2 人間活動と土の関わり
(1) 土からの豊かな恩恵
環境の面から見ると土には、様々なはたらきがある。まず、土はあらゆる物質・エネルギー循環の要となっている。植物は、一般に土中の根により自らを支え、土中の水分と養分を吸収し、太陽エネルギーを利用して生存に必要なエネルギーを確保している。動物は、植物の作ったエネルギーを直接・間接に活用することで生存のエネルギーを得ている。生物の死体や排泄物等は土に戻り、微生物などにより分解され、再び植物によって吸収されるという、生命を巡る物質やエネルギーの大きなサイクルが繰り返される(第3-1-4図)。
ここでは、?農業の基盤として食物を生産したり、各種の工業製品の原料となり我々の生活を支える貴重な資源としての土の観点、?水を保持し、陸上での生物の生存を支えるとともに水を浄化し、地下水をかん養するというはたらきを有する土の観点、?多様な生態系を形成し、微生物等を生息させ、分解・浄化作用を有する土の観点、そして?それ自身の性質を安定に保つはたらきを有する土の観点から、我々が土から受けている恩恵について考察してみたい。
? 我々の生活を支える資源としての土
土には、食料生産等のための資源として我々の生存に不可欠な極めて重要かつ有限な資源としての側面を有する。
例えば、土壤は、食料となる穀物・野菜・果物あるいは家具・住宅などの材料となる木材を生産する機能を有する。
作物は、土壤の地力や気象条件、栽培方法等によってその収量等が異なってくるが、土は、作物が必要とする水と養分を貯蔵する役割を持っている。水は先に見たように土中のすきまに、また、養分は無機物や有機物などの固体の部分に蓄えられている。養分は、生物的、化学的作用を経て水に溶けイオンの形となって根から吸収されると考えられる。土中の粘土と腐植は、結合してコロイドとなるが、このコロイドはマイナスの電気を表面に持つため、プラスのアンモニウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン等を保持している。
また、作物の根は、地上部を支え、養分と水を吸収するものであるため、根を健全な状態に保つことが収量等のために重要である。適当な温度や根の呼吸に必要な酸素の供給など根にとって良好な条件を維持する上で、土の役割は大きい。
土はまた、各種の工業製品等の原料として我々の生活を支えている。例えば、陶磁器やセメント、ガラス、タイル、瓦等のセラミックスに粘土は欠かせない材料であり、医療品や農薬の担体として粘土が活用される。この他にも紙、特に重量感のあるコート紙や、鉛筆の芯など身近なところで土は工業製品の原料としても様々に活用され、我々はその恩恵にあずかった生活を送っている。
? 水質浄化・保水等のはたらきを有する土
我が国の森林面積は約25.3万km
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あるが、ここではおおよそ1cmの深さの水、すなわち25億トンの水を蓄えているとされる。土は隙間だらけであり、その隙間に水が入っている。水の動きは、土の粒子と水との間で起こる毛管現象に支配される。水が引き上げられる高さは半径に逆比例し、隙間が狭くなればなるほど水は吸い上げられ土の粒子に強く付着することになる。
そしてこのことによって、土中のすべての生物が、土中で水と生活でき、また、地中に根を張った植物は土中の少ない水を吸うことができ、さらに地上の幹や枝や葉にこの水を送り光合成によって太陽エネルギーを有機エネルギーに変えることもできるのである。このように、我々人類も含めて極めて多くの生物が土の保水能力による恩恵に浴しているのである。
ここで重要なことは、表土の性質が水循環に大きく影響するという点である。禿山の土では、間隙の多い表土が降雨により浸食されてしまっているので、降雨の大部分は地中にしみこむことができず、表面をつたって流れさり、洪水等の原因となる。他方森林の土は、有機物に富み団粒構造に近い構造を有するため、1時間に100ミリ近い豪雨でも、すべて地中に吸い込み、地下水をかん養するとともに徐々に河川に水を放出することができる。
