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第2節 

1 持続可能な経済社会の基本的な在り方

 第2章及び第3章では、我が国を中心に内外における過去、現在の環境問題の事例を持続可能性の観点から見てきた。具体的には、我々が目先の経済的利益を追求する余り、環境破壊を起こすようなことをどれだけなくしてきたか、また、将未世代に残すべき環境のストックをどれだけ保護してきたかを見てきた。これによれば、我々は、フローとしての、言わば一過性の環境破壊については、排出規制を中心として対策に相当程度習熟してきたものの、こうした短期に環境破壊の被害が生じるもの以外の、ストックに係わる言わば慢性的な環境破壊への取組にはなお不慣れであり、持続可能性を高めるための確かな道を見い出していない。
 それでは、持続可能な社会とは、どのような理念・目標を持ち、どのような取組を通じて実現していくものなのか。
 この点については、環境と開発に関する世界委員会(WCED)や国際自然保護連合(IUCN)等の場で英知が集められ、議論が深められてきている。
 第2章第1節で触れたように、WCEDは、昭和62年に公表された報告書「我ら共有の未来」の中で「持統可能な開発」を「将来世代の二一ズを満たす能力を損なうことがないような形で、現在の世代の二一ズも満足させるような開発」と定義して、環境の恵みを現在世代の人々で消費し尽くすことなく、現在の貧しい人々や将来の世代との間で公平に分かち合うことを訴えた。
 また、WCEDでは、環境保護と持続可能な開発に関する法律的原則をテーマにして法律専門家の会合を開催し、その成果を1986年(昭和61年)に報告書として取りまとめた。その中では、次のような点が指摘されている。
ア すべての人は、その健康及び福祉にとって週切な環境を享受する権利を有すること
イ 各国は、環境及び自然資源が現在及び将未の世代の利益のために保全され、利用されるようにしなければならないこと
ウ 各国は、多様な生物圏の働きにとって不可欠な生態系と生態過程、とりわけ、食物生産、健康、及び人類の生存と持続的開発のその他の側面にとって重要な生態系と生態過程を維持し、自然生息地におけるすべての種の動植物の生存を確保し、その保全を推進することによって、最大限に生物学的多様性を維持し、かつ、生物自然資源と生態系との利用に当たっては、最適な持続的利用の原則に従わなけれぱならないこと
 また、1989年(平成元年)5月には、ブラッセルでEC委員会が第6回生物倫埋に関する会合を開催し「環境倫理」について議論を行ったが、ここにおいて、人類のこれからの行動は、人類を含む地球上の全生物の健全性と土地、大気等の非生物的資源を考慮したものであるとともに、将来の世代の二一ズを満たすものでなければならないことが訴えられた。
 環境庁においては、平成元年末以来、各界の有識者からなる「環境と文化に関する懇談会」を設け、環境と人との関係を幅広く検討したが、3年4月に報告書「環境にやさしい文化の創造を目指して」が取りまとめられた。
 この報告書は、環境にやさしい文化の備えるべき特性として、第1に、「環境の有限性」を認識の基礎に置き、持続性、自立性といった環境上の健全性をもって、価値が測られねぱならないこと、第2に、「自然との対話と交流」を大切にすること、第3に、環境にやさしい文化は、「地球大の共同体意識」に裏打ちされているべきであって、これには、地球共同体の一員である「未来人」の選択の権利を尊重することも含まれることを指摘した。
 1980年(昭和55年)に発表された国際自然保護連合(IUCN)、国連環境計画(UNEP)及び世界白然保護基金〈WWF)の「世界環境保全戦略」は、「持続可能な開発」の考え方を初めて広く訴えたものである。ここでは、「持続可能な開発」自体の直接の定義はないものの、「開発」を「人間にとって必要な事柄を満たし、人間生活の質を改善するために生物圏を改変し、人的、資金的、生物的、非生物的資源を利用すること」と定義した上、「保全」を「将来の世代の二一ズと願望を満たす潜在能力を維持しつつ、現在の世代に最大の持続的な便益をもたらすような人間の生物圏利用の管理」と定義し、「開発の為の保全(Conservation fordevelopment)」を訴えた。さらに、1991年(平成3年〉10月に「世界環境保全戦略」の改訂版として発表された「かけがえのない地球を大切に(新世界環境保全戦略)」では、より端的に、「持続可能な開発」を「人々の生活の質的改善を、その生活支持基盤となっている各生態系の収容能力限度内で生活しつつ達成すること」と定義した。
 この新世界環境保全戦略では、「持続可能な社会」の基本原期として9点を上げている。
ア 生命共同体を尊重し、大切にすること
イ 人間の生活の質を改善すること
ウ 地球の生命力と多様性を保全すること
エ 再生不能な資源の消費を最小限に食い止めること
オ 地球の収容能力を越えないこと
カ 個人の生活態度と習慣を変えること
キ 地域社会が自らそれぞれの環境を守るようにすること
ク 開発と保全を統合する国家的枠組みを策定すること
ケ 地球規模の協力体制を創り出すこと
 さらに、平成4年3月に、環境庁長官主幸の「地球的規模の環境問題に関する懇談会」から地球憲章に関する基本的な考え方について報告され、持続可能な新しい世界秩序を形成していくことを目的とした全ての個人、団体及び国家の行動に係る一般原則の中で、次の点が訴えられている。
ア 現在及び将来の全ての人は、人類が他の全ての生物及び自然との共存の下に生きていることを認識し、この共存関係を損なわないことを前提に、人類及び全ての生物の基盤である地球環境がもたらす恵沢を等しく享受するという基本的な権利を有すること
イ 現在及び将来の世代の利益のため、それぞれの立場で、環境に対する著しい負荷を未然に防止するとともに、環境の状況を回復し、改善する責務を有すること
ウ 持続可能な方法により地球環境を公正に利用するため、連帯と衡平の原則に則り、地球の生態系を保全し、持続可能な開発を実現する責務を有すること
 このほか、4年6月に予定される地球サミットでは、「環境と開発に関するリオ宣言(地球憲章)」という名称で、人と環境の関係を律する原則的事項についての規定が国際社会のコンセンサスにより取りまとめられることとなっている。
 このように、持続可能な経済社会理念やこうした社会を作っていく上で求める条件は、論者によって様々であり、また、検討はなお深められつつある。
 しかし、上記に紹介したいくつかの事例からも分かるように、持続可能な経済社会の理念や考え方については次のようないくつかの共通的理解があることが認められる。
 その第1は、環境のもたらす恵みを将来世代にまで引き継いでいこうという、長期的な視点をを持っている点である。地球が有限のものである以上、持続可能性を価値として認識することが求められるのである。
 第2は、地球の大自然の営みとの絆を深めるような新しい社会や文化を求めている点である。ややもすれば、人間は地球の生態系とは独立して存在するものと受け取られがちであるが、地球の生態系の一員として、その中の生物やその他の環境との共存共栄を図る中で人々が生き暮らすことが、持続可能な経済社会の一つの要件と考えられている。
 第3は、人間としての基礎的な二一ズの充足を重視し、他方では浪費を退けるような新しい発展の道を実践することが、地球の生態系の中で、他の生物やその他の環境と共存共栄する上で不可欠であり、かつ、それゆえにこそ経済社会の持続可能性が高められるとしている点である。
 第4は、多様な立場の人々の参加、協力と役割の分担が不可欠であるとしている点である。
 以下では、この4点の基木的な考え方の背景を見、これらの考え方を実際に連用する場合の問題点などを考えてみよう。

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