課題名

F-4 生物多様性保全の観点からみたアジア地域における保護地域の設定・評価に関する研究

課題代表者名

奥田 敏統(環境庁国立環境研究所地球環境研究グループ森林減少・砂漠化研究チーム)

研究期間

平成8−10年度

合計予算額

89,42610年度 29,287)千円

研究体制

(1) 東南アジア地域における野生生物保護区のデータベース化とそれを用いた生物多様性評価手法の開発に関する研究(環境庁国立環境研究所、(財)自然環境研究センター)

(2) 生物多様性評価のための地理情報システムの応用に関する研究(建設省国土地理院〉

 

研究概要

1.序(研究背景)

 人口急増と経済の高度成長によって、アジア地域における生物の多様性が急速に失われており、当該地域の生物多様性の保全は極めて緊急な課題となっている。しかし、アジア地域では自然環境や杜会環境が国や地域によって大きく異なるため、生物多様性の保全のための保護区を設定するには、それぞれの地域に固有の条件を十分に考えなければならない。生物多様性保全を目指した保護区設定には、動植物の生息・分布情報、既設の保護区や国立公園などの情報等、従来の地図情報からだけでは得られない情報が必要であるが、現在、これに関する情報は極めて乏しい。また、本来生物多様性保全のためには生態系全体を保護区とすべきであるが、保護区の設定は人間活動を制限することにつながるため、保護区として保全できる地域は限定される。そのため、保護区の地域、面積等を効率的に設定する必要がある。現状では、国立公園や保護区等は、人間活動の少ない場所に偏って設定されており、生物多様性保全のためには、陸域や水域、海域に成立する様々なタイプの生態系をカバーするように設定することが望まれる。このような状況において、アジアに分布する様々な形の生態系を保全するには、生態系の置かれている状況の把握、状況に対応した保護区設定のための研究が不可欠である。以上のような背景から、本研究では、アジアの保護地域と野生生物に関する既存の情報を整理するとともに、モデル地区において生物多様性保全を目的とした保護地域設定管理の具体的方法を検討することにより、他の地域にも適用できるシステムを開発し、今後の生物多様性保全活動に資することを目指すものである。さらにこの際に、様々な地理的情報を総合的に判断していくために、地理情報システム(GIS)の空間解析機能を応用することにより、野生動物の潜在的な生息可能地域を推定する手法の開発も併せて行う。

 

2.研究目的

 東南アジア地域における野生生物種の保全状況を把握し、当該地域の自然保護に関わる施策をサポートするために、既設の保護区等において現存する動植物のリスト、脆弱生物のリストおよび生息域の環境条件等にかかわる基礎的資料を広く収集し、データベースを作成する。また、当該地域において野生生物が潜在的に生息可能な地域を割り出し、保護区域設定のための基礎資料を提供する。そのため、数カ所のモデル地区を設定し、野生動植物の生息環境情報(生息域の植生、地形、気象データなど)をもとに地理情報システム(GIS)を作成し生物の潜在的多様性を推定する手法を開発する。また、マレーシア国タマンネガラ国立公園を対象地域とするSPOT衛星画像データについて、幾何補正処理、モザイク処理、画像分類を、必要に応じて他の衛星データをも参照して実施し、SPOT衛星画像によるマレーシア国タマンネガラ国立公園の植生分布図を作成することを目的とした。具体的には、熱帯雨林を主要な構成要素とするマレーシア、タマンネガラ国立公園の西部地区と、これより北に位置し、主に熱帯季節林からなる中国雲南省の西双版納保護区メンヤン地区をモデル地区とし、気候的にも、土地利用の面からも、大きく異なるこの二つの場所で同様の手法により解析を行うことにより、手法の開発とその有効性の検討を行う。

 

3.研究の内容・成果

(1)東南アジア地域における野生生物保護区のデータベース化とそれを用いた生物多様性評価手法の開発に関する研究

 既存データベースの現状整理、東南アジア全域における哺乳類分布データベース作成に引き続き、モデル地区調査を行う半島部マレーシアについて、既設保護地域の内容および生息確認種・野生生物種の分布状況、野生生物種特性に関する既存資料等の整理を進めた。既設保護地域情報としては、半島マレーシアに設定されている11地域について、位置、面積、標高帯、植生、生息確認野生生物種(哺乳類・鳥類)に関する情報を収集した。野生生物種の分布状況については、半島マレーシアに生息することが知られている哺乳類292種の半島・島嶼、州別の分布表、大型哺乳類については半島全域を対象とした分布図の作成を進めた。また、野生生物種の生物学的特性として、哺乳類全種の環境選好性、繁殖習性、希少性等に関する既存情報を整理した。

