第2節 人口の地域偏在と環境


1 里地里山地域

人間と自然のかかわりあいが作り出してきた里地里山は、奥山自然地域と都市地域の中間に位置し、日本の国土の約4割を占めています。この地域では、里山の中核をなす二次林とともに、人工林、水田等の農地、ため池、草地等がモザイク状に組み合わされ、人為による適度な攪乱によって里地里山特有の環境が形成維持され、絶滅危惧種を含む多様な生物を育む地域となっています(図1-2-1)。また、里地里山は「第一次産業の場」であると同時に、都市近郊においては都市住民の身近な自然とのふれあいの場、環境学習のフィールドとしての重要性が高まってきています(図1-2-2)。

図1-2-1	里地里山地域と希少種の分布と重複関係


図1-2-2	ふれあい活動団体分布図


(1)里地里山地域の現状
ア 過疎化の進展
地方部に位置する里地里山地域等では過疎化が急激に進展しています。過疎化の要因としては、近年、人の移動による人口の社会減が縮小してきた一方、出生数の低下、死亡数の増加による人口の自然減が拡大傾向にあり、社会減と同水準にまで達しています(図1-2-3)。過疎化が進む地域では、集落消滅の可能性も指摘されており、「過疎対策の現況」(平成17年7月総務省)によると、過疎地域にある約49,000の集落のうち、約10%が集落機能を維持することが困難になっています。また、平成11年に国土庁が実施した過疎地域の市町村(当時1,230市町村)へのアンケート調査によると、全集落(当時48,689集落)のうち、2,109集落に消滅の可能性があります。

図1-2-3	過疎地域における人口増減(社会増減と自然増減)の推移

イ 農林業活動の停滞
里地里山では、農山村に定住してきた人々が農業及び林業を通じて、自然と対立する形ではなく順応する形で自然に働きかけ、うまく利用することによって、多様な生物を育むことのできる環境が形成され、自然と人間の共生関係が維持されてきました。
農業は、人間の生命の維持に欠くことができない食料を安定的に供給するとともに、農業生産活動を通じて国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等の多面的な機能を発揮するという特徴を有しています。しかしながら、近年、全国的に農業就業者数が減少するとともに、経験により培ってきた知識や技術を有する農業者の高齢化が進展しています(図1-2-4上段)。これに伴い、農業生産活動の停滞・後退や集落機能の低下が見られるとともに、耕作放棄地も拡大しており、特に、中山間地域などの傾斜の厳しい地域ほどその傾向が強く見られます(図1-2-5)。

図1-2-4	年齢別農林業就業者数


図1-2-5	耕作放棄地面積の推移

また、林業は、森林の整備を通じ、木材を生産するとともに、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の吸収・貯蔵や気温・湿度の調整を通じた気候の安定化、国土の保全、水源のかん養、生物多様性の保全など、人間の生存にとって欠くことのできない環境の基盤を育んでいます。しかしながら、国産材価格の低迷等による林業採算性の悪化、戦後のエネルギー革命による薪炭材の需要の低下などにより、森林所有者の施業意欲が低下して、林業生産活動が停滞しています。この結果、林業就業者については、高齢化が進むとともに、その数が大きく減少しています(図1-2-4下段)。また、森林では、更新、保育、間伐等の適正な手入れが十分に行われていない森林が一部で見られるようになっており、公益的機能の発揮への支障や、山村地域の経済や社会が停滞するおそれが生じています(図1-2-6)。

図1-2-6	育成途上の水土保全林のうち機能が良好に保たれていると考えられる森林の割合(平成15年末)


(2)里地里山地域における自然と人との関係の変化と生物多様性の危機
過疎化の進展、農林業の採算性の低下による農林業活動の停滞や生活・生産様式の変化等による二次林・草地の利用低下等により、適度な人為の働きかけによって形成・維持されてきた二次的な自然環境の質が変化し、こうした環境に特有の多様な生物が消失するなど、里地里山地域の生物多様性を含む自然環境への影響が懸念されています。
ア 水田
水田は、水管理や草刈りなど継続的な水稲作の営みなどの人為の働きによって、浅い水面を持つ湿地が形成・維持され、メダカやドジョウ等の淡水魚や、多様な昆虫や小動物の生息の場となっています。また、小水路から河川等へとつながる農村の水環境の中心として、水生動植物にとってなくてはならない環境を提供してきました。しかし、耕作放棄により水田が使われなくなると、水田が乾燥し、雑草が繁茂する結果、水田をすみかとするこれら水辺の生物の生息が困難になります。また、山間部の耕作放棄地にススキ、ヨシ等の多年生植物等が繁茂すると、イノシシ等の隠れ家として好適な環境となり、鳥獣害を招く場合があります。また、地下水のかん養機能が低下することにより、下流での湧水量が変化し、そこを生息の場とする生物への影響も考えられます。

