環境は絶好のステージと考えられる。
 ここでは、地域の各主体が連携してその地域の特性をいかしながら環境保全に取り組んでいるいくつかの事例について考察する。

(1) 住民、企業、行政のパートナーシップによる環境改善への取組

ア グラウンドワーク三島実行委員会の取組
 静岡県三島市は、富士山からの湧水が市内各所で噴出して、湧水をたたえた川が縦横に流れ、この美しい水辺環境の中で「水の都」とも呼ばれる風土、生活文化が形成されてきた。
 しかし、昭和30年代から上流地域での湧水のくみ上げの増加などにより湧水量が減少し、生活文化を育んできた豊かな水辺環境が次第に失われていく状況が生じ、昭和50年代からこれに危機感を抱いた市民により、湧水と潤いのある町の保全を目的とした団体の活動が展開されてきた。
 そして、平成4年に、それぞれ独自の市民活動を展開してきた団体が一堂に会し、イギリスの「グラウンドワークトラスト運動」の手法を活用し、それぞれの市民組織が検討を重ねてきた事業計画を統括、調整し、企業や行政の参画も得て、相互に連携と調和のとれた環境改善活動の構築を可能とする活動の展開を図ることとし、「グラウンドワーク三島実行委員会」が設立された。
 「この水辺を」、「この環境を」こうしたいと地域の人々が自分たちで具体的な改善構想案を検討、企画、提案し、行政の間接的な指導や企業の資金的、技術的支援にも支えられながら、自分たちの地域を自分たちの知恵と努力で魅力的な愛着のこもった環境に改善していく「地域総参加方式」での活動が展開されている。具体的には、企業所有の未利用の小さな空き地や枯渇してごみ捨て場となってしまったかつての湧水地を住民の設計で季節の花にあふれた小公園として整備し、町内会が維持管理を行う活動や、休耕田を利用して農業用水を浄化誘導してホタルの住む環境に整備し、自然とのふれあいの場や環境教育の場とする「花とホタルの里づくり」が進められている。企画立案や事業実行の過程では、行政や企業が、設計や整地、造園の協力、利用可能な補助金の活用により支援を行っている。実行委員会は、市民、行政、企業三者のコーディネーターの役割を果たしており、生態や景観などの専門的な事項については委員会で学識経験者を交えた検討が行われている。(第3-1-1図)
 身近な生活環境の整備の実践は、市内各地域に影響を与え、各地域で町内会や老人会、土地改良区など環境保全そのものを直接の目的としていない団体において遊休地や農業用水の環境改善の検討が行われるようになってきている。また、旅行会社の協賛を得て東京の住民を対象にした「水辺クリーンツアー」も企画されるなど、変わりゆく水辺・自然環境を住民の手で守り育てる主体的な活動はさらに拡がりを見せてきている。
イ 鳥取県米子市における取組
 鳥取県米子市では、製紙工場の技師と地区の自治会が中心となって、「泳げる中海を取り戻す」運動が展開されている。
 中海においても、生活排水が水質汚濁の最大の要素となっているが、中海に面する米子市彦名地区においては、製紙工場の技師が中心となって地区内の15の自治会に呼び掛け、「彦名地区環境を良くする会」を結成し、廃油の回収事業を実施している。集めた廃油は製紙工場のボイラーで燃焼しているが、重油に比べて硫黄分を含まないという利点から水環境、大気環境両面の改善に寄与している。
 また、会においては、不用になったパンストを利用した台所排水の浄化の普及運動を、浄化実験を実際に見て効果を体験してもらう形で進めている。また、環境の状況を知り、同時に水に親しみをもつことができるよう、親子合同の中海水質調査や小学生による地区の環境パトロールを実施し、発見された問題については、自分たちでできる改善事項は実施し、改善できない事項は自治会に提起するなど、単に問題を提起して終わらせるのではなく具体的な実践活動につなげる取組が展開されている。
 製紙工場においても、従業員宅の廃油の回収や社員食堂で発生する割り箸を紙に再生する取組が進められている。さらに、旅館から発生する割り箸と廃油の回収も市内の旅館組合と提携して進められているほか、この製紙会社の別の工場でも廃油リサイクルへの取組が始まるなど、取組は市内の一地域から各地域、そして全国へと拡がりをみせている。



