九州・薩摩半島の南端に位置する鹿児島県指宿市の山川漁港は、古くから漁業が盛んな天然の良港。カツオの水揚げで知られ、名産のかつお節の年間生産量は約6,400トン(2024年度)と、全国トップクラスです。穏やかな海域を活用して、カンパチやブリの養殖も盛んに行われています。
近年は、藻場(もば)を再生する取り組みも注目されています。藻場とは、海の中で海草(うみくさ)・海藻(うみも)が茂る場所のこと。外敵から身を隠しやすく餌も豊富なことから、海の多様な生き物の生息場所になると同時に、産卵や、魚の子どもや赤ちゃんの成育に適した「海のゆりかご」としても重要な働きをします。さらに、光合成によって二酸化炭素(CO2)を吸収し、炭素を海底などに貯留する「ブルーカーボン生態系※1」でもあり、藻場の再生による脱炭素化に、高い期待が寄せられています。
※1 藻場のほか、塩性湿地、干潟、マングローブ林など。
日本の沿岸域では今、藻場が著しく減少、消失する「磯焼け」が深刻化しており、各地で対策が進んでいます。山川漁港でも、沿岸域の漁獲量減少に危機感を抱いた山川町漁業協同組合・青年部が中心となり、在来のイネ科の海草アマモの再生活動を2006年から始めました。2023年には官民連携で「山川地区ブルーカーボンプロジェクト協議会(通称・山川の海のゆりかごを守る会)」を設立し、活動を本格化。網で周囲を囲ったエリアにアマモの種を織り込んだマットを設置するという独自の手法と細やかなモニタリングで、2024年度には100平方メートルの藻場(アマモ場)の造成に成功しました。
アマモ場づくりのプロセスには地域の企業や学校も招き入れ、海やアマモに触れながら自然保全について学ぶ場を提供しています。また2024年からは、アマモ場が吸収したCO2の量をクレジット化し、売買できるようにする「Jブルークレジット※2」認証の取得も始めました。そして同年、アマモ場の保全活動地域が「山川の海のゆりかご」として自然共生サイトに認定されました。
※2 カーボンクレジット(個人や企業が、CO2排出削減・除去の取り組みを行った結果を認証するもので、市場などで取引が可能)のひとつ。ジャパンブルーエコノミー技術研究組合 [JBE] が2020年度から認証・発行・管理を開始。
山川町漁業協同組合の理事を務め、山川の海のゆりかごを守る会の発起人でもある川畑友和さんにお話を伺いました。
「アマモ場の保全は、山川町漁業協同組合・青年部を発足した翌年の2006年、水産資源の減少を食い止めるために、私たち漁師ができることを考えて始めたものです。磯焼けは海底のウニが増加し、海藻を食べてしまうことが要因のひとつとされています。私たちはウニが増えすぎないよう管理を行い、5年間で海藻を120,000平方メートルまで再生させました。しかしその後、原因がわからないまま、再生させた藻場も自生していたアマモも年々減少し、2018年に消失しました。沿岸域の定置網漁でとれるマアジやアオリイカもますます減っていきました。
何とか原因を突き止めようと、海中に固定型カメラを設置。モニタリングした結果、アマモはアイゴ、海藻はイスズミといった魚に食べられていたことが分かりました。そこで、魚を寄せ付けないよう独自に開発し、その網で囲ったエリアの中に、アマモの種を織り込んだ植物素材の『アマモマット』を設置しました。すると順調に成長し、約5カ月で全長2メートル近くになるものもありました。
2024年度は100平方メートル、2025年度は大幅に拡大して1,500平方メートルのアマモ場を造成できました。その影響もあってか、マアジなどの漁獲量も増加しています。さらに、マジリモクやコブクロモクといった海藻類も見られるようになりました」
川畑さんらは、地域の企業や学校がアマモ場づくりに参加できるプログラムを作り、海や藻場について学ぶ場を提供しています。いずれはこうした取り組みを通じて、アマモ場づくりの担い手を増やしていきたいと考えています。
