課題名

IR-2 温室効果ガスインベントリーシステム構築の方法論に関する研究

課題代表者名

井上 元(独立行政法人国立環境研究所地球環境研究センター)

研究期間

平成11−13年度

合計予算額

90,101千円(うち13年度 28,266千円)

研究体制

(1)温室効果ガスインベントリーシステム構築手法の開発(独立行政法人国立環境研究所)

(2)産業部門からの温室効果ガス排出の精度管理(独立行政法人国立環境研究所)

(3)森林・土壌部門からの温室効果ガス排出の精度管理(独立行政法人国立環境研究所)

(4)陸域生態系におけるCH、NO等のインベントリーシステム構築手法の高度化

(独立行政法人農業環境技術研究所)

研究概要

1.序(研究背景等)
 地球温暖化は地球環境問題の中で、将来予測により懸念されている問題であり、まだ兆候が現れているかどうかという段階にあり、しかしながら、それが現実に被害を生じる段階に至ると回復が不可能になること、原因が化石燃料消費・食料生産など人類の活動全般に起因しており、その防止が困難であることなどから、最も深刻な問題である。そのため温室効果ガスの排出・吸収、循環のメカニズム、気候変化予測、影響予測などの研究の推進が強く求められている。その基礎となるものの一つが、温室効果ガスの排出や吸収に関する精度の高いインベントリーである。また、日本は19997月、IPCCのインベントリーのテクニカルサポートユニット(TSU)を(財)地球環境戦略研究機関に誘致した。同時に、インベントリーは国別報告書への利用という暫定的な位置づけから、京都議定書に基づく約束の履行判定のベースという国際条約に直結する位置づけに変わった。そのため科学的精度に対する要求が一層高まっている。一方、インベントリーデータベース構築作業を科学面から裏打ちするための研究は未だ不十分であり、インベントリーデータの情報ネットワーク・情報システムの構築が重要になっている。


2.研究目的
 本研究では、精度の高い温室効果ガスインベントリーシステムの構築を目標に、特にアジア地域を中心にインベントリーの精度の向上方法の検討、および、インベントリー情報を収集整理しインベントリーに関するネットワーク・システムの開発研究を行うこととした。具体的な研究内容は以下のとおり。
(1)温室効果ガスインベントリーシステム構築手法の開発
 エネルギー/交通、産業/工業過程、溶媒/HCF、農業/土壌、森林/土地利用、廃棄物/下水等 の各排出・吸収源別に国内専門家と共同してインベントリーシステム構築に関する検討を行  う。各分野のインベントリー精度を向上させる方法論を検討すると共に、アジア地域を中心に 世界のインベントリー研究の情報を収集整理し、情報ネットワークやインベントリーシステム の開発研究を行う。
(2)産業部門からの温室効果ガス排出の精度管理
 特にアジア地域の経済発展が顕著な国・地域を対象にして、産業部門からの温室効果ガス排出 のデータ収集・整理を行い、その精度管理について検討する。また、産業部門インベントリー の精度向上の方法を検討する。
(3)農業・土壌部門からの温室効果ガス排出の精度管理
 特にアジア地域の農業開発等が盛んな国・地域を対象にして、農業・土壌部門からの温室効果 ガス排出のデータ収集・整理を行い、その精度管理について検討する。また、農業・土壌部門 インベントリーの精度向上の方法を検討する。
(4)陸域生態系におけるCH4、N2O等のインベントリーシステム構築手法の高度化
 IPCC1996年に作成した農耕地を含む陸域生態系からのメタンと亜酸化窒素の発生・吸収量推 定手法のガイドラインを検討し、その手法を高度化することを目的とした調査研究を行う。


