課題名

E-3 熱帯林の環境保全機能の評価に関する研究

課題代表者名

谷  誠(農林水産省林野庁森林総合研究所森林環境部気象研究室)
(現在:京都大学大学院農学研究科)

研究期間

平成8〜10年度

合計予算額

83,115千円(10年度 26,718千円)

研究体制

(1) 熱帯林における攪乱が土壌形成及び土壌構造に及ぼす影響の評価に関する研究

(環境庁国立環境研究所、農林水産省林野庁森林総合研究所、自然環境研究センター)

(2) 熱帯林の環境保全機能に対する攪乱の影響予測に関する研究

(農林水産省林野庁森林総合研究所、環境庁国立環境研究所、早稲田大学)

 

研究概要

1.序(研究背景等)

 現在、熱帯林の減少が進行しており、それが有する大気・水・土壌に対する保全作用が失われてゆくことが危惧されている。また、熱帯林の伐採などの攪乱による土壌乾燥や表層土壌の流出などの土壌劣化がおきた場合、土壌形成にかかわる諸要素が変質し、土壌の再形成や森林の再生が速やかに進まなくなる可能性がある。これに対処するためには、熱帯林における、微気候やエネルギー・物質の輸送、雨水の流出や土砂の流出の基礎過程を観測により把握するとともに、土壌形成過程に注目しながら熱帯林の土壌が攪乱から受ける影響を解明して行く必要がある。

 

2.研究目的

 本課題は、半島マレーシアのタワーなど基本設備のある熱帯降雨林試験地において現地調査を行い、熱帯林の環境保全機能の評価をめざす。サブテーマ(1)では、過去に択伐による攪乱のはいいっている二次林と攪乱のなかった一次林において土壌動物や木材腐朽菌の調査を行い、これらの、土壌形成にかかわる役割が攪乱によってどのように変化しているのかを評価する。また、サブテーマ(2)では、熱帯雨林・大気間のエネルギー交換特性を気象観測により把握して、熱帯雨林が気候形成に及ぼす影響を推定するとともに、熱帯林と開発ゴム園の土壌物理性などの水文調査に基づいて、熱帯林開発が流出特性に及ぼす影響を評価する。

 

3.研究の内容・成果

(1)熱帯林における攪乱が土壌形成及び土壌構造に及ぼす影響の評価に関する研究

 土壌形成過程に欠かせない植物遺体分解を担う木材腐朽菌とシロアリについて伐採による攪乱の影響を把握するために、マレーシア半島部パソ森林保護区の低地熱帯雨林に調査地を設けた。樹種の判明した倒木(落枝・折れた木などを含む)の調査から、そのサイズ・樹種・分解過程によりそこに発生する木材腐朽菌相が影響されることが明らかになった。集団的倒木の発生した地点で倒木発生後の木材腐朽菌相を経時的に調べたところ、発生後数年で種数が急激に増加した後、減少することが明らかになった。このことから、集団的倒木がしばしばおこる森林では木材腐朽菌多様性が高くなることが示唆された。自然林と再生林とで木材腐朽菌・シロアリ分布状況の比較調査を行うために、各林内に100m四方の調査区を各1個設定し、倒木の寸法・位置を記録して標識した。倒木は自然林に多く、またその直径も平均して自然林の方で大きいことが分かった。木材腐朽菌調査を行ったところ、自然林の方が種数・頻度ともに出現量が多かった。強度の伐採により後の木材腐朽菌の多様性が減少する可能性があることがわかった。倒木からのシロアリ採集種数は自然林で7種以上、再生林で6種であった。キノコシロアリ亜科の1Macrotermes malaccensisがどちらの林においても優占的に採集されたが、自然林の方が優先度が低かった。倒木より細い材でも自然林の方でシロアリ採集種数が多く、種組成の多様性は自然林の方が高い傾向にあった。一方ではシロアリによる植物遺体分解が樹木生長に与える間接的影響を検出するために、野外のシロアリを除去した区画で稚樹を植えて生長を測定し、シロアリの入れる区画のそれと比較した。実験条件が未整備だったために実験は成功しなかったが、実験条件を検討した上で対象シロアリを絞って再実験を行なう必要のあることが分かった。

 

(2)熱帯林の環境保全機能に対する攪乱の影響予測に関する研究

 熱帯林の環境保全機能とその攪乱への影響予測を行うために、マレーシアの2カ所の熱帯雨林試験地における観測研究を行った。研究は大きく分けて、1)Pasoh森林保護区の観測タワーにおける、長期気象観測、蒸発散を含むエネルギー交換推定、2)同タワーにおける二酸化炭素の推定、3)Bukit Tarek試験地の水流出特性、同試験地とゴム園での調査に基づく攪乱の土壌物理性変化への影響評価、4)伐採予定の流域における土壌断面及び化学性の調査に分かれる。1)においては、東南アジア熱帯雨林が気候に及ぼす影響解明に必要なエネルギー交換量を推定するとともに、その特性を解析した。すなわち、森林群落のスケールにおいて、環境条件に対して気孔調節によってどのように蒸散を制御しているかについて、そのモデルパラメータである群落コンダクタンスの日射と飽差に対する関係を明らかにした。2)においては、渦相関法による二酸化炭素輸送量の観測を行い、短期間の観測ではあったが、二酸化炭素の吸収源を担っているという結果を得た。3)においては、ゴム園に開発された場合、土壌の透水性が低下するなどによって、雨水流出特性が大きく変化することがわかった。また、森林流域からの流出を降雨から予測するモデルを開発し、流出量及び土壌における雨水貯留量をともに良く再現できるという結果を得た。4)においては、伐採予定の流域において、土壌の断面・化学性の調査を行い、AcrisolsCambisolsが分布していることなどの結果を得た。本課題におけるこれらの観測・調査結果は、熱帯雨林の環境保全機能を今後広くモデルによって予測するために、重要な基礎を与えるものである。

