第4章 持続可能な社会の実現に向けた日本の貢献

 豊かで持続可能な社会を実現するためには、第2章及び第3章で見てきたように、生物多様性というストックに支えられた生態系サービスを持続的に利用していくことと併せて、環境分野における技術革新を進め、環境と経済の好循環を生み出す新たな経済社会システムの実現を図ることが大切です。我が国には、環境分野での優れた技術やシステムの蓄積があり、これを国内でさらに発展させ、世界に展開していくことで、世界の持続可能性の向上と我が国及び世界の豊かさの実現に貢献することができます。

 第4章では、まず、持続可能な社会の実現に関する国際的な潮流を概観した上で、グリーン・イノベーションを通じた成長に向けた我が国の取組について、基盤となる資金・金融や教育の側面を含めて見ていきます。また、持続可能な社会を実現する上で特に重要な分野である循環型社会づくり及び低炭素社会づくりに向けた取組について、技術・システムの革新やその国際的な展開に焦点を当てながら、より具体的に紹介をしていきます。

第1節 持続可能な社会への道

 この節では、まず、世界の主要な国際機関によって進められている持続可能な社会づくりに向けた取組を眺めます。続いて、我が国におけるグリーン・イノベーションを通じた持続可能な社会づくりとそれに必要な環境政策のあり方を見ていきます。また、グリーン・イノベーションの促進に求められる研究開発等の資金や環境金融、人材教育について、政府の取組を見ていきます。

1 持続可能な社会づくりに向けた動き ~世界のグリーン・グロースの潮流~

 持続可能な社会づくりに向け、国際的な取組が積極的に進められています。経済協力開発機構(以下本章において「OECD」という。)では、平成21年に開催された閣僚理事会において、「グリーン成長に関する宣言」を採択し、「グリーン成長戦略」を策定することを決定するとともに、その策定に向けた取組強化等を表明しました。同宣言を受けて発表された「グリーン成長戦略中間報告: 持続可能な未来のための公約の実施」(OECD、平成22年5月。以下本節において「中間報告」という。)では、「過去の経済成長パターンが環境面において持続不可能であることに対する懸念の強まりと、将来の気候危機の可能性に対する意識の高まりによって、環境と経済はもはや切り離して考えられないことが明らかになっている」との認識のもと、各政府がよりグリーンな成長へと移行する上で現在直面している多くの主要な問題に関して、暫定的な結論を提示しています。こうした中、OECDでは、グリーン成長に向け、組織を挙げて取組を行っています(図4-1-1)。


図4-1-1 OECDにおけるグリーン成長に向けた取組

 中間報告では、よりグリーンな成長を実現するため、生産と消費をどうすれば変えることができるかという観点に対して、グリーン成長戦略は、市場型アプローチ、規制・基準、研究開発(R&D)優遇措置、消費者による選択を促進する情報関連措置など、様々な政策の組合せを必要とするとした上で、特に明確な市場シグナルを発するよう、政策の組み合わせの核心には、汚染や希少資源利用に対する税などを通じた適正な課金を据えるべきであるとしています。しかし、市場型の手段だけでは、よりグリーンな消費及び生産パターンへの転換をもたらすには十分ではないともしており、市場の失敗の結果、価格シグナルへの反応が鈍くなった場合などにおいては、規制も必要となるとしています。そのほか、消費者及び生産者の環境への意識を高める上で、自主的措置や、省エネ格付けや優れたデザインのエコラベルといった情報関連措置などのアプローチも、重要なサポート役を果たすことができるとしています。また、イノベーションはどのような役割を果たせるかという観点に対しては、イノベーションは、グリーン経済及び雇用創出の極めて重要な牽引力となるとしており、クリーン技術や関連の知識の開発・普及を加速させる政策も、政策の組み合わせの重要な柱となるとしています。

 これに加え、OECDでは、持続可能な社会づくりに関して、持続可能性評価(SIA:Sustainability Impact Assessment)と呼ばれる新たな手法について検討が進められています。OECDによるとSIAは二つの機能を有しています。その一つは、環境・経済・社会の持続可能性が十分に考慮され、かつ、分野横断的で長期的な視点及び無形資産に対する斟酌が行われた統合的な政策策定のための緩やかな政策ツールとしての機能であり、もう一つは、ある政策や計画等がもたらしうる環境的、経済的、社会的な影響を策定の前段階で評価するプロセスとしての機能です。この評価手法には、手順やフレームワークについてのコンセンサスは未だ存在しませんが、OECDでは概ね8つの段階のプロセスに分けられるとしています(図4-1-2)。このSIAが政策の決定に際して用いられている例として、ベルギーが挙げられます。ベルギーでは、2010年(平成22年)に開始された制度であるため課題はあるものの、連邦レベルにおける一定の法律等について持続可能性に与える影響を事前に評価することが法律で定められており、評価においては、評価の対象となる法律等の必要性や望ましい代替案に関する検討等が行われます。


