平成8年版
図で見る環境白書


 序説 持続可能な未来から見た今日の環境

 第1章 環境の恵みを受けて成り立つ豊かな人間生活

  1 日々の暮らしと環境

  2 豊かな心と精神を育む遊びと環境

  3 芸術・文化と環境

 第2章 生物多様性と環境効率性の視点から考える環境保全

  1 生物多様性と人間の生活

  2 環境効率性の視点に立った経済活動への変革

 第3章 パートナーシップがつくる持続可能な未来

  1 持続可能な未来に向けてのパートナーシップの構築

  2 人間活動と環境との関係を理解し幅広い取組を進めるために―環境指標、環境リスク―

  3 公平な役割分担の下で広範な社会経済活動に環境を織り込んでいくために

  4 持続可能な未来に向けての人類の英知の結集

 第4章 環境の現状

 むすび


表紙の絵は、杉浦範茂さんが環境月間のために描いた作品です。



読者の皆様へ

 この小冊子は、去る5月31日に閣議決定のうえ公表された平成8年版環境白書の総説をもとにしています。その内容をやさしくかいつまみ、また、新しい写真なども加え、多くの方に親しんでいただけるよう、環境庁で編集し直したものです。
 毎年の白書は、主に前年度の出来事を報告していますが、平成7年度は、環境基本法、環境基本計画により示された環境政策の基本理念と枠組み、長期的な政策の方向を具体化し、その実現に向けて軌道に乗せていく実質的な初年度となりました。
 具体的には、政府が率先して環境保全に向けた取組を進めていくための率先実行計画や生物多様性国家戦略の決定、容器包装廃棄物リサイクル促進法の制定と施行など、多くの分野で重要な施策が進められています。
 しかし、これらの施策を真に実効性の高いものとしていくためには、社会のすべての主体が、公平な役割分担と責任の下に、連携しながら取組を進めていくパートナーシップの構築が不可欠です。
 本年の白書では、このような観点から、パートナーシップの重要性に焦点を当てています。今日の環境問題の多くは、巨大な経済社会の中で多数の主体が複数に絡み合いながら活動している中で生じていますが、それを認識し、理解し、具体的な取組へとつなげていくことは容易なことではありません。そこで、まず、国民一人ひとりに身近な日常生活や遊びなどの活動と環境との結びつきを取り上げました。これらが環境の恵みを受け、環境へ負荷を与えながら成り立っていることに気づくことが、パートナーシップの実現に向けた出発点となると考えられます。次に、環境の成り立ちやしくみ、その中にある人間社会の構築について共通の理解を得ることが重要となりますが、その基礎となる視点として生物多様性や環境効率性を取り上げています。さらに、地域の環境問題から地球環境問題まで様々な具体の問題について、関係者が共通の認識と理解を持ち、共通の目標と取組について合意して取組を進めていくために、様々なパートナーシップの事例に学ぶとともに、パートナーシップを支える環境指標、環境リスクの考え方や経済的手法、環境影響評価等の制度についても記述し、こうした経済社会全体を通ずる変革を可能にするように、自然、社会、人文科学の枠を超えた「地球環境学」への展望も行っています。
 この小冊子が、読者の皆様一人ひとりの環境保全に向けた具体的な活動への一助となることを願っております。

序説 持続可能な未来から見た今日の環境


厳しい地球環境の現状と見通し
 1992年(平成4年)に地球サミットが開催されてから4年を経過し、国内外で様々な取組が進められてきましたが、新たな科学的知見によって明らかにされつつある地球環境の現状と見通しは、依然として厳しい状況にあり、持続可能な未来のためには、今後、我々はこれまで重ねてきた努力をはるかに超える努力を注がねばなりません。
 例えば、地球温暖化問題では、先進国、開発途上国とも二酸化炭素排出量の増加が続いていますが、1995年(平成7年)の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第2次評価報告書では、地球温暖化が既に起こりつつある相当数の証拠があることが明らかにされ、温室効果ガスがこのまま増え続けた場合、21世紀末の地球の大気の平均気温は約2度、海面は約50cm上昇し、広範かつ深刻な影響が予測されています。一方で、二酸化炭素濃度が産業革命前の2倍となる時期を21世紀末まで遅くし、以後そのレベルで安定させるとしても、21世紀末には二酸化炭素排出量を概ね1990年の水準以下までに戻した上、さらなる削減努力が要求されるのです。

水俣病の教訓
 公害の原点ともいうべき水俣病問題については、政治的解決の努力が行われ、関係当事者間の最終的かつ全面的解決のための合意が成立し、それを踏まえ、平成7年12月に必要な施策等について閣議了解等を行いました。水俣病問題は、深刻な健康被害のみならず、地域住民の絆が損なわれるなど広範かつ甚大な影響をもたらしました。このような悲惨な公害は決して再び繰り返されてはなりません。
 今日の環境問題、とりわけ地球環境問題は、大規模かつ不可逆的な影響が予測される一方で、科学的不確実性が避けられない問題です。こうした問題に対して、水俣病の経験を教訓として、科学的解明の努力を一層続けながら、未然防止の原則に立って対策を進めていく必要があります。

パートナーシップの重要性
 環境基本法の制定、環境基本計画の策定により、新たな環境政策の基本理念、枠組み及び長期的な方向が定められ、今後はこれをいかに実施していくかが問われています。
 従来の公害問題のように、地域での被害が目に見え、因果関係が比較的理解しやすい問題と異なり、今日の環境問題の多くは、巨大な経済社会の中で様々な主体が複雑に絡み合う中から生じています。したがって、個人の生活と環境のかかわりから始まって、より広い社会経済活動と環境のかかわりを理解し、それぞれが責任を分担し、連携しながら取り組んでいくというパートナーシップが重要な鍵になります。
 いつの世も、いずこでも、人間の生活が環境の恵みを受けて成り立っていることは変わりありません。環境と人間のつながりに気付き、理解し、行動する人々の輪によって、持続可能な未来への道を切り開いていくことが必要です。

こどもエコクラブの活動
こどもエコクラブの活動
大津市・西宮市・八尾市こどもエコクラブ提供


第1章 環境の恵みを受けて成り立つ豊かな人間生活


1 日々の暮らしと環境

食料消費の量と質の変化
 日常生活と環境との深いつながりの例として、まず、身近な食生活を見てみましょう。
 我が国の食料供給量は、近年は横ばいないし微増となっている一方、摂取量は減少ないし横ばいの傾向にあり、我が国の食料消費は飽和水準に達しています。また、内容面では、総じて植物性食品が減少ないし横ばいなのに対し、動物性食品が大幅に増加し、動物性食品を中心により多様な食品が摂取されるようになってきました。
 このような食の変化の背景には、季節や地域に関わりなく様々な食品を手に入れることが可能になったことがあると考えられ、いわゆる食の平準化とも言える状況が進んでいます。トマトなどの市場入荷量の変化からは、「旬」の希薄化が進んでいる様子がうかがえます。この背景には、施設栽培の増加や食料の生産地と消費地の地理的隔たりの拡大があります。また、食の外部化や個食化も進みました。

東京都中央卸売市場の産地別野菜取扱量の推移
東京都中央卸売市場の産地別野菜取扱量の推移
(資料)東京都中央卸売市場統計年報(農産品編)より環境庁作成


各種野菜の月別入荷量の偏差(東京都中央卸売市場)
各種野菜の月別入荷量の偏差(東京都中央卸売市場)
(資料)昭和40年の値にはミニトマトを含む
    東京都「東京都中央卸売市場年報」より環境庁作成


環境面から見た食生活の変化
 このような食生活の変化は、我々の食を改善し、国民生活の向上に寄与してきた一方で、日々の食生活が環境の恵みの下に成り立っていることを実感しにくくしています。
 また、施設栽培、特にハウス加温栽培や生産地と消費地の隔たりは、生産や輸送に要するエネルギー消費等を増大させ、それに伴う環境への負荷を増やす一因となってきました。さらに食品の包装廃棄物も問題です。
 このほか、調理や保存のための家電製品も普及し、家事労働の軽減に大きく貢献する一方で、環境への負荷を増大させてきたと考えられます。大型化が進む冷蔵庫での食品保存が多くなり、若い世代では、賞味期限が過ぎた食品を無条件に捨てる割合が高いとの調査結果もあります。

きゅうり1kgを生産するのに必要なエネルギー量
きゅうり1kgを生産するのに必要なエネルギー量
(平成2年)
(資料)(社)資源協会「家庭生活のライフスタイルエネルギー」農産物生産への投入エネルギー量(試算)より環境庁作成


世界の視点から見た食と環境
 持続的でない生産・消費形態や貧困、人口増大などの問題が世界共通の課題となっていますが、食と環境との関わりで見ても、国連開発計画によれば、現在、約8億人が日常的に十分な食料を得られない状態にあります。貧困から環境をかえりみる余裕がない中で、人口増加等に伴う食料増産圧力が、熱帯林や半乾燥地域等の環境上脆弱な地域の開拓を余儀なくさせるなど大きな環境への負荷となっています。

フィリピンにおける低地および高地の耕作地面積の推移
フィリピンにおける低地および高地の耕作地面積の推移
(出典)Maria Concepcion Cruz, Carrie A. Meyer,Robert Repetto, et al., Population Growth,Poverty,and Environmental Stress:Frontier Migration in the Philippines and Casta Rica (World Resources Institute, Washington, D.C., 1992).