同様に十分な管理のもとで団粒構造を持つ畑は、大量の降雨を土中に侵入させ、それを徐々に植物に供給する。一方、管理が悪く土が単粒構造となっている畑では、土中に雨を十分に受け入れることができず、その結果、作物は干害を受けやすい。
我が国では水田の果たしている機能が大きい。水田は、少なくとも1時間に200ミリ前後の降雨を一時的に貯留する能力をもっているとされる。日本の水田は総じて1年間に450億m
3
の水をいったん土中に浸透させ、その一割近くを地下水に供給するとされる。平成2年の我が国の生活用水の使用量が有効水量ベースで年間約142億m
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、工業用水が同じく約147億m
3
であることを考えると、水田の貯留能力の大きさがわかる。水田は、量的な意味で健全な水循環を維持する上で大きな役割を果たしているのである。
土は、水を浄化するはたらきも有する。有機物は、土に入ると土壤生物の食物連鎖により、最終的には水と炭酸ガスに分解される。また、ごみや生物の排泄物、遺体などは、物理的に土の粒子によって濾別される。さらに、土は、イオン交換作用により、クロムやカドミウムといった有害な金属イオンを保持することにより、土中の水を浄化しているのである。
また、地下水源に供給される水量を上回って地下水利用を長期間続けると、地下における健全な水循環が損なわれ地盤沈下が生じることとなる。都市域においては、道路舗装等により地下水のかん養が損なわれるおそれがあるため、道路、歩道や下水道を整備する際には適切に降雨を地中に戻していくという観点が重要である。
? 生態系の観点から見た土
ア 遺伝子の貯蔵庫
肥沃な表土には、多数の土壤生物が生存している。具体的には植物根、ほ乳動物、ミミズ・節足動物・線虫・原生動物等の土壤動物(第3-1-2表)、土は豊かな生態系を形作る遺伝子の貯蔵庫としての役割を有している。
イ 分解・浄化機能
土壤中の全生物群の10a当たりの生体重は、地域差があるものの、数百キロ以上に達し、これらの生物によって影響を受ける土の量は、1ha当たり1,000トンにも及ぶとされる。
落ち葉等の有機物は、ミミズ、ヤスデ、ワラジムシ、昆虫の幼虫などによって細かく破砕され、食べられ、糞として排泄される。この糞は、微生物によってさらに食べられ、最終的には、二酸化炭素、水、アンモニア、硝酸塩などの無機物に変換される。
ミミズによって食べられた土や腐植化していない植物は有機物のまじった肥えた土として排出されるが、こうしたミミズによる効果は、以下の通りである。1)土にすき間をつくることで、空気の通りや水はけのよい土を作る。2)ミミズの排泄物にはカルシウムが濃縮されており、土壤の酸性化を中和するはたらきがある。3)ミミズの排出物は微生物が消化しやすいため腐植化が進む。4)粘質物も排出するため、土の団粒化に役だつ。
ミミズによる土壤分解量には、様々な観察結果があるが、例えば、一年で1?当たり2.3〜6.1kgとするものや雨期の半年で1ha当たり225トンの分解をしたという報告がある。
微生物の中では、細菌、放線菌、糸状菌は、有機物の酸化力が高く、多数存在することから、これらが、物質の循環に果たす役割は大きい。
これらの土壤生物は、有機物を分解し、二酸化炭素を放出し、植物に必須の無機養分を分泌しており、こうした土壤生物の活動により肥沃な植物生育環境が保たれている。
次に、炭素、窒素、リンといった物質毎に土壤生物による循環の様子を掘り下げてみよう。
ウ 土壤生物による循環
(ア) CO2の循環
