第2節 温室効果ガスの中長期的な大幅削減に向けて

1 低炭素社会づくりについての検討状況

 気候変動枠組条約の究極的な目的である「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させる」ためには、排出される二酸化炭素の量と吸収される二酸化炭素の量とが均衡するようにしなければなりません。

 現在の世界の二酸化炭素排出量は、自然界の吸収量の2倍を超えています。一方、大気中の二酸化炭素濃度は高まる一方であることを考えれば、まず、世界全体の二酸化炭素排出量を現状に比して2050年までに半減することが目標になると、クールアース50では提案しています。そしてその達成のためには、「低炭素社会」を構築していくことと「革新的技術開発」が必要です。


二酸化炭素排出量と吸収量

 平成19年6月に閣議決定された「21世紀環境立国戦略」には、地球温暖化等の地球環境の危機を克服する「持続可能な社会」を目指すために、「低炭素社会」、「循環型社会」及び「自然共生社会」を統合的に進めていく必要があることが述べられています。

 さらに、中央環境審議会地球環境部会では、「低炭素社会づくり」の実現に向けた論点を整理し、「低炭素社会づくりに向けて」を公表しました。

2 低炭素社会の基本的理念

 「低炭素社会づくり」では、基本的理念として、以下の3点を挙げました。


(1)カーボン・ミニマムの実現

 産業、行政、国民などが、選択や意思決定の際に、二酸化炭素の排出を最小化(カーボン・ミニマム)する配慮が徹底される社会システムの形成が鍵となります。


(2)豊かさを実感できる簡素な暮らしの実現

 これまでの先進国を中心に形成された大量消費に生活の豊かさを求める画一的な社会から脱却していくことが必要です。また、生産者も消費者の志向に合わせて、自らを変革していくことが必要です。


(3)自然との共生の実現

 二酸化炭素の吸収源の確保、今後避けられない地球温暖化への適応にも資する豊かで多様な自然の保全・再生、自然調和型技術の利用の促進、自然とのふれあいの場や機会の確保等を図ることが重要です。

3 低炭素社会と循環型社会、自然共生社会との関係について

 低炭素社会を構築し、温室効果ガス排出量の大幅削減を達成することが「持続可能な開発」を実現する上で、現下の国際社会が直面する待ったなしの課題であることは、第1章で述べたとおりです。

 ただし、持続可能な開発は、低炭素社会のみならず、3Rを通じた資源管理を実現する循環型社会、自然の恵みを享受し継承する自然共生社会をも同時に実現するものでなくてはなりません。


(1)低炭素社会と循環型社会

 循環型社会の形成に向けた施策も、3Rを通じて、地球温暖化対策に貢献するものです。循環型社会形成推進基本法(平成12年法律第110号)に基づき、平成20年3月に見直された循環型社会形成推進基本計画においては、まず、できる限り廃棄物の排出を抑制(Reduce:リデュース)し、次に、廃棄物となったものについては再使用(Reuse:リユース)、再生利用(Recycle:リサイクル)の順にできる限り循環的な利用を行い、なお残る廃棄物等については、廃棄物発電の導入等による熱回収を徹底し、温室効果ガスの削減に貢献することとしています。


(2)低炭素社会と自然共生社会

 地球温暖化が進行すると、生物多様性の損失が進み、自然共生社会の実現が難しくなります。また、森林や湿原等の消失・劣化等により、これらの生態系に保持されていた炭素が放出され、地球温暖化の進行につながります。多くの炭素を貯蔵している森林、湿原、草原等の保全・再生のほか、地域における木材等の再生可能な生物資源や里山の管理等により生じるバイオマス、太陽光等の自然の恵みを、直接活用したり、エネルギーとして利用することは、低炭素社会と自然共生社会の双方の構築に資する施策として積極的に位置付けてその展開を図っていくことができます。


地元の木を使って「ウッドマイレージ」を減らそう!