図4-1-2 持続可能性影響評価(SIA)の一連の流れ

 国際連合(以下本節において「国連」という。)においても世界の持続可能性に関する検討が進められています。国連では、持続可能な発展を促進し、世界の人々を貧困から救う挑戦に向けた解決策を議論するため、「地球の持続可能性に関するハイレベル・パネル」を新たに設置し、平成22年9月に初会合を開催しました。このパネルへは、日本から鳩山由紀夫前首相が参加しています。初会合では、潘基文事務総長が、2050年に人口が現在の約50%増となるが、その年までに50%の温室効果ガスを削減しなければならないとする「50-50-50チャレンジ」を訴えました。この会議の最終報告は、2011年(平成23年)末に潘基文事務総長に行われることとされています。

 また2012年(平成24年)には、国連持続可能な開発会議(以下本節において「リオ+20」という。)が開催される予定です。リオ+20は、1992年(平成4年)にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議から20年後という機会に開催されるものであり、「持続可能な開発及び貧困根絶の文脈におけるグリーン経済」及び「持続可能な開発のための制度的枠組み」が議題とされる予定です。現在、準備会合等が開かれ、2012年の開催に向けた準備が進められています。

 アジア開発銀行(以下本節において「ADB」という。)においても、アジア・太平洋地域における持続可能な成長の推進に向けた取組が行われています。ADBでは、2008年(平成20年)に「環境に調和した持続可能な成長の推進」を含む3つの中心戦略を定めたストラテジー2020を策定し、活動を行っています。このストラテジー2020では、アジアの力強い経済成長は、域内の天然資源の減少をもたらし、都市部と農村部の両方で環境劣化を加速し、気候変動に影響を与えていることや、貧困層の多くは天然資源に頼って生計を立てているため、環境と調和した持続可能な成長でなければ、貧困をなくすことはできないという認識を示しています。この認識に基づき、ADBは、環境と調和した持続可能な成長を実現するため、環境に優しい技術の利用、環境保護対策の採用、そしてこれらを実行するための組織的能力の構築を支援していくこととしています。また、ストラテジー2020では業務等の目標も掲げられており、「環境に調和した持続可能な成長の推進」に関しては、二酸化炭素排出量削減と気候変動に取り組むプロジェクトなど環境に調和した持続可能な開発に対する支援を拡大することを目標としています。

 このように、世界の主要な国際機関において、持続可能性を前提とした発展が重要な課題であるとの認識のもと、様々な取組が進められており、環境への配慮を通じた持続可能な社会づくりは、世界的な潮流となっています。


OECDが行う環境保全成果レビュープログラム


 OECDでは、各加盟国等が行う環境政策を、各加盟国が相互に評価・勧告等を行うレビューを通じて、環境政策の充実を図る取組が行われています。OECDが行う環境保全成果レビューは、1992年(平成4年)から実施され、毎年約4か国程度について、加盟国相互による環境政策等の審査が行われています。この取組の主要な目的は、加盟国及び関係協力国が、その環境保全の成果を各国それぞれにかつ全体として向上させることにあります。これまでに日本は、1994年(平成6年)に第1回目の審査、2002年(平成14年)に第2回目の審査を受けてきており、2010年(平成22年)5月に環境政策委員会の環境保全成果作業部会において行われた対日審査が第3回目の審査となります。その結果は、グリーン成長、気候変動、廃棄物及び生物多様性などの環境分野等に関する全38項目の勧告を含む報告書として、2010年11月にOECDから公表されました。本報告書では、日本は、エネルギー効率化や研究開発等に重点を置き、エネルギーと気候政策を効果的に統合させてきており、気候に関する研究開発で世界をリードしている等の評価を受けています。他方で、OECDから日本に対しては、環境政策の一層の推進のために、以下のような様々な項目にわたる勧告が盛り込まれました。このレビュープログラムでは、環境政策の実施状況に加え、環境の状態の改善状況についても審査を行い、公表されるため、各加盟国による積極的な環境政策の推進が期待されます。


