環境基本計画

第1部 目次

前文

第1部 計画策定の背景と意義

第1節 環境問題の動向

1 環境問題の推移
2 環境問題の今後の動向
3 今後対応すべき環境問題の特質

第2節 各主体の意識の高まりと行動の広がり

1 国際社会の状況
2 国内社会の状況

第3節 環境基本計画策定の意義

(第2部 環境政策の基本方針)

(第3部 施策の展開)

(第4部 計画の効果的実施)


 人類は、地球環境の大きな恵みに支えられて健康で文化的な生活を送ることができる。しかしながら、近年、この人類存続の基盤である地球環境が損なわれるおそれがあることが世界の共通の認識となっている。物質的豊かさの追求に重きを置くこれまでの考え方、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式は問い直されるべきである。こうした認識に立って、我が国の環境、そして地球環境を健全な状態に保全して将来の世代に引き継ぐことは、現在の世代の責務である。これは、人類共通の課題でもある。我が国としては、自らの社会を環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会に変えていくとともに、国際的協調の下に、地球環境保全のための取組を積極的に進めていかなければならない。

 このような考え方に立ち、環境基本法(平成5年法律第91号)第15条の規定に基づき、環境基本計画を、ここに定める。

 この環境基本計画は、環境への負荷の少ない循環を基調とする経済社会システムが実現されるよう、人間が多様な自然・生物と共に生きることができるよう、また、そのために、あらゆる人々が環境保全の行動に参加し、国際的に取り組んでいくこととなるよう、「循環」、「共生」、「参加」及び「国際的取組」が実現される社会を構築することを長期的な目標として掲げた上、その実現のための施策の大綱、各主体の役割、政策手段の在り方等を定めたものである。



第1部 計画策定の背景と意義

第1節 環境問題の動向

1 環境問題の推移

 人間は、自らを取り巻く環境から食料や原料という形で資源を採取し、生活や各種の事業活動を営み、その過程で、家庭ごみ、産業廃棄物、排出ガス、排水その他の不用物を排出している。換言すれば、環境から多くの恵沢を受けるとともに環境に影響を及ぼしつつ活動してきた。環境は復元能力を有しており、人間が環境から資源を採取したり、不用物を環境に排出しても、それが環境復元能力の範囲内であれば生態系の均衡は保たれ、人類は社会経済活動を持続的に営むことができる。しかしながら、近時、人口が増大し、人類の社会経済活動が拡大するのに伴って、環境の復元能力を超えた資源採取による資源の減少と生息・生育地の縮小等による野生生物の種の減少、環境の復元能力を超えた不用物排出に伴う環境の汚染やそのおそれといった問題が発生している。

(1) 我が国の環境問題の推移

 我が国では、戦後の高度経済成長期において、結果としてみると環境への配慮が十分ではなかったことなどから、環境汚染、自然破壊が生じ、これらが大きな社会問題となった。このような問題の解決のため、「公害対策基本法」や「自然環境保全法」が制定され、これらに基づく施策の推進と住民や地方公共団体の努力、企業の公害防止のための投資、技術開発等とがあいまって、激甚な公害の克服に向けて努力がなされた結果、昭和50年代半ば頃までには顕著な成果を挙げることができた。また、すぐれた自然環境の保全のための取組も相当の成果を挙げてきた。

 我が国はその後も経済の安定的成長を続け、今日では世界の総生産の15%強を占める世界第2の経済大国となった。この間、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式が定着するとともに、人口や社会経済活動の都市への集中が一層進んだ。このような中で、大都市地域の窒素酸化物等による大気汚染、生活排水等による水質汚濁などのいわゆる都市・生活型の公害は、依然として改善が遅れ、また、経済規模の拡大等に伴い、廃棄物の排出量が増大している。さらに、地下水や水道水源の水質悪化が顕在化するとともに、化学物質の使用の増加に伴い化学物質による環境汚染の未然防止が求められる一方、新たな技術の開発・利用に伴う新たな環境汚染の可能性が指摘されている。加えて、都市においては、身近な自然が減少し、生活の中での自然との関わりが希薄化しており、他方では、農山漁村の過疎化、高齢化が進行している地域を中心に森林、農地等の有する環境保全能力の維持が困難な地域が発生している。こうした中で、人々の意識は、良好な環境の中でのゆとりとうるおいのある生活を求める方向に変化しつつある。

