課題名

E-1 熱帯環境林保続のための指標の策定に関する研究

課題代表者名

奥田 敏統(環境庁国立環境研究所地球環境研究グループ森林減少砂漠化研究チーム)

研究期間

平成8年−10年度

合計予算額

133,54510年度 48,039)千円

研究体制

(1) 撹乱・非撹乱熱帯林の樹種構成に関する比較研究(農林水産省森林総合研究所)

(2) 撹乱環境下における熱帯稚樹の応答選択に関する研究(環境庁国立環境研究所)

(3) 熱帯林内の構成樹種の遺伝的相関に関する研究(農林水産省森林総合研究所)

 

研究概要

1.序(研究背景)

 熱帯林は重要な森林資源として着目されて、早くから択伐が行われてきた。しかしながら、択伐という人為的撹乱がどのように森林構造や種組成に影響するのか、天然林に近い状態までに本当に回復するのか、回復にどれだけの時間がかかるのかは不明なままである。従来の択伐方式が生物多様性や土壌の保全を含めた持続的な森林管理につながるかは現時点では不明である。また森林減少をくい止め、木材資源の持続的供給を目指して、早生樹種や外来導入種による再生が各地で行われていが、こうしたモノカルチャー的育林によって成立した森林が、生物多様性の視点や地域の保全、森林資源の安定供給という観点から見ても、天然林の代替にはなりえない。こうしたことから、近年在来種を用いた森林再生が試みられるようになったが、個々の種の生態的特性、地域種を含む森林群落内での種間の相互作用、及び再生産様式など不明な点が多く、コストを抑えつつ持続的に森林経営が出来るまでのモデルプランの策定までには至っていないのが現状である。さらに健全な熱帯林の保全を目指す場合、森林の遺伝的多様性についても十分配慮がされるべきである。そのためには林内の個体間の遺伝的関係、遺伝子流動の距離、交配様式等を十分把握しておく必要がある。このような背景から、熱帯林群落のもつ潜在的な持続性、個々の種の生理生態的特性、再生産様式推定のための構成種の遺伝的多様性についての総合的な調査・研究が強く望まれているところである。

 

2.研究目的

(1)撹乱・非撹乱フタバガキ林の樹種構成や、個体群構造とその動態を明らかにする。

(2)天然林の復元を目指して構成種の生態的特性や、各種の群落動態の中での役割などを明らかにする

(3)天然林内で世代毎にどの程度遺伝的多様性が異なっているのかを明らかにし将来の遺伝資源の指標作りのための重要な情報を提供する。

 

3.研究の内容・成果・考察

(1)撹乱・非撹乱熱帯林の樹種構成に関する比較研究

 マレー半島の撹乱・非撹乱フタバガキ林を構成する主要樹種の個体群構造とその動態を明らかにすることを目的として、クアラルンプール近郊のセマンコック保護林内の丘陵フタバガキ天然林に6haの、撹乱林として、隣接した択伐林に4haの長期観察用の試験地を設定し、調査を行なった。対象とした丘陵フタバガキ林は重要な林業資源であるため、早くから択伐が行われてきた。しかしながら、択伐林が順調に回復し、2回目以降の伐採が可能になるかは不明である。セマンコック保護林は、狭い尾根に発達した典型的な丘陵フタバガキ林で、セラヤ(Shorea curtisii)が優占し、林床にはパーム(Eugeissona tristis)が多い。2つの試験地で、胸高直径が5cm以上のすべての樹木の位置と胸高周囲長を測定した。天然林(464種)と択伐林(421種)の種組成を見ると、全体の294種が共通種で、残りは天然林のみに出現する170種と択伐林にのみ出現する127種であった。択伐林では、二次林性の種が個体数の多い上位30種中9種を占めた。しかし天然林の調査地でははっきりと二次林性の種とわかるのはMacaranga trilobaだけだった。天然林と択伐林の各樹種の密度、最大胸高直径を比較すると、両者の関係にはばらつきが大きく一定の傾向はみとめられなかった。これらの結果は、数百メートルしか離れていない2つの調査区間でも、伐採の影響に加え、立地の違いによって種組成、個体数、最大胸高直径も大きく異なることを示している。天然林でこれまでに得たデータでは、各サイズごとにきわめて安定した死亡率を示していた。各サイズでほぼ1.5%/年ほどの死亡率で、これは、この地域の丘陵フタバガキ林の定常状態での個体の交代速度といえる。択伐といっても有用な材のみを搬出しているので、外観上は択伐林と天然林は区別がつきにくい。しかしサイズ構造を見ると胸高直径が85cm以上のところに明らかに伐採の形跡が認められた。優占種であるShorea curtisiiのサイズ構造をみると60cmから120cmのサイズの個体が択伐林では非常に少なかった。これはこのサイズの個体が集中的に択伐されためと考えられる。しかしShorea curtisiiの胸高断面積の相対成長速度は択伐林の方が天然林より3倍早かった。主要な樹種の成長特性についてはガス交換特性の面から検討した。

 