土壌劣化の原因(世界)
土壌劣化の原因(世界)
(出典)World Resources 1992-93(World Resources Institute)


 また、開発途上国では、不適切な方法による輸出向け食料生産に伴い環境問題が生じている例が見られます。例えば、香港のレストラン等で見られるサンゴ礁産の活魚の中には、供給地である東南アジアで毒性の強いシアン化合物を用いて捕獲されたものも多く、そのような漁法に伴いサンゴ等を含む生態系全体への影響が懸念されています。我が国が輸入する観賞魚の中にも、このような漁法で補獲されたものが含まれると言われます。

ナポレオン・フィッシュ(メガネモチノウオ)
ナポレオン・フィッシュ(メガネモチノウオ)
大方洋二氏提供

我が国の食料輸入と窒素循環
 我が国の食料輸入の増加は、それを生産する世界の環境により多くを依存するようになってきたと捉えることができます。また、食料輸入は、環境問題と関わりが深い窒素循環の中でも大きな流れを形成しています。食料の供給、消費過程で放出される窒素がそのまま環境への負荷となっている訳ではありませんが、窒素放出量の増大とその背景にある食料輸入や雑排水等の増大は、地下水の硝酸性窒素汚染、湖沼や内湾の富栄養化などの遠因となっていると考えられます。

窒素の流れを用いて表わした我が国の食料供給・消費過程(平成4年)
窒素の流れを用いて表わした我が国の食料供給・消費過程(平成4年)
(出典)農業環境技術研究所 川島博之:「我が国における食料供給と窒素循環」環境科学学会誌第9巻第1号


自然の循環の一部を担う食生活への変革
 本来、生物にとって「食」とは、自然の恵みを体内に取り入れ、同化し、不用物を再び自然に戻すという一連の流れの中にあり、自然の循環の一環を担うものです。ところが、現代においてはそのつながりが見えにくくなり、食物とそれが生産される環境を結びつけて考えることが困難になっています。このような食と自然の分断とも言うべき状況の中で、徐々にではありますが、食と環境の結びつきを再確認し、食生活を自然の循環の一部を担うものへと変革していこうとする動きが見られるようになっています。
 家庭においては、例えば、旬の食材を余すことなく食べるための料理、油や洗剤の上手な使い方など台所でできる様々な工夫を実践する「エコ・クッキング」と呼ばれる取組があり、各地の地方公共団体等でその普及に努めています。
 また、食の安全や環境保全意識の高まりを背景に、産直などを通じて、化学肥料や農薬等の使用を控え、自然の物質循環に依拠した農業が広がっています。生産者と消費者が結びつくことにより、消費者は食料を提供してくれる環境の保全の大切さを自覚するとともに、生産者には生産基盤である環境を守ることが食べる人の健康につながるという気持ちが働き、いわば、食物を通じて地域の環境を共有するという関係が生じます。
 さらに廃棄段階において、容器包装のリサイクル、びんの再使用、あるいは、生ごみのコンポスト化などの取組が各地で進められています。

環境とともにあるライフスタイルの創造に向けて
 日常生活から生じる環境への負荷について、平均的な家庭を想定して、二酸化炭素と窒素酸化物の排出量を試算してみると、家庭外での行動や自動車利用の寄与が大きいことなどがわかります。
 また、国全体で見ても、家庭で使う電力や物資の生産・輸送に伴う二酸化炭素排出、乗用車による大気汚染、家庭排水による水質汚濁などで日常生活が大きな環境への負荷の発生源となっています。
 巨大な経済社会の中で私たちのライフスタイルは些細なものに思えますが、環境保全型のライフスタイルを進めていくことは経済社会全体を変えていく潜在力を持っています。例えば、水の使用量について、生物として生きる、家庭生活を営む、社会経済活動全般を行うというレベルで見れば、生活を支えている社会経済活動の巨大さとそれに大きなインパクトを与え得ることがわかります。
 私たちは地域の、そして世界の環境と分かち難く結びついて日々の生活を営んでいますが、多くの場合、これを意識せず、消費や行動が環境とどのように関わっているかも十分考えていません。
 まず、このような環境と人との結びつきを意識して「見る」ことからはじめ、それが自然の摂理に合致しているかどうかを見直し、環境に根ざしたライフスタイルを創造していくことが求められています。

我が国の二酸化炭素排出量の部門別推移
我が国の二酸化炭素排出量の部門別推移
(資料)環境庁試算


国民1人1日当たりの水資源、エネルギー、廃棄物ピラミッド(平成4年)
国民1人1日当たりの水資源、エネルギー、廃棄物ピラミッド(平成4年)
(出典)古沢広祐「地球文明ビジョン」より改変


2 豊かな心と精神を育む遊びと環境


心の豊かさと環境のつながり
 環境と人間とのかかわりについては、経済活動面のみならず、心の豊かさと環境とのかかわりも重要です。ここでは、子どもの遊びを通して、我々の心と精神を育む上での環境の働きを考えます。

遊びにおける自然とのふれあいの減少
 子どもにとっての遊びは、自然とふれあい、仲間と交わり、豊かな精神活動を育む大切な機会と考えられますが、環境の変化とともに、その遊びも変化してきています。
 遊びの質的な変化を見ると、環境庁が行ったアンケート調査では、現在の子どもの遊び場が、屋外ではなく室内が中心になり、また、遊びの種類についても、テレビゲームが動植物など自然の素材を活用した遊びに取って代わり、地域における遊びが多様性を失い、画一化が進んでいる傾向がうかがわれます。

児童期の遊び場所
児童期の遊び場所
(資料)環境庁調べ


1回も経験がない自然体験
1回も経験がない自然体験
(資料)斎藤哲瑯ら「自然体験・生活体験等に関する調査」(平成7年)より環境庁作成


横浜におけるあそび空間量の比較
横浜におけるあそび空間量の比較
(注)あそび空間の区分は次による。
   自然スペース・・・川、池、森、雑木林、田畑等、自然の生命と変化のあるスペース
   オープンスペース・・・広場、空地、運動場、原っぱ等、子ども達が走りまわれる広がりのあるスペース
   道スペース・・・住宅密集地の小路、路地等、子ども達の出会い、あそびの拠点を連係するネットワークのスペース
   アナーキースペース・・・廃材置場や工事現場のような混乱に満ちたスペース
   アジトスペース・・・大人に隠れてつくる子ども達の秘密基地のスペース
(出典)仙田満「都市におけるこどもの遊び場」


 また、遊びの量的な変化を見ると、遊びの場となり得る空間が、昭和50年には昭和30年頃の20分の1程度に縮小し、それ以後、さらに半減したことを示す横浜市における調査があります。特に、川、森、田畑等の自然スペースの減少が顕著となっています。一方で、戸外での遊び時間の減少も明らかになっています。
 このような遊びの変化をもたらした背景としては、開発と都市化、テレビの急速な普及、親子のふれあいの時間の減少、受験戦争や塾通いの加熱など、広範な社会経済構造の変化が考えられます。

あそび時間の変化
あそび時間の変化
(出典)仙田満「子どもと遊び」


自然の中での遊びを通じた人間と自然とのかかわりの知覚
 環境庁の調査では、花の名称の知識について、子どもと成人とで顕著な差が見られ、大人から子どもへ環境や季節の変化を感じる経験を伝承する大切さが示されました。また、自然とふれあう遊びの経験が多い者ほど、環境保全を他の豊かさよりも優先するという意識が高くなっています。こうした結果を見ると、児童期における自然とふれあう遊びは、自然への親しみ感や愛情を醸成させ、人間と自然とのかかわりを知覚させるものと考えられます。

自然とふれあう遊びの経験と環境保全に対する考え方
自然とふれあう遊びの経験と環境保全に対する考え方
(注)児童期の遊びのうち、戸外での遊び29項目の平均スコアを算出し、これを碁にランク分けをしたもの。
   ●0~2点・・・自然とふれあう遊びをほとんど実施していない。
   ●3~5点未満・・・家の近くで自然とふれあう遊びをしていた。
(資料)環境庁調べ(平成7年)


自然の遊び空間の確保
 豊かな精神、健康な体を育む遊びのためには、自然の遊び空間を確保することが重要です。東京都世田谷区では、原っぱを残して、プレーパークとして運営しています。プレーパークには、遊べる環境づくりや困りごとの相談、けがの応急手当などを行うプレーリーダーが常にいます。
 子どもは、自然の中での遊びを通じて、仲間をつくり、遊びの技術を習得し、また、自然の形や色、その仕組みと変化などを豊かに感じる感性を身につけていきます。今日、経済上の効率や生活の利便性を求めて遊び空間を排除していく動向の中で、遊びのおもしろさを探求できるような多様性と意外性に富んだ自然の遊び空間が確保されるよう、環境の保全や復元の方向を目指していくことが課題となっています。

東京都世田谷区駒沢はらっぱプレーパーク
東京都世田谷区駒沢はらっぱプレーパーク
せたがやプレーパーク連絡協議会提供

3 芸術・文化と環境


芸術・文化と環境のかかわり
 芸術は人間の精神活動の発現と言えます。この芸術が環境をどうとらえ、何を訴えてきたのかといった問題意識から、芸術、さらにそれらをめぐる文化と環境とのかかわりについて考えます。

