この環境白書(「総説」、「各論」)は、公害対策基本法第7条の規定に基づき政府が第118回国会に提出した「平成元年度公害の状況に関する年次報告」及び「平成2年度において講じようとする公害の防止に関する施策」である。
執筆に当たった省庁は、総理府、公害等調整委員会、警察庁、環境庁、国土庁、法務省、外務省、文部省、厚生省、農林水産省、通商産業省、運輸省、建設省及び自治省であり、環境庁がその取りまとめに当たった。
はじめに
ここ一、二年の間の地球環境問題に対する世界的な関心の高まりには、目覚ましいものがある。それも、今や具体的な対策の推進を求めて、人々が自らの生活態度、ライフスタイルを見直したり、国や地方政府の政策、民間企業等の事業活動のあり方をも変えていこうという、具体的行動の段階に移りつつある。
かつて政府は、昭和47年の当白書において、我が国経済の高度成長に伴って起きた大気汚染、水質汚濁、自然破壊等の深刻な環境問題とそれに対して巻き起こった国民的論議を形容して、「爆発する環境問題」と呼んだ。折しも同年(1972年)は、スウェーデンのストックホルムで国連史上はじめての地球規模の国際会議、国連人間環境会議が開かれた年でもあったことは、ここで想起するに値しよう。それから18年、21世紀の到来を10年後に控えた今日、地球的な規模で高まった地球環境問題への対応をめぐる国際的な論議は、まさに「爆発的な様相を見せている」と形容するにふさわしい。
この新しい歴史的な動きに反映して、国連総会、主要国首脳会議(サミット)、非同盟諸国会議、米ソ首脳会議をはじめとする国際政治の舞台でも地球環境問題が取り上げられ、国際強調に基づく具体的な取組の推進に向けて着実な進展が図られつつある。特に、オゾン層の保護、地球温暖化、酸性雨、熱帯林の保全、野生生物の保護、海洋汚染、開発途上国に対する開発援助と環境保全等の問題をめぐっては、すでに多数の条約、行動計画、宣言等が採択され、今後地球温暖化に関する枠組み条約の締結と1992年に予定される第2回国連人間環境会議(正式には「環境と開発に関する国連会議」)での包括的レヴュー及び将来の長期展望作成に向けて、さらに詳細な検討作業が進められている。また、民間団体(NG0s)による国際会議も頻繁に開催され、多数のアピールや具体策の提案がなされている。さらに、昨年末のベルリンの壁の崩壊に象徴されるような東西緊張緩和の動きの中で、大気汚染、酸性雨等の深刻な公害問題に悩む東欧諸国との環境協力も始まろうとしている。
我が国は、これらの国際的な動きに積極的に参画してきたほか、昨年9月にはUNEPとの協力の下に「地球環境保全に関する東京会議」を開き、気候変動、熱帯林の減少、開発途上国の公害問題等の各分野における23か国60名あまりの世界的権威から数々の注目すべき提言を受けた。これと前後して、市民レベルの国際会議もいくつか開催され、また10月には、衆参両院の国会議員も超党派で「地球環境保全のための国際議員フォーラム」を組織した。さらに、我が国における地球環境保全策の総合的推進を図るため、昨年5月12日には「地球環境保全に関する関係閣僚会議」が設置されるとともに、7月以降環境庁長官が地球環境問題担当大臣に指名されている。今後我が国としては、前述の各種宣言や国際的合意事項を誠実に実行するとともに、個々の問題分野における我が国としての具体策の推進及びさらなる国際協力の枠組みづくりにおいて世界的リーダーシップを発揮していく必要がある。
一方、我が国内の環境問題については、第1章で見るように、これまで関係各方面が鋭意取り組んできたものの改善がはかばかしく進まず、むしろ人口や産業が集中する大都市地域を中心として近年悪化する兆しすら見せている窒素酸化物による大気汚染や交通公害、近隣騒音のような問題や、湖沼、内湾等の閉鎖性水域や都市内中小河川等の水質汚濁の問題もある。また、様々な有害化学物質による地下水、土壌等の汚染も広がりを見せ、増大する一方のごみや産業廃棄物の処理に頭を悩ます地方公共団体や事業者も多い。さらに、余暇時間の増大等を背景として、国民の自然志向が高まりをみせるとともに、良好な自然環境に対する開発圧力も高まっている。これらの問題は、我が国におけるエネルギーや資源の利用と管理のあり方、すなわち、我が国の経済構造、都市の構造、交通運輸体系、そして多様化し高度化する国民のライフスタイルと深くかかわっている。
環境問題は、いずれも人間の活動が環境に対し過度の負担をかけ、自然の循環と生態系の微妙なバランスを乱すことにより起こるものである。生態系は縫い目のない織物とも言われるように、国境という人為的な境界を知らない。すでに我が国の国民生活及び産業活動は、世界一、二を争う膨大な量の食糧、エネルギー、その他の資源の輸入を通じて、地球の環境と密接に結び付いている。また、世界経済がますます相互依存を深めていく中で、我が国が行う旺盛な経済活動は、地球環境に大きなかかわりを持っている。
このように、我々の生活と、これを取り巻き支える国内及び世界の環境は相互に密接な関連の上に成り立っている。したがって、地球環境保全のためにも、国内での環境保全に向けた足元からの取組を一層強化する必要がある。まさに「地球規模で考え、足元から行動を」(Thinkglobally,act locally)の実践こそが肝要である。
そこで、本総説においては、国内の環境問題と地球環境問題を一体的に論ずるという視点から、まず第1章において我が国における環境汚染の現状と自然環境の現状を概観し、第2章では、平成元年度に実施された施策を中心に、最近の環境政策の進展を振り返ることとする。第3章においては、昭和63年の当白書(「地球環境の保全に向けての我が国の貢献」)に引き続き、地球環境問題を取り上げることとするが、まず第1節において各種の地球環境問題をめぐるその後の我が国内外の動向、問題の発生メカニズムの科学的解明や対策の現状、将来見通し等について簡略に述べ、次いで第2節及び第3節においては、我々の身近なところから地球規模に至るまで様々な環境問題と特に大きなかかわりを持ち、国民生活及びあらゆる経済社会活動の基盤をなすエネルギーと多面的な価値を有する森林資源の問題に焦点を当て、それらの開発、生産、消費、廃棄等に伴う環境への影響を分析し、望ましい持続的利用と管理のあり方を考察する。最後に、第4章においては、これらの分析を踏まえ、国、地方公共団体、民間企業あるいは事業者、一般国民等の主体ごとに、一昨年の白書が提唱した「地球環境保全へ向けての積極的貢献」の具体的実践の方途を探ることとする。