福井県の代表的な湧水

回答市区町村名 湧水の名称 所在地 概要等 アクセス制限
◎:可
○:可(制限有り)
×:不可
−:不明
湧水保全活動 湧水写真・位置図
名称 ふりがな
福井市新保町邑の北伏流水しんぼちょうゆうのきたふくりゅうすい福井市
新保
伏流水はきれいで冷たく豊富である。
丸山水源の歴史を知る上で、価値のある場所。
  
福井市岡の泉おかのいずみ福井市
次郎丸町
太古の昔から湧き出ている清水は、年中水量・水温が変らず、周辺は夏は涼しく冬は湯気がたちこめている。
朝倉時代には岡西光寺や吉備神社の聖水として使われ、地区の農業では一町歩の稲を育てたり、農民の憩の場として活用されている。
現在は、県内各地からまろやかな水を求めて水汲みにくる人達でにぎわっている。
  
福井市糸崎観音の水いとさきかんのんのみず福井市
糸崎町
糸崎町の観音山の下から湧き出ている霊験あらたかな水を集め、簡易水道とし、町内の飲料水として使っている。
また、お寺の境内からの海を望む眺望もよい。糸崎観音の仏舞は国指定重要無形民俗文化財に指定された。
  
福井市水分神社境内の泉すいぶんじんじゃけいだいのいずみ福井市
長橋町
神社境内の左右に泉があり、実際に豊かな水を飲むこともできる貴重な資源である。
地域に密着している。
  
福井市地区の湧水ちくのゆうすい福井市奥平町の突孔の水、足谷町の清水、清水平町の桂観音清水、荒谷町の金光水など、湧水が豊富である。
  
福井市亭の水ちんのみず福井市
高尾町
薬師神社の湧水。
市内でも有名な名水の一つ。
約2,000年前からあったが、戦国時代、朝倉孝景に招かれた谷野一柏という明で医学を修めた医者が、眼病に効く水として用いた。
現在は万病に効く水として重宝されている。
夏季には6坪ほどの泉ができるという。
現地までは看板も設置されており、観光等にも配慮されている。
周辺は空気もよく、静かな雰囲気が心地よい。
また、町内の生活用水として活用されている。
1キロほど山道を登るので、軽ハイキングにもよいが、雨天時など足元には気をつけたい。
また、近辺には谷(ダニ)の霊泉もある。
その湧水は、今まで涸れたことがなく、水辺に虫やヤモリ等も棲んでいる、2m程のちょっとした素敵な水辺(泉)である。
  
福井市瓜割清水うりわりしょうず福井市
城戸ノ内町
朝倉氏の御前水として使われていたと考えられる。
湧水は、夏は冷たく冬は暖かい(約10度)。
瓜が割れたことから名付けられたと伝えられている。
泉の広さは約100uで一乗城山から銅の樋で引いている。底には笏谷石製の板石が敷き詰められており、めだかも生息しているらしい。
脇に資源の紹介文があり、一部小公園化もしている。
生活用水なので、地域の人と触れ合う機会も多く貴重な資源である。
  
福井市お清水おしょうず福井市
下市町
御厨清水(みくりやしょうず)。
ミルキングコースとして東安居地区で整備中である。
雄池、雌池、寄品大明神石祠、元参道の石鳥居などをまわる、約1.5km程のコースである。
  
福井市金屋の湧き水
(甘露水)
かなやのわきみず
(かんろすい)
福井市
金屋町
弘祥寺境内跡地。
白みかかった水が湧き出ており、金屋の簡易水道の水源となっている。
東安居地区で整備中である。
  
福井市甘露水かんろすい福井市
徳尾町
禅寺の雰囲気もあり湧水も整備されている。
甘露水の水は甘くまろやかで、炊飯やお茶に最適とされる。
豊かな湧水で、遠方から汲みにくる人もいる。
  
福井市三ヶ月池みかづきいけ福井市
江端町
昔、江端町の日吉神社境内に湧き出る水は病を治す効力があり、福井藩主松平重富の病を治癒した。
その後、藩主代参と葵の紋を賜り、語りつがれている歴史ある資源である。脇にあるサルの置き物(見ざる、言わざる、聞かざる)もかわいらしい。
  
