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第1節 都市の環境を分析する視点−−都市の人間−環境系

(1) 都市における環境政策の課題
 これまで我が国の環境政策は、公害の防止と自然環境の保全を2本の柱とし、大気汚染や水質汚濁といった公害現象に着目して主要な汚染物質の排出行為を厳しく規制するとともに、優れた自然景観や貴重な野生動植物を含む自然環境を開発行為から守ることに重点を置いて進められてきた。
 その結果、地域や汚染物質によっては着実な成果を収めているものもある。しかし、交通公害や生活排水、近隣騒音問題にみられるように、人口の都市集中や過大な都市活動による環境悪化の問題については、期待されるほど成果が上がっていないのが実情といえよう。
 また、工場等の主要な発生源における公害防止対策が効果を現してくるにしたがい、その他の群小発生源や個々の家庭における日常生活、自動車交通、さらにはごみ処理の問題といった、都市活動そのものに起因する環境問題のウェイトが高まってきた。いわゆる「都市・生活型公害」の増大である。
 特に、政治、経済、社会、文化活動の中心であり産業、金融、交通、通信等の諸機能の集中する大都市においては、都市に残された貴重な自然が急速に失われるとともに、都心部の過密化と都市周辺部への市街地の外延的拡大、更なるエネルギーと交通需要の発生等が環境問題を複雑化させている。
 都市・生活型公害は、多かれ少なかれ既に地方圏の中小都市、ひいては農村集落にもみられるが、地方圏においても今後一層の都市化が進展し人口、産業等の地方分散が推し進められると、今日の大都市圏におけると同様、環境問題が複雑化するおそれがある。
(2) システムとしての都市の環境の把握
 こうした、いわば都市化の進展に伴う様々な環境問題に対処するためには、もちろん人口や産業の過度の集中を避けるとともに都市における適正な土地利用と都市基盤の整備を図ることが基本であるが、個々の環境汚染という現象を追うのみならず、都市の構造や都市活動を支えている経済、社会的なしくみや都市市民の生活様式の現状及び将来の動向にまで立ち入って、システム全体としての問題点を洗い出してみる必要がある。
 また、汚染物質の個別の発生源や水、大気、土壌といった環境媒体ごとの対応のみでは十分でなく、都市におけるエネルギー収支や物質循環の全ぼうをとらえたうえで、最も効果的な時点や段階において総合的かつ予見的な対策を計画的に講じていくことが重要である。
 すなわち、都市を一つの有機的な系としてとらえ、都市におけるエネルギー代謝と物質循環の構造や都市化の進展に伴う自然の改変及び環境とのかかわりにおける都市の人間自身の行動と意識の変化の過程を明らかにし、都市における様々な活動や構造を生態系が有する自立・安定的、循環的なしくみに近づけるという視点に立った環境政策を確立する必要がある。
(3) 都市における物質代謝
 もともと環境とは、人間なり生物という主体を取り囲む全体であり、汚染物質はその形や性質を変えながら環境中を移動する。今や欧米諸国のみならず世界の重大関心事の一つとなった酸性雨は、森林被害、湖沼・土壌等の酸性化をもたらしているが、もとはといえば化石燃料等の使用に伴う大気汚染が引き金になっている。種々の化学物質の不適切な使用と廃棄は、地下水や公共用水域な汚染の他にも大気汚染や土壌汚染をもたらす。
 さらに、これらの都市の環境問題の間には一種の有機的な複合関係があることにも留意しなければならない。例えば、都市における大量の化石燃料等の使用によるエネルギーの生産と消費は、大気汚染をもたらすと同時に排熱を生じ、都市域全体の気温や気候にさえ影響を及ぼしている。他方、都市化とモータリゼーションの進展に伴って、地表面の舗装や人口構造物が増える一方で都市の中から水面や自然地が失われていくにしたがい、地表の植物や水面からの蒸発散が減り、地下に浸透する雨水も減って、これが都市気温の上昇と乾燥化や地下水の収支に変化をきたす面もある。地表のほとんどが道路やビル等の人工構造物で覆われた都心部では、こうして上昇した都市気温を免れるためのクーラー等の使用がさらにエネルギー消費の増大と気温の上昇を招くという悪循環が起こっている。
