第1章 人口減少時代の環境

わが国は人口減少時代という新たな局面を迎えました。今後、人口減少に伴い、少子高齢化をはじめとする人口構成の変化や、地方部における急激な過疎化、都市の拡散などによる人口の地域偏在といった社会の変化が一層進むと予想されます。
これらが環境にどのような影響を与えるかについて、それぞれの変化ごとに検証していきます。

第1節 人口動向の変化と環境


1 人口減少に伴う環境の変化

今日の環境負荷の増大は、日常の生活と経済活動の拡大が一因となっています。このため、人口が減少することによって、資源やエネルギーの消費の減少をもたらすことから、長期的には環境負荷の低減に一定の効果があると考えられます。
しかし、短期的には人口減少が直ちに環境負荷の低減をもたらすとまでは、必ずしもいえないことが分かります。例えば、ここ数年の47都道府県の人口増加率と、ごみ総排出量の増加率(図1-1-1)、使用電力量の増加率(図1-1-2)をそれぞれ比較すると、いずれも人口減少とごみ総排出量や使用電力量の変化に相関性は見られません。これは、社会構造や価値観・ライフスタイルの変化、経済活動の進展などが人口減少による環境負荷の低減分を打ち消していることによるものと考えられます。

図1-1-1	都道府県における人口増加率とごみ総排出量の増加率の比較(平成10年度→15年度)


図1-1-2	都道府県における人口増加率と使用電力量増加率の比較(平成2年度→15年度)

また、人口減少は、労働力人口や消費者数の減少などを要因として、経済成長の鈍化や財政の悪化をもたらす可能性があると一般的にいわれています。これにより、環境保全のための投資や支出が減少し、環境技術の開発力や環境効率性が低下することも考えられます。
このように、人口減少に伴って人口構成の変化や経済社会の急激な変化は環境にも影響を及ぼす可能性があり、「人口減少に伴って環境負荷が低減し、環境が良くなる。」との考えは必ずしも妥当でないと考えられます。

2 家庭の変化と環境


(1)世帯構成の変化
少子高齢化が一層進展する中、単独世帯や夫婦のみの世帯数が増加し世帯の少人数化が進むことにより、世帯数は、総人口が減少に転じた後もしばらくの間増加すると予測されています(図1-1-3)。

図1-1-3	家族類型別世帯数、平均世帯人数の推計

ア 家庭のエネルギー消費量
世帯においては、風呂、湯沸器などの給湯設備や冷蔵庫、洗濯機、テレビなどの電気製品を共同で使用することが多いため、家庭におけるエネルギー消費量を見ると、世帯を構成する人数が少ないほど1人当たりのエネルギー消費量は増加すると報告されています(図1-1-4)。

図1-1-4	世帯人数別1人当たりエネルギー消費量

図1-1-3の世帯人数別の世帯数の推計値を基に、図1-1-4の世帯人数別のエネルギー消費量の実績値を使用し、その他の条件は変わらないと仮定して、将来のわが国の家庭におけるエネルギー消費量を試算すると、2010年(平成22年)までは、人口の減少による効果を世帯の少人数化による効果が上回ってエネルギーの消費量は増加を続け、2000年(平成12年)に対して4.0%増となります(図1-1-5)。

図1-1-5	世帯の変化に伴う家庭部門のエネルギー消費量の将来予測

また、光熱・水道費について、比較のしやすい単身世帯について見ると、年齢が高くなるにしたがって高くなっています(図1-1-6)。これは、高齢化による体温調節機能の低下から、暖房機器等を多用する傾向があること、定年退職等に伴って在宅時間が長くなり、家電製品等の使用時間が増加することなどが関係しているものと推測されます。高齢者の健康管理のためには、冷暖房に頼らざるを得ない面がありますので、今後、高齢化が進むことによっても家庭のエネルギー消費量は増加する可能性があります。

図1-1-6	世帯の光熱・水道費と消費支出に占める割合(単身世帯 月額)

イ 家庭ごみの排出量
世帯から排出される家庭ごみの量を見ると、世帯の構成人数が少なくなるほど1人当たりの家庭ごみの排出量は増加する傾向があります(図1-1-7)。家庭ごみにも、エネルギーの消費と同様、新聞・折込広告のように、世帯人数に影響を受けず、世帯として消費されるものが多いためと考えられます。今後、世帯の少人数化が進展することにより、1人当たりで見た家庭ごみ排出量も、エネルギー消費量と同様に増加することが懸念されます。

