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第2節 

3 環境保全への新たな枠組みを目指して

 以上述べてきた最近の環境問題の状況の変化、それに対応するための方向についての国際社会における議論の中から、これまでの公害対策基本法や自然環境保全法の枠組みを超えた新たな環境保全の枠組を考える上で、踏まえるべき内容が示されてきている。ここでは、見直しが必要とされる内容について整理してみたい。
 第1は、環境保全を図る目標として、将来世代や世界全体までを射程に置く必要があるということである。第2は、環境保全の範囲として、将来の世代になって初めて生じるような影響や、生物の多様性等への影響までを対象とする必要があることである。第3は、持続可能な社会を達成するために、社会の各主体が負うべき責任と、取組に当たっての協力と役割分担を充実していくことが求められることである。第4は、経済社会全体を環境負荷の少ない持続可能なものに変えていく総合的な対策が必要であるということである。
(1) 環境保全の目的の拡大
 これまで、実際に発生した地域的な公害や自然環境の破壊の経験をきっかけとして、公害の防止や自然環境の保全のための枠組みが整備されてきた。このような経過から、これまでの環境保全の目的は、特に公害防止においては、国内の現在生きている人々の健康やその生活環境の保全に限られていた。しかし、人間の各種活動の環境への影響が、地球規模という空間的広がりと将来の世代にもわたる影響という時間的な広がりを持つようになってきた現在、我々の活動のもたらす影響を総体として認識して対策を行うためには、環境保全の目的として、将来世代の利益や、人類全体の福祉の向上という視点を明示的に取り上げることが必要となっている。
 将来世代の利益を勘案するに当たっては、現世代と将来世代との利益の比較衡量の方法、将来の事象に関する不確実性を勘案した意思決定の方法、将来世代の福祉を現在の世代による社会的な意思決定、価値判断に組み入れるためのメカニズムなど検討すべき問題が多々あるが、制度の基本的な視点として将来世代の利益の確保をまず位置づけた上で、十分な検討を行っていくことが求められよう。
(2) 環境保全の目標の総合化
 これまでの環境法制は、人の健康の保護、生活環境の保全の観点から、人の活動の結果が環境を通じて人間に悪影響を与えないように対策を取っていくという公害対策、また、保全すべき自然地域を指定し、人間の行為を規制していくという自然保護の体系がそれぞれに実施されてきた。しかし、人類の活動が地球全体の環境を変容させる規模に至っている現在、人類が環境の中で、環境の恵みを受けつつ存在していることを改めて認識し、環境保全の理念の基礎として位置づけ、その総体としての保全を図っていくことが必要となっている。
 このような認識に立つことにより、地球温暖化のような将来にわたる問題、さらに長期的に地球生態系に影響を及ぼす生物多様性の減少の問題等を環境保全の目標として適確に位置づけることができるだろう。また、このような環境を総合的にとらえてその保全を図っていくためには、従来の公害対策、自然環境保全という区分を超えた横断的な対策が可能な枠組みが必要となろう。
(3) 社会の新たな責任と協力
 今日の問題となっている窒素酸化物、二酸化炭素、廃棄物等の発生は、事業者や国民一人ひとりがそれぞれ日常行う経済社会活動が原因となって、それらが複雑に絡み合う中から生じてくるものである。これは、全ての人が環境問題を生じさせる原因となるとともに、全ての人がその影響を被るという構造となっているということである。このような中で社会の各主体に求められる責務は、これまでの公害対策、自然環境保全において求められたような環境に影響の大きい特定の行為を行わないことを中心としたものにとどまらず、自らの活動が直接、間接に環境に対してどのような影響を及ぼしているのかに注意を払い、環境への影響が減少する方向に行動を変えていくことにまで広げていく必要がある。さらに、環境を悪化させないよう気を配るだけでなく、環境を保全するために積極的に行動することも強く求められる。
 一方、多くの活動が相互に関係して機能している経済社会の中で、全体として環境保全が図られるようにしていくためには、各主体がばらばらに行動していくのでは、システム全体の改善が図られにくい。また、環境保全の恵みは対策を取った者にもそうでない者にも等しく及ぶため、対策を行わないものが得をするという状況も発生しやすい。そこで、各主体の適切な役割分担と協力を確保することが重要になるとともに、そのような取組を確保するための社会的な枠組みが求められるのである。
(4) 環境にやさしい経済社会の構築
 現在の生産と消費のパターンを見直し、環境負荷の少ない持続的発展が可能な社会を構築していくためには、政府、地方公共団体、事業者や国民全ての主体が、自主的・積極的な取組を進め、あらゆる経済社会活動に環境への配慮を組み込んでいくことが重要である。このような取組を促進していくためには、これまでの環境法制度の主要な方法であった、規制的手法だけでは不十分であり、多様な手法をその特徴と効果に応じ、組み合わせて活用していくことが求められる。
 また、持続可能な経済社会を形成していく上では、広範な主体による様々な活動に対策を組み込んでいかなけばならないが、従来、主に用いられてきた規制的手法のみでは、このような対応は技術的にも運営コストの点でも困難がある。また、このような対応は、できるだけ効率的に行われる必要がある。そこで、規制的手法に加え、市場経済の活力を適切に利用して効率的な対策を導入していくことが強く求められる。ただし、環境のように自由財としての性格があるものについては、単に市場における民間の判断に任せていては十分な対応が図られないという限界がある。また市場経済は、現在の世代の中で意思決定を行うには有効なシステムであるが、将来の世代は参加できず、ここで行われる資源の配分が将来世代にとって好ましいものとは限らないという問題もある。このため、市場経済の活力や効率性を生かしつつ、適正な判断ができるような仕組みを設けていくことが重要である。
 さらに、持続可能な経済社会を実現するための対策の基盤となる各種措置が講じられる必要がある。
 環境保全に関する普及啓発、環境教育、また民間の主体の取組に参考となる各種情報の提供等が積極的に進められる必要がある。また、民間の自主的な取組の位置づけがますます重要になることから、このような活動を促進していく措置が求められる。さらに、環境問題が時間的、空間的により広いスケールの問題になっていることを受け、その機構解明等の基礎的な調査研究の推進や、関係する科学技術の振興にもより努力が払われる必要がある。
(5) 国際的取組の推進
 人間活動の拡大は、経済社会的な意味でも、環境の面でも地球を小さなものとした。人類は否応なく、「地球人」として「宇宙船地球号」の乗組員であることを自覚せざるを得ない状況に生きている。
 このため、まず必要となるのは、地球全体としての環境保全を図っていくための適切な協力と役割分担のための国際的枠組みを作っていくことである。これまでも、様々な二国間条約や多国間条約等が結ばれてきているが、このような枠組みの一層の充実が求められる。
 次は、環境が世界共通なものであることや、各国の経済社会が国際社会と密接な相互依存関係にあることを踏まえ、国際的協調のもと、各国が積極的に国際協力を実行していくことが求められる。
 さらに、貿易や直接投資を始めとして民間べースでの海外との交流が拡大していることや、環境保全においてもNGO等の民間協力に大きな期待が集まっていることにかんがみ、地方公共団体、事業者、国民などあらゆる主体が国際的な取組を推進できるような体制を整備することが求められる。
 以上のような今日の世界に求められる環境保全の考え方についての検討が積み重ねられ、多くの国際合意として結実したのが平成4年に開催された地球サミットであった。次節では、地球サミットの開催を軸に世界の具体的な動きについて見ていくこととする。

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