前のページ 次のページ

第2節 

4 平地、里地の自然との共生に向けた新たな取組

 このように、一方で平地、里地の自然の減少と荒廃が進み、他方で自然とのふれあいを求める意識が高まりを見せる中で、この両者が適切に結びついていくことにより、現代における人と自然との新たな共生が形づくられていく可能性はないだろうか。ここでは、そのような観点から、国内外における取組の例を見てみよう。
(1) 海外の取組
 英国環境保全ボランティアトラスト(BTCV)は、英国の「ごくありふれた田園景観」と、そこに共存する「特にめずらしくもない野生生物」の保護を目的とする公益団体で、自らは保全地を所有せず、専らその保護管理を市民ボランティアの参加の下に実践的に行っていることに特徴がある。その活動の一つに、一週間単位で行われる「保全合宿」(ナチュラル・ブレイク)があり、余暇活動の一環として一般市民が気軽に自然保護活動に携われる場となっている。システムとしては、一年間に500回以上、全国的に行われる保全活動プログラム(失われた生け垣の復元、刈り込みなどの維持管理、石垣の積み直し、植樹や森林管理、自然歩道の補修等)の中から自分に合った活動内容、場所、日程のものを選び、日本円にして4,000〜8,000円程度の参加費(宿泊費、食費等に充てられる)を支払って参加するというもので、保全活動は訓練されたリーダーの下に行われる(第3-2-4表)。このようなシステムは、自然保護活動に興味のある人々と保護管理が必要な自然とを結びつけるものとしても注目される。
 また、BTCVは、全国の各地域で実践的な自然保護活動に取り組む市民団体に対して助言と助成を行うとともに、保護活動に関するトレーニング・コースの実施を通じて、これらの団体の活動を支援している。さらに、BTCVには、多数の学校が加盟しており、環境教育の一環として学校ぐるみの自然保護活動の促進に寄与している。BTCVのこのような活発な活動が可能となっている背景の一つには、環境省等の政府機関、各地の地方自治体、民間企業等との緊密な連携が確保され、国民的活動として認知されるとともに、財政的にも実質的なバックアップを受けていることが挙げられる。
 我が国の里山保全団体とBTCVとの交流も始まっており、今後、BTCVのような取組が我が国においても、我が国の風土に応じた形で進められていくことが期待されよう。


