第4章 水の星地球−美しい水を将来へ−

第1節 地球とわが国の水環境の状況

1 地球上の水

 「青い惑星」といわれる地球は、約14億km3とされる水によって表面の70%が覆われています。そのうち、97.5%は塩水で、淡水は残りの2.5%にすぎません。しかも、淡水のおおよそ70%が氷河・氷山として固定されており、残りの30%のほとんどは土中の水分あるいは地下深くの帯水層の地下水となっています。そのため、人間が利用しやすい河川や湖沼に存在する地表水は淡水のうち約0.4%です。これは、地球上のすべての水のわずか0.01%に当たり、そのうち約10万km3だけが、降雨や降雪で再生され、持続的に利用可能な状態にあります(図4-1-1)。


図4-1-1 地球上の水の量

 これまで、人口増加や経済成長に伴う水需要の増大に対して、世界各地で地表水や地下水を中心に水資源開発が行われてきました。その結果、例えば、世界最大級の地下水層といわれるアメリカ合衆国・オガララ帯水層は、総面積が約45万km2、日本の国土面積の約1.2倍もあります。灌漑農業が始まってから2007年までの水位低下は、3,600を超える井戸の水位調査によると、平均で約4.3m低下し、3.0m以上低下した割合が約26%、7.6m以上が約18%、15.2m以上が約11%という結果でした。水位が3.0m上昇したのは、わずか2%でした(図4-1-2)。


図4-1-2 オガララ帯水層における水位の変化

 世界の年間水使用量は1950年に約1,400km3であったものが、2000年には約4,000km3と約2.9倍に増えています。これは、琵琶湖の水量約27.5km3の144倍に当たります。さらに、2025年には約5,200km3と、2000年の約1.3倍に増加する見込みです(表4-1-1)。


表4-1-1 世界の水需要量の推移

 人間が必要とする水需要量に対して、地球全体では水資源量は足りていますが、地域によって偏在していることが問題です(図序-2-9)。UNDPの「人間開発報告書2006」は、開発途上国に住む5人に1人(約11億人)が、国際基準である「家庭から安全な水源まで1km以内、1日20リットル以上の安全な水」を確保できない状況にあり、近場の不衛生な水を利用して病気を患い、命を失うこともあるとしています。

2 地球温暖化の影響

 IPCC気候変動に関する政府間パネル)第4次評価報告書によると、地球温暖化の進行により、今後、数億人が水ストレスの増加に直面し、干ばつと洪水の頻度の増加は、地域の作物生産、とりわけ低緯度地域の自給作物生産に悪影響を与えると予測しています。気候変動による世界平均気温の上昇に伴い、水資源にさまざまな影響が出ることが懸念されています。

 国立環境研究所、東京大学気候システム研究センター(現・大気海洋研究所)、海洋研究開発機構の共同研究チームが行った地球温暖化シミュレーションによると、将来の世界が経済重視で国際化が進むと仮定したシナリオでは、2071〜2100年の地球の平均気温は1971〜2000年と比較して4.0℃上昇する予測となりました。また、降水量については、中高緯度と熱帯の一部で増加、亜熱帯を中心に減少すると予測されました(図4-1-3)。


図4-1-3 2100年の世界の降水量の変化予測

 近年では、地域によって、異常多雨、異常少雨の出現数に有意な増加・減少傾向がみられます。ヨーロッパ域、北米域、南米南部域で異常多雨の出現数の有意な増加傾向があり、南米南部域、オーストラリア東部域では異常少雨の出現数の有意な減少傾向があります(図4-1-4)。


図4-1-4 異常多雨・少雨出現数の経年変化

 水資源に大きな悪影響が生じると予測される地域もあります。例えば、IPCC第4次評価報告書によれば、今世紀半ばまでに、カリブ海や太平洋等の多くの小島嶼において、少雨期の需要が満たせないほど、淡水資源が減少すると予測されています。これら島嶼地域では、降水量変化だけでなく、海面上昇も淡水資源減少の原因となる場合があります。透水性の岩石からなる島嶼の地下では、地下水(淡水)が海水(塩水)の上にレンズ状の形で浮いており(淡水レンズ)、この淡水レンズが、海面上昇によって押し上げられてしまうと利用可能な淡水量が減少してしまうためです(図4-1-5)。


図4-1-5 海面上昇による淡水レンズへの影響

 また、年降水量の変化を長期的にみると、1920年代半ばまでと1950年代頃に多雨期がみられ、1970年代以降は年ごとの変動が大きくなっていることが分かります(図4-1-6)。さらに、日降水量100mm以上の日数は、長期的に有意な増加傾向にあり、最近30 年間と20世紀初頭の30年間を比較すると約1.2倍に増加しています(図4-1-7)。


図4-1-6 日本の年降水量平年比の変化(1898〜2008年)


