1 持続可能性と環境効率性

 我々の社会経済活動が徐々に地球上の資源を減少させ、自然の自浄能力を超えた環境汚染を顕在化させていく中、社会経済システムと自然環境の関係のあるべき姿について、さまざまな考え方が提唱されました。その中でも、将来の世代の欲求を満たしつつ現在の世代の欲求も満足させるような開発を意味する「持続可能な開発」という考え方が、1992年(平成4年)の地球サミットでも中心議題となるなど多くの国々に影響を与えました。わが国においても、平成12年に改定された「環境基本計画」において、「持続可能な社会」を、環境を構成する大気、水、土壌、生物間の相互関係により形成される諸システムとの間に健全な関係を保ち、それらのシステムに悪影響を与えないために、社会経済活動を、資源を減少させず、環境自浄能力及び生態系の機能が維持できる範囲で行う社会であるとまとめ、その考え方を取り入れました。
 また、現在の経済活動と環境負荷の2つを結びつけ、持続可能な社会の実現に向け社会はどう対応すべきかについて、「ファクター10」、「ファクター4」等の考え方がさまざまな機関により示されました。これらの考え方に共通するのは、可能な限り資源・エネルギーの使用を効率化することにより、経済活動の単位当たりの環境負荷を低減する必要があるというもので、この考え方は「環境効率性(eco-efficiency)」という概念であらわすことができます。以下、この環境効率性という考え方を取り上げ、その向上を図るために、特に技術はどのような役割を果たしてきたのか、また、わが国の環境効率性は過去からどのように変化してきたのかについて考察してみます。

2 環境効率性の向上と環境技術の進展

 わが国は、高度成長期の深刻な公害問題を、完全ではないにしてもほぼ克服してきました。この背景には、各種規制法の制定・実施と、これに伴い多くの企業が公害防止設備を導入したことが第一の要因として挙げられます。また、公害防止設備の能力が次第に向上していったことや、自動車の排出ガス低減のためのエンジン等の進歩も注目に値します。さらに、石油危機後の日本は、生産設備、輸送設備、電気機器等のエネルギー効率を急速に改善させています。
 このように、経済成長の過程で、環境負荷の着実な低減、つまり、環境効率性の向上をみることができますが、その背景には、公害低減技術や省エネルギー技術などのさまざまな環境技術の進展があり、その中には、新たな規制の導入や政策面での促進策が極めて効果的な場合が数多くあることを見出すことができます。
 例えば、昭和50年代初めにわが国に導入された厳しい排出ガス規制は、結果としてみれば世界市場への日本製自動車躍進の一因ともなり、積極的な低公害車の開発は、世界の低公害車市場でのわが国の優位をもたらしたほか、太陽光発電についても、積極的な開発促進策等により、発電効率の急速な向上と、一般家庭への急速な普及をもたらしました。また、わが国としては、世界に先駆けて燃料電池の早期実用化・普及を図るため、技術開発の促進や、国等の公的機関での積極導入を進めています。

ニューサンシャイン計画における太陽電池交換効率の推移

住宅用太陽光発電の導入実績及び見通し

国の一般公用車における低公害車導入予定

様々な発電方式の変換過程と効率

3 環境効率性の改善に向けて

 わが国の歴史を、第1節における時期区分に従い、環境効率性という視点から振り返ってみます。ここでは、代表的な環境指標として、経済活動に不可欠なエネルギー、地球温暖化の原因物質である二酸化炭素、大気汚染物質である二酸化窒素と二酸化硫黄、日常生活から排出される一般廃棄物の5つを取り上げ、また、経済指標として代表的なGDPを取り上げ、経済指標を各環境指標で割ることにより算出される環境効率性の推移を考察していきます。
 まず、第1次石油危機が起きる昭和48年まで(第I期)についてみると、エネルギーや一般廃棄物に関しては、環境効率性が徐々に悪化していることが分かります。これは、わが国が高度成長期にあり、経済成長が優先され環境保全について十分な配慮がなされなかったため、環境負荷が経済成長率を上回る伸びを示したためです。一方、二酸化窒素及び二酸化硫黄については、各種規制が整備されてきたことを受け、環境効率性は改善する傾向を見せています。

環境効率性の推移(最終エネルギー消費量、CO2排出量、一般廃棄物排出量)

 次に、高度経済成長から安定的な経済成長にシフトした昭和50年代(第II期)をみると、すべての環境指標について、環境効率性が改善しています。エネルギー、二酸化炭素及び一般廃棄物は、ほぼ同様のペースで環境効率性を向上させていますが、この要因としては、石油危機を契機とした、日本全体での省エネルギー・省資源の徹底にあると考えられます。この時期、特に、エネルギー分野に注目してみると、産業部門はほぼ一貫して環境効率性を向上させていますが、民生部門のうち家庭部門では横ばいの状態です。これは、各種機器の省電力化により環境効率性が向上する要因があったものの、各世帯への家庭用電気機器の普及が、環境効率性の向上を妨げる要因となったためと考えられます。また、運輸部門も、旅客部門が環境効率性を横ばい又は若干ながら悪化させていますが、これも、自動車保有台数が経済成長を上回る勢いで増加したこと等がその原因となったと考えられます。

環境効率性の推移(NO2排出量、SO2排出量)

 最後に、地球環境問題が重大な課題として認識されるようになった昭和60年以降(第III期)についてみると、この時期、二酸化窒素、二酸化硫黄、一般廃棄物については、引き続き順調に環境効率性を改善させていますが、エネルギー及び二酸化炭素に係る環境効率性については、若干の改善が見られるにせよほぼ横ばいに近い状態にあります。エネルギーについて部門別にみると、産業部門は、当初一部の業種で環境効率性の緩やかな改善がみられましたが、昭和60年以降原油価格が低位安定し、高額な省エネ設備への投資が控えられたこと等も背景に、平成4、5年以降はほとんどの業種で環境効率性が悪化しています。民生部門のうち家庭部門の環境効率性は横ばいだったものの、業務部門については、オフィス等の面積の増加やパソコン等の導入により環境効率性は悪化しています。また、運輸部門では、宅配便等の小口物品輸送の増加等が貨物部門の環境効率性向上を妨げるとともに、旅客部門の環境効率性は、乗用車の大型化等も背景に引き続き悪化を見せています。

各部門におけるエネルギー環境効率性の推移

家庭用電気機器の普及率

車種別保有台数と平均車体重量の推移

小口物品輸送料の推移

 わが国の環境効率性は以上のような経緯を示していますが、諸外国について二酸化炭素を例に比較してみると、他の国もそれぞれ環境効率性の改善をみせてはいるものの、わが国の環境効率性は極めて高いことが分かります。

二酸化炭素に係わる環境効率性の推移の国際比較

 しかし、各国におけるこのような環境効率性の状況が十分であるということではありません。
 第1節で見たように地球環境への負荷は依然として増加傾向にあり、人間活動と生態系や、環境浄化等のバランスは大きく揺らいでいます。これを改善するためには、総量としての環境負荷を低減させて行くことが不可欠であり、そのためには、一定の経済成長を前提とすれば、その経済成長率以上に環境効率性を向上させていく必要があります。
 わが国には、経済の安定成長期に着実に環境効率性を上昇させていった実績があります。とりわけ、世界第2位の経済規模を有し、二酸化炭素排出量では世界第4位で世界全体の排出量の約5%を占めるなど、わが国は大きな環境負荷を地球に対しかけていることから、環境負荷の低減が世界全体の大きな課題となっている中、わが国は、過去の経験を生かしつつ、これまで以上に環境効率性の向上に取り組む必要があります。

持続可能な社会への移行

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