(2) 国内の取組
? 地域の身近な自然環境の保全に向けた取組
 我が国においては、昭和50年代半ばころから、「ホタルの里復活運動」など、身近な昆虫類を復活させようとする市民運動が各地に起こり、それと呼応して里山保全運動や水辺の自然環境の保全運動が進められるようになった。現在では各地でこのような身近な自然環境を保全する運動が展開されるようになってきている。例えば、最近では、東京都と埼玉県の境にある狭山丘陵の自然をまもるために「トトロのふるさと基金」運動が展開されている。保全の方法としては、広く一般の人に募金を呼びかけ、市民の手で土地を買い上げ、保全・管理していくというナショナルトラスト方式をとっており、「トトロ」という皆に親しまれている映画のキャラクターを運動のシンボルに据えたことにより、小中高生を含む多くの人々から寄付が寄せられた。その結果、運動開始1年4か月後の平成3年8月には雑木林の一部(第1号地)の取得に成功し、現在2号地の取得に向けて活動を続けている。運動では、狭山丘陵の自然観察会や雑木林の清掃等の企画を随時行うことにより、土地取得後の維持管理も含めて一般市民の積極的な参加の中で保全がなされていくことが重視されている。地元自治体の所沢市及び埼玉県では、このような市民の取組を受け、1号地の周辺の買い取りを決定するとともに、環境庁・埼玉県では「ふるさといきものふれあいの里」の整備を行うなど狭山丘陵の保全を進めている。市民主導の保全運動のみでは、資金的な制約等から、どうしても保全地域が狭い範囲にとどまらざるを得ない場合が多いが、このケースでは、地方自治体等による支援と連携により、地域全体の自然を総合的に保全していくことが可能となった。
 一方、環境庁が緑地管理の課題について地方自治体に対し行ったアンケートによると、第1に「管理費の増強」が、そして第2に「市民の積極的参加」が多くの地方自治体にとっての緑地管理上の課題となっている(第3-2-7図)。これを同時に行った自由記述の回答と合わせてみると、緑地管理費の不足を市民ボランティアの積極的参加によって打開したいと考えている自治体が多いことが分かる。
 そのような中で、横浜市の「横浜自然観察の森」等では、多くの市民ボランティアの参加の下で、その保全・管理がなされている。同自然観察の森の運営は、財団法人に委託されており、その下で広く市民の参加を募って「雑木林ファンクラブ」という環境管理型の活動が実施されている。活動内容としては、育林や下草刈り、落ち葉かきなどの雑木林の維持・管理作業、草木染めや炭焼きなどを通じた雑木林の利用、さらに林床植物調査などが複合的に組み合わされており、維持管理を含めて楽しみながら雑木林の現代的な活用が図られている。また、このような行事への参加者の中から有志が集まって自主的に雑木林の管理作業を行うグループが生まれている。このような例は他の自治体においても参考になると考えられ、情報交換等により経験の共有を図っていくことが重要であろう。
? 都市と農村の交流
 有機農産物の産地直送等を通じて築かれる、都市と農村の「お互いに顔の見える」関係が発展して、お互いの地域の環境保全に結びつく事例も見られる。
 例えば、山形県遊佐町農協(現庄内緑農協)と首都圏で活動を展開する生活クラブ生協は、20年来、安全でおいしい米の共同購入を通じて交流を続けてきている。遊佐町では、生活クラブ生協との交流によって、合成洗剤使用を控えてせっけんを使う運動が定着するなど、環境保全意識が交流を通じて形成されてきた。このような中で、同町では、生協からの支援を受け、町民の生活用水と農業用水に用いられている河川の上流で操業を開始した工場の買収・移転を行ったことをきっかけに、清流を守る基本条例が制定された。また、生協では町の「恒常的な環境保全と監視」のための基金設立を組合員に呼びかけ、カンパにより集められた資金を基に町の環境保全基金が設立されている。このように安全でおいしい農産物の購入を通じた交流は、その農産物が生産される環境のもとに都市の農産物購入者の生活が成り立っていることを認識させるきっかけとなった。また、このような安全でおいしい農産物の購入は、購入者の健康のためであると同時に、その生産方法が環境保全型であるという点に着目すれば、生産地の環境の保全のための対価を支払っているという見方も可能であろう。
 他方、地域の里山保全運動等をきっかけとして都市と農村の交流が生まれ、それを通じて地域の自然の維持が図られているケースもある。広島県上下町では、ゴルフ場開発計画が町に持ち上がったことを受け、地元住民が、開発予定地の立木を多くの人に買ってもらい地権者とともに開発の中止を求める立木トラスト運動を全国の賛同者の支援を受けて展開し、里山の自然を守ることに成功した。そして、ゴルフ場に代わる自然と共存できる地域の営みとして、きのこ狩りのできる椎茸園を開設することとし、立木トラスト運動を通じて生まれた地元とトラスト参加者とのネットワークを通じて椎茸のホダ木のオーナーを募集した。オーナーには、椎茸及び季節の野菜などを発送するとともに、地元とオーナーの交流のためのイベントの開催等を通じて交流が深められ、その関係の中で地域の自然が維持されている。
? 自然と人が共生した地域づくり
 高齢化、人口の減少等が進み、自然の維持管理が困難となっている地域においては、むしろその地域の自然環境を地域づくりの基盤に据え、地域づくりのあらゆる側面に環境保全を組み込み、地域の自然環境の適切な保全と活用を図ることにより、自然と人が共生した地域づくりを進めていくことが課題となっている。そのような取組はまだ始まったばかりであり、未だ模索の段階にあるが、ここではそのような取組の事例として熊本県阿蘇のグリーンストック運動及び山形県朝日町の取組を見てみよう。
 阿蘇では、先に見たように畜産業の衰退等の中で、伝統的な草原景観の維持が困難になってきている。このような中で、阿蘇の緑と水の生命資産(グリーンストック)を殖やし次の世代に引き継ぐことを理念として、英国のグランドワークトラストをモデルとして地元住民、都市住民、行政、地元企業等のパートナーシップにより財団を設立し、環境保全、農林畜産業の振興、快適な生活空間の整備、グリーン・ツーリズムの推進を一体的に考えた地域づくりが進められている。草原景観を維持するため、赤牛の自然飼育による生産を継続、育成するとともに、都市の消費者に安全でおいしいものを届ける産直関係を構築して都市住民と農業者との連帯を図っている。このような取組の中で、野焼きへの都市住民の参加を通じた交流も進められている。
 一方、山形県朝日町では、フランスのアンリ・リビエール(元国際博物館会議会長)が唱えた「エコミュージアム」という概念に基づき、地域づくりを進めている。リビエールの唱えた概念は、「行政と住民が一体となって、その地における人間と自然の関わりあいの歴史、生活、産業、習慣を写し出すような表現力を持たせるシステムをつくろう」というもので、エコミュージアムは「コア」と呼ばれるその地の歴史、生活、環境を総合的に理解できる中央館と、「サテライト」と呼ばれる衛星館から形成される。衛星館といっても、特別な建物が用意されるわけではなく、実際に生産活動を行っている農家や牧場、工房やその土地の自然を指し、地域の生活、環境を体験して味わう場として位置づけられる。朝日町では、地方の良さをきちんと見極め、都会の幻想にとらわれることなく、自分達の町固有の生活を楽しみ、自分達の町について学びながら、よく理解し、誇りを持って生活していくことを旨として、ゆとりを楽しむ、自然に親しむ、文化づくりを楽しむ等の観点から、例えば自然遺産のサテライトとして、朝日川とその流域の保全、八ツ沼の水辺環境の整備、町民の森の整備等を進めつつある。
 これらの事例からも学べるように、自然と人間が共生した地域づくりにおいては、何よりも地元の住民がその地域の自然に深い理解と誇りを持ち、その価値を現代の生活や経済に活かす努力を自ら主体的に行っていることが重要である。その際、必要に応じ、行政や地元企業等がその活動の輪の中に参加し、それぞれの役割分担の下に適切な支援を行うとともに、地域外の人々との交流を通じて地域外の人々が自然と人とが共生した地域づくりに参加できる仕組みをうまく形づくっていくことが地域づくりの成功の鍵を握るように思われる。

前のページ 次のページ