敦賀市中池見の泉なかいけみのいずみ敦賀市
中池見湿地
中池見湿地の分田と呼ばれる場所で自噴しており飲用されている。
  
敦賀市泉のおしょうずしみずのおしょうず敦賀市
金ヶ崎町
約600年前から枯れることなく湧き出ている。
飲用として利用される他、洗い場や水槽が完備され、野菜の濯ぎ等に利用されている。
約600年前から枯れることのない湧水・泉の清水の保全。
定期的に周辺の清掃を行っている。
 
敦賀市樋の水の水ひのみずのみず敦賀市
樋ノ水町(吉河)
内科病、皮膚病などに御利益があると言われている。
県内外からも水を汲みに来る人が多く見られる。
  
敦賀市帰山観音延命大乗水かえりやまかんのんえんめいだいじょうすい敦賀市江良万病に効果があると言われている。
県内外からも水を汲みに来る人が多く見られる。
  
敦賀市銀名水ぎんめいすい敦賀市
常宮
西方ヶ岳の登山口から約1時間登った位置に湧いている。
登山者が喉を潤すのに利用されている。
  
敦賀市長命水ちょうめいすい敦賀市
曙町
気比神宮の大鳥居をくぐって左手にある。
無病息災や延命長寿の神様にあやかって名づけられた。
  
小浜市雲城水うんじょうすい小浜市
一番町
海のすぐそばにありながら、海水の混入が無く、淡水が自噴している。
「ふくいのおいしい水」「平成の名水百選」
一番町振興会により、環境保全活動が行われており、湧水を使用した日本酒やお菓子を販売する等、活用も行っている。 
小浜市津島名水つしまめいすい小浜市
小浜津島
海のすぐそばにあり、水量が豊富で、生活に密着した利用をされている。
「ふくいのおいしい水」
地元区民が周辺整備、清掃を実施。 
大野市御清水おしょうず大野市
泉町
かつて城主の飯米を炊ぐのに用いられたことから、敬意を表して「殿様清水」とも呼ばれている。
現在、泉町と呼ばれるこの一帯は、江戸時代には武家屋敷が建ち並び、家中の人々が生活用水として御清水を使っており、武家屋敷の人々はしつけも厳しく、常にこの清水を清潔に保ち、上流から順番に飲料水、果物などを冷やすところ、野菜などの洗い場などと定めていました。
この名残が、現在も不文律として地域の住民たちに受け継がれています。
環境省「名水百選」に認定され、観光地にもなっています。
御清水の会にて清掃等管理 
大野市本願清水ほんがんしょうず大野市
糸魚町
希少水生生物であるイトヨ(陸封型)の生息南限地として昭和9年に国の天然記念物に指定されています。
かつて大野市にはたくさんのイトヨの棲息地がありましたが、現在では、本願清水のほか、数か所のみとなっております。
イトヨの研究・学習施設「本願清水イトヨの里」が整備されており、イトヨの観察などができます。(平成13年7月開館)
環境省「平成の名水百選」に認定されました。
イトヨの里にて管理 
大野市中野清水なかのしょうず大野市
中野
地下水位の低下などで荒れていたかつての湧水地を復活させようと、平成8年頃から地元有志が清掃活動を開始、湧水を復活させました。
その後「中野清水を守る会」を結成して清掃活動を維持、平成14年に市が湧水公園を整備しました。
中野清水を守る会にて清掃等管理 
大野市義景清水よしかげしょうず大野市
泉町
朝倉義景公の墓地のそば。
泉の中に臼があります。
地元地区で清掃等 
大野市お馬屋池おうまやいけ大野市
城町
江戸時代に大野藩の馬場で、馬の飲用水や身体を洗うのに使われたことから、「おんまや清水」とも呼ばれています。
かつては風光明媚な憩いの場でありましたが、管理が行き届かず湧水が絶えた状態が続きました。
しかし、平成15年に地元ボランティアの呼びかけにより大量のヘドロを除去し、湧水は復活しました。
柳廼社(やなぎのやしろ)境内にあります。
地元地区で清掃等 
大野市新堀清水しんぼりしょうず大野市
泉町
裁判所近くの湧水。
「新堀」はかつての藩政時代は亀山城を守る外濠でした。
地元地区で清掃等 
大野市篠座神社の御霊泉しのくらじんじゃのごれいせん大野市
篠座
大国主命が「目の病気に効く霊水を与えた」という伝説があり、「篠座目薬」といわれて、遠方からも水を汲みに来る人もいます。
 「ふくいのおいしい水」の認定を機に、神社と地域住民により、池や水場周辺の環境が整備されました。
篠座神社にて管理 
大野市山王神社の堀さんのうじんじゃのほり大野市
日吉町
山王神社横にある池で、戦国時代には亥山城の堀であった。
かつては、近くの酒屋さんが樽を持ってきて汲んでいったという語り草があるほど、湧き水の水泡がたえまなく上がっていましたが、水の利用が多くなり、湧き水も少なくなりました。
堀の中程に拝顔できる地蔵尊がありますが、湧き水が少なくなり出した頃、近くの石材店の方が再び湧き水が出るようにと祈りを込めて、安置されたとのことです。
  
