海洋生物多様性保全戦略の要旨
1.背景
海洋は地球の生命を維持する上で不可欠な要素であり、人類は海洋の多様な生物や生態系から、様々な「海の恵み」を得て生きている。
近年、国内外の海洋の生物多様性の現状が悪化していることが強く指摘され、我が国においても海洋の生物多様性保全に対する関心が高まっている。
本保全戦略は、「生物多様性基本法(2008年5月成立)」による「生物多様性国家戦略2010(2010年3月閣議決定)」に基づき、生物多様性条約における国際的な目標や我が国の「海洋基本法(2007年4月成立)」及び「海洋基本計画(2008年3月閣議決定)」も踏まえ、環境省が策定するものである。
2.目的
本保全戦略は、海洋の生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性を保全して、海洋の生態系サービス(海の恵み)を持続可能なかたちで利用することを目的とする。
そのため、主として排他的経済水域までの我が国が管轄権を行使できる海域を対象とし、海洋の生物多様性の保全及び持続可能な利用について基本的な視点と施策を展開すべき方向性を示す。
3.海洋の生物多様性及び生態系サービス
我が国周辺の海域には、深浅の激しい複雑な地形が形成されているとともに、黒潮や親潮などの海流と列島が南北に長く広がっていることがあいまって、多様な環境が形成され、多くの海洋生物が生息・生育している。
生物多様性は、長い進化の歴史を経て形づくられてきた生命の「個性」と「つながり」であるといえる。生物多様性は、人類が生存のために依存している基盤であり、人類は様々な恵み(生態系サービス)を多様な生物が関わり合う生態系から得ている。
このように人類は海洋の生物や生態系からも様々な恵みを得て生活しているが、近年、人為的な影響による海洋の生物多様性の劣化が懸念されている。
4.基本的視点
- (1)海洋生物多様性の重要性の認識
- 海洋の生物多様性とそれが供給する様々な恵みを認識することが重要である。生態系から得られる恵みを長期的かつ継続的に利用するためには、健全な生態系を維持管理していくことが重要である。また、その保全と持続可能な利用を継続的に進めていくためには、海洋の生物多様性の重要性が、経済活動や社会生活の中で適切に評価され、その保全が価値あるものとして位置づけられることが不可欠である。
- (2)海洋の総合的管理
- 沿岸域における陸域とのつながりの重要性:陸と海とのつながりを考慮しながら流域を一体のものとして捉える取組も含めた沿岸域の総合的管理を進める必要がある。
外洋域における広域な視点の重要性:外洋域については、海洋の連続性や海洋生物の広域にわたる移動等を踏まえ、近隣諸国をはじめとした国際的な連携が重要である。
- (3)我が国周辺の海域の特性に応じた対策
- 沿岸域と外洋域ではその生態系の特徴や主要な影響要因が異なっており、緯度や海流、海底地形によっても海洋の環境は大きく異なるため、海域の特性を踏まえた保全及び持続可能な利用に資する対策の推進が重要である。
- (4)地域の知恵や技術を活かした効果的な取組
- 歴史的な経緯や伝統的な知恵を踏まえた地域住民による保全や管理の活動を評価するとともに、地域の多様な主体の参加とその連携体制の整備も重要である。
- (5)海洋保護区に関する考え方の整理
- 海洋保護区とは:海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全および生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理される明確に特定された区域。
我が国の海洋保護区の現状と課題:我が国では、海洋保護区に該当すると考えられる海域の指定を、以前から国立公園など様々なかたちで行ってきている。今後、まず既存の制度の活用による充実とそれらの効果的な組み合わせ等による効率的な海洋保護区のあり方を考えるとともに、知見の充実や社会的状況の変化等も踏まえ、適切な対策又は制度の検討も、継続的に行っていく必要がある。
5.施策の展開
- (1)情報基盤の整備
- 国レベルで把握すべき情報を効果的かつ効率的に収集及び活用する手法と体制を検討し、体系的な情報と知見の充実を図る。また、生物多様性の保全上重要度の高い海域を、科学的知見を踏まえて抽出する。
- (2)海洋生物多様性への影響要因の解明とその軽減政策の遂行
- 海洋の生物多様性の保全と持続可能な利用を適切に進めていくためには、対象となる問題の原因と、その影響の軽減のために取組を行うべき関係者を特定し、関係者間の連携を図りつつ、問題解決にふさわしい手法と手順により施策を講じていく。
- (3)海域の特性を踏まえた対策の推進
- 生態系の特徴や主要な影響要因が異なる沿岸域と外洋域などの海域の特性を踏まえた保全及び持続可能な利用に関する対策の推進を図る。
- (4)海洋保護区の充実とネットワーク化の推進
- 国立公園等の既存の制度を活用した適切な海洋保護区の設定を推進するとともに、管理の充実及び強化を図る。また、生物多様性の保全と持続可能な利用の観点から、それらの海洋保護区の効果的なネットワーク化のあり方を検討し、必要な場合は新たな制度も検討する。
- (5)社会的な理解及び多様な主体の参加の促進
- 海洋の生物多様性に関して、現状とそれが有する様々な価値、保全の必要性等について、科学的情報と知見を発信し、国民に対する普及広報に努める。また、海洋保護区のネットワーク形成に向けて、関係する様々な主体の協働と連携の推進や、社会活動の中での生物多様性の保全と持続可能な利用に関する高い意識の醸成を図る。