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「地球環境に関する援助機関ガイドライン」
経済協力開発機構 パリ 1991年
II.気候変化
5.海面水位上昇
- IPCCの科学作業部会 (WG I)は、1990年8月に作成した報告書の中で、地球の海面水位は過去100年間に年平均1.0-2.0mmずつ上昇してきたという結論を報告している。この作業部会の結論は、海面水位は地球全体で一貫して上昇し続けてきており、その原因はほとんどが気候変化に関係しているように思われるというものである。今世紀になってから地球の平均海面水位の上昇が加速されたという明確な証拠はないが、今世紀は前の2世紀より海面水位上昇が速いという証拠は若干ながら存在する。海面水位上昇の主要な原因は、熱による海洋の膨張とグリーンランドの氷床の先端にある氷河の融解量の増加と思われる。
- 今後の海面水位の変化についてはさまざまな予測が行なわれている。IPCCの「成り行きにまかせる」 (すなわち、何らの対策も講じない)シナリオの場合には、地球の平均海面水位は2030年には現在より8~29cm高くなるとしており、もっとも可能性の高い数字は18cmである。また2070年の上昇推定値は21~71cmで、その場合のもっとも可能性の高い数字は41cmである。主要な温室効果ガスの排出量がかなり減少するとしても、気温の上昇とその結果である海面水位の上昇は回避できないのである。IPCCの科学作業部会の結論は、21世紀には1m以上の海面水位の上昇はないだろうとしている。かりにそうだとしても、「成り行きにまかせる」シナリオで示唆されている上昇速度 (そのもっとも可能性の高い数字)は過去100年間に発生した数字の5~6倍である。
- そのような海面水位上昇が起これば、海岸線は数百メートルも陸の方へ後退し、海水は護岸施設を乗り越えることになる。海からの浸水により人命、農業、家畜、建物、インフラストラクチャーなどが脅威に曝されるだろう。また海水は内陸の帯水層や河口湾にまで入り込み、上水道、農業、貴重かつ珍重な生態系にも影響を及ぼすだろう。
- 海面水位上昇によって大きな影響を受ける国もある。例えば、バングラデシュ、ヴェトナム、エジプトなどの護岸施設のない河口デルタでは、潮位が1m上昇すれば水没する土地に800万ないし1000万の人が住んでいるものと推定されている。多島海や環礁に存在する国に約50方の人が生活しているが、それらの国土のほとんどは平均海面水位より3m弱の高さしかない (例えば、モルジヴ、マーシャル諸島、ツヴァル、キリバチ、トケラウなど)。それ以外の多島海国や島国は多くの海岸や耕地を失い、厳しい経済的社会的破綻をきたす可能性がある。
援助機関ガイドライン
- IPCC対応戦略作業部会 (WG III)の沿岸地帯管理小グループ (CZMS)は、海面水位上昇から人命と財産を守る手段として次の3つの対応策があることを確認した。すなわち、撤退と適合と防護である。撤退の場合には、海水の侵入から土地を守る努力はいっさい行なわないので、沿岸地帯は放棄され、生態系は内陸へ移動する。適合の場合には、危険な状態ではあっても住民は土地の利用を継続するが、土地を浸水から防護することはしない。このオプションでは、緊急用の浸水防護壁を建設し、建物の下にパイルを入れてかさ上げし、農業は養殖漁業に転換し、塩水に強い作物を植えるなどの対策を講じる。防護の場合には、海水の侵入から土地を守るために、海岸に護岸や堤防などの強固な施設を建造し、また砂丘や植林など、自然になじむ対策を講じる。
- 最適な対策を決定するためには、海岸の低地の標高に関する情報や、環境問題、社会・経済的問題、法的問題、制度的問題に関する情報が必要である。ごく一部の国を除いて、危険に曝されている人の数や開発事業の規模の判定に役立つような信頼できるデータはほとんど存在しない。
- CZMSの結論によると、少なくとも予想可能な将来においては、海に面している国では海面水位上昇による影響はほとんどの場合きわめて深刻ではあるが、適切な措置を講ずれば制御することができる。したがって、この場合に重要なことは、それらの国が適切な海岸防護措置を講じて、現在および将来の悪影響を回避することである。この問題がとくに重要な意味をもつのは小さな島国の場合であり、援助機関がそれらの国に援助する場合にはとくにその点に留意する必要がある。
- DAC加盟国は、国境に接している沿岸地帯の管理についてはガイドラインの適用範囲を考慮すべきである。その場合のガイドラインには、沿岸地帯の海面水位上昇やその他の気候変化による影響に関するすべての問題に対処する場合の二国間協力と多国間協力の適用範囲が示されるべきである。またこのガイドラインは、国際的に役立つ参考資料を作成する場合や、目標や目的を明確にする場合に役立つものと考えられる。
- このガイドラインに盛り込むべき内容は次のとおりである。
- 沿岸地帯の海面水位上昇およびその他の気候変化に伴う影響に関する調査を行なう組織に対する支援;
- 沿岸地帯の海面水位上昇およびその他の気候変化に伴う影響を監視するための国際協力;
- 危険に曝されている機能や地域を確認するために行なわれる沿岸地帯の体系的な地図作成や資源評価に対する協力;
- 沿岸管理プログラムの作成に協力する国に情報提供や技術援助を行なう国際貢献への支援;
- 沿岸地帯の海面水位上昇およびその他の気候変化に伴う影響に対処するための国家間の情報、専門知識、技術の交換;