写真	耕作放棄地 (財)自然環境研究センター提供

イ ため池
利用されないため池は埋立等により減少しており、その自然環境を失いつつあります。
香川県を代表する景観ともなっているため池群は、本来の目的である農業用水の確保だけでなく、環境省レッドデータブックで絶滅危惧TA類に分類されるニッポンバラタナゴの生息地としてその重要性が認められ、「日本の重要湿地500」(2001年環境省)にも選定されています。香川県の実態調査によると、昭和61年に16,304か所あったため池が、平成12年には14,619か所に減少しており、減少したため池のほとんどは山間部にあり、農業用水として利用されなくなったことが原因の一つとなっています。
ウ 二次林
コナラ、クヌギ、アカマツ林等は、薪や炭の優れた材料として、落葉は肥料として利用されてきました。このため、かつては10〜30年ごとに伐採されており、樹木は小さく、太陽が入る明るい林床が広がっていました。このような二次林では、明るい林床を好むカタクリ、その花に吸蜜するギフチョウのような昆虫も見られます。しかし、薪炭や肥料として利用されることが少なくなり、過疎化等の影響も受け、放置された二次林が多く見られるようになっています。放置された二次林では、木が大きくなり、ソヨゴなどの常緑広葉樹やササ類が成長し、林床に太陽光が届きにくくなるなど、動植物の生息・生育環境の変化により、こうした環境に特有の多様な生物の消失が懸念されます。

写真	荒廃山林 (財)自然環境研究センター提供

エ 人工林
人工林は植栽後の下刈り・除伐等の保育や、必要な時期に間伐等の適正な整備を行なうことによって、山地災害や地球温暖化の防止、水源かん養などの公益的機能を発揮します。
近年、林業の低迷により、適正な整備が行われない人工林が一部で見られるようになり、森林が本来もつ公益的な機能へ支障をきたすおそれがあり、林内にある草本や低木類が日照不足により十分生育できず、また、地表面の土壌が露出して降雨によって流れやすくなるなど、森林内やその周辺に生息・生育する動植物への影響等が懸念されます。
オ 人と鳥獣のあつれきの増加
人による適度な自然への関与が失われることによる影響は、サル、イノシシ、シカ等の野生鳥獣にも現れています。奥山の自然地域と里地里山地域との境界域や奥山の自然地域に生息していたこれらの中・大型哺乳類が、その生息分布域を拡大している傾向が見られます。図1-2-7は、日本全国を5キロメートル四方のメッシュに区域分けし、区域ごとにイノシシの1978年(昭和53年)及び2003年(平成15年)の生息状況を示したものです。これらの図を見ると、イノシシは、農耕地、二次林・植林地に分布域を拡大していることが分かります。これは、このような地域において、耕作放棄地が拡大して草や灌木等が繁茂し、そこがイノシシにとって人からの隠れ場となるような安全地帯となっていることや里山等において人間の活動が低下したことにより、森林から耕作放棄地へとイノシシの移動に適した状況となっていることなどが、原因の一つとして考えられます。

図1-2-7	イノシシの拡大分布域のうち、農耕地、二次林・植林地の地域

イノシシ等の生息分布域の拡大はこのほかにも温暖化による積雪量の減少をはじめとした気候的要因などが重なったためと考えられています。
人による適度な自然への関与が失われることは、サル、イノシシ、シカ等の生息分布域の拡大のほか、野生鳥獣による農林業への被害にもつながっています。「鳥獣害対策に関する行政及び農業団体等に対するアンケート調査結果(速報版)」(平成17年農林水産省)によると、イノシシについては、被害が増加したと回答した農業団体等が全体の約半分を占めています。鳥獣被害の拡大は営農意欲の低下等を招き、それが耕作放棄地の拡大にもつながり、結果としてさらなる鳥獣被害を生むという悪循環をもたらしていると考えられます。
このほか、集落に頻繁にサルやイノシシが現れ、人と鳥獣のあつれきが増加する傾向が見られます(表1-2-1)。

