第3節 地球温暖化による生態系の変化と人類への影響

地球温暖化などによって生態系や生物多様性の状況が大きく変化することは、現在人類が享受している生態系サービスの質及び量の変化を意味するとともに、これまで被ることのなかった影響の発生や増大を示唆します。

1 農業・畜産業への影響

イネについては、出穂から成熟までの登熟期の日平均気温が27〜28℃を超えると、乳白米や背白米など、粒の成熟が不十分で乳白色化した米が増加します。また、二酸化炭素濃度の上昇はイネの収量を増加させますが、高温になるほどその効果は低下するとされ、将来の気候変動モデルと大気循環モデルを用いてイネの収量をシミュレーションした研究によれば、カナダで開発された大気循環モデルを用いた場合、南日本でイネの収量が40%近く減少するという試算結果もあります。さらに、害虫の発生量の増加、発生地域・時期の変化が地球温暖化により生じる可能性が指摘されています。全国の広い地域で米の品質の低下が予想されており、既に高知県では、従来60〜80%台に維持されてきた1等米の比率が30〜40%台にまで低下しています。
また、日本で生産量がもっとも多い果樹であるウンシュウミカンについては、地球温暖化の影響を評価した研究結果によれば、現在の主産地のほとんどは、2060年代には年平均気温が栽培適温より高温な地域になり、栽培適地からはずれます。
畜産業においても地球温暖化の被害は深刻です。例えば、気候モデルを活用した研究によれば、地球温暖化が進行した場合の夏季の暑さがブロイラーにもたらす影響は重大で、特に九州、四国、中国、近畿などの西日本において産肉量が大幅に低下する可能性が示されました。

現在、2020、2040、2060年代の鶏肉生産低下予測

地球温暖化の影響は緩やかな変化によるものもありますが、干ばつや熱波などの極端な気象現象の増加によって農業・畜産業の生産量低下が突発的に起こることの影響も重大であると考えられています。その変化と被害は、世界的に発生することが予想され、世界的な食料危機が生じるおそれもあります。食料を輸入に頼る我が国にとって、世界的な食料生産の減少は極めて影響が大きく、安全保障上も重要な問題です。

2 水産業への影響

地球温暖化は、海流の変化、海水温の上昇などを引き起こすと予想されており、こうした海洋環境の変化は、海の生物多様性にも重大な影響を与えるおそれがあります。特に、四方を海に囲まれ、食料の多くを海産物に依拠している我が国では、適切な対応が取られなければ、大きな影響が生じるおそれがあると考えられます。
サンマやマイワシ、マサバ、マアジなど、回遊性のある魚の漁場は今よりも北上すると指摘されています。例えば、サンマの分布及び漁場は季節的に移動し、9月には北海道東部の根室半島沖に漁場が形成されますが、水温上昇とともに北上し、その分布や漁期に変化が生じる可能性が指摘されています。主に沿岸域に生息するヒラメや養殖種のトラフグなども、生息可能な南限が北上したり、養殖適地が北上したりする可能性が指摘されています。

水温上昇によるサンマ漁場の変化予測

漁業へ悪影響を与える生物の北上や、二酸化炭素濃度の上昇による海水の酸性度の上昇がプランクトンなどに重大な影響をもたらす可能性が指摘されており、海洋の生物多様性に与える影響が危惧されています。

3 健康への影響

地球上には、生物を媒介することによって感染が拡大する感染症が多く存在します。
例えば、マラリアは、世界の人口の40%に当たる25億人が危険にさらされていると言われる蚊媒介感染症です。マラリアは現在日本では根絶されていますが、地球温暖化が進行することにより、日本も再びマラリアの汚染地域に入るリスクが高まる可能性があります。その他、デング熱、リフトバレー熱、西ナイル熱等の拡大が懸念されており、地球温暖化によって感染のリスクが高まることを認識し、社会全体として注意していく必要があります。

吸血中のネッタイシマカ 写真提供:長崎大学熱帯医学研究所 川田均


4 文化への影響

生態系の変化がもたらす財やサービスの量・質の変化は、物質的なものだけではなく、社会・文化的な面でも影響をもたらします。
例えば、結氷した湖面が山脈のように盛り上がる長野県諏訪湖の「御神渡り(おみわたり)」は、八剱神社(諏訪市)の宮司・氏子総代らによりそれを認定する拝観式が行われ、湖面の割れ目の状態を見て、その年の天候や農作物の出来、世の中の吉凶までも占います。近年、冬季の高温の影響で御神渡りが見られない年が多くなっています。

諏訪湖の御神渡り

また、日本に春の訪れを告げるサクラの開花時期に影響を与えるものの一つとして地球温暖化が指摘されています。開花時期の早期化のほか、近年では気温が上昇しても開花が早まらない地点が九州地方で見られ、冬季の高温が開花日を狂わせているという研究者の指摘もあります。気温の上昇により、サクラが春の気温と関係なく開花するようになれば、開花によって季節を感じることが難しくなったり、地域の催しの開催に影響を与えたりするおそれがあります。梅、桃、アジサイ、椿、ボタンなど、花芽の形成に温度変化が影響を与える種の植物には、同様の現象が見られるようになる可能性があります。

5 地球温暖化の悪循環

人類にとって生態系の状況の悪化は、こうした直接的な影響のほかにも、間接的ではあるが深刻な影響をもたらす可能性があります。例えば、気候の緩和などの調整機能の低下はその一つで、地球温暖化を更に進行させる効果のあることが指摘されています。
膨大な炭素を固定している森林に関しては、地球温暖化で異常乾燥が進むことによる火災の頻発が指摘されています。森林火災が発生すると、燃焼による二酸化炭素の放出やツンドラ・凍土からの二酸化炭素・メタンの放出に拍車をかけることを意味します。エルニーニョ現象等の影響を受けて大規模な森林火災が発生したインドネシアの1997年の炭素排出量は、1年間に世界全体で消費される化石燃料由来の二酸化炭素放出量の13〜40%にも相当するとする研究成果があります。これまで生態系中に蓄えられていた温室効果ガスが大気中に放出され、地球温暖化を助長し、これが更に生態系に影響を与えるという悪循環が生じることが懸念されています。

アラスカの森林火災

地球温暖化は、地球の営みを支えている生態系や生物多様性に重大な影響を与えます。人類の生存は、健全な生態系を支える生物多様性にその基盤を置いていますが、産業革命以降の人間活動は、自らの生存そのものを危機的な状況に追い込んでしまっているのです。
地球温暖化は確実に進行しつつあり、私たちとその子孫が、今後も豊かな自然の恵みを享受していくことができるか否かは、まさに今、私たちの選択に委ねられています。地球温暖化の進行を止めるための早急かつ適切な対策が、今、求められています。



前ページ 目次 次ページ