(2)撹乱環境下における熱帯稚樹の応答選択に関する研究

 本研究では、撹乱環境下における熱帯稚樹の応答反応を把握するため、稚樹の移植から葉の生理生態および生態特徴までの幅広い実験と測定を行った。まず、選択熱帯林を構成する21種の稚樹を放棄ゴム園へ移植し、その後の生長を上層木がない裸地区と上層木によって被陰された被陰区でと比較した。稚樹の生残率は概して被陰区で高かったが、被陰区と裸地区との間で差が見られない樹種、または裸地区の方が高い生残率を示す樹種も見られた。また、着生シダの種多様度を半島マレーシアの人為的撹乱のある場所と天然林で調査した。その結果、β多様度はパソー保護区内の10年を経過したギャップで最も高かったのに対して油椰子林では最も低かった。標高が高くなるにつれて羊歯植物の種数は増加した。これらの結果は、羊歯植物の多様度は立地条件によって影響されるものの、類似した立地条件の下では、人為的撹乱によって多様度が低下することを示しており、羊歯植物の種多様度が人為的撹乱の程度を表すための一つの指標になるのではないかと考えられる。一方、稚樹の生理生態と形態特性については以下のような研究を行った。まず、熱帯林内の不均質な微環境下での稚樹の生理的反応を明らかにする目的で、Shorea parvifoliaを対象に林内の光や湿度環境が光合成、蒸散などの生理反応に及ぼす影響について測定を行った。その結果、空気中の湿度は光合成反応、とくに光合成誘導反応に大きな影響を及ぼすことが明らかになった。また、異なる生育段階のDipterocarpus sublamellatusについて葉の光合成特性と形態特徴を測定した。その結果、葉の生理特性と形態特徴は生育段階に応じて、大きく変化することがわかった。さらに、東南アジアの熱帯に普遍的に分布している先駆種、Macaranga giganteについては展葉過程が樹冠の受光効率の視点から解析された。古い葉ほど葉柄の長さと角度が大きくなり、葉柄の長さの成長と角度を調節することで、樹冠内の葉を効率よく配置し、相互被陰を回避していることも明らかになった。さらに、熱帯林の林内二酸化炭素濃度の垂直分布を経時的に測定することを試み、林冠内の二酸化炭素ガスの移動実態を解明した。

 

(3)熱帯林内の構成樹種の遺伝的相関に関する研究

 Shorea curtisiiで開発した超多型DNAマーカーであるマイクロサテライトマーカーを用いてマレー半島セマンゴック丘陵フタバガキ科林内にあるShorea curtisiiの全個体の分析を行い、遺伝的多様性の調査を行った。またそれぞれのマイクロサテライトマーカーの多型性の程度も明らかにした。またShorea curtisiiで開発したマイクロサテライトマーカーをフタバガキ科1030種において使用可能かどうかの調査を行った。その結果、フタバガキ科ほとんどの種でShorea curtisiiで開発したマイクロサテライトマーカーが使用できることが明らかになった。開発したマイクロサテライトマーカーでセマンゴックのShorea curtisiiの天然林及び択伐林でそれぞれで複数個体の他殖率の調査を行った。その結果、択抜の影響による外交配率の違いが観察された。

 

4.研究者略歴

課題代表者:奥田敏統

1956年生まれ、広島大学大学院博士過程終了(理学博士)、現在、国立環境研究所森林減少・砂漠化研究チーム総合研究官

主要論文:

Okuda T., N. Kachi, S. K. Yap. N. & N. Manokaran (1995). Spatial Pattern of adult trees and seedling survivorship of Pentaspadon motleyi Hook, f. in a lowland rain fbrest in Peninsular Malaysia. J. Tropical Forest Science 7:475-489.

Okuda T., Kachi, N., Yap. S. K. & Manokaran, N. (1997) Tree distribution pattern and fate of juveniles in a lowland tropical rain forest-implications for regeneration and maintenance of species diversity. Plant Ecology 131: 155-171.

奥田敏統、Manokaran, N. (1997) マレーシア・パソに見られる低地フタバガキ林の森林動態個体群生態学会会報54: 41-46.

 

サブテーマ代表者

(1): 新山 馨

1955年生まれ、北海道大学大学院環境科学研究科修了、学術博士(環境科学)、森林総合研究所九州支所暖帯林研究室室長

主要論文:

新山 馨、1987。石狩川に沿ったヤナギ科植物の分布と生育地の土壌の土性。日本生態学会誌(Jpn. J. Eco1.) 37: 163-174.

新山 馨。1989。札内川に沿ったケショウヤナギの分布と生育地の土性。日本生態学会誌 (Jpn. J. Ecol.) 39: 173-182.

Niiyama, K. 1990. The role of seed dispersal and seedling traits incolonization and coexistence of Salix species in a seasonally floodedhabitat. Ecobgical Research 5: 317-331.

 

(2): 奥田敏統(同上)

 

(3): 津村義彦

1959819日生まれ、19883月;筑波大学博士課程農学研究科修了(農学博士)、19885月;筑波大学農林学系助手、現在;農林水産省林野庁森林総合研究所主任研究員

主要論文:

Tsumura, Y. and Y. Suyama Differentiation of mitochondrial DNA polymorphisms in populations of five Japanese Abies. Evolution (in press)

Tsumura, Y., Y. Suyama, K. Yoshimura, N. Shirato, Y. Mukai (1997) Sequence-Tagged-Sites (STSs) of cDNA clones in Cryptomeria japonica and their evaluation as molecular markers in conifers. Theor. Appl. Genet. 94: 764-772.

Tsumura, Y. T. Kawahara, Wickneswari R. and K. Yoshimura (1996) Molecular phylogeny of Dipterocarpaceae in Southeast Asia using PCR-RFLP analaysis of chloroplast genes. Theor. Appl. Genet. 93: 22-29.