環境芸術の試み
 現代の芸術には、「環境芸術」と呼ばれる、環境の中で芸術を創ろうとする新しい試みが現れています。これには、環境ビデオ、環境演劇等、従来の芸術を環境の中に位置付けようとするものと、オブジェ、アースワーク等、もともと芸術とは無縁の環境を芸術にしようとするものとがあります。
 例えば、アースワークは、1960年代の後半に米英で始まり、美術館などの展示空間から美術を野外に持ち出し、地球環境に向かい合わせようとしています。その背景として、美術館や商品としての作品といった従来の芸術をめぐる問題に対する批判と、環境汚染や都市化による人間の疎外等に触発された、地球環境に対する意識の目覚めや自然との共感への願望が指摘されています。

アースワークの一例
アースワークの一例
色に従って一列に並べた葉
滝口でくるくる回る
大内山村 1991年11月20日
アンディ・ゴールズワージー作
Line to follow colours in leaves turning in the pool at the foot a waterfall
Ouchiyama-mura 20 Nov. 1991
ANDY GOLDSWORTHY
(アンディ・ゴールズワージー氏提供)


文学や音楽と環境の結びつき
 文学の分野をみると、ネイチャーライティングと呼ばれる自然をめぐるエッセイ又はノンフィクション文学が、1960年代から米国において盛んになってきています。これは、人間と自然との隔たりを意識しながらも、自然との接触を通じて人間の生き方についての目覚めを伝えようとする特徴を持っています。
 音楽の分野では、1960年代末から環境音楽という概念が用いられるようになったほか、耳でとらえた風景又は音の風景と言われるサウンドスケープという考え方が現れてきました。サウンドスケープは、音を音そのものの問題として扱うのではなく、音や聴覚を通じて、時代や地域による音風景の変化や人間と音環境のかかわり、地域の社会・文化や意識をとらえようとするものです。

文化遺産や芸術作品の価値を損なう環境の変化
 一方で、人間活動に起因する自然環境の破壊によって、これまで築き上げてきた多数の文化遺産・芸術作品が破壊、損傷されるに至っています。

敦煌莫高窟壁画(第158窟、8世紀)
敦煌莫高窟壁画(第158窟、8世紀)
東京国立文化財研究所提供


 世界を代表する仏教芸術の宝庫である中国の敦煌莫高窟では、石窟内部の壁画等の彩色層のひび割れや剥落が進んでいます。こうした壁画等の劣化の主原因は水であることが明らかになりつつあり、今後の地球温暖化の進展による降雨量の増加や集中豪雨の発生が、急激な壁画破壊の進行をもたらすのではないかと危惧されています。
 また、エジプトでは、アスワン・ハイダムの建設が原因で、ナイル河流域の土地が塩性化しており、ナイル河下流、ピラミッドとスフィンクスで有名なギザでも、塩の結晶が岩の割れ目まで成長することによって、スフィンクスの頭部が落下する危険が生じているという指摘があります。
 さらに、各国で、酸性雨により芸術作品が大きな被害を受けていると指摘されています。有名なドイツのヘールテン城壁の石像の腐食被害は、酸性雨による被害が顕著に示されているものの一つです。
 我々は、地球環境問題などによって、貴重な文化遺産や芸術作品を失おうとしているのです。

ドイツのヘールテン城壁の石像(左は1908年、右は最近の撮影)
ドイツのヘールテン城壁の石像(左は1908年、右は最近の撮影)
スウェーデン環境省、石弘之氏提供


豊かな精神活動の基盤としての環境の継承
 このように、環境と芸術・文化は様々なかかわりを有しています。その一方で、環境の変化が、文化遺産や芸術作品の価値を損ない、作品そのものをも失わせることが示されています。
 先人から受け継いだ恵み豊かな環境を、豊かな精神活動の基盤としても、確実に次世代に引き継いでいくことが我々に求められているのです。

第2章 生物多様性と環境効率性の視点から考える環境保全


1 生物多様性と人間の生活


生物多様性とは
 「生物多様性」には、自然生態系を構成する動物、植物、微生物など地球上の豊かな生物種の多様性、その遺伝子の多様性、そして地域ごとの様々な生態系の多様性が含まれ、遺伝子、種、生態系の3つのレベルでとらえられます。
1) 遺伝子の多様性とは、同じ生物種であっても、色や形などが異なる遺伝子の変異の大きさをいいます。遺伝子の多様性は、その種の環境の変化に対する適応性を左右します。

生息地による色や形態の違い
生息地による色や形態の違い
オサムシ科のマイマイカブリ。生息地によって色や形態が違います。その地域の自然はその地域にしかありません。野生生物の保護を、地域ごとに行わなければならない理由が、ここにあります。
(出典)(財)日本生態系協会「ビオトープネットワークII」


2) 種の多様性は、ある地域内の生物の種数としてとらえられます。現在、世界で学問的に確認されている生物種は約175万種ですが、実際には1,000万種ないし1億種が存在するともいわれています。
3) 生態系の多様性とは、森林、草原、海洋等それぞれの場所の環境に応じて成立している生態系の多様さを指します。種の多様性は、その生息する空間の多様性などに影響されます。
 生命の誕生以来、約40億年という長い時間をかけて、生物と環境は相互に作用を及ぼし合い、お互いを大きく変化させてきました。自然はある程度破壊されても元通り回復する力を持っていますが、その力の源は様々な環境に適応する多様な生物の力です。生物圏としての地球の根源となっているのが生物多様性であるといえます。

主要分類群ごとの確認されている種数と推定される種数
主要分類群ごとの確認されている種数と推定される種数
(出典)Global Biodiversity Assessment, UNEP


生物多様性がもたらす恵み
 我々の暮らしは、生物多様性がもたらす恵みによって成り立っています。その価値は次のように分けられます。
1)環境の形成・調節
 生物の活動は、上、河川、地下水、大気中の酸素を作り、気候を調節するなど、人類を含む生物自身にとって良好な環境を形成し、調節しています。
2)生産・経済的価値
 日々の生活と経済活動にとって必要な資源の多くは、食料、衣類、医薬品、さらには石油・石炭等生物を起源とするもので占められています。
3)文化的価値
 人間は自然との交流を通して自然の摂理を学び、美意識や情操を養い、自然を芸術や信仰の対象とし、レクリエーションを楽しみ、やすらぎを得る場としてきました。
 現在、農作物、家畜、医薬品等として人間が利用している生物種は、全体から見ればごく少数です。広範な単一種栽培により、地域的な多様性が失われ、環境の変化や病害虫に対して壊滅的な被害を生じるおそれがあります。他方、あまり注目されていなかった植物種の中からガンに効果のある薬品が採取された例もあり、未知の生物の中に将来人類の生存を左右するようなものが隠されている可能性もあるのです。
 地球生態系の健全性が生物多様性の上に成り立っていることを考えれば、人類は一つの生物として多様性という自然の摂理に従い、その保全に努めていくことが持続可能な発展を通じて豊かな社会を構築していくことを可能にするものといえましょう。

我が国における生物多様性と人間の生活
 我が国は、南北に長く、起伏の大きい地形、亜熱帯から亜寒帯までの気候帯に加え、四季の多彩な変化があり、これが豊かな森林を育て、また、大陸との連続、分断を繰り返した地史も相まって、豊かな生物多様性があります。
 また、水田や畦畔、雑木林など、人間の営みにより維持され、人手の加わった環境の中にもトンボやメダカなどの生物が見られ、それらとのふれあいの中から、自然と人間を一体的にとらえる日本人の伝統的な自然観が形成されてきました。
 しかし、現代ではこうした地域の環境が次第に都市化するにつれて、これらの生物が著しく減少したり、日本人の生活において身近なところでの自然とのふれあいが希薄になっています。

多様な生物を育むビオトープである谷津田(谷戸田)
多様な生物を育むビオトープである谷津田(谷戸田)
(財)日本生態系協会提供


失われ行く生物多様性とその保全に向けた取組
 生物は、40億年の歴史の中で環境の変動により多くの種の絶滅を経験しましたが、人間活動による生物種の絶滅は自然の状態の50~100倍と推定され、生息地の喪失等に起因して数万種の生物が絶滅に向かっているといわれています。

大規模な絶滅と影響を受けた動物
大規模な絶滅と影響を受けた動物
(出典)Global Biodiversity Assessment, UNEP


野生動物を絶滅の危機においやる要因
野生動物を絶滅の危機においやる要因
(出典)日本生態系保護協会「ビオトープネットワーク」(IUCN 1986、環境庁1990)


 生物多様性を守るためには、まず生物を自然の生息・生育地において保全することが重要です。また、生物や生態系の生産能力を越えない持続可能な利用が行われなければなりません。生物多様性を守るには、本来そこに生息する種を、それを含む環境ごと維持するように地域の特性に適合した計画的な取組が必要です。

水と緑のエコネットワーク―生態系の拠点間の連携の確保
水と緑のエコネットワーク―生態系の拠点間の連携の確保

 動植物や自然環境を保護するため、ワシントン条約、ラムサール条約、世界遺産条約等が国際的に合意されましたが、1993年には生物多様性条約が発効し、我が国もこれに基づき1995年10月に生物多様性国家戦略を決定しました。
 生物多様性国家戦略は、生物多様性に関する長期的な目標と今後の取組の方向を明らかにし、各省庁の施策を体系化するものです。また、生物多様性の保全への国民の関心と理解を深め、地方公共団体、事業者、民間団体等の取組を促進するものです。
 また、地域の特性を生かした生物多様性の保全に取り組んでいる例として、湖岸のヨシ原を地域を特徴づける自然生態系として位置づけ保全する「滋賀県琵琶湖のヨシ群落の保全に関する条例」に基づく取組があります。

