1 大気
(1) 二酸化窒素
二酸化窒素は、高濃度で呼吸器に好ましくない影響を与える物質である。我が国では、行政の目標として二酸化窒素の大気中の濃度に関し、環境基準を定め、その発生源に対して各種の規制が行われている。二酸化窒素などの窒素酸化物は主として燃料の焼却によって生じるもので、その発生源はボイラー等の固定発生源、自動車等の移動発生源に分けることができる。
平成2年度における二酸化窒素の濃度は、一般的な大気環境状況を把握するために設けられた一般環境大気測定局のうち昭和45年以来継続して測定を行っている15局の年平均値の平均で、0.028ppm(体積百万分率。以下同じ。)、道路周辺における大気汚染を把握するために沿道に設置されている自動車排出ガス測定局のうち昭和46年度以来継続して測定を行っている21局では0.041ppmであった。これらはともに、元年度に比べ横ばいで改善が見られず、依然として測定開始以降最悪の水準にある。過去の傾向をみると、54年度の一般環境大気測定局年平均値0.028ppm、55年度の自動車排出ガス測定局年平均値が0.043ppmを記録して以降、60年度までわずかながらも改善が見られていたが、その後60年度を底に悪化し、ほぼ横ばいである。(第1-1-1図)。
現在の環境大気で見いだされる程度の二酸化窒素濃度では人の健康にどのような影響があるのかは、十分には解明されていない。しかし、環境庁が昭和61年度から平成2年度の5年間にわたり、約5,000人の児童の健康状況を追跡調査した結果によると、二酸化窒素の年平均濃度が0.03ppmを超える地域(二酸化窒素の環境基準は日平均値で定められているが、その上限値を年平均値に換算すると約0.03ppmとなる。)においては、それ以下の地域に比べ、ぜん息様症状の新規発生率が高くなる傾向が見られる(第1-1-2図)。
環境基準の達成期限は昭和60年度であったが、未だ達成されていない地域が大都市及びその周辺で多く、人の健康を保護するため、環境基準の早急な達成が課題となっている。なお、二酸化窒素などの窒素酸化物は、直接に吸入した場合の呼吸器への悪影響のほか、酸性雨の原因とも考えられている。欧米諸国においても1980年代後半(昭和60年頃)以降概ね若干悪化の傾向が見られ、各国においても様々な対策が進められている(第1-1-1表)。
(2) 二酸化硫黄
二酸化硫黄は呼吸器への悪影響があり、四日市ぜん息などの原因となったことで知られる。また、二酸化硫黄は酸性雨の原因物質でもあると考えられている。二酸化硫黄は、硫黄分を含む石油、石炭等が燃焼することによって生じる。
かつて我が国の工業地帯では二酸化硫黄の濃度は著しく高く、国民の健康を保護する上で達成維持することが望ましい環境濃度として環境基準が定められ、これを目標に厳しい対策が実施されてきた。この結果、平成2年度における二酸化硫黄の濃度は、一般環境大気測定局のうち、昭和40年度来継続して測定を行っている15測定局の年平均値の平均で0.010ppm、自動車排出ガス測定局のうち昭和48年度以来継続して測定を行っている16測定局の年平均値の平均で0.011ppmとなっている。これは環境基準局に相当する汚染の3分の2程度のレベルであり、昭和55年度にほぼ全国的に環境基準を達成して以降、環境濃度はさらに低下している(第1-1-3図)。
諸外国と比較すると、他のOECD加盟各国においても大幅に二酸化硫黄濃度の改善を達成している(第1-1-2表)が、後にみるとおり、途上国、特に工業化の著しい諸国、暖房用に硫黄分の多い化石燃料を使用している諸国、大都市において二酸化硫黄濃度の状況は深刻なレベルにある。
(3) 光化学オキシダント
光化学オキシダントは、窒素酸化物と炭化水素類とが太陽光に照射されて起こる光化学反応により二次的に生成されるオゾンなどの酸化性物質である。光化学オキシダントはいわゆる光化学スモッグを引き起こし、粘膜への刺激、呼吸器への影響等人への影響のほか、農作物など植物への影響も観察されている。
光化学オキシダントについては、環境基準を定めているほか、「1時間値が0.12ppm以上で、気象条件からその状態が継続すると認められた場合」に光化学オキシダント注意報を発令し、屋外での運動を避けるなど被害を防ぐための各種措置を講じることとなっている。平成2年度における注意報レベル以上の濃度が出現した1局当たりの平均日数は一般環境大気測定局で2.2日、自動車排出ガス測定局で1.1日といずれも平成元年度に比べ、大幅に増加した(第1-1-4図)。
