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第2節 

1 遊びの変化と環境

 1943年、コペンハーゲンのエンドラップに世界で最初と言われる冒険遊び場が作られた。その後、こうした遊び場は、世界的な広がりを見せる。その背景としては、優れた環境が本来持つ「遊び」を可能にする機能が、現代社会の中で見直され、人の手によって守り伝えられていく必要性が次第に認識されてきたことがあると考えられる。遊びは、運動能力の向上はもとより、自然の科学的理解の基礎を与え、また、協調性や創造性、判断力その他の人格形成や社会生活の訓練等、極めて重要な役割を有する行為であると考えられる。特にこれまでの遊びは、年長、年少を含む遊び集団に各人が属し、その集団が自然の中で活動的に動き回っていたこと等が特徴とされるが、その遊びが、近年の環境の変化、とりわけ遊び場としての自然の喪失等に伴って、質的にも、量的にも変化してきたと言われている。

(1) 遊びの質的な変化 −屋外から室内へ、多様性から画一化へ−

 遊びの質を玩具などの移り変わりで見るとどのように変化してきているのだろうか(第1-2-1表)。環境庁では、世代により、また都市内・都市近郊・比較的自然の残された地域により、遊びの内容等がどのように異なるかを調べるために、平成7年にアンケート調査を行った。その結果を年代ごとに集計、比較することで、遊びの種類や意識面での変遷を浮き彫りにしたい。
 児童期の周辺の環境について、調査対象となった宮城県仙台市の都心で約5割、また、仙台市の郊外、山形県新庄市では、6〜7割の者が、森や林、川等自然に接しやすい状況にあったとしており、これらの地域は比較的自然と接することができる地域であると考えられる。しかし、児童期によく遊んだ場所として、特に現在の小中学生は、周辺の環境にかかわらず平均して約8割が「家の中」と回答している。一方、高齢層では「川や河原」、「草むら・原っぱ」などの回答が多く、現在の子どもより屋外で遊ぶことが多かったことがわかる(第1-2-5図)
 遊びの内容を年齢層別に見ると40代から60代の男性は、木の枝で刀やゴムパチンコ等を作ったり(第1-2-6図)、田畑や野原にいるスズメ等を捕まえたり(第1-2-7図)、わらで草履を作ったり、案山子を作る遊びが多かった。全体的には男子の遊びの種類が多かったのに対して、ツクシを摘む等の植物採取は、女子の方が多かった(第1-2-8図)。水辺の遊びとしては、砂遊び、石積み・石投げ、ホタルの観察・捕獲が多く、水辺の鳥の観察、貝拾い、水中に生息する昆虫の捕獲等が少なかった。その他の遊びとしては、鬼ごっこや缶蹴り、球技が全体的に多かった。
 一方、最近の子ども達は、テレビ(パソコン)ゲームで遊んでいる。これは、アンケートで聞いた遊びのうち小・中学生の回答率が最も高く、20代男性では高いものの30代以上になるとほとんどない結果となった(第1-2-9図)。また、最近の児童はその8割以上が1時間以上テレビの前におり、3時間以上テレビの前にいる児童が約2割もいることも示されている(第1-2-10図)
 次に、水辺の生物相と遊びの時代変遷について、平成6年に琵琶湖博物館(仮称)開設準備室が行ったアンケート調査を見てみよう。遊びの種類としては、直接小動物を捕らえたりする遊びが減り(第1-2-11図)、遊び道具の種類・工夫が減り、捕らえた小動物の処理の仕方が変わってきている。例えば、生き物の捕獲方法について、祖父母世代や父母世代では、日用品である「ざる」や「かご」、あるいは農具の「ふるい」を利用したりする道具の「転用」が行われ、又は手作りの釣り竿や道具も多く利用されたが、現在の子ども世代では捕獲専用の道具(竿や網)を購入して利用することが圧倒的に多くなっている。捕獲後の生き物の処理の仕方についても大きな世代差が認められた。祖父母・父母世代では捕獲したものを「食べる」ことが多かったが、現在の子ども世代では食べたり、餌とすることが大きく減った一方で、「逃がした」り、「飼った」りしている(第1-2-12図)
 こうした遊びの変化は、どのような意識の変化を反映しているのだろうか。この調査では、「おもしろかったこと」、「こわかったこと」、「しかられたこと」のそれぞれについて主体、対象、社会とのかかわりという観点から分析している。「主体」の観点からは、世代が下がるにつれて、手づかみなどの生き物との直接的な接触が減り、疑似体験のように接触のない遊びが増えているが、生き物とふれあえる遊びをおもしろいと感じる傾向は今も変わらないこと、また、遊びの道具作りが減っていることも示された。また、「対象」が少なくなれば、遊びは、その意外性、多様性を失い、単調なものとなる。対象(生物)の多様性を維持することの意義は、こうしたところにも見られる。「社会とのかかわり」については、その希薄化が見られ、多様な遊びを受け継ぐことの必要性が感じられる結果となった。
 最近の子どもたちは、自然体験や生活体験の不足が指摘されている。総理府が平成5年に実施した調査では、「最近の子どもには、生活体験や自然体験など『体験』が不足している」とする者が7割近くあった。また、不足している体験としては「ナイフを使って鉛筆を削るなど、道具を使う」、「年齢層の違う子ども同士で、遊びやスポーツなどの活動をする」、「草花などの植物を育てたり、野菜、果物、魚などの食物を見たり、食べたりして、季節感を味わう」などが示された(第1-2-13図)。国立那須甲子少年自然の家を利用した小・中学生を対象とした平成7年のアンケート調査の結果が第1-2-14図である。自然体験に関する事項で、過去1回も経験がないとの答えがあったものとして、「高さ1,000メートル以上の山に歩いて登ったことがない」、「日の出や日の入りを見たことがない」、「チョウやトンボをつかまえたことがない」他があり、過去の調査よりもかなり増えている。
 以上、遊びの質的な変化としては、テレビやテレビゲームの普及、視聴時間の増加に伴い戸外における遊び時間が減少し、地域における遊びの多様性の喪失、画一化が進んでいること、また、動植物などの自然の素材を活用した地域的、伝統的な遊びについても世代間でかなり違いがみられ、特に動植物との遊びが少なく、単純化している傾向が見られること、さらに、自然の中での体験が減少していることが示された。