大野市木本薬師堂の霊泉このもとやくしどうのれいせん大野市
木本
伝説では継体天皇により発見され、その後薬師如来を祀ったと言い伝えられています。
そして、 江戸時代初期、松平木本藩があった時に、松平但馬守がこの清水で目を洗ったところ、またたく間に眼病が治ったとも言い伝えられています。
  
大野市伊月の湧水いつきのゆうすい大野市
伊月
大野市に合併される前の和泉村が、この湧水を利用して、酒造会社の協力により吟醸酒「穴馬紀行」を村限定商品として企画、販売していました。
  
大野市蝶の水ちょうのみず大野市
東市布
「暴れ川」と恐れられてきた九頭竜川、その源流の一つは、大野市より東に位置する旧和泉村の油坂峠にあります。
その油坂峠頂上には、「蝶の水」と呼ばれる小さな湧水があります。
旧美濃街道の峠越えとなるこの場所で昔、旅人が渇きを癒やそうと岩をどけたところ、湧水からたくさんの蝶が飛び立ったことからいつしか「蝶の水」と呼ばれるようになりました。
「蝶の水」はそのまま美味しい水となって九頭竜川に注がれ、福井県内を流れていきます。
  
勝山市上清水かみしょうず勝山市
北郷町伊知地地籍
地区の人々の生活用水として、水場があり利用されている。
清掃活動 
勝山市下清水しもしょうず勝山市
北郷町伊知地地籍
地区の人々の生活用水として、水場があり利用されている。
清掃活動 
勝山市蓮如さん清水れんにょさんしょうず勝山市
野向町北野津叉地籍
神社の山腹で、道路に面した場所にあり湧き出ており、区民に利用されている。
清掃活動 
勝山市大清水おおしょうず勝山市
野向町牛ケ谷地籍
原山の山中にあり大岩の下から噴き出している。
区民に利用されている。
  
勝山市刀清水かたなしょうず勝山市
郡町地籍
縄文時代の遺跡である刀清水遺跡付近の道路に面した場所に清水が湧き出している。
  
勝山市神谷の水かみやのみず勝山市
村岡町栃神谷地籍
山の湧水を引き、簡易水道として使われていた。
水飲み場は林道入口から国道脇に近年移設された。
ふくいのおいし水に認定
清掃整備活動
定期的な水質検査の実施
 
勝山市滝之堂たきのどう勝山市
平泉寺町平泉寺地籍
平泉寺地区の簡易水道の水源地となっている。
清掃活動 
勝山市源如坊清水げんにょぼうしょうず勝山市
平泉寺町平泉寺地籍
白山神社平泉寺の境内近くにあり、当時、源如坊という僧侶が住んでいていたとのことである。配管をつなぎ、融雪や地区内の公園の手洗い場の水として活用
  