まず、土壤生物の活動によるCO2の循環について見てみよう。動植物の呼吸あるいは工場や家庭など人間の諸活動によって大気中に放出されたCO2は、植物の光合成により消費される。これにより植物内に蓄積された炭素は、植物自身あるいは植物を摂取した人間や動物の排泄物や遺体の土壤生物による分解、腐植を通じ、長い年月をかけて石炭や石油・天然ガスといった資源になるか、CO2として放出される。放出されたCO2は地上へ再び放出されるか、炭酸塩や重炭酸塩として土の中に蓄積される。
(イ) 窒素の循環
土中の有機態の窒素は、微生物の働きによりアンモニア態窒素に分解される(有機態窒素の無機化)。アンモニア態窒素から亜硝酸菌によって亜硝酸態窒素が、また亜硝酸態窒素から硝酸菌によって硝酸態窒素が生成される(硝化)。また、脱窒菌の脱窒作用により、硝酸態又は亜硝酸態窒素はガス状の窒素か窒素酸化物に還元される。さらに空気中の窒素N2はアゾトバクター、根粒細菌等の細菌やソウ類などの土壤微生物によって固定化されるなど土中の窒素は、微生物の様々な働きを通じて循環をしているのである。
(ウ) リンの循環
リンは、自然界では、一般にリン酸という形で存在し、窒素、カリウムとともに肥料の3要素である。火山灰土壤では、リン酸を使用しないと収穫は、作物によっては2〜3年でゼロ近くなる。動植物などの遺体等が土の中に入り、さまざまな微生物によって分解されて、リン酸ができる。リン酸は、炭素や窒素に比べ、土壤の吸着性が強い。その存在形態により土壤生物による利用性が異なるが、難溶性リン酸は、そのままでは植物に吸収されず、土壤微生物によって可溶性のリン酸に変化してから植物に吸収される(第3-1-6図)。
? 土の安定化機能
水に酸やアルカリを添加するとpHが急激に変化するが、土にこれらを加えてもそのpHは大きく変化しない。土はpHを激しく変化させる何らかの作用が加わった時にその変化を大きくやわらげる機能を有することがわかっている。この土の性質は、植物や微生物の生育環境を安定化することになる。この緩衝作用は、様々な土中物質の作用を総合したものとして発現されるため、土の構成成分が多様であることにより、幅広い緩衝機能を持つことができる。土にこのような緩衝作用が存在しないと、植物養分の有効性などに大きな影響を与えるとともに微生物を始めとする生物の生息ができないものとなる可能性があり、このような緩衝機能は、作物の育成、微生物の生息にとって極めて重要なはたらきである。
(2) 土への負荷
? 表土の喪失
土壤は、かつては、生成と流亡を繰り返しながら全体としてそのストックは釣り合いがとれていたとされる。しかし、現在起きている土の流亡は土の生成のスピードを上回っており問題とされる。土の流亡によって、土の有する様々な環境保全機能は根本から失われることになるのである。まず、そのメカニズムを見てみたい。
土壤の流亡は、水や風の作用によって起こる。土壤が水または風の作用により、流出あるいは飛散することを土壤侵食という。水による土壤侵食である水食は、降雨によって起こる。我が国は、傾斜地が多く、多雨な時期が多いので、水食を受けやすい。水食の程度は、自然要因、人為的要因によって影響される。侵食量は、気候、地形、植性、土壤、人為的要因によって決まってくる。風による土壤侵食である風食の程度は、風の強さ、土壤の乾燥状態、耐風食性に左右される。
我が国は、傾斜地が多いが水田によって表土流出防止や水のかん養等が図られている。今後は、一極集中や農山村の高齢化が進行する中で、農山村における水田や森林の保全管理が十分になされなくなり、土壤保持機能や水かん養機能等が低下することのないように留意する必要がある。
沖繩をはじめとする南西諸島は、いわゆる赤土で覆われている。1972年頃から、別荘地、レジャー施設、道路等の建設に伴い、赤土の急速な侵食と流出が問題としてクローズアップされるようになった。赤土の流出は、陸上では農業生産基盤の悪化、水土砂災害の危険の増大をもたらし、海域ではサンゴ礁や海藻、マングローブ林(熱帯、亜熱帯地域の沿岸域・河口域の潮間帯に分布する耐塩性を持った植物群の総称)などへ悪影響を与えるとして社会問題化した。なお、この問題への対応は後に見ることとする。