(2) 世界の環境問題の推移

 世界に目を転ずれば、特に、第2次世界大戦後は、人口と人類の社会経済活動が幾何級数的な伸びを示している。世界人口は、1900年には16.5億人であったものが、1950年には25.2億人となり、1990年には53億人となった。また、世界の経済規模は、1950年から1990年の間に約5倍となり、同期間中、世界の一次エネルギー供給は4倍強に、世界の肥料使用量は9倍強に拡大した。こうした中にあって、一方では先進国における資源の大量消費、不用物の大量排出、他方では、開発途上地域における人口の増大と貧困に対処するための食料需要の増大、経済発展のための開発等を背景として、地球環境の悪化が懸念されている。

 具体的には、近年、オゾン層の破壊や地球温暖化といった地球全体に影響を及ぼす環境問題、酸性雨などの一地域や一国だけに限定されない国境を越える環境問題が発生しており、熱帯林の減少や野生生物の種の減少等の問題も世界各地で進行している。また、一部の開発途上地域では、人口の急増、都市集中、工業化等を背景として、公害問題が進行している。

2 環境問題の今後の動向

(1) 世界の経済社会と環境問題の今後の動向

(i) 経済社会の動向

 世界人口は、国連の中位推計によれば、開発途上地域を中心に増大を続け、2050年には100 億人を突破するものと予測されている。また、世界的に都市部の人口の比率が増大し、特に開発途上地域では巨大都市が増加すると予測されている。経済活動について見ると、国連等によれば、先進国においては、経済成長の速度は緩やかになると予測されているが、経済規模は既に非常に高い水準にある。また、開発途上地域では、南、東アジア地域において経済成長が進むと見られるが、一部開発途上地域においては、貧困の改善が余り進まないまま人口が増大していくおそれがある。国際エネルギー機関(IEA)によれば世界の一次エネルギー需要は、趨勢では2010年には1990年の1.48倍に増加すると予測されている。国連食糧農業機関(FAO)によれば、世界の農林水産業について次のような見通しが示されている。すなわち、第1に、穀物生産については、開発途上地域では生産量の伸びを人口の伸びが上回るため、2010年には開発途上地域の純輸入量が増大すると予測されている。第2に、海洋からの魚介類の総生産量については、現在の形で漁業活動が続けば、大きな伸びは期待できない見込みである。第3に、林産物需要については今後とも高い伸びが予測されている。

(ii) 環境問題の動向

 こうした人口増大や社会経済活動の拡大により、人類の生存基盤である地球環境が損なわれるおそれがある。具体的には、地球温暖化については、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によれば、特段の対策を講じなかった場合、温室効果ガス濃度が2050年には産業革命以前の約2倍となり、地球全体の平均気温が、10年当たり約0.3度上昇し、21世紀末には今日より約3度上昇すると予測されている。また、オゾン層の破壊については、「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」に基づく科学評価パネルによれば、現在のスケジュールに基づき規制が遵守された場合、他に状況の変化がないと仮定すると、オゾン層の減少傾向が見られ始めた1970年代末以前の水準にオゾン層が回復するのは2045年頃と予測されている。さらに、船舶や陸上活動等に起因する海洋汚染、過放牧等による砂漠化、非伝統的な焼畑、過度の薪炭材採取や不適切な商業伐採等による熱帯林等の森林の減少、生息・生育地の破壊や乱獲等による野生生物の種の減少、化石燃料の大量使用に起因する酸性雨問題、有害廃棄物の越境移動、開発途上地域における急激な経済活動の拡大と不十分な対策の下での燃料使用による大都市における大気汚染等の公害問題などが進行するおそれがある。

(iii) 国際的取組の必要性

 このような世界の状況は、貿易や投資の拡大等を通じて、国際的相互依存が一層強まる中で生じるものであり、一国における経済社会活動が他国における環境への負荷の原因となるなど、環境問題を地球的規模でとらえる必要が生じている。したがって、環境保全対策についても、政策の国際的な連携の強化、環境と開発の両立に向けた開発途上地域の自助努力への支援等の国際的取組を推進することが必要となっている。

