環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成26年版 図で見る環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第1章>第2節 自然の仕組みを基礎とする真に豊かな社会を目指して

第2節 自然の仕組みを基礎とする真に豊かな社会を目指して

 現在、地球上には3,000万種とも推定される生物が存在し、私達は生物の多様性がもたらす恵みを享受することにより生存しています。生物多様性が人類の生存基盤であることを認識した上で、自然のことわりに沿った自然と人とのバランスのとれた健全な関わりを社会の隅々に広げ、将来にわたり自然の恵みを得られるよう、自然の仕組みを基礎とする真に豊かな社会を実現することは、持続可能な社会の形成に必要不可欠といえます。

 本節では、我が国における自然環境の現状や自然共生社会の実現に向けた取組を紹介するとともに、生態系の様々さまざまな機能に着目しながら、生物多様性保全の維持・向上に寄与している国内外の取組について紹介します。

1 自然環境の現状と愛知目標の進捗状況

 平成22年10月に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(以下「COP10」という。)において、新たな世界目標として採択された「戦略計画2011-2020」(愛知目標)では、長期目標として、2050年(平成62年)までに「自然と共生する社会」を実現することを掲げています。これを踏まえ、平成24年9月に閣議決定した「生物多様性国家戦略2012-2020」では「豊かな自然共生社会の実現に向けたロードマップ」を副題としています。

 自然共生社会を実現するためには、食料や水、気候の安定など、多様な生物がかかわりあう生態系から得ることのできる恵み(生態系サービス)を将来にわたり受け続けることができるように、自然を守り、賢く利用していかなければなりません。

 ここでは、我が国における自然環境の現状と愛知目標の達成に向けた取組の進捗状況について紹介します。

(1)自然環境の現状

 我が国の既知の生物種数は約9万種、まだ知られていないものも含めると30万種を超えると推定されており、約38万km2の国土面積(陸域)の中に豊かな生物相が見られます。固有種の比率が高いことも特徴です。例えば、陸棲哺乳類、維管束植物の約4割、爬虫類の約6割、両生類の約8割が固有種です。先進国で唯一野生のサルが生息していることをはじめ、クマ類やニホンジカなど数多くの中・大型野生動物が生息する豊かな自然環境を有しています。こうしたことから我が国は、世界的にも生物多様性の保全上重要な地域として認識されています。

 国土の約3分の2を占める森林のうち、自然林は国土の17.9%で、自然草原を加えた自然植生は19.0%となっており、主として人間活動の影響を受けにくい地域に分布しています。自然の遷移が進みやすい環境である我が国では、明るい環境を好む多くの植物や昆虫類が生育・生息していくためには、人が手を入れることなどによって湿原、二次草原を含む草原、氾濫原、二次林などの明るい状態が保たれていることが重要です。こうした二次的な自然環境は、我が国の気候や地史、自然と共生した生活によって残されてきたものといえますが、現在では広い範囲で失われてきています。

 また、世界第6位の広さの排他的経済水域(EEZ)などを含む我が国の海洋は、黒潮、親潮、対馬暖流などの多くの寒暖流が流れるとともに、列島が南北に長く広がり、多様な環境が形成されています。

(2)我が国における愛知目標の進捗状況

 愛知目標は生物多様性条約全体の取組を進めるための柔軟な枠組みとして位置付けられており、締約国は、各国の生物多様性の状況やニーズ、優先度等に応じて国別目標を設定し、各国の生物多様性戦略の中に組み込んでいくことが求められています。そのため、「生物多様性国家戦略2012-2020」においては、愛知目標の20の個別目標の達成に向けて、5つの戦略目標の下に13の国別目標を設定しています。

 愛知目標については、2014年(平成26年)10月に開催される生物多様性条約第12回締約国会議(COP12)において、その達成状況に関する中間評価が実施されることを踏まえ、生物多様性国家戦略2012-2020の進捗状況の点検作業の一環として、これらの国別目標の進捗状況の点検を実施しました(生物多様性国家戦略2012-2020の点検については第2部第2章第1節を参照)。