琵琶湖のヨシ原
琵琶湖のヨシ原
滋賀県提供


地域の自然と共に生きる豊かな生活
 近年の意識調査によれば、人々の環境問題への関心は高まってはいるものの、地域の環境づくりなどの実際の行動に結びついていかない傾向が見られます。こうした中、その地域の自然や生活文化を破壊することなく、これとより深くふれあい学ぶエコツーリズム、自然をより深く理解し、接するための自然学習・教育の場である自然学校等実際の体験を重視した新しい自然との接し方を模索する動きも出始めています。
 また、多摩ニュータウン周辺の酪農農家と周辺の都市住民が交流し、農作業を楽しみ、多摩丘陵の豊かな自然をいかした暮らしやすい地域づくりを進めるための活動を行っている「ユギ・ファーマーズ・クラブ」のような取組も見られます。
 古来、我が国の自然は多彩で豊かであり、同時に人とのかかわり合いの結集として、豊かな文化を形成してきました。この多様で豊かな個性を、それぞれの地域における人々の交流を通じて自立的に見直し、将来世代と共有していくことが、地域の環境づくりを考えていく一つの方向といえるでしょう。ひいてはそれが地球全体としての生物の多様性、持続可能な発展の実現にもつながると考えられます。

2 環境効率性の視点に立った経済活動への変革


環境保全を織り込んだ経済社会へ
 都市・生活型公害や地球環境問題は、現在の社会経済活動に伴う資源やエネルギーの大量消費によって、地域環境や地球環境の受容能力を超える負荷が生じていることが原因となっています。
 我々が地球環境の制約下で持続可能な発展を目指すためには、経済効率に重きを置く現在の経済社会システムを、環境への負荷を大幅に減らしながら必要な製品やサービスを生産・消費するシステムに変えていくことが必要です。

環境配慮を内部化する企業活動
 企業が環境への負荷の低減に継続して取り組むには、自らの環境保全の方針等を定め、その実行状況を点検し、方針等を見直すシステムをつくると同時に、自らの取組を社会に伝えることが必要となります。その方法のひとつとして、環境管理は大きな役割を果たしており、ISO(国際標準化機構)では、このシステムの国際規格である「ISO14000シリーズ」の1996年の発効に向けた検討が進められています。
 環境庁が毎年行っている「環境にやさしい企業行動調査」によると、上場企業では、環境管理に取り組む企業が着実に増えています。また、上場企業の約30%、非上場企業の約15%がISO規格に対応する予定であると回答しています。

環境マネジメントシステムに関する取組状況の推移
環境マネジメントシステムに関する取組状況の推移
(資料)環境庁


ISOに対する今後の対応(上場企業)
ISOに対する今後の対応(上場企業)
(資料)環境庁


環境コストを内部化し経済活動の質を高める「環境効率性」の視点
 かつての公害は、環境規制の強化に対応した企業の技術開発と投資により克服されてきました。こうした環境コストの内部化からは、生産コストの増大など経済とのトレードオフが想起されがちですが、それが必ずしも当てはまらないのは、我が国の厳しい自動車排出ガス規制等が技術開発を大きく促進した例からも理解できます。
 また、従来のように排出口において環境汚染物質を取り除くだけでなく、製品のライフサイクルを通じて生ずる環境負荷を減らすことが必要となっています。このように、より広い環境コストを内部化し、そのコストを最も効率的に減らすことにより環境への負荷を低減していくことは、言い換えれば、いかに少ない環境への負荷で必要な財やサービスを生産・消費するかという「環境効率性」(Eco-efficiency)に基づいた経済活動を行うということです。さらに、汚染物質を減らす又は発生させない予防的対応の環境技術は、生産工程での資源・エネルギー効率の向上を可能にし、長期的に経済活動の質を一層高めることになります。

鋳造工程への投資の経済性の検討 鋳物集塵ダストの有効利用推移
鋳造工程への投資の経済性の検討 鋳物集塵ダストの有効利用推移

廃砂利用拡大のための環境投資
廃砂利用拡大のための環境投資
(資料)環境庁


 こうした環境効率性を追求する取組として、低負荷型技術への投資事例などがあります。また、ライフサイクルアセスメントやゼロ・エミッションの研究なども進められています。

平成7年度環境にやさしい企業行動調査
平成7年度環境にやさしい企業行動調査
(資料)環境庁


企業の取組とエコビジネスの展開
 環境にやさしい企業行動調査によると、環境保全のための具体的取組について、全業種共通の取組を見ると、分別の徹底・リサイクル等の推進、紙使用量の削減に上場、非上場ともに約6割の企業が取り組んでいます。
 このような環境への負荷の低減に向けた企業の取組は、長期的に資源やエネルギーの効率化を通じて経済効率を高めることから、市場の競争原理を通じたビジネスとしての展開につながっていくと考えられます。環境にやさしい企業行動調査によると、上場企業の約4割、非上場企業の約2割がエコビジネスの事業展開又は研究開発を行っていると回答しており、特に廃棄物処理やリサイクルに対する関心が高いことがわかります。エコビジネスを行っていると回答した上場企業のうちの4割強が前年と比べてエコビジネスの売上高が増加していると回答しており、今後とも、引き続きエコビジネスの成長が期待されます。

環境保全に関する具体的取組(全業種共通)
環境保全に関する具体的取組(全業種共通)
(資料)環境庁


行政部門の経済活動における取組
 国民経済上大きな位置を占めている政府が、その経済活動に際して行う環境保全に関する行動には、環境への負荷の低減に大きな効果があります。我が国政府は、平成7年6月に「国の事業者・消費者としての環境保全に向けた取組の率先実行のための行動計画」を閣議決定し、この計画に基づく取組を推進しています。このような政府の率先的取組は、いくつかの先進国でも既に始まっており、政府の率先実行が進むにしたがって、地方公共団体や事業者の取組も促進されています。また、1996年(平成8年)2月のOECDの理事会では、加盟国政府に対し、政府のグリーン化を促す勧告が出されました。

環境保全型商品と通常商品の価格比較
環境保全型商品と通常商品の価格比較
(資料)滋賀県


 各地方公共団体においても率先実行のための体制づくりや取組が順次進められています。例えば、滋賀県では、平成6年から、率先して環境への負荷の少ない商品の購入に取り組んでいます。この滋賀県の例を見ると、環境への負荷の少ない商品は、通常の商品と比べて必ずしも価格が高いとは言えないことがわかります。

地域の経済活動における取組
 地域における経済活動を環境に配慮した持続可能なものへ変えていこうとする取組が各地で広がっています。例えば、川崎市のように、廃棄物鉄道輸送事業により、環境への負荷の低減と費用の節減を同時に実現した事例などがあります。このほか、地場産業の担い手を中心とした取組も広がっています。
 また、企業や行政等の主体が、商品選択の際に環境への配慮を組み込み、環境への負荷の少ない製品への需要を喚起していくことを目的として、「グリーン購入ネットワーク」が設立されるなど、様々な主体が協力、連携した動きもみられます。

地場産業と地方公共団体が中心となっている取組の例
地場産業と地方公共団体が中心となっている取組の例
(資料)環境庁


家計の消費活動における取組
 持続可能な経済社会を構築していくには、供給サイドである企業ばかりでなく、需要サイドである家計においても、環境効率性を高め、現在のライフスタイルを環境への負荷の少ないものへと変えていくことが必要です。
 消費者が環境への負荷の少ないライフスタイルを確立するのに役立つひとつの手法として、「環境家計簿」があります。環境家計簿は、日常生活の環境影響や環境への負荷を低減する取組の具体例等の情報提供、環境への負荷や不要不急の支出の削減効果の把握、取組の客観的な評価等に役立ち、企業における環境管理の取組と同様の役割を果たすと考えられます。

主な環境家計簿の一覧
主な環境家計簿の一覧
注:形式1)消費者の行動規範的内容を示し、その内容の実践を求めるもの
    2)具体的な数値の記入を求めることにより目標となる行動を導こうとするもの
    3)1)と2)の要素を部分的に取り入れた中間的なもの
(資料)環境庁


第3章 パートナーシップがつくる持続可能な未来


1 持続可能な未来に向けてのパートナーシップの構築


パートナーシップ
 今日の経済社会が巨大・複雑化し、人々の活動と環境との関係がわかりにくくなっている中で、個人が単独で担い得る環境上の努力と成果は小さいものに思われます。しかし、環境に異なる立場でかかわる企業、住民、行政等様々な主体がパートナーシップを構築することにより、他の主体の努力を補完し、これと協調し、分担と連携が形成されることで、大きな成果を生むことができます。

環境に配慮した行動を行っていない理由
環境に配慮した行動を行っていない理由
(資料)ニッセイ基礎研究所「都市生活者のエコライフ調査」(平成5年)

地球環境を保全するパートナーシップ
 地域環境の保全には、地域の環境の状況や課題を地域の様々な主体が共有し、連帯して取り組んでいくことが必要です。
 富士山からの湧水が噴出し美しい水辺環境を有する静岡県三島市では、湧水と潤いのある町の保全を目的として、イギリスのグラウンドワークトラスト運動の手法を活用し、民間団体が連携するとともに、行政や企業の参画と専門家の協力を得て、自然とふれあえる小公園の整備など、自分たちの地域を自らの知恵と努力により魅力的で愛着のある環境に改善し、それを自ら維持管理していく地域総参加での活動が展開されています。