諸外国の状況を見ると、アメリカでは、光化学オキシダントの主成分であるオゾンについて基準値を1時間平均235μg/m
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と定めているが、ミネアポリスを除く全ての主要都市でこの基準値を超えており、約7,500万人の住民が基準値より高い汚染にさらされていると見られている。
(4) 非メタン炭化水素
各種の炭化水素のうち、光化学反応性に乏しいメタンを除いた非メタン炭化水素は、前述の通り、光化学反応によって光化学スモッグを引き起こす。非メタン炭化水素の発生源は、有機溶剤のほか、自動車等の移動発生源や揮発性の燃料からの大気中への漏出である。非メタン炭化水素については、環境基準ではなく、光化学オキシダントの発生を防ぐためにその濃度の指針値を定め、各種対策を実施している。
非メタン炭化水素の濃度の傾向は、一般環境大気測定局のうち昭和53年度から継続して測定を実施している6局の平均を見ると近年はほぼ横ばいであり、平成2年度は0.54ppmC(ppmCとは各種の炭化水素を炭素の原子数で換算した濃度)で、前年に比べ若干減少している。一方、自動車排出ガス測定局では、昭和52年から継続して測定をしている9測定局における平均値は近年ほぼ横ばいであり、2年度は0.054ppmCで前年に比べ減少している(第1-1-5図)。
諸外国の状況をみると、その排出量が減少している国(1970年から88年までの減少率アメリカ29%、ドイツ10%、オランダ29%など)、増加している国(イギリス15%増など)があるが、概ね変化がないか増加している。
(5) 一酸化炭素
一酸化炭素は血液中のヘモグロビンと結合して、酸素を運搬する機能を阻害する。大気中の一酸化炭素は燃料の不完全燃焼によって生じるもので、主に自動車がその発生源と考えられている。我が国では、環境基準を定め、自動車の排出ガスの規制を行っている。なお、一酸化炭素については、温室効果ガスである大気中のメタンの寿命を長くすることが知られており、この面からも注目が集まっている。
平成2年度における一酸化炭素濃度は、長期間継続して測定を行っている一般環境大気測定局5局における年平均値の平均で0.7ppm、自動車排出ガス測定局のうち昭和46年度以来継続して測定を行っている測定局14局の年平均値の平均は、2.3ppmであった。後者の値でも環境基準に相当する汚染の半分程度のレベルであり、昭和54年度にはほぼ全国的に環境基準を達成して以降、一貫して改善が見られている(第1-1-6図)。
(6) 浮遊粒子状物質、粉じん等
浮遊粒子状物質は、大気中の粒子状物質のうち粒径が10μm以下の微小なものをいう。浮遊粒子状物質は、微小なため大気中に長期間滞留し、肺や気管などに沈着するなどして呼吸器に影響がある。浮遊粒子状物質の発生源は、工場・事業のばい煙中のばいじんやディーゼル自動車排出ガス中の黒煙、また、窒素酸化物、硫黄酸化物等のガス状の物質が化学変化により大気中で粒子状になったもの、土壌の巻き上げ等自然界から生じたものなどさまざまであるが、そのうちディーゼル車からの黒煙によるものが全国ベースで2〜4割を占めている。
浮遊粒子状物質の濃度は、昭和49年以来、若干の改善がみられていたが、平成2年度には、一般環境大気測定局のうち49年度からの継続測定局40局の年平均値の平均で0.041mg/m
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、自動車排出ガス測定局のうち昭和50年度からの継続測定局6局の年平均値の平均が0.48?/m
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であり、いずれも前年より悪化した(第1-1-7図)。また諸外国主要都市の浮遊粒子状物質の濃度の推移は、第1-1-3表のとおりである。
大気中の粒子状物質のうち、地表に降下してくるものを降下ばいじんと称している。平成2年度におけるその状況をみると、長期間継続して測定を実施している16測定点における年平均値は、3.3トンkm
