課題名

D-アジア縁辺海域帯における海洋健康度の持続的監視・評価手法と国際協力体制の樹立に関する研究

課題代表者名

原島 省(独立行政法人国立環境研究所水土壌圏環境研究領域海洋環境研究室)

研究期間

平成11−13年度

合計予算額

97,179千円(うち平成13年度30,664千円)

研究体制

(1) 海洋健康度の持続的評価手法と関連沿岸国の協力体制樹立に関する研究

(独立行政法人国立環境研究所、東海大学)

(2)定期航路船舶による海洋健康度のオンライン監視とプランクトン認識の高度化に関する研究

(独立行政法人産業技術総合研究所)

(3)定期航路船舶における船体利用の定式化と効率化に関する研究

(独立行政法人海上技術安全研究所)

研究概要

1.序(研究背景等)

経済成長の著しいアジア各国に隣接した海域では、陸域の人間活動による環境変質が懸念されており、その中で注目されはじめたのが、「シリカ欠乏仮説」である。この仮説は、「水域への人為的な窒素(N)およびリン(P)の負荷が増大する一方、ダム建設等により、自然の風化作用で供給されるケイ素(Si)の海域流下量が減少する。その結果、海洋生態系の基盤がケイ藻類(Siを必要とする、概ね無害の藻類)から非ケイ藻類植物プランクトン(Siを必要としない、有害性の藻類を含む)にシフトする可能性がある。」というものである。世界的にもこの問題に対する意識が強まり、SCOPEにより、1999年以来スウェーデン、ベトナムで2回の「栄養塩・シリカ循環に関する国際ワークショップ」が開かれた。栄養塩や植物プランクトンの組成は時空間変動が顕著であるため、それらを監視して持続的に評価するための観測プラットフォームの確立が必要となっている。ここで、海洋環境を監視するための定期航路利用の有効性が国際的にも重要視されはじめ、EU各国は「欧州フェリーボックス計画」を開始した。また米加両国は、北太平洋海洋科学機構(PICES)の活動の一環として、定期航路船舶を利用した海洋モニタリングの検討を始めている。我が国は、定期航路の海洋監視技術や船舶関連技術においての基盤を有しており、これらに基づいて、定期航路船舶の利用技術を進展させつつ、シリカ欠損に関連した海洋健康度の指標を定め、関連沿岸国との連携のもとにこれを持続的に監視・評価する体制を確立する必要がある。

 

2.研究目的

このような観点から、海水の溶存態のN: P: Siの存在比、および、ケイ藻類と非ケイ藻類植物プランクトンの存在比を海洋健康度の指標とし、これを系統的に監視するための技術を確立する。課題名の「持続的」には、長期時系列の取得・評価という意味の他に、数日程度の時間スケールで変動する環境要素を、常時オンライン的に監視するという意味を含める。これらの課題を以下のように分担する。

サブテーマ(1)では、アジア縁辺海域を航行する民間商船によって上記の指標を広域で反復的に計測し、関連する資料の収集・解析も併せて、「シリカ欠乏仮説」に符合する現象が実際に発現しているかの吟味を行う。また、衛星データと定期航路データの相互補完手法を検討する。さらに、ワークショップ開催とフェリー利用技術の国外提供を通じて、国際協力体制を樹立する。

サブテーマ(2)では、海洋健康度指標の瀬戸内海のフェリー航路船舶によるオンライン監視を目指し、i)船舶衛星電話を介した船上システムへのリモートアクセス、ii)船上システムのリモート操作、iii)ネットワークによるデータ転送およびデータベースの有効利用の3つの機能を統合するリモートアクセスステーション技術の開発を図る。同時に、船上でケイ藻類・非ケイ藻類の分別を行うための植物プランクトン撮像・画像処理技術を開発する。

サブテーマ(3)では、定期航路船舶の計測用海水の取水口から連続取水したサンプル水の深度代表性を明らかにするため、水槽中での模型試験およびモデルスケールでの数値解析による手法(CFD: Computational Fluid Dynamics)による解析を行う。さらに、油汚染の計測手法を中心として、多様な海洋汚染項目の計測に定期航路船舶を利用するための定式化をはかる。

 

