環境省環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書平成24年版 環境・循環型社会・生物多様性白書状況第1部第1章>第2節 持続可能な環境・経済・社会の実現に向けた世界の潮流

第2節 持続可能な環境・経済・社会の実現に向けた世界の潮流

 前節では、リオ+20を中心に、持続可能な社会の実現に関する国際的な議論の潮流について見てきました。リオ+20において主要議題の一つとなるグリーン経済については、資源制約の克服と環境負荷の軽減、経済成長の達成、生活の質と福利の向上を同時に実現する経済のあり方や解決策を示そうとするものであり、国際的にも大きな関心が高まっています。

 この節では、国連環境計画(UNEP)が2011年11月に公表した「グリーン経済(Green Economy)」と、2011年5月に経済協力開発機構(OECD)がグリーン成長戦略の一環として公表した「グリーン成長に向けて(Towards Green Growth)」の2つの報告書に基づき、環境・経済・社会の持続可能性の追求に関する世界の潮流を概観します。


表1-2-1 UNEPのグリーン経済とOECDのグリーン成長

1 UNEPにおける「グリーン経済」

 UNEPの報告書では、「グリーン経済」を、環境問題に伴うリスクと生態系の損失を軽減しながら、人間の生活の質を改善し社会の不平等を解消するための経済のあり方であると定義しています。「グリーン経済」では、環境の質を向上して人々が健康で文化的な生活を送れるようにするとともに、経済成長を達成し、環境や社会問題に対処するための投資を促進することを目指しています。また、気候変動、エネルギーの安定確保、生態系の損失の問題に直面している世界情勢の中で、国家間・世代間での貧富の格差を是正することに焦点が当てられています。

 この「グリーン経済」の達成のための政策的な手法として、効果的なグリーン経済への移行を促進する分野への政府投資・支出の優先付け、自然資本を減じさせる分野への支出の減少、消費者志向をシフトさせグリーン投資や技術革新を促進させる税や市場メカニズム、人材訓練支援への投資、国際連携の強化、効果的な規制的手法、自然資源の正当な価値の評価、研究開発や技術革新のための投資等が挙げられています。また、農業、漁業、水等の自然資源に依存している貧困層に焦点を当て、その持続可能で公平な管理のあり方について分析が行われています。生産部門、運輸部門、エネルギー転換部門等、エネルギーや資源の消費が比較的大きい部門については、省エネルギー・省資源の潜在的な可能性について言及されています。これらのレポートにおいては、環境に配慮するということが、経済の効率性を向上させるだけではなく、公平な社会を築くためのものであることが強調されています。

2 OECDにおける「グリーン成長」

(1)グリーン成長の考え方

 OECDの報告書において、グリーン成長(Green Growth)とは、経済的な成長を実現しながら私たちの暮らしを支えている自然資源と自然環境の恵みを受け続けることであると考えられています。その重要な要素として、生産性の向上、環境問題に対処するための投資の促進や技術の革新、新しい市場の創造、投資家の信頼、マクロ経済条件の安定等が必要であることを指摘しています。グリーン成長は、資源制約が投資効率の悪化の要因となったり、生物多様性の損失などの自然界の不均衡が不可逆の悪影響を及ぼす要因となるリスクを低下させると考えられています。


表1-2-2 グリーン成長における重要な要素

 これらの課題に取り組むためには、経済政策と環境政策を相互に強化するとともに、中長期的な施策が必要であるとされています。具体的な制度の枠組みとしては、税制等の経済的手法、適正な補助金政策、基準の設定による規制的手法等が挙げられています。これらの政策は、技術革新、環境配慮型の投資の促進、組織経営のあり方の変革等、社会経済活動における様々な局面で大きな役割を果たすとされています。

 また、グリーン成長に伴って新しい市場が創出されることで、雇用、市場、家計等に幅広い影響が生じることから、この社会経済の変化への配慮が必要であるとしています。雇用について、新規雇用の創出を伴う一方、リスクにさらされる雇用もあり、新しい技術に応じた雇用者の技能の向上が必要であるとしています。市場への影響については、企業の競争力に影響を与えることから、関係者を交えた議論を行うとともに、分野横断的な制度設計が必要であるとしています。また、これらの変化は、生産物の価格等に関係することから、家庭の消費行動や家計への影響にも注意を払うことが必要となります。