対日環境保全成果レビューの審査の様子


対日環境保全成果レビュー報告書公表イベントの様子


第3次対日環境保全成果レビューの主な勧告の内容


2 グリーン・イノベーションを通じた成長と環境政策

(1)グリーン・イノベーションの必要性と日本の目標

 経済成長は、人類の繁栄に求められる健康や教育などに寄与してきました。世界の例を見ても、経済的な発展と比例する形で、平均寿命が延び、識字率や大学進学率が伸びてきています。その一方で、これまで世界全体としては、経済成長を果たすにあたって、環境への配慮が必ずしも十分ではありませんでした。今後求められる経済成長における環境制約への配慮として、例えば、90億人が住む世界では、全員が今日のEU平均所得及びその年率2%成長に相当する所得水準を追求した場合、気候安定化のため炭素原単位を年平均11%超引き下げなければならないとも言われています。これは1990年以降の炭素原単位の改善実績の16倍の速さに相当します。

 これまで以上に環境制約を考慮した経済成長を実現するためには、環境分野における技術革新を実現しつつ、新たな制度設計や制度の変更、新たな規制・規制緩和などの総合的な政策パッケージにより、低炭素社会づくりを推進するとともに、環境技術・製品の急速な普及拡大を後押しすることが不可欠となります。これらを通じて、我が国のトップレベルの環境技術を普及・促進し、また世界へ広げていくことで、世界的な環境と経済の好循環を達成していくことが求められます。また、こうした取組を進めることは、経済成長の促進につながり、雇用の確保にもつながります。

 平成22年に策定した「新成長戦略」では、グリーン・イノベーションを促進すること等を通じて、我が国のトップレベルの環境技術を普及・促進し、世界ナンバーワンの「環境・エネルギー大国」を目指すとしています。また、この新成長戦略に基づき、21の国家戦略プロジェクトを設定し、グリーン・イノベーションにおける国家戦略プロジェクトとしては、「固定価格買取制度の導入等による再生可能エネルギー・急拡大」、「環境未来都市」及び「森林・林業再生プラン」の3つを定めました。これら3つのプロジェクトについては、2020年までに実現すべき成果目標の設定とともに工程表を作成し実施しています(図4-1-3)。


図4-1-3 新成長戦略 21の国家戦略プロジェクト工程表(抄)

(2)多様なグリーン・イノベーション

 グリーン・イノベーションは、様々な産業部門において多様な形で起きます。

 OECDが行ったグリーン・イノベーションの事例に関する研究によると、グリーン・イノベーションは、その対象である「ターゲット」及び手段である「メカニズム」によって区分されます(図4-1-4)。このうち、「ターゲット」は生産における「プロセス」及び「プロダクト」、「マーケティング手法」、生産者の「組織」、単独の会社を超えたより広い社会的な「仕組み・制度」に分類されます。また「メカニズム」は技術の小規模な「改良」、生産物などの大きな変更を伴う「再設計」、それまでとは異なる材料などを導入し機能を代替させる「代替手法」及びまったく新しい商品や生産プロセスの導入等の「創造」に分類されます。グリーン・イノベーションの効果については、「ターゲット」、「メカニズム」及びその両方の相互作用によるとされています。その他にも、グリーン・イノベーションの効果は、社会技術的文脈によるともされており、一般的に、特定の「ターゲット」についてみた場合、「創造」の方が「改良」に比べ大きな環境的利益の可能性を持つとされています。


図4-1-4 グリーン・イノベーションの事例分析

 このOECDの研究によると、例えば自動車及び輸送部門では、気候変動等の環境問題に対応するという観点からは、燃料の使用に伴う二酸化炭素及びその他の排出の削減が一般的な対策の目標になるとした上で、この部門におけるグリーン・イノベーションは、主に、「プロセス」及び「プロダクト」を対象に、「改良」や「再設計」を手段として技術的な進展が図られるとしています。また、電子機器部門では、製品の「改良」や「再設計」を通じて、製品利用時におけるエネルギー使用の抑制に向けたグリーン・イノベーションに対して取組がされてきているとする一方、電子機器の需要の増大に伴い、製品のリサイクルを推進するような組織的な見直しによるイノベーションも起きうるとしています。こうした個別の産業における事例を分析した上で、このOECDの研究では、グリーン・イノベーションに対するアイデアや活動は、「改良」から「創造」に渡る「メカニズム」及び「プロダクト」から「制度」に至る「ターゲット」の一連の枠組みの中で捉える事が最適であるとしています。