 京都府立北桑田高等学校では、地元木材の地産地消で木材の輸送距離を短縮し、二酸化炭素を削減する取組として、地元材を使ったログハウスや家具の製作・提供をしています。この取組は、京都北山地域の林業技術の活用と、地球温暖化対策とを、見事に両立させた取組として高く評価され、環境省の『ストップ温暖化「一村一品」大作戦』でグランプリに選ばれました。


北桑田高等学校によるログハウス(バス停)の受注制作(写真提供:全国地球温暖化防止活動推進センター).



4 地域特性等に応じた施策の推進

 低炭素社会への転換を目指す地域特性に応じた施策のうち、二酸化炭素排出量の削減効果が高い交通に関する施策及び緑地や風力、太陽光等の自然の恵みの活用に関する施策について、具体的な事例に則してみていきます。


日本一暑いまち


 平成19年8月16日、岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で40.9℃の国内最高気温を観測しました。

 熱中症予防のため、多治見市は、気温、湿度等の指標が一定値を超えた場合に、看板等での注意を平成18年から実施しています。また、「楽しみながら地球温暖化防止に触れる」をテーマに「あっちっちサミット」を平成15年度から開催しています。

 一方、熊谷市は、熱中症発生危険度を事前に予報する「熱中症等予防情報発信事業」に、(財)日本気象協会と共同で取り組むこととしています。そのほか、逆に「あついぞ!熊谷」のキャッチフレーズを用いた住民・企業活動を募集してまちおこしを進めるなど、様々な取組を実施しています。



(1)交通に関する施策

 運輸部門からの二酸化炭素排出量のなかでも、自動車からの排出量は同部門全体の約9割を占めています。今後、自動車単体の燃費向上やクリーンエネルギーの導入はもちろん、自動車への依存についても見直し、公共交通機関が利用されることが期待されています。そのため、コンパクトな都市形成や地域の交通体系を持続可能なものにしていくための施策等を講じていく必要があります。


 ア EST(環境的に持続可能な交通)の考え方

 持続可能な交通体系への転換に向けた取組として、現在、進められているものにEST(Environ-mentally Sustainable Transport)があります。ESTは、環境的に持続可能な交通のことで、長期的な視点でビジョンを定め、その実現を目指して、交通・環境政策を策定、実施しようとするものです。1990年代中頃からOECDにおいて検討が開始され、欧州諸国で積極的に取り入れられているものです。

 ESTを実現するためには、交通流対策、公共交通機関の整備等のハード対策や自動車単体の燃費向上、化石燃料依存度を減らす等の技術対策とともに、人々の意識変革に基づく環境負荷の少ない交通行動への転換を図るソフト対策について多様な取組が必要です。そして、行政、企業、市民の間で長期的なビジョンについて合意を形成し、その実現のための戦略・政策を策定し、着実に、かつ、大胆に実施していくことが必要であるとされています。


自動車と人の振動で発電


 振動のエネルギーから発電する技術として、自動車の振動による高速道路の橋のライトアップや、駅を歩く人の振動による発電の実験が行われています。


自動車の振動による発電でライトアップさせた高速道路の橋(写真提供:首都高速道路株式会社)



 イ 愛知県豊田市の取組事例

 愛知県豊田市が実施するESTモデル事業では、TDM施策(交通需要マネジメント)の推進、ITS(高度道路交通システム)技術の活用などにより、平成17年度には、旧豊田市内の一日平均公共交通利用者数を約18%増加させ、二酸化炭素排出量を1年間で6万トン(二酸化炭素換算)削減する効果を得ています。


(2)自然の恵みなどの利用に関する施策

 低炭素社会への転換に当たっては、太陽光、風力等の再生可能エネルギーや、緑地の増加、水辺の回復などの自然をいかした取組の活用、そして、これらの低炭素なエネルギーや取組を活用できるインフラ整備を適切に組み合わせ、地域特性に応じ拡大していくことが重要です。