第3-1-3表は、世界及び我が国において得られた侵食の速さ(年間当たりの全削剥量)を示したものである。これによれば、我が国の山地の平均土壤侵食速度は500m3/km2・年、森林のそれは5〜100m3/km2・年とされる。
土壤侵食の進行により肥沃な土壤(表土)が失われると農業が成り立たなくなる。これが著しい場合には当該国の農業はもとより、その輸入先国の経済社会にも影響が及ぶものと考えられる。水食の防止には、畑の傾斜を緩めてテラス状にすることや、被覆作物の栽培、等高線に沿って土手や牧草帯を作ることなどが有効であり、風食の防止には、防風林や防風ネットの設置、わらや刈株などの障害物の植え込み等が有効である。こうした対策を進めることで、土壤侵食の防止に努めていくことが求められている(第3-1-7図)。
都市開発に伴う土地利用の拡大は、土地自然各要素に大きな影響を及ぼす。その影響は、都市開発の規模と内容によって、植性、土壤、地形、地質という順に現れるのが一般的である。まず、土地をさら地にするため樹木などが除去され、土壤が削られたり、埋められたりあるいは、コンクリートやアスファルトで覆われたりする。この際、傾斜地の場合は地表面形状の整形が行われる。さらに、大規模都市開発にあたっては、平坦地化を進める必要があり、丘陵地のように起伏量の大きい立地条件では、数m以上の切土、盛土を伴う大規模な土地改変が行われ、地形の基礎となる地質にまでその影響が及ぶ。
地形改変により生じた年間総移動土量を、その地域全体の面積で除した量(土砂移動速度)の内、広域に及ぶものについては、1960年以後の20年間で、(1〜2)×10
2
m
3
/km
2
・年になるとされる。この値は、湿潤温帯丘陵地の自然条件での平均的削剥速度の数十〜百数十倍に相当すると言われる。
? 産業活動等による土壤汚染
ア 土壤汚染の特色
土壤が汚染されると土壤の持つ様々な機能が損なわれることとなる。まず、土壤汚染の特徴を見てみよう。
土壤汚染の原因となる有害物質は、原材料の漏出や廃棄物の埋立等により土壤に直接混入する場合のほか、事業活動等による水質汚濁や大気汚染を通じて二次的に土壤中に負荷される場合が多い。土壤は、水、大気と比べその組成が複雑で有害物質に対する反応も多様であること等から土壤汚染の様態は水質汚濁、大気汚染と比較して以下のような特徴を有する。1)土壤が有する一定の浄化機能を超えて有害物質が負荷されるとこれらが蓄積され、汚染状態が長期に持続する(蓄積性汚染)。このため、原因物質の排出改善のみでは不十分であり、汚染物質の除去、無害化、封じ込め等何等かの対策を講じない限り、汚染状態は改善されない。2)土壤汚染による影響は、植物の生育や土壤生物の増殖には直接的に現れるが、人の健康に対しては主として水、大気、食品の汚染を通じて間接的に現れる。3)汚染の影響は農用地では比較的広域のものもあるが、一般的に局所的で、現地毎に多様な態様をもって現れる。4)水や大気は公共財としての性格をもつが、土壤の多くは私的財産である土地を形成している。
イ 農用地の土壤汚染
食料生産機能が阻害される例として、農用地の土壤汚染を見てみよう。我が国の農用地は、水田の形態での利用が多い。水田は、水を長期間溜めるため、鉱山廃水等の存在する地域では重金属の土壤への蓄積が起こりやすい。このため、我が国では、重金属による水田の汚染問題が発生した例が見られる。汚染源は、鉱山や有害物質排出事業所等であり、廃水やばい煙等の排出に伴い比較的広範な地域に及ぶ。また、水や大気を媒介としているため、汚染のレベルは、比較的均一である。その汚染のメカニズムには、鉱山等の汚染源から流出した有害物質を含む廃水が河川、農業用水を経由して農用地に流れ込むことにより土壤中に有害物質が蓄積するケースや有害物質を含むばい煙が大気を経由して農用地に降積し、土壤中に有害物質が蓄積するなどのケースがある。