3.研究の内容・成果
(1)温室効果ガスインベントリーシステム構築手法の開発
 本研究は、今後のインベントリー研究の重点について検討し、日本およびアジア太平洋地域のGHGインベントリーシステムをより信頼性の高いものに改善していくことを目的として実施した。
 まず、既存の文献をもとに、アジア太平洋地域におけるGHGインベントリーに使用されている排出係数データの一覧表を作成し、IPCCデフォルト値(各国の状況を反映する独自のデータがない場合に、その代用として用いることを推奨されている値)以外のデータに乏しい現状を明らかにして、アジア地域の特性を反映した排出係数データの研究・整備を推進する必要性を確認した。そして、国際ワークショップを開催し、国内外の専門家ロスター(名簿)を作成するとともに、農業、土地利用・土地利用変化及び林業、廃棄物の各分野における研究課題を整理した。また、アジア太平洋地域インベントリー研究者ネットワークを発足させ、これを活用して同地域のGHGインベントリーの中でも特に重要で優先順位が高いと考えられる排出・吸収源について実測研究や重点的な議論を進め、IPCC等に提言すべき成果を得た。例えば土地利用・土地利用変化及び林業の分野については、東南アジア3カ国(タイ・フィリピン・インドネシア)の研究者と協力し、森林炭素の各種観測データを収集し、相対成長測定式によるバイオマス量(炭素貯蔵量)推計モデルの評価・改善等を行った。また、農業分野では稲作起源のGHG排出量推計方法について近年の研究論文を吟味し、今後のIPCCにおける推計方法改善の議論に向けた提言をまとめた。
 本研究の活動および成果は、今後のIPCC国別温室効果ガスインベントリープログラム(技術支援ユニットが財団法人地球環境戦略研究機関内に設置されている。)の活動とも密接に関連しており、同プログラムに対する日本の貢献の一つとなりうるものである。

(2)産業部門からの温室効果ガス排出の精度管理
 本研究は、産業部門(農業を含む)からの温室効果ガス(GHG)排出量推計の精度を高めることを目的として、国際協力研究(エコフロンティアフェローシップ・プログラム)の研究員が、自国のGHGインベントリーを対象としてケーススタディを行ったものである。
 平成11年度は、中華人民共和国における家畜の糞尿管理システムからのメタンと亜酸化窒素の排出量を推計し、また感度分析により推計精度に重要な影響をもつファクターを調べた。その結果、動物別には非乳用牛・家禽・豚の3種類に、管理方法別にはスラリー・牧草地・畜舎の3種類に、また同国内の4地域に焦点をあてて、糞尿管理システムの使用比率、窒素排泄、飼料摂取量及び消化率について、詳細なデータの収集・調査を優先的に行うべきだとの提言をまとめた。
 平成12年度は、中華人民共和国における家畜の消化管内発酵からのメタン排出量を、IPCCの提示する4つの異なった方法に従って推計した。その結果、処理藁を飼料とするプロジェクトの拡大によって黄牛からのメタン排出量が減少したことが明らかとなり、またその減少効果を正しく評価するためIPCC良好手法指針の示す推計方法を採用すべきであることもわかった。今後必要なこととして、家畜生産システムの経年変化を踏まえて排出係数を修正すること、各種粗飼料のメタン転換率に関する実験研究を行うことなどを提言した。
 平成13年度は、カンボジアのGHGインベントリーにIPCC良好手法指針の主要排出源分析を適用して、家畜の消化管内発酵及び家畜の糞尿管理からのメタン排出量推計の改善が、同国では特に優先されるべきだということを明らかにした。さらに、非搾乳牛、水牛及び豚に対して第2階層(Tier2)方法を用いた推計ができるように排出係数の開発を試みた。結果的には、第1階層方法と第2階層方法の推計値に特に大きな違いは現れなかったが、2つの主要排出源に対してIPCC良好手法指針を適用したことにより推計の信頼性は高まったと言える。