(2) 水環境をいかした農村の整備 −滋賀県甲良町での取組−

 滋賀県甲良町では、昭和56年から農業生産性の向上を目的として圃場整備事業が進められたが、その中で、これまで集落の中を通り町民の生活の一部ともなっていた農業用水路をパイプライン化する計画があった。これに対し、農業用水路や緑あふれる畦道に生え農村景観を奏でていた畦畔木を守り、地域の環境と景観を子孫に引き継げるよう、事業に住民が積極的に参画し、地域の生態系を守り景観を維持した農村の整備が進められている。
 町の13の地区には「村づくり委員会」が組織され、その地区での整備事業は行政担当者が委員会に参加する形で議論を進めながら最終的に計画をとりまとめるという計画段階からの住民参加のスタイルで進められ、親水公園や水路を利用した遊歩道の整備が行われた。
 このように計画段階からの参加を通じて主体的に計画した施設は、事業完了後もほとんどが住民の手による管理、維持改善が行われている。また、地区の「村づくり委員会」の方から環境改善計画を立案し、行政に働きかけが行われるなど、住民が地域の環境改善に積極的にかかわっている。
 行政と住民の議論の過程には専門家も参加し、専門家を交えた議論により、生態系や地域の自然環境に対する正しい認識を共有し、その地域環境の中で育まれた水利用や伝統行事などの生活文化を再認識し、それらをもとにして計画が立案されていく。ホタルを呼び戻すことにも成功しているが、これも住民の生態系に対する正しい知識と、ホタルが生育できる水路の管理を住民主体で進めることができたことによるものである。
 甲良町内を網の目のように通る水路は、昔から生活用水として利用され、その後水田に到達する仕組みとなっており、いわば町での生活の一部となっており、水路もかつて住民が造成管理してきたものであった。このような背景が、住民が一体となって地域の環境改善に主体的に取り組める素地となったといえるが、同時に、地区の中での議論により計画を立案する手法を採用した行政の在り方や、生態系や地域環境、生活文化の理解を深めるための専門家の役割などパートナーシップによる地域の環境保全を進める上で何が必要であるかをこの取組から学び取ることができる。

(3) 公害汚染地域の再生 −大阪市西淀川区における取組−

 高度成長期に激甚な大気汚染公害が全国各地で発生したが、その中から工業地帯の地域環境の改善、再生に向けた動きが始まっている。
 大阪市西淀川区は、阪神工業地帯の中央部に位置し、周辺には大工場が立地し、区内には何本もの大型産業道路や高速道路が走り、高度成長期には激甚な大気汚染公害が引き起こされ、現在でも窒素酸化物やSPM(浮遊粒子状物質)による大気汚染状況は改善が見られていない。
 この地域における大気汚染公害をめぐる「西淀川公害訴訟」が争われる中、原告患者の側から、公害によって失われたり傷ついたりした地域の環境を取り戻し、地域の自然とともにあった生活文化を再生するために住民が主体となって地域づくりを進めることが提案され、「西淀川再生プラン」として発表された。そして、平成7年3月、被告企業と原告との和解が成立し、その和解条項の中で、解決金の一部を原告等の環境保健、生活環境の改善、西淀川地域の再生等の実現に使用するものとするとの項目が盛り込まれるに至った。
 その後、イギリスにおけるグラウンドワーク・トラストの取組に学び、行政・企業・市民のパートナーシップによる地域環境再生の第一歩として、工業団地の一部を住民参加により植樹、公園整備する計画が進められている。また、地域の環境改善・再生事業とともに国内外の公害地域の環境再生事業への支援・協力を進める体制の準備も進められている。
 公害によって被害者と加害者として対立関係にあった患者・住民と企業が、失われた地域環境の再生を軸として、ともに地域社会の一員として連携して取組を進める動きをここに見ることができる。
 地域における環境は、地域独自の歴史的な経緯や自然条件、地域に住む住民の暮らし、企業の活動、行政の施策等、地域で展開される様々な活動の複合的な成果として形作られてくるものである。これまで見てきた取組にみられるように、環境を保全して地域を発展させるためには、その地域の環境の状況や課題をその地域にかかわる様々な主体が共有し、その地域の特性を踏まえそれを育むという基本的な視点を持ち、連帯して対応を進めていく取組が必要となるといえる。

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