[ 特集 ]

温泉地から考える、
サステナブルな地域の未来

日本は世界でも有数の温泉大国。
全国に2,800以上の温泉地があり、
外国からの旅行客にも人気です。
一方、近年は一部の地域で開発による
温泉資源の枯渇問題が生じたり、
旅行スタイルの変化や訪問客のニーズの
多様化などにも直面したりと、
温泉地の
持続可能性があらためて問われています。
限りある貴重な自然資源として
大切に守りながら
温泉地の魅力を高め、
地域を活性化していくためには
どうすればいいか。
そんな課題改善の
取り組み事例と国の支援策を紹介します。

1

日本の温泉地が
直面する変化と課題

日本では、昔から温泉が治療や保養、リラクセーションの場として人々に広く利用されてきました。温泉とは、1948年に制定された温泉法において、地中から湧出する温水、鉱水、及び水蒸気やその他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)で、25度以上、もしくは特定の物質が含まれているものと定義されています。白濁したものや澄んだ青色、濃い褐色など源泉※1によってさまざまな色があり、成分や温度もそれぞれ異なります。

※1 温泉が地表へ湧出する場所、または湧出した温泉そのもの

温泉の多くは、雨や雪、海水が地中にしみ込んで地下水になり、火山のマグマや地中の熱で温められたものです。主に地中のマグマだまりの熱で温められた「火山性温泉」と、それ以外の「非火山性温泉」に大別されます。「非火山性温泉」は、地下深くの熱などで温められた「深層地下水型」や、太古の地殻変動などで地中に閉じ込められた海水が地下深くの熱などで温められた「化石水型」などがあります。

「火山性温泉」、「非火山性温泉(深層地下水型)」、「非火山性温泉(化石水型)」の仕組みイメージ

日本では戦後、急速な経済成長などに伴って各地で新たな温泉の掘削が行われるようになりました。温泉地数は年々増加し、源泉の数も、1970年には約1万5,000本でしたが、2023年には約2万8,000本に増加しています。

源泉数の推移グラフ

近年は外国からの旅行客にも人気の温泉地ですが、その一方で、社会や環境の変化に伴って、持続可能性があらためて問われています。課題のひとつは温泉の湯量の減少及び温度の低下です。原因としては、新たな源泉の開発や過剰なくみ上げなどが考えられます。

また、近年は団体旅行から個人旅行へと旅行スタイルが変化したり、外国からの旅行客が増加したりと、温泉地を取り巻く状況にも変化が起きています。これに伴って宿泊や食、アクティビティなどのニーズが多様化しています。貴重な自然資源を守ると同時に、新たなニーズに対応しながら地域としての魅力を高めていくことが、全国の温泉地にとって大きなテーマになっているのです。温泉地全体でごみや二酸化炭素(CO2)の排出などをできるだけ減らし、環境負荷の軽減に取り組む必要もあります。

2

サステナブルな
温泉地づくりの取り組み事例

それぞれの地域の課題や特色を踏まえて、資源や環境を守りながら温泉地としての魅力を高めるための取り組みが、全国各地で進んでいます。具体的な事例をいくつか紹介します。

温泉熱を無駄なく脱炭素化にフル活用
(北海道・洞爺湖町)

北海道南西部に位置する洞爺湖町は、100年以上の歴史を持つ温泉地。温暖な気候や豊かな自然で知られ、2008年には主要8カ国首脳会議(G8サミット)の開催地になり、注目を集めました。2023年にはゼロカーボンシティ宣言※2を表明し、環境への取り組みも積極的に推進しています。

※2 自治体が2050年までに温室効果ガスの多くを占めるCO2の排出量を実質ゼロにすることを目指すと表明すること。

洞爺湖町では温泉資源を無駄なく活用するため、11本の源泉からくみ上げた温泉を配湯所のタンクに集め、そこから温泉街の各施設へ供給する「集中管理配湯方式」をいち早く導入。配管内で温泉が常に流動しているため温度のロスが少なく、温泉の温度が低い同地域に適したシステムです。さらに、温泉を無駄なく使うことで過剰なくみ上げを防ぎ、資源の保護にもつながります。

2013年、調査のため未開発の地区で掘削を行ったところ、135度の高温の温泉が湧出したため、これをバイナリー発電※3に利用するようになりました。つくられた電力は揚湯ポンプの電力に利用されています。バイナリー発電後もまだ温度が高い温泉水は、ほかの源泉から来る低温の温泉と一緒にタンクに集められ、温泉地の各施設に配湯されます。これにより、以前のように低温の温泉水を加熱する必要もなくなりました。こうした取り組みは、温泉の加温などで生じるCO2の削減にも大きく貢献しています。

※3 温泉の熱水や蒸気を熱交換し、低沸点の媒体を気化してタービンを回すもの。

バイナリー発電の仕組みイメージ
洞爺湖町の全景 バイナリー発電の施設
洞爺湖町の全景(左)。バイナリー発電の施設(右)。

地域全体の環境保全とガストロノミー
ウォーキングで魅力強化
(栃木県・那須塩原市)

那須塩原市は栃木県の最北部に位置し、市内には塩原温泉と板室温泉という2つの温泉地があります。どちらも日光国立公園内にあり、四季折々の豊かな自然を楽しめるエリアです。同市が目指すのは、生態系の保全や脱炭素化の取り組みを推進し、温泉も含め地域全体の魅力を高めること。2030年までに市の面積の50%以上を保全する「50by30」を目標に掲げ、国立公園区域の保護や湿原・湿地の食害対策、植生回復などを行っています。2021年には塩原温泉・板室温泉地区が「ゼロカーボンパーク※4」に登録され、温泉供給設備の高効率化など脱炭素化も推進しています。