 「生物多様性の社会における主流化」に係る国別目標A-1については、関係府省における取組に加え、有識者や経済界、非営利組織(以下「NPO」という。)・非政府組織(以下「NGO」という。)、自治体、政府などの多様な主体の参画を得て平成23年9月に設立された「国連生物多様性の10年日本委員会」(UNDB-J)をはじめとする各種団体において生物多様性の普及啓発等の取組が進んでいることが分かりました。特に、経済界においては平成22年に自発的なプログラムとして「生物多様性民間参画パートナーシップ」が設立され、参加事業者等の間で情報共有等が行われています。その結果、経営理念・方針や環境方針などに生物多様性の概念が盛り込まれている参加事業者の割合は平成22年の50%から平成24年には85%に上昇するなど、事業者の意識・取組の向上が見られます。また、事業者による取組が消費者から認識され評価されるための仕組みとして、民間主導の認証制度があります。単に「生物多様性」という言葉の認知度を高めるだけでなく、生物多様性の保全と持続可能な利用の重要性が社会の常識となり、それを各主体が意思決定や行動に自主的に結びつけていくためには、このような社会経済的な仕組みの拡大とともに、生物多様性や生態系サービスの価値を可視化するための定量化等の取組をさらに進めていく必要があります。

 また、国別目標C-1においては「陸域及び内陸水域の17%、沿岸域及び海域の10%を適切に保全・管理する」ことを掲げていますが、点検の結果、平成25年9月末時点で、陸域及び内陸水域の約20.3%、沿岸域及び海域の約8.3%が法令等により生物多様性の保全及び生態系サービスの持続可能な利用を目的とした保護地域として指定されていることが明らかになりました。引き続き、これらの地域の適切な保全・管理の取組を進めていくとともに、特に沿岸域及び海域において保護地域の新規指定や拡充に向けた取組を進めていく必要があります。

 国別目標D-1においては「生物多様性及び生態系サービスから得られる恩恵を強化する」ことを掲げていますが、生物多様性及び生態系サービスと人間の福利の向上を図る取組であるSATOYAMAイニシアティブが国内外で推進されているほか、持続可能な森林経営や農業振興、里海づくりなどが全国で進められていることが明らかになりました。また、東日本大震災からの復興に向けた「グリーン復興プロジェクト」や生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)の仕組みの活用など、さまざまな形で生物多様性及び生態系サービスから得られる恩恵の強化が図られていることが分かりました。

 しかし、国別目標B-5に掲げる「気候変動に脆弱な生態系の健全性と機能の維持に向けた人為的圧力の最小化に向けた取組」のように、現時点では取組が十分に進展していない国別目標も見受けられることから、愛知目標の達成に向けて、引き続き、我が国における国別目標の達成を目指した取組を進め、自然共生社会の構築を目指していきます。

2 地球規模の取組

 近年、生物多様性に関連する国際会議では、気候変動や持続可能な開発など他の環境問題や経済社会との関係を議題として取り上げることが多くなっています。湿地や森林など生態系の有する防災・減災機能や、ツーリズムの経済的利益、科学研究における保護地域の役割など、生物多様性が人類の生存基盤であることを認識した上で、生物多様性と生態系サービスが持続可能な社会の形成にいかに寄与するか、世界的に注目されています。また、我が国が古くから培ってきた自然との共生のあり方や知恵・文化の価値を再評価し、国際社会に情報発信することも求められています。

(1)保護地域の新たな役割

 保護地域は、生物多様性、景観などを開発・乱獲などの人間活動から保護することを目的として、法律等に基づき設定されています。そのため、保護地域については、途上国を中心として、主な役割である自然保護をいかに実現するか、強化していくかが主要な論点となっていました。しかし近年、保護地域の持つもつ防災・減災機能などの生態系サービスが世界的に注目され、持続可能な利用や自然共生社会の実現の観点からの保護地域の役割が見直され始めています。

ア 第1回アジア国立公園会議

 平成25年11月13日から17日にかけて、「第1回アジア国立公園会議」が、仙台市で開催されました。会議は、アジア地域における保護地域関係者が一堂に会する初めての機会として環境省と国際自然保護連合(IUCN)が主催したもので、アジアを中心に世界40の国及び地域から約800名の参加がありました。会議のテーマである「国立公園がつなぐ」は、アジアの保護地域は人々の生活や文化とのつながりが深いことや、三陸復興国立公園が人と人をつなぐことにより復興に寄与することを目指していることなどを踏まえて設定されたものです。

 会議では、[1]自然災害と保護地域、[2]保護地域における観光・環境教育、[3]文化・伝統と保護地域、[4]保護地域の協働管理、[5]保護地域に関する国際連携、[6]生物多様性と保護地域、の6つのサブテーマが設定され、サブテーマに沿って、アジアの先進的な取組事例を中心に、300を超える発表が行われました。また、会議の参加者は、三陸復興国立公園を視察し、自然災害からの復興に貢献するという保護地域の役割について確認しました。