(3)グリーン・イノベーションに資する環境政策の考え方

 グリーン・イノベーションを推進する上で、環境政策が重要な役割を果たします。

 OECDの研究によると、イノベーションに関する環境政策については、大きく分けて、供給側の政策と需要側の政策に分類されます。供給側の政策としては、研究の初期の段階におけるベンチャーキャピタルファンドの設置などを通じた資本支援や、大学や基礎研究機関への資金等の提供による研究開発支援(R&D)などがあります(図4-1-5)。また、需要側に対する政策としては、規制や基準の設定や、主要な消費者でもある公共部門が、環境負荷が低い財やサービスを購入する公共調達等の政策が挙げられます(同図)。また同研究によると、イノベーションを効率的に促進させるためには、これまで伝統的に行われてきた供給側に対するイノベーション政策と同時に、需要側に対する政策手段の活用も考慮していくことが必要としています。


図4-1-5 イノベーションに関する環境政策の分類

 また、環境政策の策定においては、経済的手法が規制的手法と比較して一般的にイノベーションを誘発する効果が高いとしながらも、経済的手法のなかでも、その方法によって大きく効果が異なることから、イノベーション促進の政策が、「厳しさ」、「安定性」、「柔軟性」、「範囲」及び「深度」の5つの特徴を含むように設計されることが求められるとしています(図4-1-6)。


図4-1-6 イノベーションの促進に求められる政策の特徴

 再生可能エネルギー分野など、新しい技術を含む分野の普及を進めるに当たっては、その技術の市場における発展状況に応じた形で適切な政策対応が行われる必要があります。OECDではグリーン成長の実現のための主要な政策手段として、「中間報告」の中で暫定的な評価結果をまとめており、その中では、低炭素社会づくりに資する再生可能エネルギー技術の普及を実現していくためには、再生可能エネルギー技術の市場の発展状況に応じた形で適切な政策対応が行われる必要があるとしています。また、その技術の成熟段階や普及の段階が高まるのに併せて、市場における競争の度合いを高めていくことが求められるともしています。

 再生可能エネルギー技術の普及に関する適切な政策対応について具体的に見てみると、「中間報告」では、再生可能エネルギーの技術の発展段階を「試行・実証段階」、「コスト差の高い段階」、「コスト差の低い段階」及び「成熟段階」の4つに分けて議論しています(図4-1-7)。その議論では、再生可能エネルギー技術の普及に当たっての初期段階である「試行・実証段階」又は「コスト差の高い段階」においては、補助金や税制措置により継続的な研究開発・実証支援が求められるとしています。また、政策の対象となる再生可能エネルギー技術の普及が進み、他の技術との競争力の差が比較的小さくなった「コスト差の低い段階」においては、排出量取引などの技術中立的な政策をとりつつ、他の技術との競争状態を強め、徐々に消費者の需要や市場の競争に委ねていくことが求められるとしています。さらに、他の代替技術との競争が可能な状態になり、当該技術の大規模な普及の準備が整った段階である「成熟段階」においては、各種支援措置は廃止され、自発的な需要に任せた発展に委ねられるべきとしています。こうした環境技術の市場における発展状況に加え、市場や政策が十分に機能することを確保するため、関連する情報及び教育の欠如等の非経済的な障害を取り除く必要性や、予見可能で透明な支援の枠組みの必要性があるとしています。


図4-1-7 再生可能エネルギー技術の市場における発展段階と求められる環境政策

 以上見てきたように、グリーン・イノベーションに向けた政策においては、研究開発や実証に対する支援のほか、高コストの設備投資などの負担、市場化に時間がかかる技術に対する長期的な投資が行われるためのインセンティブの設定、需要喚起及び補助金などの誘導策等、政府の役割が重要視されています。そうした状況下において、グリーン・イノベーションに関する政策決定や、政策の経済学的な評価手法など、政策の企画・推進を行うための基盤が必要といえます。こうした点に加え、各国政府の環境政策に関する動向や、日本企業・産業の優位性についての分析情報を把握することは、環境政策に関する選択肢を増やすことにつながります。これらを踏まえ、環境と経済の好循環を支える新たな技術経済パラダイム構築に向け、図4-1-8に挙げた取組が重要であると考えられます。