図4-1-7 日降水量100mm 以上の年間日数の経年変化


海洋の深層循環


 海洋の深層循環について、IPCC第4次評価報告書では、深層循環に何らかの傾向が存在するかどうかを判断する十分な根拠はないとされており、21世紀中に深層循環が大規模かつ急激に変化する可能性は非常に低いとされています。その一方で、現在のモデル予測により、大西洋の深層循環が21世紀の間に弱まる可能性が非常に高いという結果も出ています。


全球の海洋循環


3 水を起因とするさまざまな問題

 今後、人口増加、地球温暖化、新興国の成長(工業用水需要の増大)等により、 2080年にはさらに18億人が必要な水を利用できない状態になる可能性が指摘されるなど、世界的に水を巡る状況にはとても深刻なものがあります(出典:UNDP「人間開発報告書2007/2008」)。

[1]水資源の偏在と需要の見通し

 FAOのデータによると、各国の年間1人当たりの水資源量には大きな差があり、また、水資源量が少ない国ほど人口が多いなど、水資源が偏在している状況が分かります(図4-1-8)。UNESCOによると、今後アジア地域での大幅な水需要の増加が予測されています(図4-1-9)。1995年から2025年の30年間に世界人口が約1.4倍に増加すると予測されている中で、生活用水は約1.8倍、工業用水は約1.6倍と人口増加より急激に需要が増えることが見込まれており(図4-1-10)、農業用水は主に灌漑農地の増加が原因で揚水量が増えると見込まれます(図4-1-11)。地域によって水資源が偏在している状況も踏まえると、需要を満たせるかどうかが大きな問題といえます。


図4-1-8 年間1人当たりの水資源量と人口


図4-1-9 急増する水使用量


図4-1-10 世界の水使用の1995年と2025年の用途別内訳


図4-1-11 世界の穀物生産量とかんがい耕地面積の推移

[2]安全・衛生的な水の利用

 図4-1-8で示したとおり、世界の水資源は偏在しており、安全な水と衛生施設が利用できない人々は、主にアジア、アフリカ地域に集中しています。UNICEF及びWHOにおける調査結果によると、2008年に世界中で安全な水を利用できない人々が約8.8億人おり、アジア地域は約4.7億人(53%)を占めています(図4-1-12)。また、衛生設備がない地域に住んでいる人々が約25億人おり、アジア地域は約18億人(70%)と、いずれも大きな割合を占めています(図4-1-13)。こうした"水"と"衛生"の問題によって、毎年180万人もの子どもたちが死亡しています。これらは人類における最も重大な問題の一つであるといえます。


図4-1-12 開発途上国における安全な飲料水を継続的に利用できない人々の地域別人口


図4-1-13 開発途上国における基本的な衛生施設を継続的に利用できない人々の地域別人口

[3]世界中で起こっている水を起因とするさまざまな問題

 ア アラル海の縮小

 中央アジアのカザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海は、かつて世界で4番目に大きな湖でした。1960年代以降、アラル海に注ぐシル・ダリヤ川とアム・ダリヤ川から綿花や穀物の栽培のために大規模な灌漑用水の取水が行われて水位が下がり、面積の大きな縮小が続いています。2006年までの約50年間に面積で約71%、体積(水量)で91.5%が失われてしまいました(図4-1-14)。干上がった海底からは塩や砂、農薬が舞い上げられて、周辺の住民に深刻な健康被害をもたらしています。残された水は、塩分濃度が急速に上昇し当初の6倍もの濃度に達しています。かつては、5万トンもの漁獲高があったとされる豊かな海から魚はいなくなり、漁業ができなくなっただけでなく、周辺地域の気候を和らげていた水がなくなり、気候が厳しくなることで、綿花や穀物の生育条件も悪化したと考えられています。


図4-1-14 アラル海の水量、水位、塩分濃度の推移

 写真4-1-1の実線は、1960年頃のアラル海の範囲を示しており、この頃はひと続きであったものの、1980年代後半には南北に分かれ、2000年頃から南アラル海が東西に分かれて、さらに縮小が進行しています。2009年8月には南アラル海の東側がついに干上がってしまいました(写真4-1-2)。北アラル海は、2005年8月のコカラル・ダム竣工後、面積が回復しつつあります(表4-1-2)。


写真4_1_1 アラル海の衛星写真(平成12年8月19日)


写真4_1_2 アラル海の衛星写真(平成21年8月16日)