 成果文書としては、アジアにおける保護地域の基本理念ともいえる「アジア保護地域憲章(仙台憲章)」を参加者の合意により取りまとめられました。

 会議の最終日には、会議の成果を2014年(平成26年)11月開催予定の第6回世界国立公園会議の主催者であるIUCNとオーストラリア政府に受け渡す式典が行われました。

アジア保護地域憲章の概要

イ 第6回世界国立公園会議

 世界国立公園会議は、世界の保護地域の関係者が集まる機会として、IUCNが中心となって1962年(昭和37年)からおおむね10年おきに開催している会議です。会議では、国立公園をはじめとする保護地域に関する最新の知見が共有され、その後10年間の保護地域の取組の方向性が提案されます。

 2014年(平成26年)11月にシドニー(オーストラリア)で開催される第6回会議では、自然環境の保全や地域関係者との連携に加えて、気候変動、食料や水の供給、健康、健全な経済発展などのさまざまな地球規模の課題に対して保護地域を活用した解決策を見いだすことが目指されています。我が国は「復興や減災に対する保護地域の役割」というテーマについて議論を主導し、自然がもつ防災機能を維持するために保護地域を活用している事例の収集を行い、提言を取りまとめる予定です。また、第6回世界国立公園会議における議論を踏まえ、平成27年3月に仙台市で開催される国連防災世界会議の場などを活用し、生態系のもつ防災・減災機能について、情報発信を行います。

(2)ラムサール条約における湿地の「ワイズユース」

 ラムサール条約は湿地の保全を目的とした条約です。湿地環境は水鳥や魚類などさまざまな動植物の生息地として非常に重要であるとともに、私達が生きていくのに欠かせない飲料水や食料の供給機能、保水・遊水機能といったさまざまな恵みをもたらしてくれる大切な環境です。そのため、ラムサール条約では、湿地を保全するために湿地からもたらされる恵みを賢明に(持続可能な形で)利用していく「ワイズユース」という考え方が重要な柱に据えられています。我が国でもこの「ワイズユース」の考え方を踏まえ、さまざまな取組が行われています。平成25年度には、沿岸漁業の営みによる干潟の生物多様性の向上に注目したワイズユース基本計画の策定、2月2日の「世界湿地の日」に水田をテーマにしたシンポジウムの開催、平成25年に本条約の下に誕生したラムサール文化ネットワークへの参加、東南アジアの湿地の保全のための適正な管理等への貢献などに取り組みました。

環境保全型の水田稲作(渡良瀬遊水池周辺のふゆみずたんぼ)

(3)SATOYAMAイニシアティブの推進

 我が国では、農耕などを通じ、人間が自然環境に長年かかわることによって里地里山が形成・維持されていますが、こうした里地里山と類似の二次的自然地域は世界中に存在します。しかし近年、人口増加や過疎化、都市化、貧困、あるいは伝統的知識や管理システムの消失などさまざまな要因により、多くの二次的自然地域が危機に瀕しています。生物多様性保全と人間の福利向上のためには、地域の特異性に配慮しながら二次的自然地域における人間と自然の健全な関係の維持・再構築を進めていくことが必要です。このため我が国は、里地里山を例として、我が国の自然観や社会・行政のシステムに根づく自然共生の智慧と伝統を活かしつつ、現代の科学や技術を統合した自然共生社会づくりを世界に発信するため、「SATOYAMAイニシアティブ」の考え方を国連大学と共同で提唱してきました。

 2010年(平成22年)10月のCOP10では、世界中から政府、NGO、コミュニティ団体、学術研究機関、国際機関等多岐にわたる51団体が集い、SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)が創設されました。平成26年3月現在、IPSIの会員は16か国の政府機関を含む158団体となり、SATOYAMAイニシアティブの活動を国際的に推進しています。

 平成25年9月に福井県福井市において、「SATOYAMA イニシアティブ国際パートナーシップ第四回定例会合」が開催され、会合テーマである「生物多様性の保全と人間の豊かな暮らしの実現に向けたIPSI戦略」を実施するためのIPSI行動計画が承認されました。また、会合にあわせて、SATOYAMAイニシアティブの国内推進組織である「SATOYAMAイニシアティブ推進ネットワーク」が設立されました。(SATOYAMAイニシアティブ推進ネットワークについては3(3)イ参照)