(2) 我が国の経済社会と環境問題の今後の動向

(i) 経済社会の動向

 我が国では、人口について見ると、高齢化が一層進むとともに、人口増加率の減少が続き、さらに2010年頃以降は人口が減少すると予測されている。地域的には、21世紀初頭まで大都市圏、地方中枢都市等では人口の自然増が続く一方、農山漁村地域を中心に人口が自然減となる市町村が拡大すると予測されている。経済成長について見ると、労働力人口の伸びが低下し、2000年頃を頂点に減少することや労働時間が減少すること等を背景に経済成長率は長期的には低下の傾向にあると予測されている。また、高齢化の進展に伴い、貯蓄率が減少すると予測されている。こうした中で、21世紀初頭までの期間が、環境保全に関するものを含む社会資本整備の上で重要になっている。産業構造について見ると、ソフト化・サービス化・情報化が進展すると予測されている。また交通需要について見ると、伸びが緩やかとなるが、輸送人数や輸送貨物重量の伸びに比べて輸送距離を加味した輸送人キロ・トンキロの面で大きな伸びが予測されている。家計について見ると一人当たりの家計消費が着実に伸びることが予測されている。国民生活について見ると、労働時間の短縮に伴い自由時間が増加すると予測されている。

(ii) 環境問題の動向

 このように、我が国の経済社会は成熟化に向かいつつあるが、既に大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動が定着しており、また、都市化の一層の進展が見込まれる状況にある。このような状況の中で、従来からの地域的な公害、自然保護等に関する問題にとどまらず、通常の社会経済活動の拡大による環境への負荷の増大が大きな問題となっている。これによって、社会そのものの持続可能性が低下していることが懸念される状況にある。また、我が国は、地球環境に大きな負荷を与えている先進国の一員であり、こうした我が国は、地球全体として環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会を構築するとの観点からも自らの取組を積極的に進めていく必要がある。

 例えば、省エネルギー等に係る各般の施策が十全に実施されることを前提とした場合、2000年度の二酸化炭素排出量は1990年度実績と比べて一人当たりでは概ね安定化すると予測されており、地球温暖化防止行動計画の第1項の目標は達成できる見通しであるが、総量では若干増加するものと予測される。地球温暖化を防止するため二酸化炭素の排出量の抑制が求められており、地球温暖化防止行動計画の第2項の目標の達成に向け、今後とも、一層の努力を要する状況にある。特に、エネルギー消費に関連して、いわゆる民生・運輸部門の排出量伸び率が相対的に大きいと見られることから、これへの対応が課題となっている。また、現在の生産と消費の様式がそのまま続けば廃棄物発生量の増大が予測されるため、生産・流通・消費等の社会経済活動の各段階で廃棄物発生の一層の抑制を図ることが課題となっている。

 大都市地域においては、自動車等から排出される窒素酸化物等による大気汚染や生活排水等による水質汚濁等の都市・生活型公害への対策を進めることが引き続き課題となっている。さらに、化学物質の使用の増加に伴う環境汚染の未然防止や新たな技術の開発・利用に伴う新たな環境汚染の可能性への対応が今後とも課題である。加えて、現在のような酸性雨が今後も降り続けるとすれば、将来、生態系への影響をはじめ、様々な被害が生じることも懸念されている。

 また、都市部における水辺や緑などの身近な自然の保全や、農山漁村地域における森林、農地等の有する環境保全能力の維持が課題であるとともに、野生生物の生息数の減少や種の絶滅のおそれが問題となっている。これらの課題に取り組むことは、国民の自然とのふれあいや快適な環境(アメニティ)等に対するニーズの高まりにも応えることになる。

3 今後対応すべき環境問題の特質

 これまでに述べた環境問題の推移と今後の動向にかんがみると、今後対応すべき環境問題には以下のような特質がある。

 第1に、二酸化炭素吸収源として森林が果たす役割や窒素酸化物、硫黄酸化物が原因となって生ずる酸性雨による生態系への影響のおそれ等に見られるように、環境問題を人の健康、生活環境、自然環境といった分野別にとらえるのではなく、環境そのものを総合的にとらえる必要がある。

 第2に、今日の環境問題の多くは、都市・生活型公害や地球温暖化問題等に見られるように、通常の事業活動や日常生活一般による環境への負荷の増大に起因する部分が多い。その解決のためには、経済社会システムの在り方や生活様式を見直していくことが必要であり、そのために、広範な主体による自主的、積極的な環境保全に対する参加が必要である。

