1 貿易が環境に与える影響
生産や消費が環境に与える影響については従来からよく知られてきている。しかし、貿易活動が環境に与える影響については未だ十分に知られているわけではない。貿易活動は、国境を越えたモノの取引であり、貿易活動の活発化によって生じる環境への負荷は、他の経済活動と同様、環境政策による対応を講じることが必要な場合がある。また、タリフエスカレーション(加工度が高い製品ほど関税率が高くなること)、輸出補助金など各国のとる貿易政策が貿易を歪曲し、環境への影響を与える場合がある。以下、OECD等での検討などから貿易活動が環境に与える影響を考えてみる。
まず第1は、環境に影響を及ぼす商品が貿易されている場合である。有害物質を含む廃棄物のように、環境に悪影響を及ぼすものを貿易することにより、その輸入国や通過国の環境に悪影響を及ぼすことが懸念されている。すなわち、有害物質を含む廃棄物から有用物質を回収するため、あるいは他国で処理するために輸出される場合に、有害廃棄物を貿易することは、その輸入国での処理能力によっては、有害廃棄物による環境汚染を輸入国で引き起こすことになる。有害廃棄物の処理は、特に環境規制の厳しい国では、コスト高や住民の反対運動等によって困難な状況に立たされており、海外へ輸出してその困難を解決しようとする動きがみられる。例えば、ナイジェリアで起きたココ事件は、ヨーロッパの有害廃棄物がナイジェリアに輸出され、同国のココ港付近に不法投棄されて政治問題化したものである。その他、UNEPの資科によれば、第2-3-1図に掲げられている事例が知られている。有害廃棄物の越境移動を規制する国際的粋組みとしては、「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約」が有名であるが、アフリカ諸国はこれとは別にバマコ条約を締結し、アフリカ諸国に対する有害廃棄物の輸入を禁止しようとしている。
他方、製品の使用後廃棄物が少ない製品等、環境上より良い製品の取引は、環境への負荷を低減し得る。例えば、部品の一部がリサイクル可能である製品は、輸入国にとってごみ問題の改善に資する。こうした製品の貿易は、環境に対する進んだ対応を輸入国に普及する効果もある。また、輸入国側で環境上より良い製品が選好されるようになると、輸出国側ではこれに対応して環境上より良い製品の開発、新規事業者の市場参入が進もう。
第2に、貿易活動により、公害や自然破壊を引き起こしやすい産業や行為が発生したり拡大することの影響が考えられる。貿易活動が活発になることにより、輸出国、輸入国双方の経済的福祉が高まるが、一般の経済活動と同様、これに伴って生じる環境への負荷に対し、適切な環境対策が並行して講じられないと貿易活動に付随した環境問題が生じかねない。
エビの養殖は近年東南アジア、東アジアで有力な輸出産業として発展養殖の拡大に対し、環境対策が十分行われなかったことが指摘されている。また、熱帯木材については、貿易を通じて、熱帯林の減少、劣化が進行することを防ぐため、国際熱帯木材機関(ITTO)では、西暦2000年(平成12年)までに持続可能な形で生産された木材のみを貿易の対象とするとの目標を定め、熱帯木材生産国での環境への悪影響を及ぼさない持続可能な開発を促している。さらに、絶滅のおそれのある野生生物については、自然のかけがえのない一部をなす野生動植物の一定の種が過度に国際取引に利用されることのないよう、これらの種を保護することを目的として、ワシントン条約の下で貿易の管理が行われている。
貿易の自由化、自国通貨の切り下げ等により各種経済活動が活発化し、これが土壌の流失、森林の減少、資源の枯渇にどの程度の影響を与えるかについて、世界資源研究所(WRI)が、フィリピンについて試算した例がある。これによれば、貿易の自由化と20%の平価の切り下げの組合せにより、実質GNPが2.43%上昇する一方で、土壌流出が2.45%、森林減少の進行が7.25%、資源の枯渇が29.38%増加するとされている(第2-3-1表)。
他方、貿易の活発化に伴う環境改善効果もある。一般に、貿易活動は、各国の生産要素のより一層効率的な利用を可能にするが、ある製品を環境保全のための費用が相対的に小さい国で製造することは、その限りでは環境への障害を小さくする方向に働く要因になると考えることができる。それぞれの国で汚染を放置することがないなど、環境政策が適正に行われ、かつ、貿易によって世界全体の経済規模の拡大がないと仮定すれば、環境を含めて生産要素の効率的利用を導く自由貿易は環境にとって良い効果を持ち得る。また、自由貿易を通じて経済的福祉を高めることは、特に開発途上国において貧困と環境破壊の悪循環を断つことにつながり、ひいては、環境の改善に役立つ。
貿易活動が活発化することは、国際的な物の輸送量を増大させ、環境への影響が議論される場合がある。例えば、EC市場では域内貿易の増大に伴い、交通量が増大しているが、これによって北イタリアとドイツを結ぶ幹線道路沿い、特にオーストリアのアルプスを越える道路周辺では、国際トラック輸送による大気汚染、騒音といった問題が生じている(第2-3-2図)。オ-ストリアはヨーロッパ統一市場への加盟にあたって、トラック輸送の一部を鉄道輸送に切り替えることを条件とした。貿易活動の環境への影響は、他の経済活動と同様、適切な環境政策を講じることによる対応が基本である。これが適切に行われない場合には、国際的な