3.研究の内容・成果

(1)海洋健康度の持続的監視・評価手法と国際協力体制の樹立に関する研究

日本〜ポートケラン(マレーシア)間を往復するコンテナ船ACX-LILY(東京船舶所属)に、海水モニタリング装置を設置した(H11年度)。これを用いたサンプル海水取得とサンプル処理を船員に依頼する方式でH12H13年度に、ほぼ隔月で計12回、ポートケラン沖、マラッカ海峡、シンガポール沖、ベトナム沖、香港沖、東シナ海の6点で海水サンプルを取得した。これらのサンプルから、溶存態の窒素、リン、ケイ素(DIN, DIP, DSi)の分析と、Strathmannの方式による植物プランクトン各分類群ごとの炭素バイオマス量の分析を行った。さらに、定期航路という線のデータを面的に補完するためにSeaWiFS等の衛星画像の時空間マップを作成した。

溶存無機態のN, P, SiすなわちDIN, DIP, DSiの分析値から、全般的にこの海域帯は熱帯〜亜熱帯の成層海域であるため、上層は基本的には貧栄養であり、また、SiよりもむしろNのほうが枯渇する傾向があったが、香港など人口密集地帯の近傍では、時期依存ながらもSiの相対比が小さくなった。

また、植物プランクトンの各分類群の炭素量換算バイオマスの組成からは、東シナ海や南シナ海(ベトナム沖)測点では、再生生産によると思われる微小鞭毛藻類やピコシアノバクテリア、窒素固定を行うとされるトリコデスミウムなどがほぼ同等の割合を占めていたが、香港沖など人口密集域近傍では、バイオマスの時間変動が大きく、時期に依存してケイ藻類の大量増殖と渦鞭毛藻類などの増加が認められた。

より計測頻度の高い瀬戸内海フェリーの計測結果から、瀬戸内海の東部ほどDSi/DIN相対比が低いことがわかった。この理由の1つは、大阪湾に流入する淀川の集水域でN,Pが負荷される一方、琵琶湖でDSiがケイ藻により吸収されて重力沈降することであると考えられる。さらに、赤潮の記録(水産庁)との比較により、瀬戸内海の東部で赤潮発生件数が多いものの、大阪湾ではケイ藻赤潮の割合が大きく、渦鞭毛藻類の赤潮は播磨灘で多いことが確認された。後述のように、DSi/DIN比とケイ藻類/非ケイ藻類比の関連には別途の考察が必要なこともわかったが、過去の河川水質のデータから、高度成長期の前から後にかけて、DINが増加しDSiが減少していることがわかり、シリカ欠仮説の一端が検証できた。

(2)定期航路船舶による海洋健康度のオンライン監視とプランクトン認識の高度化に関する研究

海洋健康度をオンライン的に監視・評価するための手法開発として、瀬戸内海を定時航行するフェリー船舶に衛星電話回線を利用してオンライン的にアクセスできるシステムを考案し、同船を「リモートアクセスステーション」とする試みを行った。陸上での効率的なデータ取得・管理・利用を実現するため、ウェブブラウザを利用し、イントラネットサーバ機能をもつデータベースサーバを構築した。

またケイ藻類/非ケイ藻類の植物プランクトンの形状認識手法の開発のため、顕微鏡撮像システムを作成して予備的な実験行い、衛星電話の伝送速度(4,800bps)を考慮した画像データの転送、船内振動による画像のぶれ、顕微鏡視野内への植物プランクトンの誘導等についての問題点をあきらかにした。船内振動によるぶれを解消するため、プログレッシブ方式のTVカメラと閃光時間の短いストロボ光源を用いることによって、画像処理に充分な静止画像を取得できた。代表的海域において採水を行い、形状分類のための画像標本を作成し、植物プランクトンの特徴量データ集とその自動ファイル生成プログラムを作成した。また、植物プランクトン細胞を顕微鏡の視野内に十分な密度になるよう誘導するため、上方ろ過法による粒子濃縮装置を試作した。また、陸上からのリモート操作により行うため、船内LANを構築し運用実験を行った。その結果、顕微鏡撮像システムの駆動、植物プランクトンの撮像・画像処理、数値データ蓄積、および陸上のデータサーバへの圧縮画像・画像処理データの転送が行えることを実証した。

