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第2節 

2 豊かな精神、健康な身体を育む遊びと環境

(1) 自然の豊かさと心の豊かさ

 環境庁が平成7年に行った調査の中から、春、夏、秋、冬それぞれの季節の訪れを感じる事象として、連想することを思いつくだけ自由に記述してもらった結果を見てみよう(第1-2-27図)。春の訪れを感じることとして、植物に関連した回答のうち、挙げられた具体的な花等の名称を見ると、子ども世代(小学5年生及び中学2年生)と成人世代とで顕著な差が見られた。成人世代の方が多くの花を回答しているが、これは生活体験の長さ、行動範囲の広さ、自然に対する知識量などを反映しているものであろう。このことは、季節感の豊かさ、例えば、様々な花に季節の訪れを感じるためには、その前提として身近なところで多様な生態系が保全され、また、大人から子どもへと環境や生活の中で季節の変化を感じる経験が伝承されていくことの大切さをうかがわせる。
 次に、児童期に山や川で動植物とふれあう遊びをした人とあまり遊ばなかった人を比較して、自然とのふれあいが人間形成にどのような影響を与えるか考えてみよう。環境庁で実施したアンケートでは、児童期における自然とふれあう遊びの経験と環境問題の価値規範・関心・知識、行動の実施状況との相関関係を分析した。第1-2-28図は、自然とふれあう遊びの経験と環境保全に対する考え方をまとめたものである。各地に共通して、自然とふれあう遊びの経験が多いほど、「環境保全を他の豊かさよりも優先する」という意識が多くなっている。こうした傾向は、関心・知識・行動の実施状況にも示される。児童期における自然とふれあう遊びは、自然への親しみ感や愛情を醸成させ、人間と自然とのかかわりを知覚させるものと考えられる。さらに、自然とのふれあいが遊びという行為を通じてなされることの意味も大きい。遊びの特徴は、?自発的な行為・活動であること、?行為そのものが目的であること、?不確定で自由な行為であること、?遊ぶ主体が可能態(心理的に開放された状態)にあること等が挙げられる。遊びを通して、自発的に、楽しく自然とふれあうからこそ、自然への思いが醸成される。そして、遊びが不確定な行為であるからこそ、子どもは自然とのかかわりにおいて様々な場面に対峙し、創意を持って自然に対処し、知識を獲得するのである。
 また、最近、いじめや登校拒否が社会問題となっているが、これらの問題に取り組んでいく上で、自然や遊びとのかかわりの大切さが認識されるようになってきている。登校拒否児童生徒に対する指導で、各地で試みられているものの一つに自然の中で生活をさせる方法がある。室内での指導と、自然の中でのそれとの差については、個々人の心の病の程度に差があり、一定の基準もないため定量的な分析を行うことは極めて難しいと考えられるが、実際に指導に当たっている現場からは、豊かな自然の中で生活させた方が効果が高いという声も聞かれる。その理由として、子ども達の多くが対人不安が強いため、不特定多数の人々が多数出入りしにくいところ、すなわち、自然の中の方が安心できるであろうことや、生活を営むためには体を動かすことが必要な環境が良好な効果をもたらしていること、また、何よりも多くの生物とのふれあいが子ども達の精神に安らぎを与えることが指摘されている。