図4-1-8 グリーン・イノベーションに向けた取組


環境経済観測調査


 環境政策を行うに当たっては、環境技術等の市場における状況を考慮しつつ、将来の環境関連市場の動向を見極めながら行う必要があります。こうした状況を受け、環境省では、平成22年度から、新たな統計調査として、環境経済観測調査を実施しています。この調査は、環境ビジネス関連企業の景況感等の動向を年2回の調査で継続的に把握するものであり、環境ビジネスに係る具体的な振興施策の企画・立案や政策の効果の評価等の基礎資料として活用するとともに、調査結果の公表を通じて環境ビジネスの認知度向上を図り、その発展に資することも目的としています。

 同調査の平成22年12月調査における結果によると、環境ビジネスは、ビジネス全体と比較して、良い業況にあります。環境ビジネスを現在実施中の企業について、当該環境ビジネスの状況を尋ね、それを全回答企業の会社全体の状況とDI(良いと答えた企業の割合から悪いと回答した企業の割合を引いた値、%ポイント)で比較したところ、「現在」、「半年後」及び「10年先」の全てにおいて、環境ビジネスのDIが全産業を上回り、10年先にかけて一層高まる傾向がみられました(図参照)。


環境ビジネスの業況DI

 このように環境ビジネスは全体としてみて将来の発展が期待されている一方、どの環境ビジネスがこれを牽引するかは、時点によって異なっています。例えば、「現在」において業況が良いと考えられている環境ビジネスとしては、エコポイントの対象となる省エネルギー型家電製品や、助成制度の対象を含む高効率給湯器が上位に挙げられていますが、半年先では、家電エコポイント制度が終了するなか、景気回復期待からほかの業種で緩やかにDIが改善する傾向がみられます(表参照)。さらに10年先の見通しをみると、ほとんどの環境ビジネスでDIはプラスとなり、「良い」と考える企業の割合が「悪い」と考える割合を上回りましたが、その中でもLED照明や断熱材等の省エネルギー関連製品の製造や、ESCO事業等の省エネルギーコンサルティングが上位となりました(同表)。また、消費者、企業の活動が広く環境配慮型に変わる中、様々な情報提供へのニーズが高まると見られているほか、風力、水力、バイオガス発電等の再生可能エネルギーへの期待も高まっています。企業の研究開発や設備投資、雇用等の判断は、こうした中長期的な事業見通しに基づいて行われますが、いずれも多額の経営資源を固定するために重大な経営判断を必要とする場合が多くなります(同表)。将来見通しには不確実性がつきものですが、企業が安心して環境ビジネスへの展開を図っていくためには、将来へ向けた政策指針を積極的に提示していくとともに、関連産業、金融部門と一体となったサポートを検討し、環境ビジネスの健全な成長を実現することが重要と考えられます。


環境ビジネスの業況見通し(DI上位5ビジネス)


3 持続可能な社会づくりに資する技術を支える資金と環境金融

(1)日本における環境分野への研究費の支出とその傾向

 上記の2で見たような、環境問題の解決に資する新たな技術等は、各主体の積極的な取組が無くしては生まれません。民間企業においては、研究開発や従業員への教育に対して多額の投資を行いながら技術力の確保を図り、市場における競争力の確保に努めています。そうした行動を見て分かるように、環境問題に対応するために必要な技術開発を進めていくためには、それに応じた研究開発投資を適切に行っていくことが求められます。

 日本で支出されている科学技術研究費について見てみると、環境分野への研究費の支出が他の分野に比べ重要視されている現状が見えます。環境分野研究費は平成14年度以降増加傾向にあり、平成21年度までに約4,000億円増加しています(図4-1-9)。また、環境分野研究費の科学技術研究費総額に占める割合は、平成14年度以降一貫して上昇してきています(同図)。なお、平成21年度については、景気の落ち込みを反映して科学技術研究費全体が前年度に比べ減少し、環境分野への研究費も減少しています(同図)。これは、科学技術研究費全体の約7割程度を占める企業等による研究費が、前年度比12.1%減と大幅にマイナスとなったためと考えられます。しかし、環境分野への研究費は減少しているものの、その減少率は科学技術研究費全体の減少率に比べて小さく、環境分野における研究は相対的に重要視されている現状がうかがわれます。