 ア 緑地等をいかしたヒートアイランド対策

 平成19年度にスタートした「クールシティ中枢街区パイロット事業」として、東京の大丸有地域(大手町、丸の内及び有楽町)の商業ビルの屋上で行われている取組では、屋上緑化が行われた部分の温度は、行っていないコンクリート面と比べ25℃以上も低くなることがあることが分かりました。


熱画像測定期間中の大丸有地域内商業ビル屋上の表面温度の変化


 イ 太陽光等を活用したまちづくり

 長野県飯田市では、環境省のメガワットソーラー共同利用モデル事業を活用し、市民による共同出資で、公民館等の屋根に太陽光発電システムを設けたり、ペレットストーブを保育園等に多数設置するなど、自然エネルギーを活用しています。


保育園で太陽光発電(写真提供:飯田市)


 ウ 風力等を活用したまちづくり

 岩手県葛巻町では、風力発電などの新エネルギーの導入に積極的に取り組み、一般家庭約16,000軒分の電力を生み出し、年間約34,000トンの二酸化炭素削減効果を得ています。


葛巻町の風力発電施設(写真提供:葛巻町)


5 低炭素化に向けた技術の開発と普及

(1)革新的技術の開発と普及

 世界全体の温室効果ガス排出量を2050年までに半減するには、既存技術の向上・普及と、革新的な技術の研究開発が不可欠です。こうしたなか、「環境エネルギー技術革新計画」が、平成20年5月総合科学技術会議において決定されました。


(2)既存の高効率な技術の普及と開発

 地球温暖化を防止するためには、先進国が既に有している技術を開発途上国を始め世界に普及させることが必要です。また、これらの技術の移転をクリーン開発メカニズム(CDM)として行えば、達成された温室効果ガスの削減量を認証排出削減量(CER)として自国の排出削減量に加えたり、得られたCERを売買の対象とすることができ、温室効果ガス排出削減の有効な手段となります。

 我が国は、他の先進国と比べても豊富な高効率技術を保有しています。しかし、例えば、火力発電所の熱効率について、我が国は、最近では平成14年度と平成15年度に、最新鋭の天然ガス火力発電の導入が進んだイギリス・アイルランドに抜かれるといったことも見られます。我が国が環境立国であり続けるためには、常に最先端技術を追求し続ける必要があります。


火力発電端熱効率の国際比較


(3)発電及び産業に関する低炭素化に向けた技術の開発と普及

 我が国の二酸化炭素排出量に占める割合が大きいエネルギー転換部門及び産業部門に関する低炭素化に向けた技術の代表例として、平成20年3月に経済産業省により作成された「Cool Earth-エネルギー革新技術計画」で選定された技術のうち、先進的原子力発電等と既に実用化が進んでいる省エネ技術等を紹介します。


 ア 発電に関する技術の開発と普及

 (ア)先進的原子力発電技術

 発電過程で二酸化炭素を排出しない原子力発電は、現段階で基幹電源となり得る唯一のクリーンなエネルギー源であり地球温暖化対策で極めて重要な位置を占めます。今後も安全確保を大前提に、基幹電源として着実に推進する必要があります。このため、2050年に向け、次世代軽水炉、高速増殖炉サイクル技術、コンパクトな中小型炉の技術開発を行うこととしています。


中小型炉(350MWe-IMR)


高速増殖原型炉(もんじゅ)(写真提供:(独)日本原子力研究開発機構)


 (イ)CCSと組み合わせた高効率な石炭火力発電技術

 石炭は、他の化石燃料に比し、供給安定性が高く、経済性に優れていますが、燃焼過程における単位発熱量当たり二酸化炭素の排出量が大きいこと等、環境面での制約要因が多いため、石炭のクリーン化等を推進し、二酸化炭素の排出を抑制します。我が国の石炭火力発電技術は、幾多の技術開発により、発電効率を向上させてきましたが、更に発電効率を向上させた先進的超々臨界圧発電や石炭ガス化複合発電等の技術開発が進められています。また、これらに二酸化炭素回収・貯留(CCS)を組み合わせることで二酸化炭素の排出をほぼゼロにすることも期待できます。


