カーボンニュートラルの
未来を地域から
気候変動が一因と考えられる異常気象は世界各地で発生し、日本でも豪雨や台風による災害、猛暑などによって打撃を受けている地域は少なくありません。
気候変動の原因となっている温室効果ガス。2020年には「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことが日本においても宣言され、翌年6月には、国と地方が協働・共創して2050年カーボンニュートラルを実現するための「地域脱炭素ロードマップ」が策定されました。「地域脱炭素ロードマップ」においては、地域脱炭素は、脱炭素を成長の機会と捉える時代の地域の成長戦略と考えられています。また、自治体・地域企業・市民など地域の関係者が主役になって、再生可能エネルギー(以下:再エネ)などの地域資源を最大限活用して経済を循環させ、防災や暮らしの質の向上等の地域の課題をあわせて解決し、地方創生に貢献できるものとされています。
環境省では「地域脱炭素ロードマップ」に基づき、2050年を待つことなく、前倒しで2030年度までにカーボンニュートラル達成を目指す「脱炭素先行地域」を少なくとも100カ所創出することとしており、これまでに46の地域を選定しました。また、屋根置き太陽光発電や省エネ住宅など、脱炭素の基盤となる重点対策を加速化していくため、これまでに32の自治体を支援しています。
各地域では、温室効果ガスの削減に加え、地域の経済活性化、課題解決につながる取り組みが続々と生まれています。では実際に、どのような取り組みが進んでいるのでしょうか。また、地域脱炭素の意義や目標はどんな点にあるのでしょうか。紹介していきましょう。
CONTENTS
地域脱炭素が描く未来予想図は?
脱炭素を成長の機会と捉える時代。地域における脱炭素の取り組みは、地域課題を解決し、魅力の向上、地方創生に貢献する成長戦略であるといえます。自治体・地域企業・市民が主役となって取り組み、今ある技術を駆使して再エネなどの地域資源を活用していくことが、経済の循環を生み、地域経済を活性化させ、ひいては防災や暮らしの質の向上などにもつながっていきます。
脱炭素によって地域は元気になる。そして持続可能な地域、世界を創造していく。地域脱炭素の未来予想図は、温室効果ガスの排出による気候変動への対応と地域課題の解決という両輪を持って進んでいきます。
カーボンニュートラルへ、
取り組み最前線
カーボンニュートラルへ向けて、先駆けとなって脱炭素に取り組んでいる地域・事業を紹介します。各地でどんな脱炭素の取り組みが進んでいて、それは地域にとってどんな価値を生み出すのでしょうか。
【脱炭素先行地域とは?】
脱炭素先行地域から
「実行の脱炭素ドミノ」を起こす
2050年のカーボンニュートラルに先駆けて、2030年度を目標に民生部門(家庭部門および業務その他部門)の電力消費に伴うCO2排出の実質ゼロの実現に向けて取り組む「脱炭素先行地域」。農村・漁村・山村、離島、都市部の街区など多様な地域での、地域課題を解決して住民の暮らしの質の向上を実現しながら脱炭素に向かう取り組みをモデルとして、全国に「実行の脱炭素ドミノ」が起こることを目指しています。
脱炭素先行地域の一つである球磨村は、熊本県の南部に位置する山間地域の村。毎年のように雨による災害が発生し、特に2020年7月の豪雨では村全域が甚大な被害を受けました。これをきっかけに地球温暖化による気候変動問題に向き合い、復興計画の中に「脱炭素の村づくり」を掲げて脱炭素事業の取り組みを進めています。
- 脱炭素先行地域・熊本県球磨村
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脱炭素の取り組みが
豪雨災害からの復興に。
そして新たな球磨村へ
球磨村が進める「ゼロカーボンビレッジ創出事業」は、村内のほぼ全域を対象とする「住生活エリア」、林業・農業が盛んな「自然エリア」、「公共施設群」の3つに分けて進めています。