グラウンドワーク三島実行委員会の活動
グラウンドワーク三島実行委員会の活動
(財)日本グラウンドワーク協会提供


地域を越えるパートナーシップ
 水系などの環境のつながりは複数の地方公共団体に及んでいることが常であるため、地域も利害も異なる主体が環境のつながりを通じて連携し、環境の保全に共同して取り組むことが必要です。
 愛知、岐阜、長野3県の27市町村を流域とする矢作川では、下流の農業団体と漁業団体が中心となって水質保全のための協議会が組織され、事業場の排水の水質浄化、造成工事の施工指導等、行政や事業者と一体となった活動により大きな成果を上げ、また、流域市町村では上下流域の住民の交流や水源の森の共同管理等も行われています。

業種を越えた連携
 事業者が、事業活動に伴う環境への負荷の低減等の取組を進めるためには、関係業種が連携し、公平な役割分担の下で、全体として、環境への負荷を低減させていくことが必要です。
 量産効果によるコスト低減を図るため、一定規模の初期需要の創出が課題となっている太陽電池について、清涼飲料製造者、太陽電池製造者、自動販売機製造者等が連携して、清涼飲料自動販売機の約1割に太陽電池の導入を図る方針を合意した事例は、その良い具体例と言えるでしょう。

自動販売機への太陽電池導入に係る主な関係者の役割
自動販売機への太陽電池導入に係る主な関係者の役割

国境を越えるパートナーシップ
 地方公共団体の中には、地域の利益にとどまらない地球環境全体の利益につながる施策を打ち出しているところもあります。
 高度成長期の激甚な公害を克服した北九州市では、官民に蓄積された豊富な技術と経験を開発途上国の環境問題の解決に役立てるため、中国大連市との環境協力モデル事業等に取り組んでいます。
 また、琵琶湖を抱える滋賀県では、昭和59年に湖沼の環境保全にかかわる研究者、行政、住民の参加を得て「世界湖沼会議」を開催し、その後も国際湖沼環境委員会を設立するなど、湖沼環境の保全に関する国際協力を進めています。
 さらに、1990年に設立された国際環境自治体協議会は、地方自治体が連携し、温室効果ガスの数量的な削減目標を持つ行動計画を作成・実施する「気候変動・都市キャンペーン」を展開しています。

様々な主体をつなぐ環境NGO
 我が国の環境NGOは、4,506団体を数えますが、全国型の団体でも、半数以上がスタッフ10人未満、年間予算5,000万円未満の規模にとどまっており、また、国民の意識も、環境NGOの活動を有意義なものと評価する一方で、具体的な行動意欲にまでは結びついていない状況にあります。
 一方、国際社会においては、1972年の国連人間環境会議で、本会議と並行してNGOの会議が開かれたのに始まり、1992年の地球サミットでは準備段階からNGOの意見が反映され、本会議でもNGOの公武参加と発言が認められるなど、重要な地位を得てきています。
 人間としての共感に支えられ、ゆえに環境の保全に関して様々な人々を結びつける力を有する環境NGOには、環境保全のためのパートナーシップの形成のため、様々な立場の人と人とを結びつける役割が期待されています。

環境NGOのスタッフと予算規模
環境NGOのスタッフと予算規模
(資料)(財)日本環境協会「環境NGO組織運営実態アンケート調査結果」より環境庁作成


環境NGO活動に対する国民の意識
環境NGO活動に対する国民の意識

民間団体の活動への参加動向(「大変有意義なことである」「役立つこともある」と答えた者に対して)
民間団体の活動への参加動向(「大変有意義なことである」「役立つこともある」と答えた者に対して)
(資料)環境保全とくらしに関する世論調査(平成7年1月)

パートナーシップの意義
 関係者が多数にわたる問題については、関係者が問題に関する情報を共有し、共通の認織をつくることで、各々の立場を考慮に入れた解決策の立案が可能になり、さらに、調整過程への参画を通して、解決策を自己のものとして受入れ、自発的に行動に移すとともに、関係者の持つ問題解決のための資源を有効に活用し、対応能力を高めることができます。
 パートナーシップによる環境保全活動の事例からは、このような問題認識の共有、解決策の立案、実行の各段階における主体相互間の働きかけが環境保全のための取組を進めていくに当たって重要となっていることがわかります。

環境教育・環境学習、情報基盤の整備、環境保全活動促進拠点
 各主体がパートナーシップを構築し、取組を進めるためには、日常生活の中で問題に気付き、それについて社会経済とのかかわりも含めて理解し、その解決に向けて他の取組と連携していくことを可能にする仕組みが必要です。
 環境教育・環境学習は、自分の生活の中に実践的に環境への配慮を組み込んでいくことができる人づくりを目指して進められています。特に、次世代を担う子どもの関心と理解を深め、子どもの主体的な環境保全活動を支援するため、平成7年6月、「こどもエコクラブ」が発足しています。
 また、環境庁では、環境に関する情報基盤を整備するため、平成8年3月から環境情報提供システムの運用を開始し、さらに、住民に情報や学習機会を提供し、自主的な学習や実践活動に支援を行う環境パートナーシップの促進拠点に関する検討を進めています。

こどもエコクラブの取組
こどもエコクラブの取組
長野県伊那市立伊那小学校提供


環境にかかわる意思決定への市民参画
 今日の環境問題の解決のためには、市民が責任ある主体として、環境について自ら考え、学び、意思決定に参画し、実践していく必要があります。
 北海道帯広市では、昭和50年からまちづくりの主要な施策として市街地をグリーンベルトで取り囲む「帯広の森」構想を市民参加で進めています。市民団体が参画した実行委員会が地域の様々な主体に働きかけ、森づくりを行うとともに、間伐や下枝払いなど今後の森づくりのあり方についても市民参加で議論を重ねています。
 国においても、環境基本計画の策定過程で広く国民の意見を聴取したほか、同計画の進捗状況の点検等に際しても各界各層の意見を求めています。

帯広の森
帯広の森

2 人間活動と環境との関係を理解し幅広い取組を進めるために―環境指標、環境リスク―


環境指標の役割
 今日の環境問題に対しては、社会を構成するすべての人々が人間活動と環境との関係を理解し、その連携の下に総合的な取組を進めていくことが不可欠です。環境指標は、環境の状況を分かり易く示し、地域間の比較やトレンドの把握、目標の設定や施策効果の評価等を支えるもので、環境問題への理解と取組を促し、効果的に対策を実施していく上で重要なものです。

環境指標開発に向けた国際的取組
 広範多岐にわたる環境情報を分かり易いものとするには、これを体系的に整理し、指標化する概念的枠組みが必要です。OECD(経済協力開発機構)では、人間活動と環境の関係を、環境への負荷(Pressure)、それによる環境の状態(State)、これに対する社会的な対応(Response)という流れの中で捉える「P-S-Rフレームワーク」を提案し、これが環境指標を開発する際の基礎として広く世界に浸透しつつあります。

指標のための「負荷―状態―対応の枠組み」(P-S-Rフレームワーク)
指標のための「負荷―状態―対応の枠組み」(P-S-Rフレームワーク)
(出典)OECD Environmental Data 1995


オランダにおける個別環境問題に係る指標及び汚染総合指標
オランダにおける個別環境問題に係る指標及び汚染総合指標
ここに示す総合指標にはオゾン層破壊指標の代わりに騒音・臭気指標が使われている。
(出典)世界資源研究所(WRI):ENVIRONMENTAL INDICATORS(1995)


 また、少数の指標に集約化することが、環境指標を分かりやすいものとする鍵となります。オランダでは、国家環境政策計画に掲げる気候変動等の環境問題ごとに指標を作成し、その目標の達成度に応じて重み付けして集約化した指標を算出し、計画の進捗状況の評価に役立てています。また、ドイツでは、経済活動への資源投入を、重量を尺度として集計した「総物質投入量」という指標を提案しています。我が国でも毎年、環境白書でマテリアル・バランスを試算しています。さらに、貨幣単位で環境と経済の関係を把握する試みとして、国連が導入を勧告している「環境・経済統合勘定」があり、我が国でも試算が行われています。

我が国における取組
 我が国では環境指標は、1960年代から主に汚染指標として環境基準等の尺度自体が用いられてきましたが、1980年代に地方公共団体で地域環境管理計画が策定されるようになると、これに併せ、各種の総合指標が提案されるようになっています。
 環境基本計画では、その4つの長期的な目標(循環、共生、参加、国際的取組)の達成状況や目標と施策との関係等を具体的に示す総合的な指標(群)の開発を政府において早急に進め、同計画の実行・見直し等の中で活かしていくこととされており、現在、国内外の環境指標開発の動向も踏まえながら、開発作業に取り組んでいます。

環境指標の一層の活用に向けて
 今後、環境政策に環境指標の一層の活用を図っていくため、目的・対象に応じた環境指標を一貫性のある体系として整備すること、環境基本法及び環境基本計画の体系下で総合的な環境政策を進める上で必要な環境情報を再検討し、環境指標の活用のため整備すること、環境指標を用いた情報提供を推進すること、環境指標を環境勘定や環境・経済モデル等と結びつけて環境と経済の統合に資すること、などが課題として挙げられます。