代表的なものは富山県神通川流域等におけるカドミウム汚染、群馬県渡良瀬川流域等における銅の汚染、宮崎県土呂久等の砒素汚染である。これらの物質による被害には、農作物の生育阻害及び有害物質を含む農産物の摂食による人の健康被害がある。現在用いられている土壤汚染対策技術としては、汚染していない土を加える客土、土を入れ換える排土客土、反転等がある。
ウ 市街地の土壤汚染
近年、地下水の監視等を通じて工場跡地や有害物質取扱事務所敷地内で土壤汚染が発見されるケースが多くなっている。汚染の原因は、製造施設の破損等に伴う漏出、汚染原因物質の不適正な取扱、廃棄物処理法施行前の工場敷地内での廃棄物の不適正な埋立等が多い。汚染は局所的であるが、汚染土壤に起因する地下水等周辺環境への影響が見られる場合もある。汚染のメカニズムとしては、有害物質を取り扱う工場、事業場などからの排水(地下浸透)、施設の破損などに伴う漏洩、廃棄物の埋立等により、土壤中に有害物質が蓄積し、更には有害物質が汚染土壤から流出して水質汚濁を引き起こすことが考えられる。汚染物質は、カドミウム、六価クロム、砒素、鉛、水銀、シアン、PCB、有機塩素化合物(トリクロロエチレン等)等である。環境に対する影響は、汚染土壤から有害物質が溶出し、地下水及び公共用水域の水質を汚染して生ずる場合が多い。汚染の発生状況及び対策実施状況について見ると、工場、研究所などの再利用等の土地改変に伴って重金属やPCB等による汚染が顕在化する場合が多いほか、近年ではトリクロロエチレン等による土壤・地下水汚染の事例が顕在化している(第5章第3節207/sb1.5.3>参照)。土壤・地下水汚染対策技術としては、汚染物質の除去、汚染物質の溶出防止、地下水の流れの制御等がある。
? 農業と地力
我々の活動は、土壤が長い年月をかけて可能としてきた植物を生産しうる能力に対しても影響を及ぼす。地力(土壤の性質に由来する農地の生産力)は、有機物と無機物の適正な循環によって支えられていると考えられる。有機物の循環は、光エネルギー、炭酸ガス、水、無機養分から合成された有機物が、土壤表層で微生物等によって分解され、再び炭酸ガス、水、無機養分及び腐植として土壤に残るというものである。無機物の循環は、岩石の風化過程で少しずつ土壤に放出される無機養分が植物による吸収等を経て最終的に生物遺体となって土壤表層に集積するものである。その適正な循環により土壤表層に集積した有機物と無機物が、次の植物を生産する力となっている。
寒冷な気候の下では、落ち葉等の分解が進まず厚い腐植層を形成し、腐植酸により酸性化した土壤により、豊かな植物群落が形成されにくいとされる。また、熱帯地域では、有機物の分解が早く、いったん森林が破壊されると、土壤有機物は急速に分解し、急激な養分流出による著しい地力の低下が見られる(第3-1-8図)。
我が国は、湿潤温暖な気候によって豊かな地力を維持することができるとされるが、過度の耕作、必要以上の化学肥料の投入などにより有機物及び無機物の循環が乱されると、土壤生態系の破壊を通じて、地力は低下する恐れがある。地力の再生は困難であると考えられるところであり、家畜糞尿の畑地への還元などを通じて有機物や無機物の適正な循環を確保していくことが有益であろう。また、我が国においては、農業の担い手の減少、高齢化、単一経営による家畜との結びつきの低下等の社会的事情により地力の維持が困難になることが考えられる。今後は、こうした点を視野に入れた対策も必要となろう。
? 危機にある世界の土
世界的には、土はどのような状態にあるのだろうか。熱帯での森林の伐採や非伝統的な焼畑耕作、乾燥地での家畜の過放牧などが地表の植物を喪失させ、風雨による土壤侵食が著しい状態にあることが見られる。また、西暦2000年までに世界の肥沃な土壤のうち、3分の1はその肥沃さを失うとする予測もある。
