むすび

わが国の合計特殊出生率は2004年(平成16年)で1.29と極めて低い水準にあり、わが国の人口減少は避けられない状況です。今後、これにより、経済成長の鈍化、過疎化や地域コミュニティの衰退といった社会問題が顕在化する中、環境問題も一層大きな問題となります。
しかし、持続可能な社会の実現に向けて、人口減少時代を社会全体が量から質へと変えていく好機ととらえることも可能です。例えば、「人口減少」に対しては、一般に「衰退」「縮小」「わびしさ・さびしさ」といった否定的なイメージを持った若者たちが多くなる一方で、心の豊かさやゆとりある生活が志向され、また、花鳥風月を愛でる和の心が取り戻されるなど、さまざまな価値観に基づく幸せを追求する動きも見られるようになっています。
また、田舎暮らしを志向する自然回帰の高まりは、人間の自然への働きかけの減少に伴い、二次的自然環境の質が低下している里地里山地域など豊かな自然環境に目を向けるきっかけとなります。農林業などの一次産業が見直され、農林業の新規就業者やボランティアなどの増加により、地域社会を活性化させるとともに、地域における自然的・社会的な条件に応じ、人の生活・生産活動と地域の生物多様性保全とがうまく調整されるようなシステムの構築や、地域一丸となった目標に向けた取組が進むことが期待されます。
さらに、人口減少時代は、右肩上がりの経済成長時代にあった投資余力が乏しくなる結果、ストックを良質な状態に維持して活用していくことが避けられない状況となります。このことは、歴史の評価に耐えられる長持ちする本物づくりへの志向を高め、幕末に日本を訪れた外国人が一様に街並みを賞賛した江戸時代のように、世界に誇れる自然と共生した都会が生まれることも大いに考えられます。
平成18年4月7日に閣議決定された「第3次環境基本計画−環境から拓く新たなゆたかさへの道−」は、経済や社会の状況の変化を踏まえた「環境的側面・経済的側面・社会的側面の統合的な向上」、人口減少の中での国土・自然との関係を考える「環境保全上の観点からの持続可能な国土・自然の形成」など、環境政策の新たな展開の方向を示しています。今後は、この計画に基づき、政府が一体となって、多様な主体とも協力しつつ、「健やかで美しく豊かな環境先進国−HERB−」を目指した取組を進めていきます。
このような取組を通じて、子どもを生み育てる世代をはじめ、人々が健やかで美しい環境の中で、安心して幸せに暮らすことができると希望を持てるようにすることが、少子化の流れを変えていくことにもつながるものと考えられます。
人口減少時代においては、ゆとりある安定した社会を基盤として、国民一人一人が多様な価値観の中で、真に幸せな生き方を模索し、実現することができる社会づくりを進めていくことこそが、「持続可能な社会」の構築につながります。また、それは緑、水、空気、生き物を再生させ、自然環境の保護地域を中核とした国土レベル、地域レベルでの生態系ネットワークの形成を推進し、これらをうまく社会資本と組み合わせることによって、子や孫に自信を持って引き継げる都市環境が生まれるということでもあります。
「環境の世紀」とされる21世紀の到来からほどなく人口減少時代が到来しました。人口減少を乗り越えて持続可能な社会を構築することは、経済、社会そして環境のどの面からも決してやさしいものではありません。
例えば、次の総説2で見るとおり、高度経済成長の過程では、わが国は水俣病などの深刻な公害問題を生じさせ、それらの解決に向けて長く苦しんでいます。一方で、そうした試練を通じて、わが国は優れた環境技術や得がたい経験、教訓、反省を持った環境先進国となりました。
これと同じく、世界各国に先立って急激な人口減少を経験する日本において持続可能な社会が実現するならば、わが国は、世界に範を示す国際社会のリーダーとして、誇りをもって存在していくことができるはずです。


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