 

4.考察

 サブテーマ(1)では、シロアリと木材腐朽菌が材の分解に重要な役割を果たしている事を前提に、熱帯林が伐採によって攪乱を受けた時にこれらの生物も攪乱を受けて、それが逆に熱帯林の回復に影響することを想定して、まずこれらの生物が受ける攪乱の影響を評価し、またこの影響から副次的に熱帯林生態系に及ぶ影響を評価しようとした。手法・労力の限界や研究計画の不備などがあって当初の目的が充分には達成されなかったが、自然林では再生林よりこれら生物の多様性が豊富である事などが明らかとなった。

 倒木の大きさ・樹種・分解程度・存在量によりこれらの生物の出現は左右されるが、伐採はこれら分解者の生息場所を消失させることであり、その生存にとって極めて悪い影響を及ぼし兼ねない。例えば、分解の進んだ倒木では出現する木材腐朽菌が変わってくるので、少なくとも胞子の到達する範囲内に数年に1度以上の倒木が発生することが木材腐朽菌の地域個体群維持のための絶対条件と考えられる。強度の伐採を行うと、その後数十年にわたり木材腐朽菌の多様性が低下、伐採面積が広大な場合には多数の木材腐朽菌遺伝資源が完全に失われてしまうことも予想される。シロアリの場合は移動分散の能力が高いので状況は異なるが、伐採による生息量の低下は免れない。

 このような分解者の生息量低下が材から発する養分の循環にどのように影響するかは今回の研究では評価することに失敗したが、今後の研究の高度化によって解明しなければならない。熱帯林の場合、樹木の生長期間が長い上に種多様度が高く種組成の地理的変異が高いために影響評価の時間軸及び地理的規模が大きくなることは避けられないが、長期的なモニタリングとともに、今回設定した比較調査区に並ぶ程度の面積での実験的手法が研究の進展に大切であると考えられる。

 サブテーマ(2)では、Pasoh森林保護区に設けられたタワーにおける気象観測、エネルギー交換量の推定、二酸化炭素吸収量測定の試みを行うとヶもに、Bukit Tarek試験地において、熱帯林土壌の特性やその雨水流出に及ぼす影響を詳細な観測を基に検討してきた。

 後者の流出に関する研究では、開発されたゴム園での調査を加えて、森林の水保全機能の高さを実証的に示してきた。今後、試験地の3つの流域のうち2つの流域で森林が伐採・火入れされる計画があり、これによる土壌変化を調べるための事前土壌の断面・化学性の調査も行ってきた。流出応答モデルの作成も行ってきており、今後の伐採の影響に対する調査研究が期待されるところである。

 前者のタワーにおける観測では、森林の気候や地域の水循環への影響解明に重要な蒸発散・エネルギー交換量の推定を行ってきた。熱帯雨林では、かなりの乾燥があっても蒸発散が減少しないことがいわれているが、比較的乾燥しやすいPasohにおいてどの程度の乾燥があれば蒸発散量の低下があるのかについて確実な解析結果を得るにいたっていない、また、伐採などが行われた場合には蒸発散の低下が著しくなり、これが気候に及ぼす影響が大きいといわれているが、そのデータが今後求められる。さらに、短期間の観測により、二酸化炭素吸収の貴重なデータが得られたのであるが、季節変化の乏しい熱帯雨林気候では数年の気候変動がとくに重要であり、二酸化炭素吸収特性を定量的に把握するには、長期連続観測をぜひとも実施する必要性が高い。このような多くの課題を残してはいるが、ほとんどデータのなかった東南アジア熱帯雨林での森林・大気間のエネルギー・水・二酸化炭素の交換量に関する情報が得られたことは、本課題における大きな成果であったと考えている。

 

4.研究者略歴

課題代表者:谷  誠

1950年生まれ、京都大学農学部卒業農学博士、森林総合研究所森林環境部気象研究室長を経て、現在京都大学大学院農学研究科森林水文学分野教授

主要論文

(1) M.Tani: An approach to annual water balance for small mountainous catchments with wide spatial distributions of rainfall and snow water equivalent. Journal of Hydrology 183, 205-225, 1996.

(2) M. Tani, Abdul Rahim Nik and Y. Ohtani: Estimating energy budget above a tropical rain forest in Peninsular Malaysia using Bowen ratio method. Proceedings of IGBP/BAHC-LUCC Joint Inter-Core Projects Symposium on Interactions between the Hydrological Cycle and Land Use/Cover, 127-130, Kyoto, 1996.

(3) M. Tani: Runoff generation processes estimated from hydrological observations on a steep forested hillslope with a thin soil layer, Jourbnal of Hydrology 200, 84-109, 1997.

 

サブテーマ代表者

(1): 高村健二

1953年生まれ、京都大学理学部卒業、現在、国立環境研究所地球環境研究グループ野生生物保全研究チーム主任研究員

主要論文

(1) K. Takamura: Life cycle of the damselfly Calopteryx atrata in relation to pesticide contamination. Ecotoxicology, 5, 1-8, 1996.

"of Peninsular malaysia"

(2) K. Takamura and L. G. Kirton: Effects of termite exclusion on decay of a high-density wood in tropical rain forests of Peninsular Malaysia, Pedobiologia, 印刷中

(3) K. Takamura: Wing length and asymmetry of male Tokunagayusurika akamusi chironomid midges performing alternative mating tactics, Behaviora1 Ecology, 印刷中

 

(2): 谷  誠(同上)