 第3に、地球環境問題に見られるように、今日の環境問題は地球規模の空間的広がりと将来世代にもわたる時間的広がりを持ち、先進国と開発途上地域がそれぞれの立場で、かつ、共同して取り組むべき人類共通の課題となっている。このため、国際的連携を強化するとともに、科学的知見の充実を図りつつ、長期的視野に立った予防的措置が必要である。

第2節 各主体の意識の高まりと行動の広がり

 人類の生存基盤を脅かすおそれが生じるに至った環境問題の深刻さについて、国、地方公共団体、事業者、国民といった社会を構成する各主体の認識が深まりつつある。深刻な環境問題を克服していくためには、各主体の公平な役割分担の下に、現在の経済社会システムや生活様式を変革し、環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会を構築する必要があるとの合意が生まれつつある。これは、限りある地球の環境の中で生きる人間にとっての環境倫理としても主張されるまでになっている。このような認識とともに、人々の様々な行動と各主体間の協力が広がりつつある。

1 国際社会の状況

 国際社会においては、地球規模の環境問題の重要性に対する認識の高まりを踏まえ、1992年(平成4年)に国連環境開発会議が開催され、持続可能な開発を実現していくための国際社会の合意を見た。その成果として、具体的には、環境と開発に関するリオ宣言や行動計画であるアジェンダ21が採択されるとともに、「気候変動に関する国際連合枠組条約」及び「生物の多様性に関する条約」に多くの国が署名した。こうした国連環境開発会議の成功には我が国も貢献した。さらには、国連環境開発会議を受けて、その合意を着実にするため、国連に「持続可能な開発委員会」が設立されるなど国際的取組が進展している。

 また、経済協力開発機構(OECD)等において、環境政策と経済政策の統合について種々の取組がなされている。

2 国内社会の状況

 国内においては、このような世界の動きとも連携して、以下のような動きがある。

(i) 国の動き

 近年、窒素酸化物等に関する自動車排出ガス対策、生活排水対策、野生生物保護等各課題についての取組や環境教育をはじめとした環境保全に係る広範な活動が進められている。また、平成元年には地球環境保全に関する関係閣僚会議を設置し、平成2年には地球温暖化防止行動計画を決定する等地球環境問題について取組を強化してきている。

 さらに、今日の環境問題の対象領域の広がりに対応するため、国連環境開発会議の成果等も踏まえ、平成5年に環境保全に関する新たな理念や多様な政策手段を示す環境基本法を制定した。また、アジェンダ21で示された諸課題に対する我が国としての取組を明らかにした「アジェンダ21」行動計画を同年末にいち早く作成し、国連に報告した。

(ii) 地方公共団体の動き

 従来より地方公共団体は、公害問題に対処し、自然環境の保全に取り組むなど重要な役割を果たしてきたが、近年、環境問題の広がりに対応した環境管理計画の策定、環境保全に関する国際協力の推進等新たな取組を進める団体が増加している。さらに、内外の地方公共団体間の国境を越えた連携が進められている。

(iii) 事業者の動き

 事業者においては、従来の大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会システムに対する問題意識や事業活動に際しての環境への負荷の低減の必要性の認識が深まるとともに、経済団体や各企業による地球環境保全のための憲章や自主的な環境に関する行動計画の策定、環境保全のための体制の整備、自主的な環境監査の実施、技術移転への取組等自主的積極的行動が進展している。

(iv) 国民の動き

 国民においては、自らの生活に起因する環境への負荷に対する問題意識や、大量消費・大量廃棄型の生活様式の改善の必要性の認識が深まっている。さらに、リサイクル運動、ナショナルトラスト運動、緑化活動、身近な水域の保全活動等が広まるとともに、国際的な活動も進展している。

第3節 環境基本計画策定の意義

 以上のような環境問題の動向と特質に適切に対応するためには、各主体の意識の高まりと行動の広がりを踏まえつつ、国の環境政策はもとより、地方公共団体、事業者、国民に期待される取組をも含めて、環境の保全に関する取組を総合的かつ計画的に推進する必要がある。

 この環境基本計画は、社会の構成員であるすべての主体が共通の認識の下に、それぞれ協力して環境の保全に取り組んでいくため、21世紀半ばを展望して、環境基本法の理念を受けた環境政策の基本的考え方と長期的な目標を示すとともに、21世紀初頭までの施策の方向を明らかにするものである。