- 沿岸地帯の海面水位上昇およびその他の気候変化に伴う影響という問題に関する情報普及活動;
- 必要に応じて環境価値を保護できるような沿岸地帯の管理;
- 隣接諸国の沿岸地帯に損害を与えるような措置の回避;
- 暴風による高潮に襲われた沿岸諸国に対する緊急援助の実施。
- DAC加盟国は開発途上国と共同で、沿岸地帯や島の人口と危険に曝されている農業生産や工業生産を確認する調査に協力すべきである。さらに、気候変化の影響を受けやすい環境や社会・経済的体制の評価方法も開発しなければならない。そうした調査に含まれるものとしては、海面水位上昇に対処するための沿岸地帯の管理計画、危険に曝されている沿岸資源の評価、ならびに教育、訓練、技術移転による国家能力の向上に関するケース・スタディがある.例えば、世界各地の島国や広い河口デルタをもつ国の地理的多様性、あるいは漁業と農業と観光業など、危険に曝されている国に共通する特殊な資源利用事業のリスクといった、ケース・スタディの選択規準も作る必要がある。こうしたケース・スタディによって、海面水位上昇に対処する方法 (撤退/居住地移動、適合、または防護)ならびに個々の選択の際に付随する環境問題や社会・経済問題を分析すべきである。
- 開発途上国は2000年までに制度的適応能力を整備して、沿岸管理プログラムを作成し、その実施手段を含む規則を確立しなければならないが、DAC加盟国はそれを支援すべきである。要求される技術的適応能力は、訓練プログラム、専門家のアドバイスや適切な装備によって必要なレベルにまで引き上げるべきである。
- 各国は、沿岸地帯の開発によって海面水位上昇に対する弱点が進行しないようにしなければならない。海面水位上昇に対する構造物による対策はまだ十分ではない。しかし、沿岸部のインフラストラクチャーや防護設備の設計と設置箇所に関しては、気候変化による海面水位上昇やその他の影響も十分に考慮すべきである。この点に関しては環境影響評価が役に立つ筈である。そうした要因を構造物の設計段階で考慮すると、あとから建造し直すより低コストですむ場合がある。河川の水位やダム、マングローヴ地帯やその他の湿地の農地や居住地への転換、サンゴの採取、低地における居住者の増加などは、とくに検討を要する問題である。
- すべての海岸諸国では、浸水する恐れのある地域を確認しておく必要がある。また適応可能な対応策を評価する必要がある。海岸諸国は2000年までに、総合的な沿岸地帯管理計画を実施すべきである。具体的には次のような手法がある。海岸および資源の利用、情報収集と定期的な更新、土地利用計画における環境目的、海岸水域の計画立案、保護の必要性などに関する国の政策目標の設定;環境影響評価の利用、大衆に対する教育、大衆の意思決定への参加;必要な法規の作成と制度の整備 (例えば、全体的な海岸戦略へのセクターからの投入を調整できる主導的行政機関の設置など);モニタリング手順と実施手順など。こうした計画は、地球的気候変化による海面水位上昇やその他の影響に対応できるものでなければならない。また、住民に対する悪影響は最小限に抑制されなければならず、しかも沿岸部の重要な生態系を保護し維持することの必要性も認識していなければならない。
- 海面水位上昇の影響に対する国際的関心を持続させる必要がある。UNEPなどの国際機関を、例えば地域海洋プログラムを通じて強化することにより、海面水位の変化に対する関心を高め、特定地域に関する"地域の"国際海岸地帯管理計画を立案し、また計画立案に必要な体制作りを行なう必要がある。そうした計画に対する勧告を実行し、定期的に更新する場合には、参加国政府からの融資や援助資金を利用できる可能性がある。
- 海面水位の変化や適用可能な対策に関するデータや情報は広く普及させる必要がある。気候変化、海面水位や沿岸部への影響、および各種の適用可能な対策に関するデータや情報を収集・交換する方法は、関係者を加えて開発すべきである。沿岸部の管理計画を立案する場合には、こうした情報を開発途上国にも提供することがきわめて重要である。海面水位上昇によって危険に曝されている沿岸部の資源、適用可能な技術、および実行可能な対応戦略に関するデータベースを2000年までに完全に運用できる状態にしなければならない。このデータベースのフォーマットは、上記のケース・スタディ・プロジェクトにおいて定義することが可能である。この種のデータベースは、沿岸諸国間の情報や知識の交換を促進させるだろう。
- 上記の分析とIPCC対応戦略部会の勧告にもとづいて、DAC加盟国は下記のような作業に着手することに合意している。
- 沿岸部の管理に関する国際的ガイドラインの必要性の検討;
- 沿岸部や島における気候変化による海面水位上昇やその他の影響の可能性に関する調査とモニタリングに対する援助;
- 沿岸部管理計画に必要な体制能力ならびにその実行に必要な規則と方法を確立するための開発途上国に対する援助;
- 住民や自然資源 (農業生産や工業生産を含む)への影響に関するリスク評価方法とそれに付随する計画立案方法の作成に対する支援;
- 国家間の情報、知識、技術の交換、ならびに沿岸部や島における気候変化による海面水位上昇やその他の影響の可能性の問題についての住民への情報提供と政治的認知の促進;および
- 暴風による高潮やサイクロンの災害に見舞われた沿岸部や島国に対する緊急救済策の適用。
Copyright OECD, 1991