3 国内における取組

 人と自然が共生した社会を実現していくためには、将来にわたり自然の恵みを得られるよう、国土全体にわたって自然環境の質を向上させていくことが必要です。我が国は豊かな自然環境に恵まれており、古くから人々の暮らしの中に自然の恵みを取り入れ、その恵みを絶やさないように手入れをしたり、利用を制限したりしながら自然と共生してきました。人々のライフスタイルが変化する中で、地域固有の自然やそれがもたらす恵みが地域社会に果たす役割も変化しています。

 本項では、地域の人々と協力して自然の魅力や恵みを活用した地域づくりに取り組んでいる事例や、自然との良好な関係を取り戻し自然と上手に付きあうための取組について紹介します。

(1)国立公園の魅力向上

ア 地域に守られる国立公園の自然風景

 日本は、亜熱帯から冷温帯まで広がる南北に細長い島しょであり、また起伏に富んだ多様な地形・地質等を有していることから、豊かな生物相、海岸地形や山岳地形まで広がる変化に富んだ風景地が形成されています。このような優れた風景地や豊かな生態系の多様性を保護し、かつその利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資することを目的として、国立公園が指定されています。

 日本では、昭和9年3月に初の国立公園として、瀬戸内海、雲仙、霧島の3国立公園が誕生し、同年11月には、阿寒、大雪山、日光、中部山岳、阿蘇の5国立公園が指定されました。平成26年はこれらの国立公園が指定されて80周年を迎えます。また、本年3月には釧路湿原国立公園以来の27年ぶりに慶良間諸島国立公園が31番目の国立公園として新規指定されました。日本の国立公園の特徴は、その土地の大部分を国立公園担当部局が所有する米国、カナダとは異なり、土地の所有形態に関係なく指定されることです。このため国立公園の区域の中には、民有地も多く含まれており、集落や住宅地等の居住地、農林業や水産業等の産業が行われているところもあります。日本の国立公園は、80年も前から地域の人々の暮らしや産業との調和を図りながら、互いに連携し、地域に愛される宝として、現在にいたるまで優れた自然環境を継承してきました。我が国が世界に誇る風景地として豊かな自然を保全するとともに、地域のくらしの維持や農林水産業等の活性化とも調和する形で、さまざまな主体が協働し国立公園の魅力をより一層向上する取組が進められています。

国立公園に指定された変化に富んだ日本の風景地(左:慶良間諸島国立公園、中:西表石垣国立公園、右:大雪山国立公園)

イ 国立公園の観光振興・地域づくりへの貢献

 国立公園は現在日本の国土面積の約5.6%を占め、普段のくらしの中では出会えない自然や風景を誰もが楽しめる場所として、年間約3億人を超える人々が訪れています。自然環境とふれあい、自然の大切さについて理解を深める場所として、自然を紹介・解説するビジターセンター、歩道、山小屋、キャンプ場、休憩所等の施設整備が進められてきました。国立公園におけるより質の高い利用を提供するため、これまでの登山・ハイキング・風景鑑賞だけでなく、自然に実際にふれ・学び・体験するエコツーリズム等も推進しています。国立公園はこのように、豊かな自然環境を保全すると同時に、その自然資源を持続的に活用する場となっており、地域における観光施策、地域づくり、地域社会の活性化へと資するものです。この機能をさらに効果的なものとするためにも、国立公園と地域における人々とが共通した目標をもち、連携しつつそれぞれの特徴を活かした取組を協働で進めることが重要です。特に、国内33地域となった日本ジオパークのうち21地域が国立公園と重複しており、利用者に地形・地質を含む自然資源にふれて楽しんでもらうという共通理念の下、両者協働による取組が進められています。


 一方で、国立公園の利用者数は、平成3年をピークに減少傾向にあります。平成25年の世論調査によると、国立公園に「行きたい」「どちらかといえば行きたい」を選んだ国民は、全体の85.4%を占めます。その回答者に国立公園に行く理由を尋ねたところ(複数回答可)、「風景を楽しむ」が最も多く86.0%、「温泉に入ってくつろぐ」が63.8%、「お寺や神社などを見物する」が45.7%、「地域の食材を使った食事を楽しむ」が44.9%となり、「登山やハイキング等を楽しむ」、「動植物を観察する」を上回る結果となりました。国民が、文化、食、やすらぎ等地域の自然の恵みを求めていることがわかります。これらの自然の恵みを最大限に活かすことは、国立公園の利用を通じて地域経済に貢献し、さらには地域の文化や産業を活性化することにもつながっているのです。

