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昭和100年と環境行政

ポイント!

2026年は昭和で数えて100年。その節目の年に、環境行政の歩みを振り返ります。生活環境・自然環境・地球環境などの変化に合わせ、環境省はこれまで、組織を発展させながら環境行政を担ってきました。その歩みは、公害対策から自然保護、地球規模の環境課題などへと広がり、持続可能な社会づくりへとつながっています。

1.工業化や都市化に伴い公害が顕在化(昭和初期~)

昭和初期、環境省の前身である環境庁も設置されておらず、環境行政を一元的に担う国の組織は存在しませんでした。明治以降の急速な工業化や都市化に伴い、足尾銅山鉱毒事件をはじめとする鉱害問題や、工場などからの煤煙(ばいえん)による大気汚染などが各地で深刻化。こうした状況の中、「大阪府煤煙防止規則」(昭和7年/1932年)をはじめとする地方自治体の条例が整備され、後の「大気汚染防止法」(昭和43年/1968年)などの制定へとつながっていきます。

一方で、自然を守る動きも芽生えました。大正中期から国立公園制度の創設に向けた議論が進み、昭和6年(1931年)に國立公園法が公布され、昭和9年(1934年)3月には瀬戸内海、雲仙、霧島の3か所が日本初の国立公園に指定されました。その後、昭和32年(1957年)には自然公園法が制定され、国立公園、国定公園、都道府県立自然公園といった現在の自然公園体系が整いました。

2.公害行政を一元化するため、環境庁が発足(昭和46年~)

昭和30~40年代、水俣病や四日市ぜんそくなどの深刻な公害問題が日本各地で相次ぎ、公害対策は国の最重要課題のひとつになりました。そのため、「公害対策基本法」(昭和42年/1967年)が制定され、関連法も整備されました。そして、昭和46年(1971年)、各省庁に分散していた公害行政を一元化し、強化するため、総理府の外局として環境庁が発足。公害防止の取り組みをさらに進めるとともに、環境保全に関する施策の総合調整や環境基準の設定、自然環境の保護などを担い、日本の環境行政の中核となる組織として歩み始めました。

環境省の庁舎内に掲げられた、環境庁発足当時の看板。
環境省の庁舎内に掲げられた、環境庁発足当時の看板。

3.環境省の役割の拡大(平成13年~)

平成13年(2001年)、日本政府全体のスリム化・合理化を目指した省庁再編の中、廃棄物行政が統合され、環境庁は環境省へ。環境省は、政府全体の環境保全に関する政策の在り方について責任を負うとともに、大気・水質などの規制や廃棄物対策、野生動植物の種の保存などを一元的に担うこととなりました。また、環境保全を目的として併せ持つ関係府省の施策について、環境保全の観点から、基準、方針、計画づくりや規制措置などを共同で担当することとなりました。さらに、日本国内の環境行政を担うだけでなく、国際社会と連携した環境問題への取り組みにおいても主導的な役割を果たしています。そして現在では、炭素中立(ネット・ゼロ)、循環経済(サーキュラーエコノミー)、自然再興(ネイチャーポジティブ)の実現に向けた取り組みも積極的に進めています。

このように、環境省は、時代とともにその役割は大きなものとなり、持続可能な社会づくりを支える重要な役割を担っています。

昭和100年を機に公開された「『昭和100年』ポータルサイト」では、各府省、地方公共団体、民間団体の「昭和100年」関連施策に関する情報を掲載している。
昭和100年を機に公開された「『昭和100年』ポータルサイト」では、各府省、地方公共団体、民間団体の「昭和100年」関連施策に関する情報を掲載している。

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