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/月であり、かつては10トン/k?を超えたような著しい汚染状況であったが、今日では大幅に改善されているものの、平成2年度については前年度よりわずかながら悪化している。
一方、積雪・寒冷地などでは、降雪期に金属製のピンを装着したいわゆるスパイクタイヤが路面を引っ掻くことによって発生するスパイクタイヤ粉じんによる汚染が生じている。この対策として「スパイクタイヤ粉じんの発生の防止に関する法律」に基づき、環境庁長官の指定する地域において、平成3年4月より、スパイクタイヤの使用が禁止されている。なお、公害等調整委員会の調停により、国内タイヤメーカー7社は平成3年3月末日をもってスパイクタイヤの販売を中止している。長野県松本市等におけるスパイクタイヤ粉じんと目される冬期の自動車道沿道の降下ばいじん量の推移は第1-1-8図のとおりであり、これまでの脱スパイクタイヤ対策が効果をあげ、徐々に改善が見られており、また、今後ともさらに改善することが見込まれる。
(7) クロロフルオロカーボン(CFC)等と成層圏オゾン
成層圏には、太陽光の作用により酸素から生成されるオゾンを多く含むオゾン層が広がっている。オゾン層は、太陽光線に含まれる有害な波長の紫外線の大部分を吸収するため、地表の生物はその生命に有害な紫外線を浴びることがほとんどない。成層圏オゾンが宇宙服になぞらえられるのはこの役割のためである。また、成層圏のオゾンは成層圏を暖める働きをしており、この消長が全地球的な気候に影響を与えると考えられている。
しかし、近年このオゾン層の減少が観測されている。南極上空では、南半球の春である9月から10月頃にかけて広い範囲にわたってオゾン層の濃度が減少する「オゾンホール」という現象が観測されている。1980年代中頃(昭和60年頃)までは、オゾンホールは、ほぼ2年周期で消長を繰り返していたが、1989年(平成元年)以降、1991年(平成3年)まで、3年連続して規模の大きなオゾンホールが観測されている。1987年(昭和62年)には、それまでの最大規模、1989年(平成元年)及び1990年(平成2年)もそれに次ぐ規模のオゾンホールが観測されているが、1991年(平成3年)のオゾンホールは、広がり及びオゾン層減少の程度とも観測史上最大のものとなっている(第1-1-9図)。また同じ極地である北極では、気象条件の違いなどにより、南極ほど大規模な成層圏オゾンの減少は観測されていないが、1991年(平成3年)から1992年(平成4年)にかけて行われた北極圏上空の大規模な調査により、オゾン層破壊反応に関係する一酸化塩素の濃度が極めて高いことが観測されており、北極上空においても、オゾンの著しい減少が起こる可能性の高いことが指摘されている。
国内でも札幌市、茨城県つくば市等でオゾン層の観測が実施されているが、平成3年の観測結果をみると、札幌市において12月に、当該月のデータとしては1958年(昭和33年)の観測開始以来の最低値を記録した。(第1-1-10図)
こうしたオゾン層の減少によって有害な波長の紫外線(UV-B)が増大するものと懸念されている。有害な波長の紫外線の増加は、人体に対して、皮膚ガンや白内障等の健康障害を増加させ、植物やプランクトンなどの生物に対しては生育阻害などを引き起こす。オゾン層減少に伴う有害紫外線の変化を監視するため、我が国では平成2年から有害紫外線の観測が開始された。
オゾン層の減少を引き起こしている物質としてCFC等が知られ、モントリオール議定書に基づき、国際的な規制が実施されている。CFCなどの大気中濃度の測定結果は第1-1-11図のとおりである。北半球中緯度地域におけるCFCなどのオゾン層破壊物質の大気中濃度は増加しているが、CFC-11,12,113の増加は最近鈍化してきている。南半球でも、CFCの大気中濃度は増加しているが、北半球の平均濃度より10%程度低い値となっている。
なお、CFC等は地球温暖化問題とも密接に関係する。これらガス自体が有する温暖化効果は二酸化炭素に比較して高いが、最近の知見によると、下部成層圏のオゾン層を破壊することによる間接的なマイナスの効果も有すると指摘されている。
(8) 二酸化炭素