表1-2-1	イノシシ、サルが町中に出没して新聞記事となった件数(平成8年〜17年)

このような、人と野生鳥獣とのあつれきを軽減するためには、野生鳥獣の適切な保護管理を行うとともに、防護柵の設置等被害防止対策を総合的に実施することが重要です。
しかしながら、鳥獣の保護管理に重要な役割を担っている狩猟者(狩猟免許保持者)は、昭和45年以降、減少、高齢化が進行しており、狩猟者の確保や狩猟に関する知見の次世代への継承が課題となっております(図1-2-8)。

図1-2-8	年齢別狩猟者数の推移


(3)これからの里地里山地域のあり方
今後、人口減少時代を迎え、過疎化の進展や農林業活動の低下が懸念される里地里山地域では、自然と人とのバランス関係の崩れ、人為の働きかけの減少による生態系への影響など、生物多様性保全上の危機が高まることや独特な景観が失われることが懸念されています。
里地里山地域に広がる豊かな二次的自然環境を、持続的な利用を図りながら次世代に確実に引き継いでいくためには、規制的な措置よりもむしろ積極的に活用することを通じ、人と自然のかかわりあいの中で作り出されてきた地域であることを再認識し、人の生活・生産活動と地域の生物多様性を一体的かつ総合的にとらえ、保全・整備に必要な活動の確保とともにこれらを円滑に調整するようなシステムをそれぞれの地域において導入することが必要です。
このため、農耕地などにおいては、各地域の社会経済的な状況や自然環境の特徴を考慮して、農家を含む地域住民の参画も得ながら、農地や水路、ため池の保全や生態系に配慮した水路やため池の整備、環境保全型農業の推進、多面的機能の確保を目的とした支援措置など、多様な生物が生育・生息できる環境と農業生産活動の調和に努めていくことが重要です。
また、森林においては、森林の持つ公益的機能の発揮の観点から、更新、保育、間伐等の森林の適正な整備及び保全を推進するため、公的主体による実施とともに、山村地域での定住の促進のほか、都市住民などからも担い手を募集するなど、森林所有者と連携・協力して保全・活用できる体制づくり等が重要です。
これらの取組とともに、狩猟規制の見直しや鳥獣の保護管理施策の強化により、きめ細かい鳥獣の保護管理の実現を図ることによって、人と野生鳥獣とのより良い関係を構築することが重要です。
さらに、全般的取組として、行政・専門家・NPO等の連携による管理手法や体制づくり、土地所有者との協定の締結、文化的景観の保護など、種々の仕組みを幅広く活用しつつ、総合的に保全していくことが期待されます。

2 都市と環境

わが国では、戦後一貫して飛躍的な人口の増加と経済成長の中、急激な都市化が進展しました。都市内部におけるビルや住宅,商店が建ち並んでいる都市的地域を表す「人口集中地区」(人口密度が1平方キロメートル当たり4,000人以上の基本単位区が市区町村の境域内で互いに隣接しており、かつ、それらの隣接した地域の人口が5,000人以上を有する地域。以下「DID」(Densely Inhabited District)という)の全国的な動向を見ると、DID人口の全人口に対する比率は増加を続け、平成12年には65.2%となりました。他方で、このような都市部への人口流入等のペースを上回るペースでDID面積は拡大していったことから、DIDの人口密度は減少し続けてきました(図1-2-9)。

図1-2-9	DIDの推移

このように、わが国の都市では、その周辺に住宅を中心とする低密度の市街地が郊外に薄く広がる「都市の拡散」が進んでいます。DIDの人口密度は近年下げ止まっているものの、特に地方都市では、依然として中心市街地からの人口流出が見られており、例えば、富山県富山市では、郊外の人口は増加しているものの中心市街地人口は減少し続けています(図1-2-10)。