(3)森林・土壌部門からの温室効果ガス排出の精度管理
 本研究は、森林・土壌部門からの温室効果ガス(GHG)排出量推計の精度を高めることを目的として、国際協力研究(エコフロンティアフェローシップ・プログラム)の研究員が、自国のGHGインベントリーを対象としてケーススタディを行ったものである。
 平成11年度は、東南アジア3カ国(フィリピン、インドネシア及びタイ)の国別GHGインベントリーおよび関連文献の調査を実施し、この3カ国におけるインベントリーの現状から課題と今後の方向性を検討した。その結果、この3カ国の土地利用、土地利用変化及び林業(LULUCF)セクターにおけるGHG排出・吸収量推計の最大の問題点は、活動量データの不足と、散在するデータへのアクセスの制約であることがわかった。活動量データと排出係数の質を改善するためには、データベースの開発が強く求められる。データベース構築のためには、あらゆる既存のデータおよび文献を収集し、森林資源と土地利用に関する統計の更新を行い、活動量データおよび排出係数に関する測定実験、サンプリングおよび調査を実行するなどの必要がある。
 平成12年度は、熱帯地域に広く見られる休閑地(2次林、管理放棄された耕地、牧草地あるいは不毛な荒廃地、1年のなかで耕作期と耕作期の狭間にある期間の耕地など)に注目した。フィリピンの休閑地に関する文献を調査したところ、休閑地系の種類および休閑地に生える植生(高木類、低木・潅木類、草木類および草)について、さまざまな種類が存在することがわかった。これら休閑地に関係のある人為的な活動には、移動耕作、2次林、アグロフォレストリー、劣化した草地のリハビリ、そして植林などがあり、これらの活動に伴う炭素貯蔵量変化を評価したところ、フィリピンでは全体として大きな炭素固定能力があることが示唆され、気候変動緩和のために大きく貢献する可能性を持っていることが判明した。

(4)陸域生態系におけるCH4N2O等のインベントリーシステム構築手法の高度化
 日本およびアジアで実施されてきた調査研究をもとに、農耕地を中心とした陸域生態系からのCH4N2Oの派生量推定と発生要因を検討し、あらたに、つぎのことが明らかになった。
 (1)日本の農耕地からのN2ONOのおもな発生要因は、土壌タイプ、投入窒素の質と量、投入方法、土壌水分量であることがわかった。(2)日本の農耕地からのN2O発生量推定について、作目別に栽培面積、投入窒素量、N2O発生割合から求める手法を開発し、それから, 畑地と水田からの発生量は7.81GgN/年と推定された。しかし、その不確実性は大きいので、こんごも圃場での調査研究が必要である。(3)水田からの水稲栽培期間中のCH4発生は、これまでに明らかにされた有機物管理、水管理、品種などだけでなく、土壌タイプ、栽培様式、水稲非栽培期間中の圃場管理----麦などの栽培の有無や土壌水分量など----によって、大きく影響を受けることが明らかになった。(4)水田からは、CH4だけでなくN2Oも発生すること、その原因は、投入窒素肥料だけでなく、冬期の水稲非栽培期間中の圃場管理などであること、また、N2OCH4の発生はトレードオフの関係にあることが、明らかになった。(5)日本の森林土壌によるCH4吸収量は、水田からの発生量の最大85%であることが推定され、森林土壌からのN2O発生量も、農耕地からの発生量に匹敵すると推定された。これらから、森林土壌からのCH4N2Oの発生に関する調査研究の重要性が明らかになり、今後、さらに研究を強く進める必要がある。(6)インドネシアの泥炭湿地からのCH4発生量は、他の熱帯地域よりも非常に少ないことがわかった。これから、熱帯アジアの泥炭湿地からの温室効果ガスの発生要因に関する研究をさらに進める必要がある。(7)日本の稲わらや麦わらなどのバイオマス燃焼で発生する温室効果ガスは、IPCCと大きく異なると推測され、これらの結果をもとに、アジアに適用できる排出係数を作成する必要がある。(8)日本でこれまでに実施してきた間接発生源からのN2O発生量の調査によれば、IPCCの排出係数は大きすぎると推測された、さらに詳細な調査研究が必要である。