 モデル地区調査については、半島部マレーシアのタマンネガラ(国立公園)西部、パハン州メラポー地区とその周辺を調査対象地域とした。対象地域全体における中大型哺乳類の生息分布情報を聞き取りおよび現地調査により収集した。また、異なる植生環境(自然林および二次林)に調査ルートを設定し、小型哺乳類および鳥類の生息状況を調査した。調査の結果、12種の小型哺乳類、21種の中大型哺乳類、43種の鳥類の生息が確認された。小型哺乳類は、一次林ではツパイ類0種、リス類3種、ネズミ類6種が、二次林ではツパイ類1種、リス類1種、ネズミ類6種が捕獲された。いずれの分類群においても、確認種数は二つの植生環境間でほとんど同じであったが、両環境に共通してみられる種の数が少なく(5種)種組成は大きく異なっていた。二次林ではリス類が少なく、またオグロクリゲネズミやマレーシアクマネズミといった二次林性のネズミ類が多く捕獲されたことから、一次林と二次林の小型哺乳類の種組成の違いは攪乱後の植生の遷移段階の違いに起因すると考えられる。

 中大型哺乳類は、一次林ではツパイ類1種、サル類2種、リス類1種、食肉類3種、有蹄類7種、二次林ではサル類4種、リス類3種、有蹄類5種が捕獲された。このうち、痕跡発見数が10以上の3種(アジアゾウ、イノシシ、キョン)についてより詳しく解析したところ、アジアゾウが自然林に多いのに対し、イノシシが逆の傾向を示した。また、キョンは二次林でのみ痕跡が確認された。ジープトラック上のゾウ糞塊を集計した結果、餌であるタケ類とバナナ類が集中分布するのに対し、ゾウ糞は特定の区間に集中する傾向があった。ゾウ糞が集中分布することからハビタット間にはゾウの利用性に違いのあることが示唆された。しかし、ゾウ糞の量と餌となる植生の分布とは必ずしも一致しておらず、他になんらかの環境要因の影響があると考えられた。例えば、行動圏内の塩場の分布などゾウの生活に重要な場所間の移動といったことも考えあわせる必要がある。

 

(2)生物多様性評価のための地理情報システムの応用に関する研究

 マレーシアのタマンネガラ国立公園西部のメラポー地区について、2種類の地形図を数値化した地形モデルを構築した。1/500,000地図を用いて等高線を数値化したデータを作成することにより、市販のDCWDigital Chart of the World: 1/1,000,000)より精度の高い地形モデルを構築することが出来た。この地図上にサブテーマ(1)で得られた野生生物の分布情報を落とし、分布情報のデータベースとした。これらをもとに地形モデルと野生動物生息地の関係をGISを用いて空間解析し、Landscape Ecology的手法による解析を行った。その結果、対象地区は標高400m以下の場所が約70%を占めており、平坦な平野が約47%であることが明らかになった。また野生生物の生息地の解析では22種を対象としたが、これらの大半は標高400m以下で傾斜が10度未満の平坦な地域に生息していることが分った。現在、植生データをはじめより詳細なGIS解析用データを収集しているので、これらのデータと重ね合わせることにより、種ごとの分布特性がさらに明確に示されることが期待される。

 タマンネガラ国立公園の植生分布図を衛星リモートセンシング技術を用いて作成した。衛星データはSPOTのマルチバンド画像(以下XSという)を用いた。XS画像は地上解像度20mの分解能を持ち、現在運用されている地球観測衛星の中ではもっとも入手が簡単で分解能の高い衛星と言える。一方、SPOTのセンサーはスペクトル領域が可視から近赤外までの狭い範囲であるため詳細な分別が困難な場合がある。そこで本業務では必要に応じてスペクトル領域の広いLANDSATTMを、また、植生域の密度の検索にはJERS-1SARLバンド)データを補完的に用いた。

 各衛星のセンサーはそれぞれ解像度やカバーエリアが異なるため、地上分解能の最も高いSPOT/XSデータを基準にして、LANDSAT/TM及びJERS-1/SARのデータを、SPOT/XS画像の解像度に合わせて幾何補正を行った。また、地上の調査エリアと衛星データのカバーエリアを一致させるためにモザイク処理を行い、同一地域の調査を可能とするデータセットの作成を行った。最終的に異なる3つのセンサー、SPOT/XSLANDSAT/TM及びJERS-1/SARを総合的に解析し、一次林、二次林、低木林、プランテーション(オイルパーム、ゴム林、果樹園)、水域、市街地の8つのカテゴリに分類したSPOT画像植生分類データを取得し、SPOT画像植生分類図を作成した。