図1-1-7	世帯人数別1人1日当たり家庭ごみ排出量(2003年 川崎市)


コラム 食品ごみの量は料理を作る人の心がけ次第

食材の購入、調理など家庭での食事の主体となる食事管理者の年齢と、家庭で消費される食料(調理済み総菜や弁当類など家庭で調理しないものは含まない)の1人1日当たりの食品ロス(可食部分のうち食べ残されたり廃棄されたもの)との関係を見ると、食品ロス量は、食事管理者の年齢が高くなるほど増加する傾向があり、食品ロス率(可食部分に対する食品ロス量の割合)は、29歳以下及び50歳以上で高くなっています。(図1-1-8)。

図1-1-8	食事管理者の年齢別の食品ロス量、食品ロス率(1人1日当たり)

食品ロスとは、具体的には以下のものをいいます。
1)食べ残し(食事において、料理・食品として調理されたもののうち、食べ残されて廃棄されたもの)
2)直接廃棄(賞味期限切れ等で、食事において料理・食品として調理されずに廃棄されたもの)
3)過剰除去(可食部分にもかかわらず、調理の過程で骨や皮などの不可食部分に付随して除去され廃棄されたもの。大根の皮の厚むきなど。なお、当然に廃棄される野菜類、果実類の皮や魚の骨など、食品の不可食部分は含まない)
食べ残しについては、食事管理者の年齢や使用する食品の量にかかわらず、どの年齢層でも大きな変化はないことが分かります。
直接廃棄は、29歳以下の若い年齢層については、計画的な食品の購入、消費に不慣れであること、50歳以上については、子どもの自立等による家族の人数の減少に順応できない食品の購入行動等により、増加していると思われます。
過剰除去については、49歳までの年齢層に比べ50歳以上では、約2倍の排出量となっています。これは、50歳以上になると、家庭で食事をとる回数が多くなることにより、使用する食品の量が2割から3割多いことに加え、調理の過程で可食部分を不可食部分とともに切り取って捨ててしまう割合が多い食材(野菜類、果実類、魚介類など)を多く使用していることが原因と思われます。
一般に、現在の高齢者は若者に比べ「もったいない」という意識が強く、ものを大切にするといわれていますが、食品を多量に購入し賞味期限切れ等で多く廃棄していることから、必ずしもそうではないということが分かります。
飽食の時代に生まれ育った世代が、将来高齢者となったときに食品の購入や消費についてどのような行動をとるのか、環境負荷の点からも注目に値するところです。


(2)生活スタイルの変化
私たちの生活は、勤務時間帯が夜間や早朝に広がっていることなどを背景に、24時間中いつでも誰かが必ず活動する、いわゆる「生活の24時間化」が進んでいるといわれています(図1-1-9)。

図1-1-9	仕事の30分ごとの平均行為者率(平日・有識者)

ア 自動販売機
24時間いつでも商品を購入できる自動販売機は、平成16年12月末時点で5,548,100台となっており、今や自動販売機1台当たりの人口は23人と、世界一の自動販売機普及国となっています(図1-1-10)。

図1-1-10	自動販売機設置台数と1台当たり人口数

この結果、自動販売機工業会によると、自動販売機による平成16年の年間総消費電力量は約52億kWh、二酸化炭素排出量は約211万トン(二酸化炭素換算)となっており、国内総排出量の0.17%を占めるに至っています。
イ コンビニエンスストア
24時間営業の代名詞ともいえるコンビニエンスストアは、今や国民生活の一部となっており、近年、店舗数、床面積ともに大幅に拡大しています(図1-1-11)。