(2)OECDにおけるグリーン成長の計測のための指標体系

 OECDにおいては、グリーン成長に向けた取組の進捗状況を評価するために、25のグリーン成長指標が提言・整備されています。この指標群は4つのグループに分類されており、経済成長と環境との関係について、[1]生産性・効率性がどの程度高いか、[2]自然資源がどの程度残されているか、[3]社会経済活動が人の健康や環境に悪影響を及ぼしていないか、[4]グリーン成長を支える政策が効果的に実施されているか、それぞれの視点で統計的な手法を用いて評価されています(図1-2-1)。


図1-2-1 グリーン成長に関する評価体系

 生産性については、炭素生産性や資源生産性等の指標が用いられています。自然資源のストックについては、生物多様性の損失の状況のほか、森林資源や地下資源の賦存量等が用いられています。人の健康や環境への影響は有害物質や大気汚染の状況によって評価されます。グリーン成長に関する政策については、研究開発予算や雇用状況等の社会経済関連の指標が用いられます。これらの指標は、OECDのグリーン成長が目指す姿を客観的なデータを用いて表現したものだともいえます。グリーン成長の取組を進めるに当たっては、中長期的な政策展開に加えて、これらの客観的な数値を用いた評価が欠かせないと考えられます。


エコロジカルフットプリントからみる環境・経済・社会の関係


 OECDの「グリーン成長」とUNEPの「グリーン経済」は、いずれも、資源制約や環境問題を社会経済における重大なリスクであるととらえた上で、環境・経済・社会のいずれの側面においても持続可能性を追求しようとしている点で、描いている将来像は同じであると考えることができます。

 一方で、両者では、環境・経済・社会の3つの側面の問題の中での重点の置き方に差違があります。OECDでは、社会経済が成熟期に入っている先進諸国において今後の成長や環境負荷の低減が特に大きな課題となっていることを踏まえ、資源制約の克服と環境負荷の解消を図りながら経済成長を同時に達成することを目指している点で、環境と経済の接点に特に注目していると考えることができます。また、UNEPにおいては、開発途上国において貧困撲滅や環境問題の解決が主要な課題となっていることを踏まえ、環境問題に伴うリスクを軽減しながら人間の福利や不平等の改善を目指しているという点で、環境問題と社会問題の接点にも焦点を当てていると考えられます。

 環境と経済、環境と社会の接点を、それぞれ、エコロジカルフットプリントを用いて解釈をしてみましょう。エコロジカルフットプリントは、我々の生活を支えるために必要とされる生物的生産物の需要量を「グローバルヘクタール(Gha)」という理念上の面積に換算して示した数値であり、人間の社会経済活動が地球環境に与える総体としての負荷の傾向を知ることができます。つまり、Ghaの数値が大きいほど、自然資源を多消費し、大きな環境負荷をかけていることになります。

 上図は、エコロジカルフットプリントを縦軸にGDPを横軸に取り、国別に示したものです。これを見ると、先進国を中心として、国民1人当たりのGDPの高い国は、エコロジカルフットプリントの値も高い数値になる傾向にあることが分かります。このことは、先進国が依然として環境に強い負荷を与えている社会経済活動を行っていることを示すとともに、BRICsをはじめとする経済成長が著しい新興国については、現在の社会経済の構造が変わらない限り、今後、環境負荷が増大する可能性が高いことを示唆しています。

 下図は、エコロジカルフットプリントを縦軸に、人間開発指数(HDI: Human Development Index)を横軸にとったものです。HDIは、GDP・平均寿命・識字率・教育水準に関する指標の各値に重み付けをして計算した統合的指標であり、人々の生活の質や発展の程度を示しています。この図を見ると、アフリカをはじめとした開発途上国の多くでは、環境負荷も低いが人々の生活の質も低い状況に置かれている一方で、先進国では、生活の質も高いが環境負荷も高いという状況がうかがえます。このことは、先進国においても開発途上国においても、生活の質の向上を達成しながら環境負荷も少ない社会の姿からはほど遠い現状を示唆しています。


経済的な豊かさとエコロジカル・フットプリントの関係

エコロジカルフットプリントからみる環境と社会の関係

 OECDの「グリーン成長」も、UNEPの「グリーン経済」も、このような環境・経済・社会の深刻な現状を地球規模の問題であるととらえ、それぞれの視点から持続可能な社会の実現に向けたプロセスのあり方を提言しているのだと理解することができます。このような世界の潮流の中で、我が国がどのような社会経済のあり方を目指すのかは大きな課題です。