 一方、中国雲南省の西双版納地区においては、主にアジアゾウの生息地と自然環境の関係を検討するためにGISデータベースを作成した。これには、地形モデル(縮尺1/50,000)、土壌、土地利用、水系、植物の分布および行政界に関する情報、アジアゾウの分布・生息地・数・生態に関する情報が含まれている。そしてマレーシアの場合と同様に、標高、傾斜、方位等の地形解析を進め、この地域のアジアゾウの潜在的な生息可能域の解析を行った。現時点ではアジアゾウの行動が十分にはわからないために、生息範囲を1つの地域に明確に定義することは困難であるが、メコン川上流のランカン川がアジアゾウの生息の西境界線であり、北と西はメンヤン保護区の範囲内に、東は保護区域を越えて生息していた。しかし、以前の調査と比較すると、分布範囲はせばまっていた。また、ゾウは異なる自然植生に対して適応できるようであるが、人間の活動地域への進入は避ける傾向が見られた。

 

4.考察

 3年間の研究により、マレーシアのタマンネガラ国立公園メラポー地区、中国の西双版納メンヤン地区の双方において、地理情報(地形モデル、土壌、水系)と野生生物種の分布情報の整備が進んだため、これらの情報を重ね合わせて、野生生物の潜在的な生息可能な場所を推定する解析作業を開始することができた。しかしながら、野生生物の分布情報が限られていることと、特にマレーシアにおいては植生に関する情報が未だ不完全であることから、より正確な推定を行うためには、次年度にはこれらの情報を拡充することが必要であると考えられた。また、両地域とも保護地区であるが、そのすぐ周囲の非保護地区とは、野生生物種の分布が大きく異なることが明らかになった。距離的には非常に接近していても、人為活動の有る無しにより、野生生物にとっての環境が大きく異なり、非保護地区での生息が著しく制限されていると考えられる。本研究を通じて明らかになる野生生物にとっての生息可能な地域の推定が重要であることは勿論であるが、それと同時にその生息可能な場所がどのように変化していくかを経時的に追跡調査することも、生物多様性を保全するためには重要であると考えられる。

 

5.まとめ

 モデル地区調査については、データが得られ始めた段階ではあるが、野生生物と生息環境との関連についてすでに明確な傾向が見いだされている。今後調査もデータを蓄積し、低地自然林、二次林以外の環境における生息状況、その季節変化などを含め、より詳細な傾向を把握することにより、野生生物の生息環境としての重要性からみた対象地域の評価を行う必要があると思われる。

 

6.研究者略歴

課題代表者:奥田敏統

1956年生まれ、広島大学大学院博士過程終了(理学博士)、現在、国立環境研究所 森林減少・砂漠化研究チーム総合研究官

主要論文:

Okuda T., N. Kachi, S. K. Yap. N. & N. Manokaran (1995). Spatial Pattern of adult trees and seedling survivorship of Pentaspadon motleyi Hook, f. in a lowland rain forest in Peninsular Malaysia. J. Troplcal Forest Science 7: 475-489.

Okuda T., Kachi, N., Yap. S. K. & Manokaran, N. (1997) Tree distribution pattern and fate of juveniles in a lowland tropical rain forest-implications for regeneration and maintenance of species diversity. Plant Ecology 131: 155-171.

奥田敏統、Manokaran, N. (1997) マレーシア・パソに見られる低地フタバガキ林の森林動態個体群生態学会会報54: 41-46.

 

サブテーマ代表者

(1): 奥田敏統(同上)

 

(2): 政春尋志

1955年生まれ、京都大学大学院修士課程修了、現在、国土地理院地理地殻活動研究センター地理情報解析研究室長

主要論文:

Hiroshi Masahalu, Sakae Matsumoto, Hidekazu Hoshino, Yutaka Ohsawa, Yoichi Oyama, Nobuhiko Ogino, Hiroyuki Shimizu (1996). Semi-Automatic Detection Of LandUse Change From Digital Aerial Photos. International Archives of Photogramm Etry and Remote Sensing Vol.31 Part B4: 547-552

政春尋志 (1997). GISの基盤として求められる空間データの仕様に関する諸問題とフォーマットヘの具体化。日本国際地図学会「地図」Vol.35 No.1: 19-29

Hiroshi Masahalu, Hidetoshi Nakajima, Masuo Taguchi, Tatsuo Sekiguchi and Satoko Odagiri (1997). Preparation of Active Fault Maps in Urban Area. Proceedings of UJNR, The 29th Joint Meeting of United States-Japan Panel on Wind and Seismic Effects