地球環境問題の中でも地球温暖化とこれに伴う各種の影響は最も注目を集め、早急かつ具体的な行動が必要とされる問題の一つである。地球温暖化問題は、人間活動によって二酸化炭素、後述するメタンガス、亜酸化窒素といった温室効果ガスの濃度が上昇し、気温が地球の歴史からみればきわめて短い期間に上昇することである。大気中に存在するこれらの温室効果ガスは、地表から反射される赤外線を吸収、熱放射を行い、その結果大気の気温を上昇させる。これに伴い、気候が変化し、さらに、海面の上昇、降水量の変動、生態系の構造変化などを生じ、人や生物の生活環境、農業及び林業に甚大な影響を与えることが懸念されている。
IPCC報告書によれば、1861年(文久元年)から1989年(平成元年)の全球平均気温の変化は第1-1-12図に示すとおりであり、過去1世紀の間に0.3℃から0.6℃の範囲で上昇している。平均海面も10?から20?上昇している。
温室効果ガスの地球温暖化への寄与度は、地球温暖化を起こす力(放射強制力)、大気中における寿命によって左右されるが、二酸化炭素は、こうした温室効果を有するガスの中でも、1980年代におけるその寄与率は約55%になるとみられている(第1-1-13図、第1-1-14図)。二酸化炭素の発生源は多様であるが、その8割程度が化石燃料の燃焼によって生じ、残り2割が森林伐採等に伴い発生するといわれている。二酸化炭素の濃度は、平成2年度において世界でも最も長期間継続している測定局であるハワイマウナロア観測局では、現状で353ppm、我が国での人為的な影響の少ないと目される地点での測定値は、平成2年で356.7ppm、3年で358.2ppmになっており、年0.5%の割合で増加していると推測されている。
(9) メタン
メタンも温室効果ガスとして重要である。現在の地球平均濃度は1.72ppm、1978年(昭和53年)から88年(昭和63年)の間の年増加率は0.9%である(第1-1-15図)。1980年代の温暖化への寄与度は15%とみられている。
メタンの発生源は、自然発生源として湿地、白蟻、海洋、淡水等、人為的発生源として、炭鉱、天然ガス等や、家畜、水田、バイオマス燃焼、埋め立てなどである。大気中の濃度の増加の原因はまだ確定的には特定されていないが、IPCC報告書は人為活動によるものと推測している。
(10) 亜酸化窒素
亜酸化窒素はその濃度は微小(310ppb(ppmの1000分の1をppbという。))ながら温暖化能力が大きいため、1980年代における温暖化への寄与度は6%と見積もられている。発生源は、自然発生源として熱帯・亜熱帯の森林土壌、海洋、人為的発生源として施肥農地やバイオマス燃焼などと考えられている。大気中の濃度の増加の原因は、まだ確定的には特定されていないが、IPCC報告書は、人為活動によるものと推測している(第1-1-16図)。
(11) その他の大気汚染物質(有害大気汚染物質)
「大気汚染防止法」で排出の規制が行われている物質(塩化物質など8物質や、「大気汚染防止法」で規制がされていないもののその環境影響を未然に防止するために監視が必要ないくつかの物質については、大気中の濃度の測定モニタリング調査を実施している。平成2年度においては、ホルムアルデヒド、ダイオキシン類、平成元年度ではアスベストと水銀、トリクロロエチレン等の有機塩素系溶剤について環境監視のための測定を実施した。また、化学物質環境安全性総点検調査では、特定の排出源の影響を直接うけない一般環境の大気中における化学物質の残留状況を把握することを目的に、毎年、異なる化学物質について調査を実施しており、平成2年度は、調査した16物質中1−ニトロピレン等6物質が大気から検出されているが、特に新たな問題を示唆するものではないと考えられる。また、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」の指定化学物質等について、一般環境の大気中の残留状況を調査しており、トリクロロエチレン等が検出されているため、今後とも調査を継続する必要がある。また、ダイオキシン類には、前回の昭和63年次より高い濃度で検出されるものがあり、監視の継続と発生源の実態把握が必要となっている。
なお、世界的に見ても、有害大気汚染物質対策の強化が進められており、アメリカは1990年(平成2年)の大気浄化法(CleanAir Act)の改正により、189物質をリストアップし有害大気汚染物質対策を推進することとしているほか、OECD環境委員会でも有害大気汚染物質対策についての検討が進められている。