(3)定期航路船舶における船体利用の定式化と効率化に関する研究

前述の目的のため、試験水路における模型実験手法と、数値解析(CFD)による方法の二つの手法について新たに研究手法を開発した。模型試験による方法では、サンプル水の特定のため、走行する模型船の上流に固定されたノズルから色素を流出させ、それを船尾船側の想定取水口から吸引回収した。この水に含まれる色素含有量を分光光度計により調べ、次にノズルの位置を逐次変更し同様の実験を繰り返した。それらの位置と、船体から回収される色素含有量の対応関係を調べてコンタマップに図示することにより、どの位置から放出された色素が最も多く取水口に到達するかを調べ、色素の最も確からしい上流起源を推定した。この実験手法を平水中のみならず規則波中で船を航走させる場合についても行った。この模型実験の結果を実船スケールの場合に適用するため、CFD(数値流体力学)により解析する手法を開発した。すなわち、模型試験結果を用いて流れと拡散に関するモデル方程式を確定し、これを数値的に解いて、実船の場合の推定を行った。その結果、サンプル水は船首水面付近を通過すること、すなわち、船内に吸引される海水の起源は取水口深度よりもかなり浅いものであると考えられる。実船の場合、深度代表性は模型船とほぼ同様であることがわかった。現在モニタリング実行中のフェリーの諸元では、海面下0.7mに中心をもつ海水が、4〜5mにある取水口に吸引されることになる。さらに規則波中でも、波高も船体運動も大きくない場合は、ほぼ平水中と同様であった。これから瀬戸内のように比較的穏やかな海域を航走する定期船を用いたモニタリングの場合は、平水中の結果が適用できると考えられる。

 

.考察

サブテーマ(1)の結果からは、季節依存ながらも、香港などの人口密集域の近傍海域で「シリカ欠乏仮説」と符合するデータが得られた。ただし、マレーシア航路の場合には、計測間隔等では十分な体制をとれなかった。これを補うため、瀬戸内海フェリーによる計測結果や、水産庁による赤潮発生データも含めた考察を行った。この結果、長期平均のDSi/DIN比は、瀬戸内海の東部ほどが低いことがわかった。赤潮発生件数も東部のほうが高い。ただし、より詳細に大阪湾と播磨灘について比較すると、大阪湾のほうがDSi/DIN比が低いが、赤潮のうちケイ藻による率はかえって高いことも判明した。これについての考察は以下である。

大阪湾では、DSi/DINの相対比は低いが、淀川から供給されるDSiの絶対値はむしろ海域表層のDSi濃度よりも高い。このため淀川河口近傍では、DSiが間断なく補給されケイ藻に有利に働くのであろう。このことは、平年はケイ藻の卓越する大阪湾東部で1994年夏の渇水時に渦鞭毛藻赤潮が出現したことからも裏付けられる。また、黄河の「断流」にみられるような河川流入量自身の減少がシリカ補給の絶対量を減少させ、ケイ藻類→非ケイ藻類のシフトを招くことも予測される。

さらに、大阪湾の東半分のような浅海域では鉛直混合が盛んなため、海底に多いDIN, DIP, DSiがセットになって表層に補給される。このため、ケイ藻類が有利になる。結果として鞭毛藻類が増殖できるのはケイ藻類の増殖域を離れた海域でDSi/DIN比がある程度低い海域、すなわち播磨灘になると考えられる。さらに、播磨灘ではGに温度成層および塩分成層が形成され、密度成層を横切って日収鉛直移動を行うことのできる鞭毛藻類に有利に働く。

さらに、計測されたDSi/DINの相対比が大阪湾で低いのは、ケイ藻類の増殖でDSiが収奪されていることの結果でもある。播磨灘で夏季にDSiが存在しながらも渦鞭毛藻類の赤潮が起こることがあったがこの理由は次のように考えられる。成層ができるところでは、春季ブルームでケイ素を使い果たしてしまうとケイ藻類は浮力調節等により自らを沈降させる。そして、夏季の降雨でDSiが上層に流入しても、上層の海水密度が小さくなっているため(高温・低塩分)に自らの浮力をそれに見合うほどには高められない。ケイ藻類が不在でN, Pが存在する状況で、渦鞭毛藻類などの非ケイ藻類が夏季のブルームを引き起こす条件が形成される。ケイ藻類が下層の栄養塩とともに上層に戻れるのは、秋季の水面冷却−鉛直混合が始まった時である。この後は光の条件等によってケイ藻類による秋季ブルームまたは春季ブルームが起こるのであろう。

富栄養化の弊害の中で、貧酸素化現象などについては、NPの議論で閉じる部分もあるが、「有害赤潮」がほとんど非ケイ藻類のうちの渦鞭毛藻類によるものであることを考えると、ケイ藻類赤潮と非ケイ藻類赤潮の分岐過程を合理的に説明する必要があり、DSiの過程を考慮することは必須であるといえるだろう。また、栄養塩組成が植物プランクトンの状態を決める(ボトムアップコントロール)だけでなく、植物プランクトンの状態が逆に栄養塩組成を決める(一種のトップダウンコントロール)というパラダイムが重要であろう。