このような土壤劣化の典型としては、砂漠化が懸念される。砂漠化は、砂漠化防止条約第1条では「乾燥、半乾燥及び乾燥半湿潤地域におけるさまざまな要因(気候変動及び人間の活動を含む。)に起因する土地の劣化」と定義される。その現状は第5章207/sb1.5>で記述するが、1991年時点で砂漠化の影響を受けている地域は、世界の乾燥地の約70%、約36億haにあたるとされる(第3-1-9図)。
また、米国における侵食され易い耕地を見てみると、農地としての適合性を示す8段階の指標のうち6〜8(8が最も低い)のもの及び平均年間流出量が土壤の存亡許容レベルを越えているものを総計すると、総耕地の24%において土壤が侵食されやすい耕地とされている(第3-1-5表)。
第3-1-6表は、マレー半島の斜面勾配10%を有する圃場での牧草およびマメ科植物の被覆率が土壤流出にどのような影響を与えるかをまとめたものである。土地の傾斜や植物の種類によっても異なるが、植物による地表の被覆が50%以下になると、土壤の流亡が激しくなる。また、列状に植物が植えられている土地(トウモロコシ畑等)でも大きな土壤流亡が起こりやすいといった特徴がある。
(3) 都市化・国際化と土
? 土と切り離されつつある現代生活
現代生活において我々は、土とどのくらい接しているのだろうか。全国の小中高生及び大学生に対するアンケートを見てみよう。これによると、小学生では授業において土に触れる機会が比較的多く、土に親しんでいることがうかがえる。また、半数以上が自然の遊び場として土を必要としているとともに、土が自然の食料生産や自然を育むのに役立っていることについての認識が高い。一方、中高生になると土にふれる機会が減少し、土そのものへの関心も減少している(第3-1-7表)。このように現代生活においては、土とのふれあいが少なくなる傾向にある。
一方で、現代の日常の生活が土から遠くなりつつあることから、積極的に土とのふれあいを求める欲求も根強い。横浜市緑政局が実施したアンケート調査によれば、約5割の人が土や農業に親しむために何かしている。その活動内容は、「家庭菜園などで野菜や果物を栽培する」、「観光農園で芋掘りなどをする」などとなっている。
次にこれらの将来の意向を見ると、9割近くの人が土や農業に親しむために何か活動したいと答えており、現状に比べてその割合が高い。活動内容別に見ると、中でも「農業体験グループに参加する」(0.7%→11.9%)、「市民農園などで野菜や果物を育てる」(3.9%→29.1%)における伸びの高さが目立っている(第3-1-10図)。
我が国の余暇活動参加人口上位の余暇活動種目をみると、「ピクニック、ハイキング、野外散歩」、「園芸、庭いじり」といった土との触れ合いをもつ人の数は、それぞれ3,500万人弱で推移している(第3-1-11図)。
? 世界の土に依存する我が国の社会
我が国で消費される食料となる農作物等には、海外の多くの土地の活用が不可欠となっている。国立環境研究所において、小麦、大麦、コウリャン、トウモロコシ、大豆、コーヒー豆、綿花、天然ゴムの8品目に関して行った試算を見てみよう(第3-1-12図)。これらの8品目に関して、平成4年に世界全体で約1,030万haの土地が対日輸出のために利用されている。これは我が国の総耕作地面積の概ね2.3倍、国土全体の約27%に相当する面積である。このうち、北米地域はその約6割を、アジア地域は約2割を占めている。例えば、対日輸出用に利用された小麦に係る土地面積は、約197万haであるが、これは四国よりも広い面積である(第3-1-13図)。
我が国では、海外農産物への依存を高める中で、土地利用率の低下や耕作放棄等土壤管理が不十分となってきている。一方、海外では、例えば、米国で土壤流亡を起こしつつトウモロコシ等の輸出を行ったり、EC諸国では、輸出力向上のため土壤浄化機能を越えた施肥を行い、硝酸性窒素等による汚染が問題となっている。このように、輸出国と輸入国とも過度の依存を強めることが土壤環境保全上問題を引き起こしている。