みんなで守る、生物多様性豊かな未来 自然共生サイトってなんだろう? 「自然共生サイト」は、環境省が2023年度より認定を開始した取り組みです。 民間企業や地方公共団体、個人などの取り組みによって 生物多様性の保全が図られている場所を認定します。 それでは自然共生サイトについて見ていきたいと思います。

今月のテーマ


歌才湿原 [北海道寿都郡 黒松内町]

歌才湿原

北海道の南西部、札幌と函館のちょうど中間に位置する寿都郡(すっつぐん)の黒松内町(くろまつないちょう)。2400人ほどが暮らすこの町は、『ブナ北限のまち』として知られ、その豊かな自然環境の保全・再生に取り組んできました。町の中心部からほど近いエリアにある『歌才(うたさい)湿原』は、そうした取り組みの結果、守り伝えられている場所の一つです。

5.5ヘクタールに及ぶこの一帯には、湿原ならではの自然が豊かに残っています。毎年6月にはエゾカンゾウが一斉に咲き、湿原の中央を走る国道5号線から黄色の絨毯が望めます。

国道5号線を挟んで高層湿原が左右に広がります。
国道5号線を挟んで高層湿原が左右に広がります。

歌才湿原は、北海道内最古の高層湿原として、長年にわたり植物生態学などの研究者の間で注目されてきました。高層湿原とは、低温・過湿な環境下で長い年月をかけて形成される湿原の一つ。雨や雪などでできた水たまりに生育した植物が枯れて水底に堆積し、やがて泥炭※になり蓄積される── そんなサイクルを積み重ねることで、周囲より高く盛り上がった湿原になります。栄養分が極めて乏しい環境であるため、そうした条件を好むミズゴケやモウセンゴケなどの植物が生育し、ほかでは見られない生態系を形づくります。
※枯れた植物が部分的に分解された状態で堆積してできた有機質の土のこと。

歌才湿原は北海道の南西部にわずかに残る貴重な高層湿原として、2001年に『日本の重要湿地500』の一つに選定。そして2023年には、同じく黒松内町にある『添別(そいべつ)ブナ林』と共に、自然共生サイトに認定されました。

6月に辺り一面に咲くエゾカンゾウ(左)。水分たっぷりの湿原に生えるミズゴケ(右)。
6月に辺り一面に咲くエゾカンゾウ(左)。水分たっぷりの湿原に生えるミズゴケ(右)。

1995年頃から歌才湿原の調査や保全活動に携わってきた黒松内町の企画環境課・上席主幹(生物多様性・環境保全・自然エネルギー)で理学博士の高橋興世さんに、お話を伺いました。

「歌才湿原の泥炭になった最初の堆積物は、2万4000年前のものと分析されています。泥炭は腐敗を抑える性質があるので、2万4000年間の気候や環境の記録が分解されずに残っています。それを調べれば、各時期の植生だけでなく、動物や人に関する情報が得られる可能性もあります」

氷期から現在までのさまざまな変化を記録したタイムカプセルともいえる歌才湿原。黒松内町が保全活動を始めた経緯について伺いました。

「もともと歌才湿原は私有地でしたが、貴重な湿原なので公有地として保全・管理をしていきたいと考えていました。地権者の方と丁寧に対話を重ねて、2014年に購入の了承を得ました。翌2015年に、黒松内町と公益社団法人日本ナショナル・トラスト協会が共同で土地を取得し、公有地として保全・管理する体制が整いました。

以来、研究者の方々と連携して、植生や地下水位の変化などのモニタリング調査を定期的に行っています。現在の課題の一つは、過去に水田や牧草地などへの転用を目的に作られた水路沿いで、地下水位の低下、いわゆる湿原の乾燥化が進んでいること。対策として、地下水位を上昇させるために水路に堰(せき)を設けるなど、水環境の回復に向けた取り組みを進めています。地下水位は確実に上がっていますが、植生の明確な変化はまだ見られていません」

地下水位を上げる試みが行われている水路。
地下水位を上げる試みが行われている水路。

水路一つでも大きなダメージを及ぼすほど繊細な湿原の自然を守るには、極力人が立ち入らない状態を保つと同時に、根気強い保全の取り組みが必要です。そのためには黒松内町だけでなく、大学や企業の協力が欠かせないと、高橋さんは言います。

「自治体の力だけでは限界があるので、大学や企業の方々と一緒に保全活動を進めていきたいと考えています。最近では、北海道大学大学院などの研究者の方々が中心となって、民間の財団からの助成を活用し、高い保水力を持つミズゴケの再生や、湿原の教育活用に関する研究プロジェクトを展開しています。また、高校生向けの湿原見学会などの教育・普及活動や、ドローンによる地形測量にも取り組んでいます。

近年は、環境保全への意識の高まりなどもあって、企業の方々からも視察やディスカッションのご依頼をいただく機会が増えていて、今後の協力につながることを期待しています。さらに、2023年に自然共生サイトに認定されたことで、歌才湿原が国内だけでなく地球全体から見ても貴重な自然であるという認識が広がり、国内外からの理解者や協力者が増えていくとうれしいです」

湿原見学会の様子。
湿原見学会の様子。

30年以上にわたり、黒松内町で環境保全に携わってきた高橋さん。この地域には歌才湿原以外にも、多様で貴重な自然が残っている点が大きな特色だと言います。歌才湿原と同時に自然共生サイトに認定された添別ブナ林は、一時は大半が伐採された状態から100年近くかけて自然再生した天然林。歌才湿原につながる歌才川は、橋や堰などの横断構造物が一切なく、自然なままの川の姿が今も保たれています。サクラマスなどの通し回遊魚※も毎年遡上し、産卵します。
※一生の間に海と川を往き来する魚のこと。

「今後は、2つの自然共生サイトのモニタリングを継続するとともに、歌才川の保全などにも力を入れていきたいです。湿原、森林、川などがつながり合って生まれた、豊かな生態系ネットワークをこれからも大切に守っていきたいですね」

繁殖のために南半球から渡ってくる希少種のオオジシギの姿も見られます。
繁殖のために南半球から渡ってくる希少種のオオジシギの姿も見られます。
歌才湿原と同じく2023年に自然共生サイトに認定された添別ブナ林。
歌才湿原と同じく2023年に自然共生サイトに認定された添別ブナ林。

下記の「関連リンク」に「歌才湿原」「添別ブナ林」や黒松内町に関連するホームページがありますので、興味がある方はご覧ください。

【データ】

名前 :歌才湿原
住所 :北海道寿都郡黒松内町字豊幌
TEL :0136-72-3376(黒松内町 企画環境課)

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