我が国のマテリアル・バランス(物質収支)
我が国のマテリアル・バランス(物質収支)
(資料)各種統計より環境庁試算


今日の環境政策と環境リスクの考え方
 化学物質や気候変動などの今日の環境問題は、その複雑な因果関係と影響を明らかにし、適切な政策を進める際に、不確実性を伴うことが避けられません。こうした環境問題に対し、リスクの考え方に基づいて不確実性も考慮に入れて科学的解明を進め、予見的な見地から政策を決定・実施するための政策手法が内外で根付いてきています。
 リスクの考え方の基本は、人間にとって好ましくない事象をその「発生の不確かさの程度」と「影響の大きさの程度」の両面から評価し、その程度に応じて対応していく点にあります。
 環境政策に環境リスクの考え方を取り入れる意義には、1)不確実性を伴う環境問題について科学的知見に基づき様々な影響を予測、評価し、政策判断の根拠を示し得ること、2)環境リスクの比較により、多数の要因に対する政策と取組の優先順位を客観的に示し得ること、3)環境リスクの考え方を応用すれば、大気、水等にまたがる汚染や、各分野の対策を横断して、より効果的、整合的に環境リスクを削減し得ること、などがあります。

環境リスクの「評価」と「管理」
 環境リスクの「評価」は、一般に、1)化学物質等の有害性を評価する「有害性の確認」、2)曝露量と影響の関係を定量的に評価する「量―反応評価」、3)実際の曝露量を評価する「曝露評価」、4)以上の結果を踏まえ、影響の種類、程度を明らかにし、必要に応じて影響の発生確率を推定する「リスクの判定」、の4つの手順に従い行われます。
 環境リスクの「管理」は、リスク評価の結果を踏まえて、経済社会の情勢等も考慮しつつ、環境リスクを低減させる方策を検討、決定し、実施する政策判断を含むプロセスです。環境リスクの管理に当たっては、環境リスク要因の発生からその影響までを視野に入れ、各段階で対策を行うとともに、個々の環境リスクの管理に加え、環境リスクが総体として低減されるようにリスク管理を実施していく必要があります。

リスク・コミュニケーション
 環境リスクの低減を図るには、行政、国民、事業者、研究者等がリスクに関する正しい知識とお互いの意見を理解した上で、一体となって取り組む必要があり、関係者間の情報交換を通じリスクに関する情報や認識を共有し、適切な行動を促すリスク・コミュニケーションが重要です。その推進に当たっては、確率で表されるリスク概念自体の理解の促進に努めるとともに、リスク評価・管理の経過で順次情報が提供され、かつ受け手側からの情報がフィードバックされることが重要です。

環境リスク対策の枠組み
環境リスク対策の枠組み
(出典)Risk Assessment in the Federal Government: Managing the Process, National Research Council Academy Press, Washington, DC, 1983


化学物質等に係る環境リスク対策の新たな流れ
 総合的な環境リスク対策を進めるため、欧米諸国では、多数の化学物質の工場等からの排出量等を定期的に行政に登録する環境汚染物質排出・移動登録制度(PRTR)が導入され、事業者の自主的な排出抑制努力の促進、行政の適切な政策立案等に成果を上げており、本年2月のOECD環境大臣会合ではその導入が各国に勧告されました。
 我が国でも、地域における化学物質の総合的な安全性の確保に向け、地方公共団体において化学物質管理指針を整備する動きがあるほか、事業者が自主的に対策を継続的に進めていく「レスポンシブル・ケア」と呼ばれる取組が国際的連携の下に進められており、その実効性のある発展が求められています。さらに、国でも、本年1月に、有害大気汚染物質に係る総合的な対策を進めることを旨とした中央環境審議会の中間答申が出されました。
 化学物質による生態系への環境リスク対策は、欧米諸国を中心に進められ、我が国でも取組が始まっていますが、制度的な対応が十分でない面もあり、体系的な対策の推進が課題となっています。

3 公平な役割分担の下で広範な社会経済活動に環境を織り込んでいくために


各主体の公平な役割分担による容器包装リサイクル制度化
 我が国における廃棄物問題の深刻化等を受けて、一般廃棄物の減量とその再生資源としての適切な利用を図るため、平成7年6月に「容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律」が制定され、同年12月施行されました。
 同法は、びん、缶、紙、プラスチック製のものなど原則として商品に付されたすべての容器包装について、国、都道府県、市町村、消費者、事業者等が役割を分担し、分別収集とリサイクルを促進していこうとするものであり、公平な役割分担の下で社会経済活動に環境保全の配慮を織り込んでいくルールづくりを進めるものと言えます。

容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律のイメージ図
容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律のイメージ図

経済的手法
 経済的手法は、市場メカニズムを通じて、社会の構成員それぞれに負担を適切に分担させ、環境の保全に適合した行動をとるよう促すことができるため、通常の事業活動や日常生活に起因する今日の環境問題を解決していく上で有効性が期待される政策手法です。このような経済的手法は、欧米諸国を中心に様々な活用事例が見られます。
(1)OECD等における経済的手法の検討
 1996年2月に開催されたOECD第5回環境大臣会合に提出された報告においては、税制のシステムを環境目的のためにより創造的に活用することが環境と経済の政策統合の契機となること、補助金による環境への影響については知られていないため分析を進めることなどが示されました。
 また、1996年1月にOECD環境政策委員会と税制委員会の合同委員会が公表した報告書においては、OECD加盟国において経済的手法のより一層の活用を図るために実施に向けた戦略を取りまとめています。
(2)諸外国における経済的手法の活用
 オランダにおいては、1992年7月に課徴金制度が廃止され、新たに環境税として、炭素排出量及びエネルギー含有量に応じて税率水準を決定する燃料税に改組されました。96年1月からは「小規模エネルギー消費税」が実施されており、その税収は、課税を所得から環境の使用へと移行するという政府の考えに沿って、雇用の創出と購買力の維持のため、経済に還元されることとなりました。

環境政策における経済的手法の活用の推移(オランダ)
環境政策における経済的手法の活用の推移(オランダ)
(出典)environmental taxes VROM/DGM/B/EB/APH oct 4, 1995


 デンマークにおいては、CO2、電気、石炭、容器、廃棄物処理等について環境税が導入されており、1995年にはニッカド電池、有機溶剤、殺虫剤等への税が創設されました。また、家計と産業界の間の税負担の差を縮小するため、95年改正により、産業に対するエネルギー税が2000年まで段階的に引き上げられることになりました。

デンマークにおける産業への環境税及びエネルギー税(1995年改正)
デンマークにおける産業への環境税及びエネルギー税(1995年改正)
注:1DKK(デンマーククローネ)≒19円(1966年1月)
(出典)Environmental Taxes in Denmark 1996
    The Danish Environmental Protection Agency


 米国においては、地方レベルでの経済的手法の活用が見られます。最も広く実施されている環境税の例として、汚染事業者に課し、その税収を汚染浄化その他の環境資金(fund)に使用するものがあります。また、クリーン(低負荷型)技術の開発へのインセンティブを目的とした税の活用なども見られます。
(3)経済的手法に対する国民の認識
 環境庁では、平成7年に、環境問題への対策としてその有効性が期待される経済的手法についての国民一般の認識について調査を実施しました。今後は、環境政策における経済的手法の活用について、国民的な議論が深まることが望まれます。

10%価格上昇した場合の消費者行動の変化
10%価格上昇した場合の消費者行動の変化

環境にかかる税・課徴金の導入の賛否
環境にかかる税・課徴金の導入の賛否
(資料)環境庁


環境影響評価(環境アセスメント)
(1)我が国における環境影響評価制度をめぐる動き
 現在、我が国においては、昭和59年に閣議決定された実施要綱に基づき、環境影響評価(環境アセスメント)が実施されていますが、法制化も含めた所要の見直しを行うため、環境庁では、平成6年7月に環境影響評価制度総合研究会を発足させ、関係省庁一体となって、環境影響評価制度をめぐる諸課題ごとに分析・整理を行っています。
(2)地方公共団体における整備状況
 都道府県及び指定都市においては、平成7年12月現在、計59団体中50団体が、独自の環境影響評価制度を有しています。これらの制度は、国の制度におおむね準じたものになっていますが、対象事業の規模をより小規模としたり、環境影響評価の実施に当たり事前手続を設けるなど、それぞれの団体により特徴が見られます。

現行の都道府県・指定都市の環境影響評価制度の制定時期
現行の都道府県・指定都市の環境影響評価制度の制定時期
(資料)環境庁


(3)諸外国における整備状況
 61か国を対象として環境庁が調査したところによると、諸外国においては環境影響評価に係る法制度の整備が進んでいます。現在、OECD加盟国26か国中、我が国を除く25か国のすべてが、環境影響評価の一般的な手続を規定する何らかの法制度を有しています。

OECD加盟国における環境影響評価制度名及び制定年
OECD加盟国における環境影響評価制度名及び制定年
注:ベルギーでは三つの地域において、それぞれ独立した環境行政が行われており、各政令は、当該地域での法律に相当し、単独で法的強制力を持つものである。
(資料)環境庁

4 持続可能な未来に向けての人類の英知の結集


今日の環境問題と科学の役割
 従来、公害問題への対策は、現状の把握、原因物質の究明を行い、排出規制を中心とする対策を講じることが課題でした。そのため、環境の測定や原因物質の究明、汚染物質の処理技術の開発などに自然科学の成果が結集され、問題の解決を支えてきました。
 しかし、地球の有限な環境容量を脅かすまでに増大し、様々な自然的・社会的要因が複雑に絡み合っている今日の環境問題の解決のためには、人間と環境のかかわりを包括的にとらえ、長期的視野に立って、環境への負荷を低減し、現在と将来の世代が真の生活の質の向上を享受できる経済社会システムの構築の考究が必要になっています。