勝山市御手洗の清水みたらしのしょうず勝山市
平泉寺町平泉寺地籍
白山神社平泉寺の境内に湧きだす湧水である。
飲料不適
清掃活動 
勝山市白龍の滝の霊水はくりゅうのたきのれいすい勝山市
村岡町浄土寺地籍
たらたら山のふもとにある霊場に白蛇が住むという大岩があり、そこから水が流れ落ちている。
清掃活動 
勝山市大清水おおしょうず勝山市
本町地籍
町中にある清水で、かつては生活用水に活用していた。
清掃活動 
勝山市中村の清水なかむらのしょうず勝山市
北谷町谷地籍
山手の裂け目をつたった清水が地下水となって2本のパイプから流れだしているのもので、70年来の湧水として地元で利用されてきた。
清掃活動 
鯖江市桃源清水とうげんしょうず鯖江市
上河内町
河和田地区の飲料水として親しまれてきたが、平成16年の福井豪雨により被災した。
その後、平成19年に地域住民の総力により復活した湧水である。
継体天皇が河和田漆器と深く係わり合いを持つきっかけになった場所とされている。
ふくいのおいしい水認定されている。
鯖江継体の会によるイベントを通した普及・啓発活動 
鯖江市三場坂清水さんばさかしょうず鯖江市
上河内町
継体天皇が植えたという薄墨桜や弁慶が向かいの山から弓を射たとされる的岩が付近にあり、水量も豊富で古来より地域の人たちやこの地を訪れた人々ののどを潤してきたとされている。
ふくいのおいしい水認定されている。
鯖江継体の会によるイベントを通した普及・啓発活動 
鯖江市榎清水えのきしょうず鯖江市
米岡町
泰澄大師が湧き起こしたと伝えられ、近松門左衛門も幼少のころに足を運んだといわれている。
海外でも評判の鯖江の銘酒「梵」 は、創業時「榎お清水」をつかっていた。ふくいのおいしい水に認定されている。
地元による清掃活動 
鯖江市許佐羅江清水こさらえしょうず鯖江市
定次町
1419年に書かれた「舟津社記」に書かれた舟津七清水のひとつで、かつてはきれいな冷水を好むトミヨという魚が生息していた。
現在、他の湧水池が枯渇あるいは消滅するなかでその姿をとどめていたが、住民団体が参画して湧水池および周辺の環境整備を進め、平成28年11月にトミヨの放流を行った。
ふくいのおいしい水に認定されている。
地元による環境整備・清掃活動 
鯖江市刀那清水となしょうず鯖江市
上戸口町
南北朝時代に築かれた三峯城跡や泰澄大師にゆかりのある大銀杏がある三峯山のふもとに位置する。
さらに、付近には清流として知られてる刀那の滝もある。
ふくいのおいしい水に認定されている。
清掃活動 
あわら市清水原の水・清水滝ショウズハラノミズ・ショウズタキあわら市滝滝になって流れ出ており、地元の人は飲料・炊飯・お風呂にも利用している。
滝口には地蔵が立っており、8月には地蔵祭りが行われる。
地元区で管理 
あわら市清水元の水ショウズモトノミズあわら市
笹岡
豊富な湧出量
地元区で管理 
あわら市天神の水テンジンノミズあわら市
熊坂
一般にはあまり知られていない
地元区で管理 
あわら市神乳水シンニュウスイあわら市
細呂木
春日神社の境内にあり地元では乳水と呼ばれている
地元区で管理 
あわら市愛の神お清水アイノカミ オショウズあわら市
北潟
往古よりここに清水が滾々と湧き出し、村人は生命をはぐくむこの水の恵みに感謝し、永禄八年(1565)に愛の神をお祀りした。
爾来、氏神八雲神社の祭礼の前日にこの井戸水が祓い清められ、供物のコメを蒸すなどに使われてきた。
また、昭和23年の福井大地震の折りも、濁ることなくゆたかに湧き出して、多くの人が、この清水に救われたという。
地元による清掃活動 
越前市解雷ケ清水けらがしょうず越前市
千合谷町
約1400年前、戦火を逃れ、越前海岸の米ノ浦に流れ着いた百済の王女「自在女」一行は、安住の地を求めて奥へと向かう途中この地を訪れたが、水になかなかありつけなかった。
そこで女王が念じたところ、落雷の響きとともに清い水が湧き出たという。
また、王女が岩を杖で突いて湧き出たとも、王女の馬が岩を蹴って湧き出たともいわれている。
いずれにせよ、この清水は、天王川の水源として、今日まで旱魃でも涸れるれることなく湧き続けている。
さらに、昔、疫病が流行したとき、尼さんがこの清水をご祈祷したところ、たちまち疫病がなくなったという話もある。
こうした伝説から、人々はこの地に不動明王の社殿を建て、霊水として、また、雨乞いの神として、毎年7月には礼祭を行っている。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市治左川井戸じさがわいど越前市
上真柄町
集落内に端を発する治左川の水源の湧水と同じ地下水を井戸で汲み上げており、豊富な水量を誇る。
治左川井戸の下流には、地域の人々が利用する外川端が設けてあり、現在でも使われている。
この井戸から流れ出る治左川には、清流にしか生息しない梅花藻が繁殖し、6月になると白い梅花藻が咲き誇る。
また、この川は淡水魚トミヨの県内唯一の生息地となっており、この治左川が日本のトミヨが生息する南限だと言われている。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市お清水不動尊の水おしょうずふどうそんのみず越前市
吾妻町
吾妻町は日野川の伏流水が流れ水の豊富な地で、不動尊を祀るこの地は古来より湧出量が豊富で嘉永年間(1848〜1853年)の府中藩士屋敷割図にも借称「馬冷しの清水」と記載されています。
いつ頃か定かでないがこのお清水の水源地に水を守護する不動明王が設置され参拝人で賑わい、明治から大正にかけて夏は、水饅頭、ところてん、そうめん等の茶店が出たという。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市榎清水よのきしょうず越前市
横住町
大日如来のお使いとなられた不動明王がこの清水のある「あちら山」の山頂から駆け下りて、清水の流れる岩の上に腰掛けたことに由来する。
かつて、この場所は越前から美濃へ通ずる街道の里標となっており、この清水のあたりは榎の大樹が空をおおい人々に涼を与え、流れ出る清水が心をいやしてきたと言われている。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市瓜割清水うりわりしょうず越前市
赤谷町
昔から眼病によいということで信じられてきた。
昭和初期までこの清水の横に草葺の薬師堂があって、ここには眼病が治った人がお礼参りして置いていった猿子(5cm位の猿の石像)が多くあったそうである。
今は残念ながら散逸してしまっている。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市石堂の水いしどうのみず越前市
西河内町
1952年(昭和26年)ごろこの地に県道が敷かれ、山面を削った後に湧き出てきたのが始まりである。
その昔近くに石の御堂があったことから命名された。
不老長寿の名水ともいわれ、多くの人が水を汲みに来る。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市皇子が池の水おうじがいけのみず越前市
粟田部町
この池は、「産湯が池」ともいわれ、伝説によると今から1500年前に第26代継体天皇が皇子として粟田部にいたとき、ここで2人の皇子(のちの第27代安閑天皇、第28代宣化天皇)が誕生し、この池の水をくんで産湯に用いたとある。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市神清水かみしょうず越前市
山室町
「南中山村誌」によると、山室白山神社の南にあって、この水は柳の布滝からきているとある。
また、天保の旱魃(かんばつ)の時も水は枯れなかったという。
神社の行事に使う水は、必ずこの清水の水を使ったことから神清水と名付けられたといわれる。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市蓑脇の時水みのわきのときみず越前市
蓑脇町
毎分200リットルの水が噴出していて、降雨、季節等に関係なくほぼ一定している。
最高噴出水位より平均50分ほどで最低位となり止まることはないが、近年10日以上も間歇を停止し、中水位で流れ続けたこともあった。
最高水位近くなると下流の滝の音が大きくなり、昔山仕事をしている人たちがこの音を時計代わりにしたことから、これを「蓑脇の時水」という。
間歇の原理は定かではなが、県の文化財に指定されており、地元の人たちがこの自然現象を守り伝えている。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市段田清水だんたしょうず越前市
米口町
金華山の山頂付近に広がる金華山グリーンランドには、植物園やキャンプ場が整備されている。
その管理事務所近くの山の斜面の岩の裂け目から湧出しており、多くの来客者に利用されている。
冬期間は雪のため閉鎖されている。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市お助けの清水おたすけのしょうず越前市
村国町
 