図1-2-10	富山市の人口推移

さらに、中心市街地にあった市役所や病院などの公共施設が郊外に移転することや、バイパス沿いなど郊外での大規模商業施設の新規立地が、都市の拡散を進めています。
都市の拡散が進む都市では、中心市街地や地域コミュニティの衰退、犯罪の増加など、さまざまな問題が発生しており、例えば、コミュニティについては、中心部の人口流出や郊外居住により、都市生活者の地縁関係や生活共同体的感情が希薄になってきています。
このような問題に加え、都市の拡散は、環境にも大きな影響を及ぼします。

(1)都市構造と環境負荷
わが国の運輸部門からの二酸化炭素排出量は、平成16年度(2004年度)において2億6,200万トン(総排出量の20.4%)となっており、1990年比で20.3%も増加しています。このうち、特に自家用自動車からの排出量は1990年比で50%も増加しており、運輸部門の約半分を占めています。
この30年間で、自動車保有台数は約7,700万台と約4倍、運転免許保有者数は約7,900万人と約2倍に著しく増えました。これは、モータリゼーションの進展に伴い徒歩や公共交通を代替しただけではなく、都市の拡散とともに広域的な移動が必要になるにつれて、いつでもどこへでも移動できる便利な乗り物である自動車を生活の足として利用することが必要不可欠となったことが大きな要因であると考えられます。
DID人口密度と自動車依存率・運輸旅客部門の二酸化炭素排出量の関係を見ると、DID人口密度が低い都市(拡散傾向が強い都市)ほどその都市に居住する住民の自動車依存率が高くなっており、また、DID人口密度が低い都市ほど運輸旅客部門の住民1人当たりの二酸化炭素排出量が高くなっていることが分かります(図1-2-11、図1-2-12)。

図1-2-11	自動車依存率とDID人口密度


図1-2-12	運輸旅客部門における1人当たりCO2排出量(年間)とDID人口密度

以上のことを、面積と人口がほぼ同じ規模である前橋市と高知市を例に見ると、低密度の市街地が広がっている前橋市では、自動車の依存率が高くなっています。この結果、運輸旅客部門の1人当たり年間二酸化炭素排出量を比較すると、高知市の0.87トンに対し、前橋市では1.21トンと、約4割多くなっています(表1-2-2、図1-2-13)。

表1-2-2	前橋市と高知市の基礎データ比較


図1-2-13	前橋市・高知市の人口分布と都市交通

<前橋市:自動車依存型都市>
幹線道路である国道にはかつて路面電車が走っていましたが、自動車交通への支障等が懸念されたため、1950年代に廃止されました。道路網が縦横に張り巡らされ、バイパス道路沿いなどの郊外に居住地区が拡大しており、大型商業施設も立地が進んでいます。中心市街地への人口集積はほとんど見られず、人口密度の低い地域が広い範囲にわたって拡散しています。
<高知市:中心部集約型都市>
市街地中心部を路面電車が東西南北に貫いています。また、主要な道路網は、東西方向の主軸である国道4本と、これに南北方向から接続する県道で構成され、市街地中心部に幹線道路が集中する形態となっています。市の北部は山間地で、住宅地は市の南部に集中しています。中心部には依然として人口集積が見られますが、人口の減少は続いています。一方で、郊外の人口は増加しています。市の西部には住宅地が形成され、ここを通る国道は市内で最も交通量の多い路線の一つとなっています。
前橋市と高知市の通勤・通学時の利用交通機関を見てみると、前橋市では、自家用車の利用が多くなっていますが、これは、市街地の拡散・広域化により移動距離が長くなっていることが一因と考えられます。一方、高知市では、前橋市と比較して自動車の利用が低く、オートバイ・自転車利用の割合が高くなっていますが、これは、都市機能のある市街地中心部と住宅地がより隣接しているためと考えられます。

