東京・新宿からバスで約1時間半。人と自然の共生を目指す「モリ田守センター」は、栃木県佐野市の山あいを走る国道からほど近いエリアにあります。地元の人でなければ分からないような山道をたどっていくと、豊かな森や田んぼがひっそりと広がっています。
生物多様性に配慮した減農薬の田んぼでは、沢の上流から清水を引き、水路にはコンクリートを使わず、昔ながらの手掘りの土水路が整備されています。冬も一部の田んぼに水を張り続ける独自の管理法が実践されており、その効果もあってか、多様な水辺の生き物が生息しています。特にカエルなど両生類は種数も生息数も非常に多く、シュレーゲルアオガエルやトウキョウダルマガエルなど、貴重な種も確認されています。また、ホタルにとっても住みやすい環境になり、今では県内有数のヘイケボタルの生息地になっています。
モリ田守センターは「シェアする学びの森」というコンセプトの下、企業・大学・地域と森を共有しながら生態系を守り、自然体験学習の場を作るための多面的な取り組みを進めています。こうした活動が評価され、2023年には自然共生サイトに認定されました。
同センターを運営する合同会社モリ田守の代表で、森林生態学の研究者でもある赤堀雅人さんに、まず土地の特色を伺いました。
「市街地に近いにもかかわらず、完全に隔離されたような場所です。まず非常に珍しいのは、ウシガエルやアメリカザリガニなどの外来生物が確認されていないこと。そして、フクロウなどの猛禽類から昆虫まで、在来種を中心に生態系ピラミッドの頂点から最下層までが循環し、支え合っています。人工物はほとんどなく、豊かな田んぼやスギ・ヒノキ林、広葉樹二次林※1、竹林などが隣接しています。そうした多様な里山の要素がコンパクトにまとまっている点も、他にはない魅力です」
※1 自然災害や伐採などによって失われ、その後に自然に再生した広葉樹の森林のこと。
先祖代々受け継がれてきたこの土地の豊かな自然を守り、生かしたい──そんな思いから、赤堀さんは2013年に合同会社を設立し、モリ田守センターの活動をスタート。立ち上げの前年に、運営面などの意見を聞くため、古い友人で企業のCSR(企業の社会的責任)活動のプランニングなどを手掛けるイーソリューション株式会社の代表・市瀬慎太郎さんを誘って現地を案内したことが、活動に広がりが生まれるきっかけになりました。
「小規模だけど田んぼも森もあって、国道から徒歩圏内というこの隠れた里山を、企業がCSRの一環として森を学び、自然と関われる場所にできたらいいなと思いました。大手企業の大規模な環境保全事業とは違って、小規模でもネイチャーポジティブの取り組みができることを、この里山なら示せると感じたのです」と、市瀬さんは語ります。
その後、赤堀さん、市瀬さんらは、モリ田守センターと連携企業の間で、独自の連携体制を築いてきました。同センターの自然資源の管理は合同会社モリ田守が行い、企業はその自然資源をどう生かすか戦略を立て、自社の環境保全の取り組みや学習の場として活用しながら、目標の実現に向けて支援を行います。
この構想にいち早く賛同した企業の一つが、東京の印刷会社である株式会社美松堂(旧・株式会社プレシーズ)です。同社のアドバイザーを務める市瀬さんから提案を受け、CSRの一環として2013年当初から参加。「印刷会社として、紙の原点である森を自分たちの手で守ることは大きな意味があります。当時、CSRへの取り組みに戸惑っているお客様も多く、里山保全は分かりやすく意義のある活動でした」と、美松堂の担当者である萩原嘉和さんは語ります。
以来、美松堂はモリ田守センターの一角を「びしょうの森(旧・プレシーズの森)」と名付け、取引先企業やその家族、地域の方々などを招いて、米作りやカエルの生態調査などの体験イベントを定期的に開催してきました。参加者数は12年間で延べ650人以上に上ります。近年は東京都のこども食堂とも連携し、利用者の親子を体験イベントに招待する無料バスツアーも企画。都市部のこどもたちにとって自然の中で命のつながりを学ぶ場にもなっています。
美松堂はモリ田守センターの一角を「びしょうの森」と称して、自然体験イベントを年数回開催(左)。稲刈りの様子(右)。
モリ田守センター側にとっては、企業から得られる発想や推進力が大きなメリットだと、赤堀さんは言います。
「例えば、地域活性化のために田んぼでは付加価値の高い酒米を育て、地元の酒造会社で日本酒をつくって都市部の企業に販売したり、体験イベントでもできるだけ地元企業を活用する提案をしてくれたり。地域の企業と連携していきたいとは元から思っていましたが、その具体的なアイデアを考え、実践するサポートをしてくれるので非常にありがたいです」
一方で、赤堀さんが講師を務める宇都宮大学との産学連携による調査研究も、広がりを見せています。2014年から進んでいるフクロウの保護プロジェクトもその一つ。森の生態系ピラミッドの頂点に立つフクロウは、生態系の健全さを示す指標でもあることから、モリ田守センターではフクロウの保護に取り組んでいます。宇都宮大学の研究者と連携して、森に設置する巣箱の改良や繁殖状況調査を続け、2023年には雛の誕生が確認されました。そのほか、在来の準絶滅危惧種とされる植物、セツブンソウを里山へ戻すプロジェクトなども進んでいます。
プラスチック製ゴミ箱を活用した巣箱に営巣したフクロウの雛(左、2023年)。プラスチック製より軽くて設置しやすいプラダン製巣箱を、美松堂の提案で設計・製造(右、2024年)。
こうした活動をさらに発展させていく上で、大きな課題の一つはマンパワーです。土水路の整備から野生鳥獣対策まで、必要な作業は多岐にわたるため、人手不足が常に課題になります。
現在、モリ田守センターの運営支援を行っている連携企業は、イーソリューションと美松堂、こども食堂との窓口を担う株式会社パズルステージ、生態調査などの際に撮影を担う有限会社宮地スタジオの4社。自然共生サイトの活動への貢献が認められ、2024年には環境省から「自然共生サイトに係る支援証明書(試行版)」※2の発行も受けました。今後、農作業のボランティアなども含め、企業による支援の輪を広げていく上で、自然共生サイトへの認定は大きな意義があると、市瀬さんは語ります。
※2 自然共生サイトの質の維持・向上に資する支援を行った方に対して、環境省が発行する証明書のこと。2025年から本格運用を開始。
「自然共生サイトの認定は、活動の信頼性を高め、外部からの支援を呼び込むきっかけになります。お金や人材が集まれば、地域の若い人を雇い、モリ田守センターの貴重な自然を守っていくための仕組みが作れます。これからは認定ブランドを生かして企業支援の輪をさらに広げていきたいです」
下記の「関連リンク」に「モリ田守センター」に関連するホームページがありますので、興味がある方はご覧ください。
【データ】
| 名前 | :モリ田守センター |
|---|---|
| 住所 | :栃木県佐野市長坂町唐木田1032-1 |
| TEL | :03-3265-9431(プロジェクトチーム窓口:株式会社美松堂) |