オゾン層破壊問題、地球温暖化問題と科学
 今日の環境問題の解決に向けての幅広い科学の役割をオゾン層破壊問題を例に見てみましょう。
 1974年、フロンによるオゾン層破壊のおそれが理論として発表されて以来、フロンの生産量等の把握、濃度の測定、オゾン層破壊の機構の解明等が世界で進められましたが、フロンは、その有用性や途上国での利用増加の見込み等から規制が難しく、当初はアメリカほか数か国がスプレーなどへの使用を禁止したのみでした。
 しかし、1985年にオゾンホールが発見されたのに加え、オゾン層破壊の深刻さについての科学的な知見が集積されるに従い、フロンの生産・消費規制に関する国際交渉が加速され、1987年のモントリオール議定書の採択につながりました。
 これが、経済社会全体を通ずる地球環境問題について、科学的解明を進めながら国際合意を形成するという重要な先例になり、地球温暖化問題に関しても、1988年に設置された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)を中心に科学的解明が進められ、その報告書を基礎として、1992年の気候変動枠組条約の採択につながっています。

地球環境学の構築の必要性
 持続可能な開発を達成していくためには、環境―経済―社会の目標の相互の関連を考え、これらをバランスをとって満たしていく道筋を明らかにし、その方向に社会を進めていく必要があります。そのためには、地球環境問題を個別の学問分野にとどめるのではなく、その解決を軸に据え、自然科学、社会科学、人文科学の幅広い学術研究を統合していくことが必要です。こうしたことは、学術審議会等においても提言されています。
 このような地球環境学の構築を通じて、持続可能な社会を支える新しい自然、社会及び経済に対する認識枠組み(パラダイム)が根付き、諸課題にこたえるための科学的解明と政策選択肢の提示が可能となるでしょう。

環境―経済―社会の目標の相互依存関係
環境―経済―社会の目標の相互依存関係
(備考)世界銀行資料(Ismail Serageldin, Sustainability and the Wealth of Nation, 1995)より環境庁作成


第4章 環境の現状

 今日の環境問題は、特定の社会経済活動に起因する激甚な公害や自然破壊が中心であった状況から、通常の事業活動や日常生活が環境への負荷を増大させており、ひいては地球環境や将来世代に対しても影響を及ぼすような状況になっています。
 また、従来改善の方向にあった地域レベルの環境汚染がここ2、3年悪化したり、これまで状況が十分解明されていなかった問題が次第に明らかにされてきています。

地球温暖化問題
 地球温暖化問題とは、人類の化石燃料消費量の増加に伴い、大気中の二酸化炭素等の温室効果ガスの濃度が高まり、地球の気温が上昇することにより、気候の変動や海面上昇が引き起こされ、人類だけではなく動植物や生態系全体に影響を及ぼすと懸念されている問題です。

マウナロア山、南極点及び綾里における二酸化炭素濃度の変化
マウナロア山、南極点及び綾里における二酸化炭素濃度の変化
(資料)気象庁


我が国の二酸化炭素排出量の推移
我が国の二酸化炭素排出量の推移
(資料)環境庁


 大気中の二酸化炭素の濃度は、産業革命前には280ppm程度でしたが、世界の人口増加と産業の発展に伴い増加の一途をたどっています。岩手県での観測によると、平成7年の年平均濃度は363.4ppmでした。
 世界の二酸化炭素排出量(化石燃料消費とセメント生産に伴うもの)は1992年時点で61.0億tC(炭素換算トン)と推計されて、排出量は1950年時点と比較して約4倍に増大しています。近年は開発途上国における排出量が著しく増加しています。
 平成5年度の我が国における二酸化炭素排出量は冷夏、不況によるエネルギー需要の伸びの鈍化などにより前年度に比べやや減少し3億2400万tCとなりました。しかし、速報値などを基に推計した平成6年度の排出量は3億4000万tC以上に増加すると見込まれています。

世界の二酸化炭素排出量の推移
世界の二酸化炭素排出量の推移
(資料)CDIAC: Cabon Dioxide Information Analysis Center
    オークリッジ国立研究所二酸化炭素情報解析センター推計値


1995年のIPCCの第2次評価報告書によれば、人為的影響による地球温暖化が既に起こりつつある相当数の証拠があるとされ、何も対策をとらなかった場合の地球全体の平均気温は、2100年には現在に比べて約2度上昇し、海面水位は約50cm上昇すると予測されています。
 このような状況を踏まえ、国際的には1994年3月に気候変動枠組条約が発効し、また、国内では、平成2年10月に策定された「地球温暖化防止行動計画」に沿って対策が進められています。

オゾン層の破壊
 成層圏下層にあるオゾン層がクロロフルオロカーボン等のいわゆるフロンガスによって破壊されると、オゾン層に吸収されていた有害な紫外線の地上到達量が増加し、人類や生態系に重大な影響を及ぼすと懸念されています。
 南極においては、1970年代末から毎年春(北半球では秋)にオゾンが著しく少なくなる「オゾンホール」と呼ばれる現象が起きています。1995年も最大規模であった過去3年と同程度の規模のオゾンホールが観測されています。
 近年のオゾン層破壊の深刻な状況を受けて、モントリオール議定書の策定による生産規制の実施やその段階的強化など、国際的取組が行われています。また、使用済みのフロンの回収・再利用・破壊等の促進が課題となっています。

オゾン全量分布図
オゾン全量分布図
(資料)気象庁


酸性雨
 酸性雨は硫黄酸化物や窒素酸化物などの大気汚染物質が大気中で硫酸塩や硝酸塩に変化し、これを取り込んで生じる酸性度の高い雨のことをいいます。酸性雨により、湖沼、河川等が酸性化し魚類に影響を与えたり、土壌が酸性化し森林に影響を与えることが懸念されています。
 我が国では既に欧米並の酸性雨が広く観測されていますが、生態系への影響について明確な兆候は見られていません。
 酸性雨は発生源から数千キロも離れた地域にも影響を及ぼす広域的な環境問題であり、国際的な取組が不可欠です。近年発展著しい東アジア地域において硫黄酸化物や窒素酸化物の排出量が増加していることから、この地域の酸性雨が将来深刻な問題となるおそれが大きく、その影響の未然防止を図るため、東アジア酸性雨モニタリングネットワークの構築等の国際的協力を推進していく必要があります。

酸性雨の状況(第2次酸性雨対策調査)
酸性雨の状況(第2次酸性雨対策調査)
(資料)環境庁


窒素酸化物等による国内の大気汚染
 我が国の大気汚染状況は、二酸化硫黄、一酸化炭素については近年良好な状況が続いていますが、二酸化窒素、浮遊粒子状物質については大都市地域を中心に環境基準の達成状況は低水準で推移しています。
 二酸化窒素は、高濃度で呼吸器に好ましくない影響を与えるほか、一酸化窒素等を含めた窒素酸化物として酸性雨や光化学大気汚染の原因物質となるため、一層強力な対策の推進が必要です。
 浮遊粒子状物質は、大気中に浮遊する粒子状の物質のうち大きさが10μm以下のものをいい、微少なため大気中に長時間滞留し呼吸器に影響を及ぼします。浮遊粒子状物質のうちディーゼル排気微粒子については、発ガン性や気管支喘息、花粉症などの健康影響との関連性が懸念されているため、現在、その調査・研究が進められています。

二酸化窒素年平均値の推移(継続測定局平均)
二酸化窒素年平均値の推移(継続測定局平均)
(資料)環境庁


騒音・振動・悪臭
 騒音・振動・悪臭は、主に人の感覚に関わる問題であるため、生活環境を保全する上での重要な課題となっています。それぞれの苦情件数は全体的に年々減少傾向にあるものの、各種公害件数の中では大きな比重を占めており、発生源も多様化しています。

主な典型7公害の種類別苦情件数の推移
主な典型7公害の種類別苦情件数の推移
(資料)公害等調整委員会


海・川・湖等の水質汚濁
 我が国の水質汚濁の状況は、環境基準の設定されている有害物質については、前年度に引続きほぼ環境基準を達成しています。しかし、有機汚濁については、なお全体の3割の水域で環境基準が達成されていません。湖沼や内海、内湾などの閉鎖系水域では、汚濁物質が蓄積しやすいため水質の改善や維持が難しく、特に湖沼は、富栄養化の進行により水道水の異臭味、漁業への影響等の問題が生じ、環境基準の達成率も低くなっています。
 また、都市内河川は、生活排水の増加によって負荷が大きくなっています。このため、下水道の整備や普及啓発をはじめとする生活排水対策等が進められています。

環境基準(BOD又はCOD)達成率の推移(水域別)
環境基準(BOD又はCOD)達成率の推移(水域別)
(資料)環境庁


地下水
 地下水は、重要な水資源ですが、昭和50年代後半より有機塩素系化合物による地下水汚染が顕在化しています。これらは、多くの場合、有害物質やこれらを含む排水、廃棄物の不適切な管理が原因と考えられています。また、多肥集約農業や畜産廃棄物、生活排水等が原因となって硝酸性窒素による地下水汚染が明らかになり始めており、汚染地域における調査対策が必要となっています。

土壌汚染・地盤沈下
 土壌は環境の構成要素の一つであり、無機物、有機物、微生物及び動植物は土壌を媒介の一つとして循環しています。また、人間生活の面から見ても、農業基盤、天然資源、保水能力、地下水の形成、生態系の維持など人間生活に必須のものといえます。農用地の土壌については、近年新たな汚染の発見はありませんが、汚染検出面積は7,140haに達しており、対策が進められております。又、市街地の土壌については、昭和50年以降の累計で232件の汚染事例が報告されており、近年判明件数は増加傾向にあります。
 地盤沈下は、地下水採取制限等の規制により長期的には沈静化の方向に向かっていますが、農業用水や消雪用の取水などにより依然として沈下が著しい地域があります。