二酸化炭素回収長期実証試験プラント全景(写真提供:三菱重工業(株))


 (ウ)高効率天然ガス火力発電技術

 天然ガスは、他の化石燃料に比べ相対的に環境負荷が少ないクリーンなエネルギーであることから、石油、石炭、原子力等の他のエネルギー源とのバランスに配慮しつつ、引き続きその導入及び利用拡大を推進することとしています。天然ガス火力コンバインドサイクル発電では、2種類のタービンを組み合わせて発電を行うため、熱効率がガスタービン単独、蒸気タービン単独よりも高い、50%を超える水準を達成しています。その効率を更に高める方策としては、ガスタービンの入口における温度を上げていく方法があります。現在、1,500℃の入口温度を1,700℃級にする次世代ガスタービンの開発が行われています。このガスタービンでは熱効率は56%となり、更なる高効率化が期待できます。


 イ 鉄鋼業における革新的製鉄プロセス及び省エネルギー技術

 (ア)革新的製鉄プロセス

 鉄鋼業は、これまでも技術開発を進めてきましたが、更に大幅な二酸化炭素削減を図るためには、長期的な視点で技術開発に取り組むことが必要です。このため、2030~50年の実用化を目指し、高炉ガスから効率よく二酸化炭素を分離するための新たな吸収液を開発するとともに、吸収液の再生に関する技術の開発や、コークス製造時に発生する副生ガスを活用して鉄鉱石を還元する技術の開発などを推進します。これらの組み合わせにより、二酸化炭素排出量の3割程度の削減を目指します。


 (イ)省エネルギー技術

 我が国の鉄鋼業は、世界最高レベルのエネルギー効率を誇っています。その理由として、生産技術、操業技術等に加えて、高炉炉頂圧回収発電装置(TRT)やコークス乾式消火設備(CDQ)といった排エネルギー回収設備の普及が大きく寄与しています。これらの技術を世界中に普及させることで、大きな二酸化炭素削減効果が期待できます。


鉄鋼部門の高効率技術利用による二酸化炭素削減可能量(2030年予測)


 ウ セメント産業における省エネルギー技術

 セメントの消費量は、急速な経済成長を続けるアジア、とりわけ中国で増加しており、今後もその傾向は続くと見込まれます。セメント産業における技術で、我が国が世界に貢献できるものとしては、堅型原料ローラーミルが挙げられます。堅型原料ローラーミルは、従来のチューブミルと比べ、生産能力は60~80%の向上、電力消費量も電力原単位で約30%の削減が可能となります。また、乾式キルンという、原料を焼成する前に燃焼排ガスを利用して乾燥・予熱する方式では、原料を乾燥・予熱しない湿式キルン方式より熱量を36~37%程度削減できます。


世界のセメント需要と地域別の構成比の推移


6 地球温暖化問題に関する懇談会の開催

 平成20年3月から有識者による地球温暖化問題に関する懇談会が開催され、低炭素社会への転換を目指し、生産の仕組み、ライフスタイル等を抜本的に見直す方策等についての検討を行っています。さらに、排出量取引制度、環境税などの排出削減を進めるための政策手法について検討を深めることとしています。


地球温暖化問題に関する懇談会(写真提供:内閣府)

 クールアース50により提案した世界全体の温室効果ガスの排出量を現状から2050年までに半減するという長期目標を達成するためには、先進国である我が国としては同年までに積極的に大幅な削減をしなければなりません。

 第2章でも見たように、世界では低炭素社会への転換をむしろ新たなビジネスチャンスとしてとらえ、積極的に対応しようとする動きが高まっており、地球温暖化問題に関する懇談会も設置の趣旨として地球温暖化の危機はむしろ世界全体が発展していくためのチャンスとして捉えるべきであるとの考えが示されています。

 これに関連して、我が国としても、環境・エネルギー分野の研究開発に今後5年間で300億ドル程度の資金を投入し、国際的にもイノベーションを促進する提案を行っております。



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