図4-1-9 環境分野研究費及びその科学技術研究費総額に占める割合

 また、政府の経費のうち地球環境の保全、公害の防止並びに自然環境の保護及び整備に関する経費である環境保全経費について見てみると、調査研究の総合的推進に関する予算等を含む各種施策の基盤となる施策等の予算額が近年増加していることが分かります。平成23年度における環境保全経費における各種施策の基盤となる施策等は、総額は約997億円であり、環境保全経費の約8.25%に相当します(図4-1-10)。各種施策の基盤となる施策等は、平成20年以降増加傾向にあり、平成23年度予算については、前年度比で約18%の増額となっています。


図4-1-10 環境保全経費における「各種施策の基盤となる施策等」の総額及び割合の推移

 環境関連の科学技術関係予算を用いた研究開発によって多くの成果が出ています。例えば、環境省では、これまで大容量ラミネート型リチウムイオン電池に係る研究開発を推進してきています。2010年(平成22年)末には、民間において大容量ラミネート型リチウムイオン電池を搭載した電気自動車の販売が開始されました。このように、環境関連の国の各種研究開発成果が、民間における実用化開発に着実に結びつく事例も見られます。(図4-1-11)。また、当初の技術開発成果で用途として想定されていた電気自動車/HEV/プラグインHEV以外にも、種々の用途の蓄電/電源システムへの組み込みが可能であり、この電池を適用することで、更なる二酸化炭素の大幅削減効果が期待されます。具体的には、全体システムへの応用として電動産業機器への適用が考えられるほか、分散電源システムとの協調運転による二酸化炭素の削減効果の拡大が見込まれる上、フォークリフト、建設機械などへの適用の可能性があります。このように、国として科学技術の研究開発に予算を投じることによって、枯渇性資源に依存しない社会づくりに資する大きな成果がもたらされています。


図4-1-11 実用化された電気自動車用リチウムイオン電池の例

(2) 環境金融の新たな役割

 環境問題の解決には、あらゆる社会の仕組みを持続可能なものに変えることが必要です。あらゆる経済活動はお金を媒介としており、社会の仕組みを変えるには、お金の流れも変えていくことが重要です。このことは、金融にとって、社会に対する責任でもあるといえます。中央環境審議会に設置された環境と金融に関する専門委員会が2010年(平成22年)6月にまとめた報告においては、環境金融を「金融市場を通じて環境への配慮に適切な誘因を与えることで、企業や個人の行動を環境配慮型に変えていくメカニズム」と定義し、具体的に期待される役割としては、(a) 1,400兆円を超える我が国の個人金融資産を含めた資金を、環境保全に資する事業活動や環境ビジネス等に対して供給していくこと及び(b) 環境配慮に取り組む企業を評価・支援することの2つを挙げました。また、報告では、新たな提案としては、年金基金による社会的責任投資(SRI)の取組促進、企業の環境情報の開示の推進等を挙げていますが、このうち家庭・中小企業における低炭素機器の初期投資負担軽減策であるエコリース事業については、平成23年度からの実施が決まっています(第3節2(1)カ参照)。

 環境金融は、投資、融資、保険等の業態で展開されていますが、日本においてウエイトの高い間接金融の分野では、銀行等において環境分野への多様な取組がみられます(表4-1-1)。この一つに、2004年(平成16年)度に日本政策投資銀行が環境省の環境ガイドライン等に沿って構築した環境格付融資があります(図4-1-12)。企業の環境保全の取組は社会として望ましい一方、企業の収益を直接改善しないことが多く、取組水準が低位にとどまる可能性がありますが、環境格付融資では、環境汚染リスクの低減等を融資先の経営安定化に資すると評価して融資条件の優遇を行います。地方銀行等の地域金融機関が地域の企業とともに発展を目指すという考え方がありますが、環境格付融資においては、融資先、金融機関、そして両者の関わる社会全体が利害を共有することで、持続可能な発展に資する企業の取組の水準を高めるものとなっています。


表4-1-1 預金金融機関の環境関連事業


図4-1-12 環境格付融資の流れ

 環境省では、環境格付融資の促進のため、平成19年から、金融機関が環境格付融資を行い、併せてその融資先が二酸化炭素排出量の削減を誓約する場合に、利子補給を行っています。こうした支援もあり、環境格付融資を行う金融機関は2011年(平成23年)4月時点で47機関と、前年の33機関から大きく広がっています。