取り組みは大きく2つ。1つ目は村有施設や民間住宅の屋根へPPA*1による太陽光パネルの設置と蓄電池の設置を進め、電気代の低コスト化と災害に強い施設づくりにつなげること。2つ目は、蓄電池付きの自家消費型太陽光発電と荒廃農地を活用したソーラーシェアリングによって再エネ電力を創出。電力は地域の新電力である㈱球磨村森電力を通じて村内に供給していきます。
注目すべきは、この事業が豪雨災害からの復興にも寄与していることです。球磨村復興推進課の内布偉貴さんによれば、「安価な再エネ電力の供給によって村民の生活を再建し、地域脱炭素を通じた村を支える産業の再生と新たな雇用の創出、そして避難施設を強化して災害に強く、安心・安全に暮らせる新たな球磨村の創造を目指しています。さらにこの取り組みを村外の方へ伝える仕組みを作ることで、村民と村へ来訪される方の交流を生み出したいと考えています。球磨村と関わりを持つ人たちや村を訪れる人たちが増えれば、『人口減少による地域課題の解決』につながり、村内・外の交流によって得られた知見が域外に広がっていけば、社会的インパクトも生めるのではないでしょうか」と期待しています。
現在、民生部門と産業部門の80%近くは地域新電力から電力供給を受けていますが、家庭部門への電力供給を増やしていくことが課題となっており、今後は村民の理解と協力を得ることに注力していきます。
*1 電気を利用者に売る小売電気事業者と発電事業者の間で結ぶ「電力販売契約」のこと。
【重点対策加速化事業とは?】
脱炭素の実現に創意工夫をもって取り組む
「重点対策加速化事業」とは、自家消費型の太陽光発電や建築物の省エネ性能の向上など、全国各地で取り組むことが望ましい「重点対策」について、環境省が支援する「地域脱炭素移行・再エネ推進交付金」を活用して計画を加速的に実施する取り組みです。
地域のニーズを踏まえ、創意工夫にあふれた取り組みが進んでいますが、ここでは山形県と長野県伊那市の事例をご紹介しましょう。
山形県は夏暑く、冬寒い地域。住宅の冷暖房に係る費用やエネルギーは全国の中でも非常に高く、それに伴う温室効果ガスの排出が多いと推察されることから、「夏は涼しく、冬は暖かい」を実現する県独自基準の省エネ住宅「やまがた健康住宅」と再エネ設備を組み合わせたゼロエネルギー住宅への補助事業を始めました。
また伊那市でも家庭におけるCO2排出量の削減が大きな課題となっており、潤沢な森林資源を活かした木質バイオマスを燃料とするストーブやボイラーを取り入れるなど、家庭での再エネ電力の導入を強化する取り組みを進めています。
- 重点対策加速化事業・山形県
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ゼロエネルギー「やまがた健康住宅」
で、
健康・快適な暮らしを実現山形県では2020年8月、2050年までにCO2排出量実質ゼロを目指す「ゼロカーボンやまがた2050」を宣言しましたが、全国に比べて家庭部門からの温室効果ガス排出の多さが課題となっていました。そこで、県独自で認証している高断熱・高気密住宅「やまがた健康住宅」と、自家消費型の再エネ設備である太陽光発電・蓄電池を組み合わせることにより、住宅のエネルギー消費量の収支をゼロ以下にし、家庭からの温室効果ガス排出を大きく削減する取り組みを始めました。
「『やまがた健康住宅』はZEH*2基準を上回る省エネ性能を持ちますので、冷暖房に係るエネルギー消費を徹底的に抑えられます。これに太陽光発電と蓄電池による創エネ・蓄エネを組み合わせれば、相乗効果によりゼロエネルギーな暮らしを実現するハードルが低くなります」と語るのは山形県環境企画課カーボンニュートラル県民運動推進室の深瀬智之さん。全国有数の豪雪地帯でもある山形県は、冬季、住宅内の温度差(ヒートショック)で亡くなる方が年間200人を超え、交通事故死亡者の約9倍とも推計されています。冬の一番寒い時期の夜に暖房を切って就寝しても、翌朝の室温が10℃を下回らない「やまがた健康住宅」は、ヒートショックの防止や健康寿命の延伸も期待できます。