図1-1-11	コンビニエンスストアの店舗と床面積の推移

コンビニエンスストアの売場面積当たりのエネルギー消費原単位は、夜間営業を行う際の照明等の影響で、小売業平均と比べて約3倍になっています(図1-1-12)。

図1-1-12	小売業の売場面積当たりの二酸化炭素排出量

この結果、コンビニエンスストア全体の二酸化炭素排出量は増加の一途をたどり、2003年(平成15年)時点で254.9万トン(二酸化炭素換算)であり、国内の二酸化炭素総排出量の0.20%を占めています。また、1990年(82.3万トン)に比べ、310%の増加となっており、企業・公共部門の15年度の二酸化炭素排出量が対90年比6.9%増であることに比べれば、著しく増加しているといえます。
深夜営業の動きは、規制緩和の影響等により食品スーパーなど他の形態でも広がりを見せています。今後、世帯の少人数化や高齢化の進展に加え、24時間化の生活スタイルが浸透することにより、このような深夜営業の形態はさらに拡大していく可能性があります。

(3)これからの家庭生活のあり方
今後、人口は減少していきますが、世帯構成や生活スタイルの変化などによって、環境への負荷は増大する可能性があることを見てきました。わが国の二酸化炭素排出量のうち、家庭からのものが徐々に割合を大きくしてきています。二酸化炭素排出量の削減に向けての取組は待ったなしの状況です。
私たちは引き続き日常生活から発生する環境負荷を低減するよう努力していかなければなりません。例えば、温室効果ガスの削減を目指した国民的プロジェクト「チームマイナス6%」で提案されている「冷房は28℃、暖房時の室温は20℃にしよう」「過剰包装を断ろう」「コンセントからこまめに抜こう」や「家族同じ部屋で団らんして「コマメ」に節約しよう」など家庭でのこまめな取組、3Rの推進に向けた「計画的な食品の購入」による食品ごみの削減や「もったいないふろしき」「もったいないバック」の活用による容器包装の削減など、日常生活におけるちょっとした心遣いが大切です。今後は、そうした日常生活における環境配慮行動を根付かせていくための工夫ある取組が必要となります。

3 労働力人口の減少


(1)将来の労働力人口
経済成長を人材供給の観点からとらえる労働力人口は、2025年(平成37年)までに6,297万人と、2000年(平成12年)に比べ約7%減少すると見込まれています。
労働力人口の減少は、労働時間に変化がないものと仮定すると、労働力投入量の減少により生産量を減少させる方向に働くものと考えられます。現在の経済規模を維持させるためには、労働者1人当たりの生産量である生産性を向上させる必要があります。
生産性を向上させる手段として、IT化、機械化の進展による技術革新や省エネ、省資源の取組による生産コストの削減などがあります。これらの手段を組み合わせることにより、エネルギーや資源の消費が抑制され、環境負荷の低減が進みます。しかし、機械化の進展といった対応は、環境負荷を増大させる可能性も考えられることから、女性やニートなどの多様な労働力の活用や何度でも挑戦できる再チャレンジができる社会づくりなど、労働力人口の減少への対応を進めるとともに、労働力人口の減少が環境に及ぼす影響について注意する必要があります。

(2)2007年問題
昭和40年代にかけての深刻な公害やオイルショックを経験した団塊の世代(昭和22年〜24年の第1次ベビーブーム期に生まれた世代)が、2007年(平成19年)から大量に退職します。早期退職制度の活用による退職時期の分散など、2007年問題の緩和に向けた対策が進められているものの、一度に大量の退職者が生じることにより、企業・行政の双方において、技術・技能や経験の継承が課題となります。これは公害防止に関する規制対応をはじめとする環境対策の技術や、環境マネジメントに必要とされる知識や経験の継承についても同様に考えなければならない問題です。
ア 企業における課題
内閣府の調査によると、団塊の世代が大量に退職することについては、「労務コストの軽減効果」や「年齢構成の若返りによる組織の活性化」がポジティブな評価として挙げられています。一方で、「製造業における後の世代への技術・技能の継承」については57.9%が困難化するとしており、なお団塊の世代の知識や経験に依存しなければならないのが現状といえます(図1-1-13)。このことは環境保全に係る技術・技能、経験の継承についても同様のことが考えられ、特に環境マネジメントや規制対応の観点から重要であるととらえることができます。

図1-1-13	次世代への技術・技能の継承

アンケート結果(図1-1-14)によれば、事故の発生につながる要因として懸念される事項の最上位に「保安スキルを有する人材の減少(63%)」が挙げられています。保安と関連が深いと考えられる環境の分野においても、団塊の世代の退職に伴う技術者等の不足が問題となるおそれがあります。
一方、環境マネジメントや規制対応の観点からは、環境管理部門への適切な人員配置は極めて重要と考えられます。