廃棄物・リサイクルの現状
 平成4年度の一般廃棄物の排出量は、原料対策の進展や景気の後退を受けて、年間5,022万トン、前年比1.1%減と9年ぶりに減少となりました。しかし、依然として最終処分場は逼迫しており、特に首都圏地域においてその確保が問題となっています。

ごみ排出総量と一人一日当たり排出量の推移
ごみ排出総量と一人一日当たり排出量の推移
(資料)厚生省


スチール缶の再資源化率の推移
スチール缶の再資源化率の推移
(資料)あき缶処理対策協会


アルミ缶の再資源化率の推移
アルミ缶の再資源化率の推移
(資料)アルミ缶リサイクル協会


 このような状況を改善するために、廃棄物の発生抑制、再資源化、再利用が緊急の課題となっています。紙、スチール缶、アルミ缶のリサイクル率は増加傾向にありますが、平成4年度の一般廃棄物全体の再資源化率は3.9%にとどまっています。
 また、平成4年度における産業廃棄物の総排出量は約4億300万トン、前年比約1%増となりましたが、景気後退等により増加率は鈍っています。
 処理状況については、全体の約40%が再生利用され、22%が最終処分されている。最終処分場の残余年数は非常に少なく、一般廃棄物以上に最終処分場の確保が大きな問題となっています。

産業廃棄物の総排出量の推移
産業廃棄物の総排出量の推移
(資料)厚生省


我が国の植生
 我が国は、自然植生や植林地等なんらかの植生(緑)で覆われている地域が全国土の92.5%あり、そのうち森林は国土の67.0%を占め、森林の割合は世界的に見ても高い状況にあります。しかし、市街地などで面的にまとまった緑を欠いた地域が広がり、国土全体では自然性の高い緑は限られた地域に残されているのが現状です。
 自然植生の分布を見ると、6割近くが北海道に分布しており、他に東北、中部の山岳部や日本海側と沖縄に多く分布しています。一方、近畿・中国・九州では、自然植生の分布が非常に少なく、山地の上部、半島部、離島等に点在しているにすぎません。

熱帯林の減少
 熱帯林は、二酸化炭素の吸収源や地球の放射及び水バランスの調整に重要な役割を果たし、生物多様性の保存のためにも重要な機能を有しています。近年における熱帯林の急速な減少は森林資源の枯渇のみならず、生息している生物種の減少を招いています。また、森林消失による大量の二酸化炭素の放出が地球温暖化を加速させることが懸念されています。

植生区分別の分布状況(地方)
植生区分別の分布状況(地方)

 熱帯林の減少の原因は非伝統的な焼畑耕作、過度の森林伐採などが指摘されていますが、この背景には開発途上国における貧困、人口問題、土地制度等の社会的経済的な要因があります。

絶滅のおそれのある野生生物種
 人類は野生生物種を生活の糧として、また、道具の素材等様々な形で利用し共存してきましたが、こうした活動が時には乱獲につながり、また、巨大化する社会経済活動が生息地を破壊するなど、野生生物種は、減少や絶滅の圧力を受け続けています。
 我が国では、絶滅のおそれのある種を国内希少野生動植物種として指定し、保護等の対策を講じていますが、現在、動物種では、「絶滅種」22種、「絶滅危惧種」110種が確認されており、植物種に関しては、絶滅寸前の種として147種、絶滅の危険のある種として677種が存在しているとの報告があります。

イヌワシ
イヌワシ
日本イヌワシ研究会提供


自然とのふれあい
 近年、都市の身近な自然の減少や国民の環境に対する意識の向上等に伴い、人と環境との絆を深める自然とのふれあいのニーズが高まっています。自然公園の利用者数は、昭和60年代以降徐々に増加し、平成6年では9億9,987万人となっています。
 自然公園は、国立公園、国定公園、都道府県立自然公園の面積を合計すると国土面積の14%になります。これらの自然公園の保全を一層強化するとともに、より快適な利用を確保するために、自然の保全や復元の推進や高度な自然解説や利用指導により優れた自然学習が体験できるフィールドの整備等を行う「自然公園核心地域総合整備事業(緑のダイヤモンド計画)」が平成7年度から実施されています。

自然公園核心地域総合整備事業(緑のダイヤモンド計画)
自然公園核心地域総合整備事業(緑のダイヤモンド計画)
(資料)環境庁


ヒートアイランド、光害など
 首都圏などの大都市圏においては、大量のエネルギー消費に加え、地面の大部分がアスファルトに覆われているため、水分の蒸発による温度の低下がなく、夜間気温が下がらないというヒートアイランドと呼ばれる現象が起きています。
 また、過剰な屋外照明やネオンなどからの必要以上の光の放出によって、夜間星が見えにくくなったり、動植物の生態に影響を与える光害が最近注目されています。全国星空継続観察でも、都市の規模が大きくなるにつれ、星空が見えにくくなっているという調査結果が出ています。
 そのほか、電磁界による健康への影響や、スギ花粉症の発症メカニズム等について研究が行われています。

東京の年平均気温の経年変化図
東京の年平均気温の経年変化図
(資料)気象庁


環境保全に関する国民の意識
 環境基本計画において、国民は、人間と環境とのかかわりについての理解を深め、日常生活に起因する環境への負荷を低減し、身近な環境をよりよいものにするための行動を、自主的積極的に進めることが期待されています。
 しかし、各種の意識調査からは、国民の意識としては、環境問題への認識はあるものの、環境への影響の少ない生活様式に変えることなど、具体的行動の面では、意欲、活動ともに進んでいない現状がうかがえます。

過剰消費の生活スタイルの変更は可能か「実行できる(やっている)」の比率(地域別)
過剰消費の生活スタイルの変更は可能か「実行できる(やっている)」の比率(地域別)
(出典)(財)旭硝子財団「第4回地球環境問題と人類の存続に関するアンケート」


環境保全に望ましい活動の推奨
 環境への負荷の少ない商品の購買を推進するため、エコラベリング事業の一つとしてエコマーク事業が行われています。対象商品は年々増加し、平成7年末で66類型、2,105ブランドとなっています。
 このような環境保全型商品は順調に商品類型を増やしてきましたが、経済全体で環境保全型商品を積極的に購入していくため、企業、行政機関、民間団体、学識経験者等の協力のもと、平成8年2月に「グリーン購入ネットワーク」が発足しています。

エコマーク商品類型と認定商品ブランド数のトレンド
エコマーク商品類型と認定商品ブランド数のトレンド
(資料)環境庁


むすび

 1992年(平成4年)に地球サミットが開催され、世界が持続可能な開発という大きな課題に合意してから4年が経過し、その進捗状況の評価が問われてきています。今日の経済社会システムと国際社会の構造を持続可能なものに変えていこうとする挑戦は、様々な困難を抱える各国と世界の現状の中で本当に現実を変えつつあるのでしょうか。
 国内では、環境基本法、環境基本計画により、環境政策の基本理念と枠組、長期的施策の方向が定められ、国際的には、気候変動枠組条約と生物多様性条約が発効し、これらに沿って、政府の環境保全に向けた取組の率先実行計画や生物多様性国家戦略の決定、容器包装のリサイクルの促進法の制定施行、アジア・太平洋地域における地球温暖化や酸性雨対策をめぐる国際協力、その他の施策が進展しつつあります。しかしながら、内外の環境問題の推移には、悪化ないし横ばいの傾向も見られ、楽観できない状況にあります。
 もとより、持続可能な開発の実現は、人口、資源・エネルギー、環境、開発のすべてに関わる目標であり、広範な分野における長期のたゆまぬ取組が必要です。そして、それを効果あるものとし、継続させていくには、経済社会を構成する人、企業、政府等が、現代文明の中での暮らしや経済行動が環境にどのように依存し影響しているかを知り、その原因と構造を理解し、将来にいかなる影響を及ぼし得るかを共通の基盤に立って見通して持続可能な未来に一歩ずつ近づいていく努力が求められます。これを可能にするのは、まさに現代文明を構築してきた人間自身であり、その認識し、理解する力と過去・現在・将来を見渡せる想像力、具体的な取組の行動、それに必要な経済社会の仕組みと科学技術の変革、経済社会を成り立たせているパートナー間の連携協力でありましょう。
 本年の報告では、日々の生活の中から環境との関係を知り、地球生態系の摂理を理解し、これに合った経済社会システムへの変革に取り組み、パートナーシップの下に具体的行動を広げることを通じ、持続可能な開発を実現していくための手法と条件について考察しました。世代を超えた長期の課題である持続可能な開発は、現在と将来の世代のニーズに公平にこたえるように不断に進化を続けていく過程です。地域の住民と行政と企業の間で、山や里と都市の間で、国境を越えてパートナーシップを広げ、地球環境を共有する将来世代や他の生物にとっても、持続可能な未来を築いていく取組はようやく軌道に乗り始めたところであり、さらに本格的なものとしていかなければなりません。

住民参加でつくった水路で遊ぶ子どもたち(滋賀県甲良町)
住民参加でつくった水路で遊ぶ子どもたち(滋賀県甲良町)
(財)日本グラウンドワーク協会提供