 水質の汚濁は、もちろん事業活動や人の生活に伴って環境中に排出される汚濁物質によって生ずるが、河川、湖沼等の自然の生態系はある程度まで自浄能力をもっている。都市河川等の汚濁が進むのは、その自然浄化機能が何らかの理由により損なわれているか、浄化能力を超えるほど集中した排出が行われるからである。また、河川の流量が不足し、汚濁物質を希釈、拡散するという効果が期待できない場合も考えられる。さらに、舗装され人工化の進んだ市街地では、激しい降雨時に行き場を失った大量の水が一気に河川に流入し、氾濫の危険性を高めるとともに合流式の下水処理場等への負担を大きくする。
 こうして、都市域における水質汚濁の問題は、工場、一般家庭等の発生源における排出抑制や下水道等の都市施設の整備の問題であるのみならず、市街地化の進行、良好な水辺や自然地の喪失、土壌汚染、廃棄物の不法投棄等の問題、さらには防災の問題とも関連しているのである。
 多種多様な化学物質による地下水や湖沼、内湾、内海の汚染についても、都市の物質循環や水循環と切り離せない関係にある。
(4) 都市の自然と環境資源
 一方、都市の自然については、国民の生活水準が向上し、環境の人工化が進めば進むほど、都市から遠く離れた地域の原生的な自然のみならず、より身近な生活環境の中にも精神的なやすらぎとうるおいをもたらす自然が求められるようになってきた。四全総にもいうように、「生活環境としての自然環境の保全のため、現存する都市内の樹林、都市近郊林等の保全を図るとともに、樹林の造成など自然的環境の創出を図る。この場合、鳥や昆虫、河川や湖沼の魚など小動物が生息できる、いわば野生的自然を都市に回復して自然環境の質を向上させるなど、自然と人間の共生を図る」ことが重要になっている。
 この動きは、単に現在都市に残された自然を保全するにとどまらず、それを貴重な環境資源ととらえ、それを活用しあるいは積極的に創出することにより、豊かで快適な都市の環境を築いて行こうという方向に向けられており、今後のまちづくりや地域の活性化にも有力な手がかりを与えてくれるものである。
(5) 都市の人間─環境系の視点に立つ環境政策へ
 これまで我が国では、安全で利便性のある近代的な都市を目指して諸々の都市活動が営まれてきたが、その際、ややもすると経済的効率性を求めるあまり、都市住民の健康や生活環境の快適性を損なったり、自然が本来有している多面的な機能や人にとっての精神的価値を捨象しがちであった。都市における人間活動と環境との関係を一つの系ととらえることによって、生態系が有している自立・安定性、循環性を取り戻し、良好な都市の環境の形成の方途を探ることができよう。
 以上を要するに、都市化の進展と都市活動による環境の悪化を未然に防止し、より良い都市の環境を築いていくためには、まず何より都市化のプロセスと都市活動による環境の変化を総合的、横断的に分析・評価し、都市のかかえる環境問題の構造とメカニズムを把握する必要がある。そしてそれには、都市における人間活動と環境の関係を系としてとらえ、そこにおけるエネルギーの流れや水、物質環境の構造と機能を明らかにすることが有効である。
 また、そうすることによって、これまで個別の公害現象に着目し、個別の環境媒体ごとに行われてきた公害防止対策が、ややもすると問題の後追い、対症療法的対応に陥りがちであった欠陥を補うとともに、都市における狭い意味での公害防止や自然環境保全にとどまらず、住民の健康、快適な環境の創造等の観点をも含めて、真に総合的で予見的な都市の環境政策を構築していくことが可能になると期待される。

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