 また、日本銀行では、デフレ克服へ向けた中長期的な成長軌道を引き上げていくことを目的に、2010年(平成22年)6月「成長基盤強化を支援するための資金供給」を開始しました。これは、政府の新成長戦略等に掲げられた18分野などへの取組方針を提出した金融機関に対し、融資実績を踏まえて低利資金を供給するものです。2010年4~12月の累計投融資額をみると、環境・エネルギー分野における融資実行額は最多の6,719億円と全体の3割近くに達しており、成長分野として期待をあつめていることがうかがわれます(図4-1-13)。今後は、金融機関が新たな成長事業を見つけ、育成する「目利き」機能を発揮し、環境・エネルギー分野の中でもリスクを伴う新たな技術開発や事業化などへの資金供給を通じ、次代を担う事業への発展を支援していくことが望まれます。


図4-1-13 成長基盤強化分野別の実行状況

 このほか、銀行、信金等ではビジネス・マッチングを通じて、金融仲介ではなく、情報仲介の役割を強化しています。金融機関は、取引先企業との関係を深める中で、財務面だけでなく、事業全般に関する問題意識を共有し、アドバイスを求められる場合が少なくありません。そこで、販売・仕入、技術開発、税務・経営面のコンサルティング等の課題に対してパートナーを紹介するビジネス・マッチングを行っています(図4-1-14)。このビジネス・マッチングでは相対で商談を斡旋するほか、展示会・交流会方式のマッチングを、場合によっては複数の金融機関が共同で開催し、取引先企業の間で今後の取引も念頭においた情報交換が行われます。環境などにテーマを絞ることにより、成約率を高めるなど、マッチングの効果を高める取組がみられ、環境省でも、平成22年5~6月に全国7会場で実施した「チャレンジ25日本縦断キャラバン」においては、地域金融機関の協力も得て、エコ・ビジネス・マッチングを実施しました。


図4-1-14 ビジネスマッチング概念図

 今後の環境金融の進展へ向けて、先述した環境と金融に関する専門委員会による報告書における提言の一つとして、有志の金融機関による日本版環境金融行動原則(仮称)の策定が挙げられています。この日本版環境金融行動原則(仮称)については、平成22年8月に末吉竹二郎氏(国連環境計画金融イニシアティブ特別顧問)の呼びかけに賛同する金融機関等により起草委員会が設けられ、22年度中は行動原則の理念や各金融機関等が取り組むべき基本原則を定める前文・総論部分について議論がなされました。また、平成23年度には業務別のガイドラインの策定に引き続き、行動原則全体への署名の開始を予定しています。この行動原則は、幅広い業態、様々な規模の金融機関の参加を得て、今後の日本における環境金融の議論のベースとなっていくことが期待されています。

4 持続可能な社会づくりに資する知恵の基盤となる教育

(1)環境問題の解決に向けた人材の育成

 世界的に見て、日本の博士課程の学生の数が少ないとされています。日本の博士課程の学生の数は7.5万人と言われており、EUの約53万人及びアメリカ約46万人に比べると大きな差があります。しかしながら、環境問題の解決のためには、持続可能な社会づくりに向けた新しい技術等の研究開発を行い、それらの普及等を幅広い視点から進めていく高度な専門知識を持つ人材が求められます。また、そのような高度な専門知識を持つ人材だけでなく、企業、行政、NGO等様々なセクターで経済社会をグリーン化するため、法学、経済学、工学等の専門分野の知識を縦軸として持ち、環境・持続可能性という分野横断的な知見及び鳥瞰的視点を横軸として身につけたT字型の人材も求められています。 

 こうした中、日本では環境分野におけるT字型人材の育成について、様々な取組が行われています。例えば、「アジア環境人材育成ビジョン」の中で描かれた環境人材を育成するため、環境省では、大学、企業、NGO等の産学官民連携により環境人材を育成するためのコンソーシアムの設立を支援してきたところであり、2011年(平成23年)3月に設立された同コンソーシアムと連携して、今後更なる取組を進める予定です。また、環境人材育成に取り組むアジアの大学院のネットワーク化を目的として、国連大学高等研究所と連携して、2008年(平成20年)に、大学院レベルでの教育・研究に持続可能性の教育を統合するネットワーク、通称ProSPER.NETを開始しました。2011年3月現在で、同ネットワークには、日中韓、アセアン諸国、インド、オーストラリア等から21の高等教育機関が参加しています。

(2)こども達への環境教育の重要性と持続可能な開発のための教育(ESD)