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
越前市石神の湧水いしがみのゆうすい越前市
大虫町
現在は大虫神社の西隣にあるこの湧水は、元々の水源は、もう少し鬼ヶ嶽よりの「石神」という地名にあった。
その場所には、今から千年近く前に、一時期、大虫神社の宮司の舘があり、村人はこの地を石神と呼ぶようになったと言われている。
ここに湧水が出現したのが今から650年程前、大虫神社社記によると、大地震大洪水があり、その時に岩盤に亀裂ができ、その割れ目から水が湧き出したと伝えられている。
昭和29年には大虫集落の簡易水道として使われていたが、平成6年に上水道が完備されたことから、現在の場所まで400m導水をし、大虫神社のすぐ隣に水汲み場として設置された。
清掃や維持管理を定期的におこなっている。 
永平寺町浄法寺山清水小場じょうほうじさんしょうずこば吉田郡
永平寺町
上浄法寺
(浄法寺山青少年旅行村)
上浄法寺集落から入る「浄法寺山青少年旅行村」内に湧出している。
標高1053mの浄法寺山中腹520mのキャンプ場「浄法寺山青少年旅行村」の大切な水源として利用されるほか、水汲みでも賑わっている。
年1回の水質検査を行っている。写真
永平寺町タンタン清水たんたんしみず吉田郡
永平寺町
栃原
栃原口ポケットパークに有り奥の崖の割れ目から清水が湧き出している。
とても冷たい水がその名のようにタンタンと流れ出ている。
別名、栃原の瓜割清水とも呼ばれている。
 写真
南越前町鶯清水うぐいすしょうず南条郡
南越前町
西大道
珪石と粘板岩の間から流れ出る清水は、昔から量も変わらず冷たくまるやかである。
地元有志により、清掃活動を行っている。
年2回、県が水質調査を実施している。
 