(2) 豊かな精神、健康な身体を育む遊びと環境

 豊かな自然に囲まれた地域の方が、子ども達にとって魅力が高く、また、子どもが健やかに生まれ育てられる環境づくりのために、自然環境の保全や遊べる環境の整備に関する要求が高い。第1-2-29図は、小学校6年生に対するアンケート結果であるが、大津、岩手、山形、諏訪では男子生徒の5〜6割が、その地に住みたいと答えているのに対して、東京、大阪等の都市地域では、3〜4割にとどまっている。女生徒については、男子生徒に比較すると都市部に住みたいという者の割合が高く見られるものの、いずれの地域においても3〜4割の範囲内となっている。先の「児童環境調査」によれば、保護者から見て近所にあったらよいと思う遊び環境について、「木や小川があり、木登りや泥んこ遊びのできる小公園」、「野球やサッカーなどができる広場」、「安全に泳ぐことのできるプールや川や海岸」、「隠れんぼや冒険遊びができる原っぱや空き地やがらくた広場」等が示された。このように豊かな精神、健康な身体を育む遊びのためには、自然の遊び空間を確保することが重要である。こうした空間の確保の例として、東京都世田谷区の事例を見てみよう。これは住民主体のプラニングの先駆けとして位置付けられると考えられるが、同区では、遊び場として手を加えない原っぱを残しており、行政と地域住民、ボランティア団体が連携をとって(第1-2-30図)、3つのプレーパークの運営に当たっている。世田谷区は、児童健全育成事業の一つとして運営に携わり、地域住民は、各プレーパークの会を通してその事業を支援することができ、世田谷ボランティア協会が区の委託を受け、実際の各事業の運営を行っている。プレーパークには常に2名のプレーリーダーがいて、遊べる環境や雰囲気作り、困りごとの相談、ケガの応急手当等を行うなど大切な役割があり、子どもの活動をそれとなく見守るが、遊びを指導する先生ではない。幼児から老人まで、世代毎に「自然とのふれあい」に求める意味は異なることから、立地空間や世代別のかかわりに応じたふれあいの場を確保していくことが有効であろう(第1-2-4表)。各地に残された自然資源やその空間の保全・活用について、環境教育の観点はもちろんのこと、森や林、川、湖沼、海などの自然空間を中心とした子ども達の遊び場としての活用を考慮した運営管理の面からも研究が望まれる。例えば、河川の3面張りで「うろ」(水中の水草の根や石の下などの穴)が無くなり、おもしろいとされた「うろつかみ」(うろにひそむ魚を手探りで獲ること)ができなくなるといったこともある。こうした場所には、意外性のある自然の遊びの空間を残すという配慮も大切であろう。
 諸外国における取組の例として、ドイツのミュンヘン市を見てみよう。同市の教育活動・遊び文化協会では、都市計画に遊びの要素を取り入れるため「都市における遊びのネットワーク」の計画、実践に向けた活動を行っている。これは、遊びの活性化と遊び空間の設計とを密着させ、遊びを「子どもの文化」と位置付け、社会文化的な観点と教育的な立場に基づき遊びを取り入れようとするものである。同市では、1989年に「遊び空間のある都市」をテーマに、遊びバス、遊びの日、遊び活動家と教育家たちの監修による遊びの家と冒険グラウンド等を設けた。また、オーストラリアの南オーストラリア州は、子ども達が安全に、健康的に、そして楽しく遊べる場を地域の隅々にまで多数作るために、住民に必要な情報を提供し、指導することを目的として1988年に遊び場相談所(PlaygroundAdvisory Unit)を設立し、遊具中心の遊び場計画をより包括的に周囲の自然環境とのかかわりを重視する方向へと軌道修正するように働きかけている。オーストラリアでは、こうした相談所が他州においても設立されている。
 子どもの感性を重視した遊び場の例として兵庫県立こどもの館がある。このこどもの館の特徴は、子どもの創造性を高めるため、コンピュータや遊具を置かないこととしている点が挙げられる。世界各国の児童からデザイン画を募集し、入選作品をプロの彫刻家、建築家が敷地内に建てるという、子どもの感性や創造力を大切にした企画を実施しているほか、こどもの成長後の活動を期待して、プロの劇団員による児童の演劇指導を行っている。なお、子どもと自然とのふれあいを促す目的で、博物館や科学館では仮想現実(VR:VirtualReality)の技術が用いられることがある。仮想現実は、“水のない水族館”のように、臨場感のある映像と音響により、現実世界を疑似体験させる。自然に近いものとふれあうことは、子ども達に生の自然への関心を喚起させることができれば効果的であるが、人工の花が実物の花よりも美しいと思うなど、仮想現実を現実よりも優先させる価値観を持たせるおそれもある。