昨今のエネルギー価格の高騰もあり、省エネ住宅に関する県民の関心も高まっていますが、「冬の寒さが厳しい本県では、国の省エネ基準では健康で快適なゼロエネルギーの暮らしを実現することが難しい。『やまがた健康住宅』なら、健康・快適・ゼロエネルギーを実現し、県民のニーズにしっかり応え得るものです」と深瀬さん。加えて、「やまがた健康住宅」は県内工務店を対象とした高気密・高断熱住宅の認証制度です。県内の工務店が施工を請け負うことで県内経済の活性化を図ることができるとともに、自家消費型の再エネ導入による災害対応力の強化といった地域課題の解決にもつながっています。
*2 net Zero Energy Houseの略語で、「エネルギー収支をゼロ以下にする家」の意。家庭で使用するエネルギーと太陽光発電などで創るエネルギーのバランスをとり、1年間で消費するエネルギーの量を実質的にゼロ以下にする家のこと。
- 重点対策加速化事業・長野県伊那市
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脱炭素を生活の快適さや、
事業活動における
生産性の向上につなげたい伊那市が進める「伊那から減らそうCO2!!促進事業」は、導入が進まない住宅や事業所など、既存の建物へ再エネ設備を普及する取り組みが大きな柱となっています。家庭における太陽光発電や蓄電池、太陽熱利用システム、薪ストーブやペレットストーブ、ペレットボイラーなどの再エネ設備の設置に補助金を出すほか、公共施設への再エネ設備の設置、民間が行う小型木質バイオマス発電設備の設置に対する助成も行っています。
この事業では、「再エネ設備の設置がCO2排出量の直接的な削減につながると同時に、再エネ設備を通して脱炭素に対する意識の向上を図ることができ、設備を設置する地元業者の活性化にもつながると見込んでいます。さらに豊富な森林資源を活かし、燃料となるペレットや木質チップの製造設備の充実に取り組むことで、燃料を安定的に供給する体制づくりも進めていきます」と伊那市生活環境課の飯島勝さん。森林資源を活用していくとともに、間伐や植林などの森林整備にも力を入れ、CO2の吸収量を高めていくことに寄与することも目指しています。
2023年度からは、家庭用のペレットボイラー設置に対する助成も始まりますが、飯島さんによると「家庭用ペレットボイラーの普及促進は新たな取り組みで、まだ設備が知られていない」のが課題です。脱炭素の取り組みは、我慢や努力を強いるものではありません。取り組みによって生活が快適になったり、事業活動において生産性の向上につながったりするものだといった理解を深め、意識の醸成にもつなげていけるよう、市ホームページや回覧板を使ってしっかり周知を行っていく予定です。
脱炭素を地域の成長の機会と捉えよう
気候変動の原因となっている温室効果ガスは、さまざまな経済活動や日常生活の営みの中から排出されています。国民一人ひとりの衣食住や移動といったライフスタイルに起因する温室効果ガスは、日本全体の排出量の約6割を占めるという分析もあり、国や自治体、事業者だけの問題ではありません。
2050年カーボンニュートラルの実現まで30年を切りました。脱炭素を成長の機会と捉え、地方自治体・地域企業・市民など地域が主役となった脱炭素への取り組みが進んでいます。今回の事例でも取り上げたとおり、脱炭素によって豪雨災害からの復興に寄与したり、光熱費が抑えられたり、健康で快適な暮らしにつながったり、災害対応力の強化につながったりと、地域課題を解決する創意工夫にあふれた事業が展開しています。私たち一人ひとりがこうした取り組みを知り、理解することはもちろん、自分たちのライフスタイルを見直し、暮らしの質を向上させる機会と考えてみてはいかがでしょうか。
持続可能な未来をつくるのは、最終的には私たち一人ひとりの意識と行動なのです。