南越前町コツラの清水こつらのしょうず南条郡
南越前町
南今庄
安産に効くという清水で石の下から年中冷たい水が湧き出ている。
  
越前町御膳水ごぜんすい丹生郡
越前町
天王
八坂神社の境内にある湧水
  
越前町大谷の薬水おおたにのくすりみず丹生郡
越前町
大谷
地下水を汲み上げており、泉質は鉱泉である
  
越前町弘法大師の水こうぼうだいしのみず丹生郡
越前町
平等
昭和62年高野山より高僧をお迎えして再建されたお堂の脇からの湧水
  
美浜町菅浜区湧水すがはまくゆうすい美浜町
菅浜
地元区の簡易水道水源として活用されている
特になし 
美浜町新庄区クズレ谷湧水しんじょうくくずれだにゆうすい美浜町
新庄
山中にあり地元区の簡易水道水源として活用されている
特になし 
おおい町命取の水めとりのみず大飯郡
おおい町
名田庄槇谷
 
未定 
おおい町蓮如上人の杖の水れんにょしょうにんのつえのみず大飯郡
おおい町
名田庄小倉畑
 
未定 
おおい町滝水ひめたきみひめ大飯郡
おおい町
父子
高さ約15m、幅約6mの「不動の滝」がある公園内にあり、地下水を汲み上げ、飲用できるようになっている。
 
若狭町瓜割の滝うりわりのたき三方上中郡
若狭町
天徳寺
全国名水百選に選ばれており、あまりの冷たさに浸けておいた瓜が割れたといういわれがある。
原水の湧水現場は立入不可。
名水選抜選挙おいしい水部門 第2位
地元の天徳寺区及び名水公園管理組合による定期清掃活動や水質検査 
若狭町観音霊水かんのんれいすい三方上中郡
若狭町
三方
三方石観音近くに湧き出し、参拝者だけでなく、雲谷山から下山する人にも潤いを与えている。
地元の石観世音奉賛会が水汲み場を含め、清掃等の管理を行っている。