(2) 遊びの量的な変化等 −遊び場と遊び時間の減少−

 地域と時代による遊びの量的な変化として、遊び場の変化を見ると、都市とその近郊において自然との直接的なふれあいを可能にする遊び場の減少が見受けられる。「横浜市におけるあそび空間量の変化に関する調査」(昭和49〜56年実施。仙田満らによる)をみると、昭和30年頃は遊び空間(遊びの場となり得る空間の量)がまとまって存在したが、昭和50年頃には、それが小さく分散化している(第1-2-15図)。内訳を見ると、特に「自然スペース」(川、池、森、雑木林、田畑等)は減少が著しく、昭和30年頃に比べると昭和50年で約80分の1にまで減少しており、全体的にはこれらの遊び空間は、20分の1程度に縮小している(第1-2-16図)。昭和60年頃から第2の変化とも言うべき現象が見られ、横浜市における遊び空間の量は、昭和50年頃に比べ半減している。この時期の変化として特徴的なことは、地方都市の遊び空間の量の減少が著しいことである。遊び空間の量を国際的に比較してみると、トロント、ミュンヘンが傑出しており、これに比べると我が国の都市(横浜、名古屋)は、遊び空間の量が少ないことが示されている(第1-2-17図)
 次に、第1-2-18図は遊び時間の変化を示したものである。自然や生物に直接ふれるような戸外での遊びの時間は、時代とともに減少してきている。昭和40年頃に屋内での遊び時間の方が長くなり、現在では子ども達が外で遊ぶ時間は、屋内の4分の1となっている。国際的に見ると、子どもの一日の遊び時間は、先の調査対象となった6都市の中ではトロント及びミュンヘンが長く、名古屋がこれに次ぐ。ソウル、台北、横浜は他の都市に比較して遊び時間が少ないことが示されている(第1-2-19図)


(3) 遊び仲間の変化等 −タテ(年齢)とヨコ(友人数)の狭まり−

 遊び仲間については、交友関係の縮小、希薄化により、年齢と能力の異なる者の集団から年齢が同じで能力の同様な集団ないし個人での遊びへといった変化が見られる。よく遊ぶ友人の有無等について、先の「児童環境調査」を見ると児童の66%が普段よく遊ぶ友人は「決まっている」と回答している。「友人が決まっている」と答えた割合は、前回調査(昭和61年)に比べ、男女どの学年とも少なくなっており、交友関係の希薄化が示されている。また、よく遊ぶ友人の数については「4〜5人」とした回答は前回と同程度であったが、「6人以上」は減少しており、交友関係が狭くなっている可能性が伺われる。
 国際的に遊び仲間の年齢構成を比較すると、都市間の相違が顕著に見られる(第1-2-20図)。ソウル、横浜、名古屋では、年齢の異なる集団は20%以下で、ほとんどが同年齢集団となっている。なお、米国では、誘拐その他の犯罪の多発・日常化により、遊びのスペースはあるものののびのびと遊べないことが指摘されている。一方、ドイツ、カナダでは、労働時間が少なく地域で過ごす大人が子どもと共に戸外で遊ぶ光景が多く見られるとされる(仙田満「都市におけるこどもの遊び場」平成4年)。子どもの遊びにはこのような大人の存在も重要である。