 さらに、海外へ目を向けてみると、訪日外国人旅行者を対象にした質問では、「訪日旅行中にしたこと」及び「次回の訪日旅行中に実施したいこと」の両者の第4位として「自然・景勝地観光」が入りました(平成25年観光庁 訪日外国人消費動向調査)。また、訪日外国人向けの主要なガイドブックを分析したところ、「National Park」が観光ポイントの一つとして詳しく紹介されていることが分かっています。

 このようなことから、「National Park」のブランドは、外国人にとって日本を訪れるきっかけになり得るほど魅力あるものであり、観光立国を目指す日本にとって、「国立公園」が重要な国際観光資源となっていることがわかります。標識やビジターセンターの多言語化や外国人向け利用プログラムの開発等、今後、これらの訪日外国人の受入れ体制の強化を図り、観光面から我が国の経済活動に貢献すること、そこを訪れた訪日外国人に豊かな日本の自然と人との共生によって形づくられた日本独特の風土等にふれ、理解を深めてもらうことは、国立公園が果たすべき重要な役割の一つといえます。

普賢岳登山道の総合案内板

工夫を凝らした標識(「風穴」の解説標識。標識下に手をかざすと風を感じられる)

雲仙の地熱をコタツで感じるイベント

(2)世界自然遺産における地域社会との協働による保全管理

 我が国では、世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約に基づき、屋久島、白神山地、知床及び小笠原諸島の4地域が自然遺産として世界遺産一覧表に記載されています。世界遺産は、「顕著で普遍的な価値」、すなわち世界で唯一無二の価値を有するとして認められた重要な地域等であり、その価値を将来にわたって維持するため、それぞれの地域に応じた適正な保全管理が求められます。

 これらの遺産地域では、関係省庁・地方公共団体・地元関係者からなる地域連絡会議を設置し、自然科学や社会科学の専門家による科学委員会(遺産地域毎に設置)からの助言を踏まえて、それぞれの遺産地域の管理についての合意形成や連絡調整を行っています。このように、行政と地域、学識者等が連携し一体となることで、遺産地域における観光利用や豊かな自然資源を活用した産業と自然環境保全との両立など、地域ごとに異なる課題への対応が進められています。

(3)里地、里山

ア 里地里山保全活用の促進に向けた取組

 里地里山は、集落を取り巻く農地、ため池、二次林と人工林、草原などで構成される地域であり、相対的に自然性の高い奥山自然地域と人間活動が集中する都市地域との中間に位置しています。里地里山の環境は、農業、林業などの人間の活動が、地域で培われてきた知識や技術を生かしながら風土に根ざした形で繰り返し持続的かつ安定的に行われてきた結果として形成され、維持されてきたものです。

 このような里地里山は、かつては主に、農林業生産や生活の場として認識されてきましたが、今日では、これらに加え、絶滅のおそれのある野生動植物など生物多様性の保全、バイオマス資源、伝統的景観や生活文化の維持、環境教育や自然体験の場、地球温暖化の防止等、多様な意義や機能が注目されるようになっている重要な地域です。

里地里山がもたらす恵み

 しかしながら、昭和30年代以降の燃料革命や営農形態の変化等に伴う森林や農地の利用の低下に加え、人口の減少や高齢化の進行により里地里山における人間活動が減少し、里地里山の生物多様性は劣化の進行が懸念されています。また、狩猟者の減少・高齢化にともなう狩猟圧の不足などによる人と野生鳥獣との軋轢の増大、耕作放棄地や手入れが十分に行き届かない森林による景観・国土保全機能の低下などの懸念が高まっています。

 こうした背景を踏まえ、環境省では里山管理の担い手として都市住民などのボランティア活動への参加を促進しています。具体的には、ホームページなどにより活動場所や専門家の紹介などを行うとともに、研修会などを開催し里地里山の保全・活用に向けた活動の継続・促進のための助言などの支援を実施しています。これに加え、地域や活動団体の参考となる特徴的な取組事例の情報発信や、多様な主体が里地里山を共有資源として利用・管理する枠組みの構築に向けた自治体向けの手引書の策定なども行っています。

イ 多様な主体がつながるプラットホームの構築(SATOYAMAイニシアティブ推進ネットワーク)

 平成25年9月、SATOYAMAイニシアティブの理念に賛同する多様な主体の連携を促進するための国内組織として「SATOYAMAイニシアティブ推進ネットワーク」が、企業、NGOなど民間団体、研究機関、行政機関等国内101団体の参加の下、発足しました。