 環境問題の解決のためには、環境技術の発展や高度な専門知識を持つ人材の育成だけでは十分ではなく、国民一人一人の環境問題に対する理解が大切です。「子どもの体験活動の実態に関する調査研究」報告書(独立行政法人国立青少年教育振興機構、平成22年)では、幼児期から義務教育終了までの各年齢期における多様な体験とそれを通じて得られる資質・能力の関係性について調査を行ったところ、子どもの頃に「動植物との関わり」が多い大人ほど、休みの日は自然の中で過ごすことが好きであるといった「共生感」が高いことや、子どもの頃に海や川で泳いだこと等の「自然体験」が多い大人ほど、人前でも緊張せずに自己紹介ができるといった「人間関係能力」が高いとの調査結果が出ています(図4-1-1516)。この調査結果から分かるように、子どもの頃の体験は、その後の人生に影響を与えるといえます。このことを鑑みると、国民一人一人の環境問題に対する理解を深め、環境問題の普及啓発を図る上で、子どもに対する環境教育は重要な役割を果たすと考えられます。


図4-1-15 「動植物とのかかわり」と「共生感」の関係

図4-1-16 「自然体験」と「人間関係能力」の関係

 子どもに対する環境教育や子どもによる自然とのふれあいが重要であるとの認識に基づき、政府においても様々な取組が進められてきました。例えば、環境省では、子どもに対する環境教育に資するため、全国の環境教育・環境学習資料の提供を行う情報データベースサイトを整備している他、ホタルなどの水辺に生息する生きものを守るこどもたちの活動の報告を募集し、ユニークな活動や地域に根ざした活動などを環境大臣が表彰する「こどもホタレンジャー」や、自然体験プログラムの開発や子どもたちに自然保護官の業務を体験してもらい、自然環境の大切さを学ぶ機会を提供する等の取組を行ってきています。また、環境問題を真に解決するには、一人ひとりが環境の保全の重要性を心から認識し行動することが必要不可欠であることから、環境教育・普及啓発施策について、理念から実際の施策の進め方まで再整理し、関係省庁や環境省外の有識者の参画も得ながら、今後の施策の在り方を検討し、これを実際の施策に反映することが求められます。このため環境省では、文部科学省と連携をとりながら、環境大臣政務官をリーダーとする「今後の環境教育・普及啓発の在り方を考える検討チーム」を発足させ、これからの環境教育及び普及啓発の方向性等について、外部の有識者を交え検討を行っています。

 政府では、NPO・NGO等との連携により、地域における環境教育や持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)を推進しています。例えば環境省では、ESDを推進するため、モデル的な実践を行うことにより得られた成果を踏まえ、関係省庁や関係団体と連携して、地域における多様な主体の参画により、地域に根ざしたESDの取組を全国的に普及させる仕組みとして、ESD活動の登録制度(+ESDプロジェクト)を開始しました。

 なお、上記の環境人材育成やESD活動の推進は、産官学民が、教育や子育て、まちづくり、防犯・防災、医療・福祉、消費者保護などに共助の精神で参加する「新しい公共」の推進にもつながります。


地方公共団体の取組 -ソーラーカーと小中学生-


 地球温暖化等の環境問題に適切に対応していくためには、研究開発の促進や環境教育等の取組が重要であり、地方公共団体においても、こうした観点に基づく取組が様々な形で進められています。

 こうした取組の一つとして、東京都江東区では、小中学生が主体となってソーラーカーを制作することを通じて地球環境問題に取り組む「ソーラーカーチャレンジ計画」が行われています。この取組は、東京都が平成21年度に創設した「東京都地球温暖化対策等推進のための区市町村補助制度」の一つである「提案プロジェクト」に基づき進められています。これは、東京都の区市町村から創意工夫に基づいて提案された地球温暖化対策への取組の中で先駆的かつ波及効果が高いと認められる提案に対して補助を行うものです。

 平成21年度から開始したこの「ソーラーカーチャレンジ計画」は、平成23年度に開催される鈴鹿ソーラーカーレース出場を目指した計画で、区内の小中学生が主体となり、大学や民間事業者の協力のもと進められています。平成21年においては、夏休み期間中を利用して10回の講座・実習が行われ、完成したソーラーカーと計画の路程についての展示会が実施されました。また、平成22年には、日本の大学と民間企業が共同で研究を行い、オーストラリアで開催されたソーラーカーレースで優勝した世界一のソーラーカーの見学や、計画の中間発表を行うとともに、車体の制作を進めています。こうしたこども達に対する環境教育と科学技術の応用とを結びつけた地方自治体の取組によって、環境問題の普及啓発が地域に密着した形で進むことが期待されます。


芝浦工業大学との共同作業の様子


世界一のソーラーカー見学の様子



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