 先に屋内での遊び時間が増えていることが示されたが、屋外でより多様な遊びを促進するためには、親子での遊びに加え、プレーリーダーの養成も有効であろう。こうした観点から、例えば、野外での火のおこし方、鎌やロープの使い方、アウトドアスポーツ技術、インタープリテーション技術等を有する人材の育成に努めている専門学校が見られる。今後こうした人材の育成が促進されることが期待される。また、山村留学なども活用されている。都市部の子ども達を対象に、稲刈りや田植えの農作業体験、森林散策、いかだ作り、川遊び等を実施し、また、同様の活動を行う団体や専門家の情報交流や研修を行っている例がある。自然とのふれあいを伝え、広げようとする非営利団体活動が、非営利団体同士、あるいは行政や企業との連携の下に、今後も活発化していくものと考えられる。
 自然とふれあう遊びは、動植物を観察するものから、動植物を採取する遊び、植物等を細工して何かを作る遊びまで様々である(第1-2-5表)。しかし、遊びの空間や時間が確保され、自然と接する機会が得られても、例えば、キャンプ等においてその過ごし方によっては自然不在の破壊汚染型のものとなる可能性がある。例えば、過剰照明などの光害、スピーカーの乱用などの騒音、排気ガス等の大気への負荷、自然破壊等が考えられる。都市的な過ごし方を望むあまり、必要以上に快適な施設を望む声があるが、施設造成に伴って環境負荷が生じる可能性や利用者の過ごし方によって都市・生活型の負荷発生源の拡大となる可能性に十分留意する必要がある。こうした環境への負荷が少なく、自然体験をより深めることができる過ごし方としては、自然観察、登山、クロスカントリースキー、バードウォッチング、シュノーケリング、オリエンテーリング等が挙げられる。この他、研究調査、野生生物のための聖域作り、自然歩道づくり、森林づくりなどによって自然保護等を経験する過ごし方もある。先に見たような都市の生活をそのまま持ち込むような過ごし方に比べて、シエラクラブのLowImpact Methodに見られるように、環境への負荷の少ない過ごし方を心がけ、自然体験の深化を求めることで、変化のある多様なキャンプの経験を得ることができよう。
 ・ シエラクラブ:Low Impact Method(一部抜粋)
 ・ 正火(煙の出る焚火)は燃やさない(ストーブを持参せよ)
 ・ 草地に寝ない。裸地なら十人寝ても痛まないが草地は一人寝ただけで激甚な悪影響がある
 ・ 炊飯は水源から(17m以上)離れてせよ
 ・ 水際にキャンプをしない。野生動物が水を飲みに来られなくなるではないか
 ・ 「キジをうつ」(野糞をする)ときは、一番分解し易い深さの穴に、雪山などではビニール袋に入れて持ち帰れ
 ・ 重い登山ぐつで歩くな。装備もなるべく軽くして地面への悪影響をさけよ
 ・ 大きな物音、派手な服装、夜間の照明いずれも御法度
 子どもは、自然の中での遊びを通じて、仲間をつくり、遊びの技術を身につけ、また、自然の形や色、その仕組みと変化などを豊かに感じる感性を身につけていくのではないだろうか。従来、子どもの遊び相手となってきたのは、昆虫や雑魚などの小動物であった。それらは身近さ、種類や個体数の豊富さ・多彩さ、行動のおもしろさ、意外性、俊敏性といった、遊び相手としての条件を何よりも備えている対象である。こうしたものが持つ多様性、複雑性、意外性等に対応することを通じて、子どもが、自然の摂理を理解し、その中での自らの行動力を養い、さらに社会に対して適応しながら働きかけていく力を育てていくものと考えられる。身近な環境に多様な生物が生息することは、それらとの接触を通じて豊かな遊びを育み、次世代の健全な自然観をつくっていく上でも欠くことのできないことであろう。
 遊びの道具についても、自ら創意工夫を生かして道具を作成し使うことから、代わりのある既製の道具を購入し、あるいは与えられて使う方向への変化が示されたが、前者では、道具(遊具)の作成を通じて創造力、手先の器用さが育てられ、材料の性質等に関する知識や理解力の向上が期待され、後者との間で道具に対する愛着心が異なってくることが考えられる。こうした愛着心は、ものを大切に使うという心を育み、現在の大量生産、大量消費、大量廃棄型の経済社会システムに変革が求められている状況に対して、足下からの取組を始め、広げていくことに資するのではないだろうか。
 また、様々な年齢層からなる遊び集団において相手に対する思いやりや人格の尊重といった人間関係の基礎を学ぶこと、さらに遊びを通じた世代間の交流が自然と共生してきた人間の文化と英知を継承、発展させていくことにつながることは遊びの有する重要な意義ではないだろうか。
 現在、身の回りの環境が、経済上の効率性や生活の利便性のみを求め、あるいは経済価値に換算しにくい「遊び」の空間を排除していく動向の中で、遊びのおもしろさを探求できるような、多様な可能性なども含んだ場が確保されるように環境の保全や復元の方向を目指していくことが課題となっている。

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