※4 国立公園の脱炭素化を目指すとともに、脱プラスチックなどサステナブルな観光地づくりを進める先行エリアとして環境省が推進している。

一方、温泉地としての魅力を広める試みも盛んで、2020年から「ONSEN・ガストロノミーウォーキング」をスタート。那須塩原の美しい自然や歴史的名所を巡りながら、生乳生産額全国2位を誇る那須塩原市のチーズや地元産の野菜を使った料理、温泉を使った地ビール、地元産のワインなどを楽しむイベントです。初回が100名だった参加者は年々増加し、2025年は約150名(定員制)が参加しています。

塩原温泉 ガストロノミーウォーキングの光景
塩原温泉(左)。ガストロノミーウォーキングの光景(右)。

泊食分離もスタート、人にも環境にも
恩恵をもたらす循環型の発展モデル
(熊本県・黒川温泉)

熊本県・阿蘇山の北に位置する黒川温泉は、地域の30軒の宿と周囲の里山の風景すべてを「ひとつの旅館」と考え、どの宿の露天風呂にも自由に入れる「入湯手形」を考案するなど、地域全体で訪問客をもてなす試みで以前から広く知られています。

資源の再生や循環にもいち早く着目しています。環境保全のために竹林の間伐、再生に取り組み、間伐した竹で手作りした球体の灯篭を活用した温泉街のライトアップイベントを、2012年から毎年冬に開催しています。2021年には、サステナブルな温泉地を目指す「黒川温泉2030年ビジョン」を打ち出しました。旅館から出る生ごみを堆肥にして地元農家で活用し、育った野菜を旅館で提供する実証実験を行ったり、入湯手形の売り上げの1%を地域の自然資源の保全活動に還元する仕組みづくりに取り組んだりしています。

また、訪問客の食事は旅館ではなく地域の飲食店が担う「泊食分離」も一部で始まっています。食の多様なニーズに応じるとともに、人手不足や従業員の長時間労働に悩む旅館の負担を軽減することにもつながる試みです。黒川温泉では新たな飲食施設として、約3,000坪の敷地に合計8棟の店舗が建つ「Au Kurokawa(アウ・クロカワ)」が2024年から稼働をスタート。熊本名産のあか牛を使ったレストランやパン屋など、現在3店舗が営業を開始しており、残りの5店舗も順次オープンする予定です。

黒川温泉の風情ある街並み 竹細工の灯篭を活用したライトアップは冬の定番イベント
黒川温泉の風情ある街並み(左)。竹細工の灯篭を活用したライトアップは冬の定番イベント(右)。
3

温泉を守り、生かす──
国の指針と支援策

環境省では、温泉の恵みを将来にわたって引き継いでいくために、温泉資源の保護や適正な利用、温泉地の活性化などに取り組んでいます。そのベースとなる温泉法は、3つの柱で構成されています。

1つ目は、温泉資源の保護です。温泉の開発による乱掘や、過剰なくみ上げを防ぐため、温泉の掘削や動力ポンプの設置は許可制となっています。

2つ目は、温泉の採取に伴う災害の防止です。可燃性天然ガスが一定濃度以上含まれている温泉をくみ上げる場合には申請し、爆発事故などの災害を防ぐための措置を講じる必要があります。

3つ目は、温泉の利用です。温泉は適正に利用しないと、成分によって有害な結果を招く場合もあることから、定期的な温泉成分分析や、その結果に基づく禁忌症※5などの掲示を義務付けるなど、温泉利用者の安全を確保しています。

※5 一度の温泉入浴または飲用でも、身体に悪い影響が生じる恐れのある病気・病態のこと。

幅広い層の利用者が温泉に対する理解を深め、安心・安全に利用できるよう、環境省は情報発信を通じた支援を行っています。パンフレット「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」(日英中韓の4カ国語)では、入浴の時間配分から温泉を飲む際の適量まで、適正に利用するために注意すべきことを紹介。また禁忌症や療養泉※6についても、イラストも交えて分かりやすく解説しています。

※6 温泉の中でも特に療養に役立つ成分をもつ温泉のこと。

グラフやイラストが満載のパンフレット「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」。
グラフやイラストが満載のパンフレット「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」。

2018年に環境省は地方自治体、団体、企業などと連携し、温泉地の活性化を目指す「チーム新・湯治」を立ち上げました。目標は現代の多様なニーズに対応しながら、あらゆる人に温泉地を楽しんでもらい、地域を活性化していくこと。2025年12月時点で470の企業や団体が登録し、セミナーの開催やネットワークづくりなどを活発に行っています。セミナーでは、温泉を核として地域の資源をどう有効活用していくか、外国からの旅行客や高齢者、性的マイノリティの人々にもどう楽しんでもらうか、温泉地で働く人材確保の対策など、幅広いテーマが議論されています。

4

最後に

環境省では、温泉地の協力を得て2018年〜2023年に「全国『新・湯治』効果測定調査プロジェクト」を実施しました。これは温泉地を訪れた成人を対象に、温泉地滞在で得られる療養効果を調べたものです。2万件近い回答のうち、9割以上の人が温泉地滞在後は心身に良い変化が得られたと回答しました。その結果、たとえ日帰りなどの短期間の滞在であっても、年間を通して高頻度で温泉地を訪れることで心身への良い影響が見られることなども分かりました。

全国各地の温泉地が、貴重な自然資源を守りながら将来にわたって多くの人に楽しんでもらえるよう、多彩な試みを行っています。私たちも、温泉を安全に利用しつつ、温泉地の自然や文化にも積極的に触れることで、サステナブルな地域づくりに貢献できるはずです。私たちの心身の健康や幸福につながる温泉地を、ぜひ訪れてみてはいかがでしょう。

原稿/嶌 陽子
イラスト/鴨井 猛

CATEGORY