表4-1-2 アラル海の海面面積の推移

 イ バングラデシュ地下水のヒ素汚染

 インドとバングラデシュの国境にまたがる西ベンガル地域では、1983年に初めてヒ素汚染が公式報告され、その後、被害は拡大の一途をたどっています(図4-1-15)。この地域は、都市部を除き、飲料水や生活用水の大部分を汲み上げ式の井戸に頼っていますが、両国では人口増加と社会経済問題を同時に解決するため、地下水の汲み上げによる灌漑農業を1960年代から推進してきました。稲作地帯であることから、機械ポンプによって大量の農業用水を汲み上げる方法が取られました。その結果、ヒ素に汚染された地下水で、皮膚がん、肺がん、角化症、黒皮症などのヒ素中毒患者が多発しています(写真4-1-3)。2000年時点のバングラデシュでの被害状況は、ヒ素汚染地域の面積が約38,000km2(北海道の約半分の面積)に及び、汚染地域人口が3,800万人(推定)、ヒ素汚染水飲用人口が1,600万人(推定)、発症者数は不明という状況でした。国境を挟んだ西ベンガル州の被害状況は、面積が約37,000km2、人口が3,400万人、汚染水飲用人口が100万人、発症者数は20万人という状況でした。ヒ素汚染地域では人口の20%以上がヒ素中毒を発症し、年に8%の割合で患者が増加するという深刻な事態になっていました。バングラデシュ政府は、この状況を受けて、平成16年までに全国の井戸の調査を行い、同年3月からヒ素緩和国家政策を実施しています。日本は、平成10年からこの問題に対する支援を行っており、平成18年度から、西部の4県で約130万人の人々に安全な水を供給する体制を強化するためのヒ素汚染対策プログラムを実施しました。


図4-1-15 インド・バングラデシュ国境のヒ素汚染地域


写真4_1_3  ヒ素中毒症(色素異常)

 ウ 水をめぐる地域紛争

 世界では水をめぐって国家間の紛争が起きている地域があり、その原因として、上流地域の湖や河川、地下水の過剰取水という水資源配分の問題、上流での汚染物質排出や地下水汚染など水質汚濁の問題が挙げられます。アラル海では水の過剰利用、インダス川、ヨルダン川では水の所有権を巡って、ナイル川、チグリス・ユーフラテス川流域では水資源開発と配分を巡って争われています(図4-1-16)。


図4-1-16 世界各地の水紛争の例

4 日本の水需要の現状

[1]家庭における水の使用量

 私たちが「家庭用水」として一日に使用する水の量は、1人当たり約245Lといわれています。そのうち飲料用として使用されるのはわずか2〜3Lで、残りは炊事、洗濯、風呂、掃除、水洗トイレ、散水など、ほとんどが洗浄用として使用されています(図4-1-17)。一方、飲食店、デパート、ホテル等の営業用水、事業所用水、公園の噴水や公衆トイレ等に用いる公共用水をまとめて「都市活動用水」と言いますが、これを含めると、平成18年度には有効水量ベースで1人1日平均約305L使用しています。


図4-1-17 家庭用水の使用目的別の割合

[2]日本の水需給バランス

 日本では、安定した水供給施策の充実により、かつてのように水需要の急増に供給が追いつかない状況から脱却しつつあります(図4-1-18)。他方、地球温暖化による降雪量の減少等に伴い融雪時期が早まっている関係で、河川等管理における計画供給量と水利権量を対比した需給ギャップの縮小により、施設管理への影響の検討が必要となっています。


図4-1-18 利根川・荒川水系における水需給ギャップの縮小

[3]世界の水への依存を深める日本

 日本は世界の中でも水質、水量ともに安心・安定した水道供給がなされていますが、水ストレスと縁がないのでしょうか。日本は、食料輸入を通じて多くの世界の水を消費している国であるということを忘れてはなりません。生産に水を必要とする物資を輸入している国(消費国)において、仮にその物資を生産するとしたら、どの程度の水が必要かを推定した水の量を「バーチャルウォーター」といいます。

 日本の食料自給率(カロリーベース)は現在40%程度で、1965年から一貫して減少を続けており、主な先進国の動向とも異なっています(図4-1-19)。このことは、食料生産に使用される水の半分以上を海外に依存し、その度合いが高まっていることを示しています。2005年に海外から日本に輸入されたバーチャルウォーター量は約800億m3であり、その大半は食料に起因しています。これは、日本国内で使用される生活用水、工業用水、農業用水をあわせた年間の総取水量と同程度となっています(図4-1-20)。


図4-1-19 主な先進国のカロリーベースの食料自給率の推移(1965年〜2003年)


図4-1-20 2005年のバーチャルウォーター輸入量

 日本の水使用の状況を見ると、生活用水、工業用水、農業用水ともに需要が横ばいになってきており、水不足を懸念する状況にはないように思われます。しかし、食料等の安定供給を考える上で、それを支える水資源の状況を念頭に置いておかなくてはなりません。


琵琶湖の全循環


 琵琶湖では、夏には表層水温が26〜28℃である一方、最深部では6〜8℃しかないため、水温の成層が形成されています。秋から冬にかけて湖面が冷やされると、表層水の水温が下がって、成層が消滅し浅部の水と深部の水が混ざり合います。これを「全循環」と言います。しかしながら、気温上昇により湖水が冷やされず沈み込みが減少すると、全循環が減少し、湖底に酸素が供給されなくなって水質が悪化したり、それに伴う生態系への影響が出たりすることが考えられます。


琵琶湖(北湖)の全循環のイメージ



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