4.考察
 温室効果ガスの排出インベントリーは、温暖化問題の科学的研究の基礎となるデータであるという側面と、京都議定書に基づく約束の履行判定のベースという国際条約に直結するデータという側面がある。いずれにしてもその精度および網羅性が重要であり、個々の発生源評価の科学的研究と、インベントリーデータベース構築を科学面から裏打ちするための研究、インベントリーデータの情報ネットワーク・情報システムの構築が重要である。特にわが国はアジアにおける唯一の先進国として、インベントリー研究においても、そのキャパシティービルディングを含めた大きな役割が期待されている。先進国の位置する中高緯度の産業と、途上国である低緯度にあるアジア諸国の自然・産業とでは形態が異なるため独自の調査研究が必要である。
 そうした観点から、本研究ではIPCCのインベントリーマニュアルをアジア太平洋に適用する際の問題点を明らかにし、その精度向上のための提言をまとめた。アジア太平洋地域におけるインベントリーに使用されている排出係数データの妥当性を検討し、どのような調査研究が必要かを明らかにする研究を実施し、推計方法改善の議論に向けた提言をまとめた。また、農業を中心とした産業部門においては、中国・カンポジアにおける畜産を取り上げ、これらの国々での施行の実態に合わせた排出係数を決める事が重要であり、そのために必要な実験的研究、優先されるべき項目、推計方法の改善などの提言をまとめた。森林・土壌部門ではインベントリー算出の基礎となるデータの不足、アクセスの制約、植生や土地利用の多様性などから、大きな不確定性を残していることが明らかになったが、同時に大きな炭素固定能力が期待できることも判明した。メタンについては水田からの発生、森林での収支の重要性とその多様性が明らかになり、亜酸化窒素についてはアジアでの投入窒素の増大から発生量の増大が予想されるが、そのモデル化に必要な要素が明らかになった。
 具体的な成果は本研究の報告書に述べられているが、どの部門にも共通しているアジア太平洋地域でのインベントリーの問題点とその改善の展望は以下の3点にまとめられる。
アジア太平洋諸国では、農業・土地利用とその変化・林業・廃棄物などの形態が多様であり、 各国の施行の実態に合わせた排出係数の改善が必要である。
統計データが不足ないしはアクセスが制約されており、既存のデータ・文献による解析の他、 測定実験やサンプリング調査などの推進が必要である。
アジアの研究者・担当行政官はインベントリー改善の強い意欲を持っており、わが国の研究者 の参画を含めた適切な支援を行うことにより、その改善の可能性が期待できる。

 

5.研究者略歴

 

課題代表者:井上 元

 1945年生まれ、東京大学教養学部卒業、理学博士(東京大学)、国立環境研究所       大気圏環境部上席研究官、現在、国立環境研究所地球環境研究センター総括研究       管理官

 主要論文:Inoue, G., J.K. Ku and D.W. Setser (1984): Photoassociative laser-induced fluorescence of XeCl* and kinetics of XeCl(B) and XeCl(C) in Xe. J. Chem. Phys.,80, 6006-6019.

 井上元(1994):温暖化ガスとその種類.地球環境ハンドブック、朝倉書店,p114-126

 Tohjima, Y., S. Maksyutov, T. Machida and G. Inoue (1996):Airborne measurement of atmospheric methane over oil fields.Geophys. Res. Lett.,35, 2168-2169.

 

サブテーマ代表者

:田辺清人

 1968年生まれ、東京大学理学部卒業、東京大学理学系大学院地球物理学修士課程修了、現在、(財)地球環境戦略研究機関 コンサルタント

 主要論文:‥鎚媽郷.海洋の2層湧昇拡散モデルによるCO2吸収の推定.東京大学大学院理学系研究科修士論文.1993.

 田辺清人.地球温暖化問題に関する共通ルールのあり方について.SRCレポート((株)三和総合研究所)1996;Vol.2;No.1;20-29.

 E鎚媽郷.温暖化防止対策は経済にプラすかマイナスか. 週刊エコノミスト.1997;12/9;68-69.

 

:鶴田治雄

 1941年生まれ、東京大学理学部卒業、現在農業環境技術研究所地球環境部温室効果ガスチーム長

 主要論文:Tsuruta, H. and H. Akiyama: NO and N2O emissions from upland soils with the application of different types of nitrogen fertilizer, in Proceedings of Second International Symposium on Non-CO2 Greenhouse Gases: Scientific Understanding, Control and Implementation, Noordwijkerhout, The Netherlands,8-10 Sep. 1999, 277-282(2000)

 鶴田治雄:地球温暖化ガスの土壌生態系との関わり:3.人間活動による窒素化合物の排出と亜酸化窒素の発生、日本土壌肥料学雑誌、71554-564 (2000).

 Cai, Z.C., H. Tsuruta, X. Rong, H. Xu, Z. Yuan: The effect of growing green manure in the winter season on CH4 emissions from rice fields,Biogeochemistry, 56, 75-91 (2001)