図1-1-14	事故の発生につながる要因として懸念される事項

平成17年にはわが国を代表する大手企業による大規模な排水基準違反事件が発生しましたが、その企業が公表した報告書によれば、環境管理部門における人員の配置不足が事件発生の一因とされています。
今後、経験豊富な人材の大量退職により、企業における人員配置も影響を受けることが考えられ、その結果、環境管理上の問題が発生することも懸念されます。したがって、ブラックボックス化している技術や経験を目に見える形に直しながら引き継ぐ仕組みづくりを進める必要があります。
イ 行政機関における課題
地方公共団体においても、2007年問題については退職金による財政負担の増加や職員数の不足による住民サービスの低下等が課題とされているところです。環境保全の観点からは、昭和40年代、深刻な公害問題に直面する一方で、公害関係の法令が整備され、多くの都道府県・政令市では環境担当の職員の採用を進めました。今後、公害問題への対応や分析業務といった貴重な経験を積んだこれらの職員が退職するため、次の世代への継承を確実に実施しなければならないという課題を指摘することができます。また、従来から公害対策として進められている規制的手法の実施はもとより、科学的な知見の充実に努めながら、対策を講じなければならない地球温暖化対策や化学物質対策においても、十分な現場の把握とこれまでの公害経験が必要です。
深刻な公害を経験した、大規模な都道府県A、中規模都道府県B及び政令指定都市Cにおける環境専門職員(環境保全部門に主に従事する技術系の職員)の年齢構成は図1-1-15のとおりです。全国の都道府県における一般行政職員については、50代後半の職員の占める割合が1割を下回る一方で、これらの自治体の環境専門職員では全体の4分の1にも及んでいます。さらに、50代全体では半数近くを占めており、環境専門職員に関する2007年問題は、一般行政職員に関する問題に比べ、大きな影響を及ぼすと可能性があると考えられます。また、環境専門職員といった特定の職種を持たない場合の多い市区町村では、分析業務や監視測定業務等について外部委託が進められていますが、現場を理解した職員によるマネジメント体制を構築しなければなりません。

図1-1-15	都道府県における一般行政職員の年齢構成


(3)進められている対策
現在の労働力人口のうち、大きな割合を占める団塊の世代の一斉退職については、さまざまな視点から対策の必要性が訴えられてきたところですが、環境保全についても例外ではありません。
人口減少を経験したスウェーデンやフィンランド等の北欧諸国では、1990年代のバブル経済の崩壊後、知識集約型産業の育成を目指す政策転換が行われ、ネットワークコンピューティングの普及に的を絞った政策を実施しました。その結果、IT関連産業を中心に世界でも有数の高い競争力を持つことになり、生産性の向上と環境負荷の低減とのバランスも保つことに成功しています。
一方、わが国でも生産性の向上が環境負荷の削減につながる取組が開始されています。紙・パルプ産業のあるグループでは、生産性向上の観点から、効率の高い機械に生産を集中し、効率の低い機械の使用を控えるという生産体制の見直しを実施し、あわせて製紙工程で使用する排水や燃料の消費の低減を図っています。
製造業等においては、2007年問題における技術・技能や経験の継承に係る取組がすでに進められており、OJT(職場内教育・研修)や勉強会を通じた熟練技術者のノウハウの継承、ヒヤリ/ハット事例や経験のデータベース化が進められています(図1-1-16)。

図1-1-16	2007問題に対する取組

さらに、製造業のある企業では、公害防止管理者等の環境保全に係る資格の保有者が定年退職により減少していることから、環境管理体制を維持するために資格者の計画的な育成を進めています。また、環境マネジメントや規制対応の基礎として、工場をはじめとする現場の状況を熟知させるため、ベテラン技術者とともに業務を進め、経験を伝承する取組が進められています。
特に深刻な公害問題への対応に関する経験や技術は、具体的に数値化して説明できるものではないため、マニュアル化し、次世代に継承することには困難が伴います。このため、このような環境問題や環境対策に知識や経験を持った高齢者が、現役時代の経験等を生かすことのできる新たな活躍分野として、国内外で、現場や地域の草の根の環境取組のリーダーとして活躍する道を開くような社会的な仕組みを設けることが重要となります。


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