「子どもの環境教育には20年近く前から関わっています。最近の子どもは目の前に海があっても、海で遊んだりする機会が少ないです。漁業関係者が減り、港や海岸も人が少ないので、子どもも親も海で遊ぶことに不安を感じるのかもしれません。地域の海に関わり、守っていく次世代を育てるには、まず海に触れるきっかけを作らなくてはいけません。そこで授業の一環として、最初に取り組んだのは魚の放流です。バケツに魚を入れて砂浜へ行き、放流しながら、魚がその後どのように育っていくのか、魚が身を守り成長するために海草や海藻がいかに重要かを説明します。
アマモマットづくりに、地域の企業や学校を招き入れ始めたのは2015年頃から。アマモの種を手作業でマットに織り込むだけでなく、同じ手法で豊かに成長したアマモ場の映像も見せることによって、自分たちが作っているものの意義を伝えています。ただ、画像や映像だけでは伝わらない部分もあるので、実際に体験することがとても大切。匂いや手触りなど、五感をフル活用しながら大人も子どもも楽しく学べるよう心掛けています」
山川の海のゆりかごの参画企業にとっては、こうした体験に加えて、アマモ場で創出されたJブルークレジット認証も関心事のひとつ。2024年度には0.4トン分のCO2削減量が認証されました。川畑さんらはこれを参画企業に還元しています。
「企業の方々には会費をいただき、保全活動にも一緒に取り組んでいただいているので、目に見える成果としてクレジットを還元したい。企業のPRにも活用していただけます」
目に見える形にするという意味で、自然共生サイトの認定も大きな意義があると、川畑さんは言います。
「認定という看板があるからこそ実現できることがありますし、そうしたメリットをこれから自分たちで生み出していきたいです。例えば、私たちが海を守りながら大切に育ててきた水産物に自然共生サイトの認定ロゴをつけることで、ブランド価値が高まり、水産業の発展につながる可能性もあります。世界では、倫理的に正しいと思うことを基準として購入するものを決める『エシカル消費』が注目されています。日本ではまだ十分浸透していないかもしれませんが、学校でSDGsを学んだ若い世代が大人になった時には、重要な判断材料になると期待しています」
すでに認定を生かした新たな試みが始まっています。ひとつは、他の自然共生サイトとの連携です。川畑さんは、鹿児島県・奄美大島の自然共生サイト「瀬戸内町ネリヤカナヤの海協議会」※3にアドバイザーとして協力しています。2025年には、干潟にマングローブの苗240本を植栽するイベントを実施。同じく自然共生サイトの「奄美大島 真米(まぐむ)の里 秋名・幾里・大勝」※4が生産した米や、川畑さんらがおいしい調理法を開発するイスズミなどを使った「自然共生お弁当」の試食会も行いました。
※3 奄美大島のマンゴローブ林やサンゴ礁、藻場などの保全・再生事業に取り組み、2024年に自然共生サイトに認定されました。
※4 奄美群島で数少ない水田が残る地域の稲作文化及び水田環境の継続・保全に取り組んでいます。自然共生サイトには2023年に認定されました。
もうひとつの試みとして、地域活性化に向けたプロジェクトにも取り組んでいます。
「山川町漁業協同組合は、山川の海のゆりかごを活用した観光モデルの開発プロジェクトに取り組んでいます。このプロジェクトは、環境省の『良好な環境を活用した観光モデル事業』に採択されて実施しているものです。新たなアマモ場を造成するため、SUP(サップ)※5を使ってアマモの種まきなどをする自然共生サイト内での環境保全体験に、かつお節工場の見学や砂風呂温泉など地域の観光資源を組み合わせたツアーを検討しています。
もちろん、こういった利活用の取り組みを保全に還元することが重要で、今後もアマモ場づくりに力を入れていきます。2025年度には1,500平方メートルまで拡大しましたが、いずれは自分が漁師になった2003年当時と同じ20,000平方メートルまで増やしたいです。100年先まで豊かな海を残せるよう、今後も全力で取り組んでいきます」
※5 スタンドアップ・パドルボードの略称。サーフボードの上に立ち、パドルを漕ぐウォータースポーツ。
下記の「関連リンク」に「山川の海のゆりかご」に関連するホームページがありますので、興味がある方はご覧ください。
【データ】
| 名前 | :山川の海のゆりかご |
|---|---|
| 住所 | :鹿児島県指宿市山川沿岸 |
| TEL | :0993-34-0111(山川町漁業協同組合) |