上記のような成果の一部は、SCOPEによる「栄養塩・シリカ循環に関する国際ワークショップ」において発表された。シリカ欠損問題は、いまだ成熟段階にないが今後、研究面・対応行政施策面ともに対応が必要になると考えられる。この現象を以前からとりあげて、成果を国外にも呈示できたことは評価に値すると考えられる。

今後上記の現象を系統的に検知してゆくためには、定期航路船舶を観測プラットフォームとする手法の発展が重要となる。サブテーマ(2)および(3)の成果はこのための中核的技術を発展させた。定期航路利用技術の成果は、EU主催の「欧州フェリーボックス計画ワークショップ」(20025月、ハンブルグ)、北太平洋海洋科学機構(PICES)の「定期航路船舶利用ワークショップ」(20024月、シアトル)、政府間海洋学委員会-西太平洋地域委員会(IOC-WETPAC)主催の「NEAR-GOOS(北東太平洋観測システム計画)海洋環境予測ワークショップ」(2001年8月、ソウル)において話題提供を依頼された。特にサブテーマ(3)の成果は基礎的である点で国外からの注目度が高かった。

また、アジアの海洋関連機関の研究者を招聘して開催した第2回CoMEMAMS会合において、アジア縁辺海域の定期航路の総合的利用により海洋環境モニタリングを行うことの有効性が確認された(付録のProceedingsおよび議事録)。このような成果もふまえ、将来的にはアジア版のフェリーボックス計画を構築することが有効であると考えられる。

 

5.研究者略歴

課題代表者:原島省

 1950年生まれ、京都大学大学院理学研究課博士課程修了理学博士、現在、国立環境研究所 地球環境研究グループ海洋研究チーム総合研究官

 主要論文:

 1. Harashima, A. et al. (1999): High-resolution biogeochemical monitoring for assessing environmental and ecological changes in the marginal seas using ferry boats, in Sherman, K. et al. (Eds.), "Large Marine Ecosystems of the Pacific Rim", 363-373, Blackwell.

 2. 原島省, 功刀正行() (2000): フェリー利用による海洋環境モニタリングおよび関連研究に関する総合報告書, 国立環境研究所地球環境研究センター, CGER M006-2000, 180ページ.

 3. 原島省 (2001): アジア沿岸海域の環境モニタリングと(N, P)/Si問題, 地球環境研究, 6, 93-104.

 

サブテーマ代表者

 (1):原島省 (同上)

 (2) 飯高弘1944年生まれ、立教大学大学院理学研究科修士課程修了、現在、電子技術総合研究所エネルギー部ラボリーダー

主要論文:

 1.Iitaka, H., S.Sato, O.Takano, H.Yuasa, & T.Sakai (1997): Extraordinary Observation System Using Acoustic Transmission, Science & Technology In Japan, Vol.15, No.60, 32-38.

 2.飯高弘,佐藤宗純,藤縄幸雄,日下祐三,酒井徹朗(1998):音響通信を用いた臨時観測システムの構築に関する研究,テクノ・オーシャン'98国際シンポジウムPROCEEDINGS,1998, 485-488.

 3.Iitaka, H., T. Doi, T. Saito, H. Nakano, S. Sato, Y. Fujinawa, A. Harashima,K. Saitou, & Y. Kusaka (2000): Research and Development of Ocean Remote Access Station, Proceedings of Techno Ocean 2000 International Symposium, Vol.3, 669-672.

(3) 冨田宏1946年生まれ、東京大学理学部卒業、現在、船舶技術研究所推進性能部プロパルサ研究室長、

 主要論文:

 1. Tomita H. & T. Kawamura(2000): Statistical analysis and inference from the in-situ data of the sea of Japan with reference to abnormal and/or freak waves, ISOPE-2000, Seattle, USA.

 2. Houri M., H. Tomita & H. Sawada(2000): Frequency downshift in the evolution of weakly non-linear wave trains., Annual Meeting of the European Geophysical Society, Niece, France.

 3. Tomita H. & T. Kawamura (2001): Statistical Mechanics of the Frequency Modulation of Sea Waves, Proc.Rogue Waves Workshop, Brest, France,117-128.