 本ネットワークでは、国内における多様な主体がその垣根を越え、さまざまな交流、連携、情報交換等を図るためのプラットホームの構築を通じて、生物多様性の保全はもとより、元気な里地里山などを創出する生業づくりや地域資源を活用した地域振興を推進し、里地里山などにおける生物多様性の保全や利用の取組を国民的取組へと展開していくことを目的としています。

 本ネットワークの実効的な運用により、国内における意識醸成、取組の裾野拡大や質の向上が期待されます。

(4)鳥獣被害対策と希少種・外来種対策

ア 一次産業の発展や自然との共生に不可欠な鳥獣被害対策

 近年、一部の野生鳥獣が急速に個体数を増加させ、また、人里周辺や高山帯等へと生息域を拡大させています。その結果、これらの鳥獣が全国各地で農林水産業や生活環境、自然環境に深刻な被害を与え、地域の社会経済に大きな影響を及ぼしています。

 ニホンジカやイノシシ、カワウ等による農林水産業への被害は極めて大きく、例えば農作物被害は年間200億円前後で推移しています。被害を受けた農家が営農意欲を失う等の被害も深刻な状況です。また、優れた自然環境を有する国立公園の3分の2の地域において、ニホンジカが地表植物や樹木の皮を食べることにより、高山の希少植物が消失したり、森林の衰退を招いたりする生態系被害が確認されています。さらには、人里や街中に現れた鳥獣が住民へ危害を加えたり、列車や自動車への衝突事故を起こす等、国民生活に与える被害も大きくなっています。

樹皮剥ぎによる森林衰退

 このような鳥獣被害への対策として、農作物等を守るための防護柵の設置、人里への出没を抑制するための耕作地周辺の藪の刈り払い、鳥獣の個体数や生息密度を一定水準まで抑制するための捕獲等、各地でさまざまな取組が実施されていますが、被害の大幅な減少には至っていない状況であり、今後もさらなる対策の推進・拡充が求められています。

 特に今後も個体数や生息域が拡大していくと考えられているニホンジカ等の鳥獣に対しては、捕獲対策を一層強化していくことが重要ですが、捕獲の担い手である狩猟者は減少と高齢化が著しく、将来の担い手の確保及び育成が大きな課題となっています。

全国における狩猟免許所持者数(年齢別)の推移

 このため、餌付けにより誘引された複数個体を囲いわなにより一斉に捕獲するなどの効率的な捕獲手法の開発・実証や、被害農家を含めた地域ぐるみでの捕獲を推進するための体制づくりを進めています。さらに、若い世代への狩猟免許の取得促進や狩猟がもつ社会的意義の啓発を目的としたフォーラムも開催しています。

狩猟の魅力まるわかりフォーラム(わな実演)

 鳥獣被害対策を効果的に進めるため、平成25年12月に農林水産省が共同で「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」を取りまとめ、ニホンジカとイノシシの個体数を平成35年度までに半減させることを目指すこととして、捕獲の強化を図ることとしました。また、ニホンジカ等の積極的な管理を推進するため、鳥獣の保護及び狩猟の適正化につき講ずべき措置に関する中央環境審議会の答申(平成26年1月)を踏まえ、都道府県等により集中的かつ広域的に管理を図る必要がある鳥獣の捕獲等をする事業の創設や、捕獲等をする事業の認定制度の導入等を盛り込んだ鳥獣保護法の一部を改正する法律案を第186回国会に提出しました。

イ 外来種対策の実施による効果と絶滅危惧種の保全

 侵略的な外来種による被害は、在来種の捕食等の生態系に対するものに留まらず、人の生命や身体への被害、食害等による農林水産物への被害、文化財の汚損など多岐に渡ります。外来種対策の実施は、これらの様々な影響の防止に貢献するものです。例えば、ハブや農作物を荒らすネズミを駆除する目的で沖縄島と奄美大島に導入されたマングースは、年々生息地を拡大して希少な野生生物を捕食し、それらの生物の存続に大きな脅威となっています。現在、沖縄島北部及び奄美大島では平成34年度を目標に防除地域でのマングース根絶に向けた駆除を推進しています。その結果、これまで希少鳥類などの個体数が回復している傾向が確認されています。平成24年度に仮想評価法を用いてマングース駆除に対する国民全体の年間の支払意志額を算出したところ、両地域ともに1,319億円となりました。これは実際にマングース防除に要した平成25年度予算の約700倍から1,300倍に当たるものでした。