(4) 遊びの変化と身体

 先に、自然と直接ふれあう遊びなど戸外における遊びの時間が減少し、テレビゲームなど屋内での遊びが増加している傾向が示されたが、こうした遊びの変化と身体のかかわりを見てみよう。
 平成6年度体力・運動能力調査によると、大まかな方向として、男女とも昭和50年頃までの向上傾向は顕著であるが、以後昭和60年頃までは停滞傾向が続き、それ以後は、程度の差はあるもののほとんどの年齢層において、体力、運動能力ともに低下傾向を示している。このことは、遊び時間の減少と何らかの関係があるのだろうか。第1-2-21図は、先ほどの遊び時間のグラフと体力・運動能力のグラフを併せて示したものである。これによると、昭和40年頃に室内での遊び時間が戸外でのそれを上回り、戸外での遊び時間が概ね2時間を幾分下回る昭和50年頃以降、体力の低下が見られるようになり、これ以降は、極めて緩いものではあるが戸外での遊び時間と体力の低下の間に相関関係が見られる。平成6年度体力・運動能力調査では、学校所在地の地域特性(過密地域、市街地域、農村的地域)、居住地の地域特性(過密地域、市街地域、農村的地域)、職業、その他の生活諸条件と体力・運動能力との相関関係について考察している。これによれば、小学校高学年児童及び中学生については、学校所在地の地域特性に関する比較的多くの項目で有意な相関が示された。(第1-2-22図)。遊びにおいても都市の利便性、快適性、安全性への慣れが生じ、これが対応や判断力を鈍らせているとの指摘がある。
 次に、テレビ、テレビゲームと身体の関係を見てみよう。奈良県の小学校生徒の養育者に対するアンケート調査では、テレビをよく見る生徒ほど、食欲がない、偏食ぎみなどという心身症状が現れているという結果が得られた。テレビをよく見る子どもは、7.8%が食欲がなく、19.8%が偏食傾向であるのに対し、あまり見ない子どもは、それぞれ2.2%、9.4%であった。また、テレビゲームを毎日する子どもでは、目をぱちぱちさせるという症状が有意に現れている。その他、テレビゲームの実施状況と咳をするなどといった戸外での遊びを阻害する要因となるような心身症状との相関関係も見られる(第1-2-2表)


(5) 遊びの変化をもたらしたもの

 これまで見たように、環境の変化等に伴い「遊び」は時代とともに質的、量的に変化しており、そのことが、運動能力等に少なからぬ影響を及ぼしている可能性が示唆された。昔と今の遊びを比較すると、遊び場については屋外から屋内へ、遊び道具は自然の素材、自ら作った道具から、人工素材・既製品へと移り変わり、遊び仲間については、異なる年齢と能力の集団から同じ年齢と能力の集団ないし個人での遊びへといった変化が見られた。こうした遊びの変化は、広範な社会経済構造の変化に伴って生じたものと考えられ、その背景には様々な要因が考えられる。
 親から子どもへ伝承される遊びの減少が指摘されるが、淡水生動物の呼称を聞いた調査では、祖父母世代と父母世代では、呼称の多様性は同程度であったが、児童世代では、その多様性が概ね半減していた(第1-2-23図)。このことから、祖父母世代と父母世代との間では、各地域で独特の呼び名、使われ方をしていたが、今の子ども世代には、それが伝承されていないことがうかがわれる。このことは、現在の子どもが生き物と接する機会が減少していること、そしてそのような伝承の場がなくなっていることなど様々な環境の変化・社会的変化を示していると思われる。このような自然と直接ふれあう遊びが伝承されず、遊びに変化が生じている時期は、急速なテレビの普及の時期に当たっているとする指摘もある(第1-2-24図)。最近の親子のふれあいの時間について見ると、平日における父親の子どもとのふれあいの時間は1時間未満が8割弱であり、うち、まったく時間がないと答えたものも1割あった(第1-2-25図)
 遊びの空間が減少していることの背景には、子どもの遊びに配慮せず、いわば大人の都合で開発を続けてきたことが挙げられる。先に、遊び場の減少を2つの時期に分けて捉えたが、昭和30〜50年頃の変化は、高度経済成長の時期に当たる。都市化の進展が都市空間を大きく変え、その過程で遊び場も減少していったものと考えられる。一方、近年の変化は、特に地価の高騰等により、経済的な価値を生み出さない遊び場としての空間が排除されること等も要因として指摘されているが、地方小都市での遊び空間の減少が顕著なことが特徴として挙げられており、それ以前の大都市中心に進んだ遊び空間の減少が、日本中にあまねく広がっていることを示している。
 昔は道路が貴重な遊び場であったとされるが、今は危険な場所となっている。英国環境省による子どもの遊び場所調査(第1-2-3表)によると、低・中層住宅団地では、多くの子どもが道路上あるいは道路脇の舗装したところで遊んでいることが示されている。
 また、加熱する受験競争や塾通いも遊び時間の短縮、遊び仲間の同年齢化、少数化の一つの要因と考えられる。こうした学習塾等の習い事に通っている生徒の割合について、トロント、ミュンヘン、ソウル、台北、横浜、名古屋についての国際比較を行った先の調査によると、学習関係の習い事はトロント及びミュンヘンで5〜9%であったが、他の都市では、40〜50%であり、また、この両都市では、ピアノやバレエ等の情操教育が習い事の大半を占めたことが示されている。我が国における習い事の現状は第1-2-26図に示されるように、小学高学年で約3割、中学生で5割以上の生徒が学習塾に通っている。かつて、フランスでは宿題を禁止し、韓国では塾を禁止した例がある。法律などによる規制等には問題が残ろうが、子ども達の自由な遊び時間を確保することが重要となろう。

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