
三重県の最北端に位置し、岐阜県と滋賀県に隣接するいなべ市の施設、『自然学習園
ふるさとの森』は、鈴鹿山脈北部に連なる丘陵地の尾根にあります。周辺はコナラなどの落葉樹や、アラカシ・スギ・ヒノキなどの常緑樹が広がる森となっています。
自然豊かないなべ市ですが、約30年前にはゴルフ場や工業団地の開発、藤原岳の石灰岩採掘などによって、郷土の自然が失われる危機に瀕していました。そこで、失われていく自然を再現し、その素晴らしさを後世に伝える自然学習の場となるようにと、1992年に『ふるさとの森』の公園整備が始まりました。
『ふるさとの森』の特徴について、いなべ市教育委員会
自然学習室の坪井諒介さんにお話を伺いました。
「一番の特徴は、新しい植物を購入するのではなく、開発によって失われつつある地域由来の植物を移植してつくられているところです。現在も希少種を保護するために移植を受け入れています。また、『ふるさとの森』はいなべ市の自然を後世に分かりやすく伝えることを目的にしています。そこで、市で見られる自然植生を『ロックガーデン』、『シデ・モミジ林』、『シイ・カシ林』、『コナラ林』の4区画に分けて再現しています。
『ロックガーデン』では藤原岳山頂付近の石灰岩地帯の植生を再現していて、セツブンソウなどを見ることができます。『シデ・モミジ林』は藤原岳の標高700m前後から上部にかけて生育する冷温帯の落葉広葉樹林を再現した区画です。クマシデなどのシデ類や、イタヤカエデなどのカエデ類が見られます。『シイ・カシ林』は暖温帯の常緑広葉樹林を再現するためにアラカシなどを植栽しており、『コナラ林』は薪や炭といった燃料などに使われるコナラを中心に構成された区画です」

ロックガーデン(左上)、シデ・モミジ林(右上)、シイ・カシ林(左下)、コナラ林(右下)。夏は昆虫採集、秋は紅葉やドングリ、果実、松ぼっくりを見に多くの人が訪れます。同じ敷地内で紅葉の色の違いを見られる貴重な場所です。
『ふるさとの森』では、どのような活動が行われているのでしょうか?
「約1ヘクタールの狭い敷地内でも、植生の違いで集まる動物が異なります。例えば、ツゲを植栽したことでツゲを餌とする三重県絶滅危惧種のニシキキンカメムシが繁殖したり、さまざまな植物の花の蜜を求めてチョウが飛んできたりします。周辺の水辺からはトンボが狩りや休憩をしに来るなど、多種多様な生き物が生息・生育できる生態系になっています」

希少種のニシキキンカメムシの幼虫(左)とキンラン(右)。
「これらの生態系を生かして、『ふるさとの森』に隣接する藤原岳自然科学館では、年間を通して自然教室を開催。子どもから大人まで楽しめる、甲虫・チョウ・植物の標本作り体験や自然観察会を実施しています。春と秋にドングリの木の観察を通して季節の違いを知ってもらうなど、社会見学で活用できる場としても提供しています。地域の人たちが自然や生き物について関心を持ってもらうきっかけづくりが大切だと感じています」

藤原岳自然科学館が行う自然教室(左)と小学校の社会見学の様子(右)。
自然教室では年20回、近隣施設も合わせると年50回以上のイベントを実施しています。
活動する上で注意していること、課題についてお話しいただきました。
「訪れる人たちが安全に、安心して観察できなければ意味がありません。いなべ市は三重県のなかでも雪が多く、積雪で木が折れることもあるため、安全面の管理が重要です。また、『ふるさとの森』は自然学習の場として整備することに賛同していただいた企業や住民の方々からの協力があってできた施設です。そのため、移植した植物が枯れることのないように、私たち職員が注意して管理・作業をしています。維持費用はもちろんのことですが、5年後、10年後を見据えたとき、4区画の植生を理解して管理のできる人材の確保・育成をしていくことが今の課題となっています」
自然共生サイトの申請について、いなべ市教育委員会 自然学習室の後藤健宏さんにお話を伺いました。
「『ふるさとの森』は市の施設なので、地域住民の方々や関係者の理解と応援がなければ、維持することは困難になります。今回、自然共生サイトに認定いただけたことで、理解や応援が広まることを期待しています。
『ふるさとの森』は面積が狭く、私たちは自然共生サイトに見合うものかとはじめは躊躇しましたが、森林生態学の専門家の方から勧められたこともあり、申請しました。国の制度である自然共生サイトの申請はハードルが高いと感じ、自分の身近にある自然は平凡だからと申請をためらう人もいると思います。しかし、『自分の身近にある自然はこんなにすごいんだ』ともっとポジティブになってもらうと良いのではないでしょうか」
最後に今後の目標について、坪井さんにお話しいただきました。
「いなべ市のグリーンインフラ※の取り組みの1つとして、『いきものコレクションアプリ』の活用があります。これはグリーンインフラの持つ重要な特性の1つ『生物の生息・生育の場の提供』を調べるために行っていますが、今年5月に『ふるさとの森』を会場にしてスマホアプリを使った生き物観察・撮影の説明・体験会が行われました。このような新しい取り組みが『ふるさとの森』で行われることがきっかけで、森を『郷土の宝』として誇らしく感じていただければうれしいです。これからも『ふるさとの森』の維持管理と情報発信に努めたいと思います」
※グリーンインフラは、自然環境が持つ機能を社会の課題解決に活用しようとする考え方。

いきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」を使った体験会の様子。
下記の「関連リンク」に「自然学習園 ふるさとの森」のホームページがありますので、興味がある方はご覧ください。
【データ】
名前 | :自然学習園 ふるさとの森 |
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住所 | :三重県いなべ市藤原町市場493-1 |
TEL | :0594-46-8488(いなべ市教育委員会 自然学習室[藤原文化センター]) |