(2)公共交通機関の縮小と環境負荷の増大
モータリゼーション、都市の拡散等を背景とした自動車依存率の高まりを理由に公共交通機関の利用者は近年減少しており、今後、人口減少が進むことにより従来のような公共交通機関網を維持できなくなった場合、さらに自動車依存率が高まるといった悪循環が懸念されます。
人を1人運ぶときに排出する二酸化炭素の量(人−キロ当たり)を乗り物ごとに比較すると、自動車は、鉄道の約9.1倍、営業用バスの約3.2倍の二酸化炭素を発生する環境効率性の低い乗り物です。今後、公共交通機関が縮小し、自動車依存が高まることにより、環境負荷が増大することも危惧されます。例えば、地下鉄と比較して安価に整備することができ、地方都市の人口規模でも有効な輸送機関となる路面電車を廃止した都市と存続している都市の二酸化炭素排出量を見てみると、路面電車を廃止した都市は、存続している都市に比べ、自動車利用が高まる結果、運輸旅客部門の1人当たり二酸化炭素排出量が平均して約15%多くなっています(図1-2-14)。また、路面電車を存続した都市は、廃止した都市に比べDIDの人口密度が約20%多く、路面電車が都市の拡散を防止する上で一定の役割を果たしたと考えられます。

図1-2-14	県庁所在地における運輸旅客部門CO2排出量(年間/1人当たり)

なお、高齢者が一人で利用できる外出手段を見てみると、バス、電車の割合が高く、自動車は年齢が高くなるにしたがって、その利用が著しく減少しています。このため、公共交通機関が衰退することで、多くの交通弱者が生まれるおそれもあります(図1-2-15)。

図1-2-15	高齢者が一人で利用できる外出手段


コラム 自動車交通とCO2排出量

自動車交通からのCO2排出量は、主に、1)走行量(台キロ)、2)1台ごとの燃費、3)走行速度の3つの要因により決定されます。1997年と2002年の間では、自動車(乗用車+貨物車)からのCO2排出量は2%減少しましたが、乗用車のみからのCO2排出量は5%増加しました。その要因を見ると、CO2の増加要因である乗用車の走行量(台キロ)は11%増加し、他方で、CO2の減少要因である乗用車1台当たりの燃費と走行速度はそれぞれ3%、2%改善しました(図1-2-16)。これから分かることは、CO2を減らしていく上では、自動車の燃費規制の強化あるいはエコドライブなどに加え、走行量を削減するとともに、走行速度を向上することが重要だということです。

図1-2-16	要因によるCO2排出量の推移(乗用車)

ところで、走行台キロと走行速度の2つの要因には都市構造が深く係わっています。都市構造のうち、例えば、道路網を見ると、効率的な道路整備により、渋滞が緩和されることで自動車の走行速度が向上すれば、CO2の排出は減少しますが、他方、道路整備が、新たな自動車走行を誘発することもあり、道路整備とCO2排出量には正・負両面の関係があります。
誘発される自動車走行の大小には、代替の交通機関の整備状況、周辺の土地利用、道路ネットワークの形状、元々の道路の渋滞・混雑状態などが影響するといわれています。
例えば、県庁所在都市(表1-2-3)を比較してみると、1人当たりの運輸旅客部門CO2排出量が比較的少ない都市は、大阪市や京都市のように市街地が高密度に集積していることや、松山市や高知市のように路面電車があることで公共交通機関の果たす役割が大きく自動車依存率が低い、地域の自動車交通需要に対応してきた道路の面積が地域の人口に比べて小さい都市構造となっています。

表1-2-3	運輸旅客部門のCO2排出量が少ない県庁所在地とその特性

これらを踏まえると、自動車交通に伴うCO2排出量を減らしていく上では、道路や代替交通機関の整備、市街地の拡大抑制に係る土地利用行政などを賢明に組み合わせて進めていくことが重要だといえます。


(3)都市構造と行政コスト
都市構造は行政コストにも影響を与えます。人口密度と行政コストの関係を見ると、人口密度が低くなるほど、1人当たりの行政コストが高くなる傾向があります(図1-2-17)。

図1-2-17	人口密度と一人当たり行政コスト(政令指定都市を除く)

特に、下水道の整備やごみの収集といった環境に関連する事業についても、地方公共団体ごとに比較すると、人口密度の低い地方公共団体では1人当たりの費用には大きなばらつきがありますが、人口密度が高くなるほど、1人当たりの費用が安くなる傾向が見られ、集約のコストメリットが働いていることが分かります(図1-2-18、図1-2-19)。

図1-2-18	汚染処理原価(維持管理費)と下水道処理区域内人口密度


図1-2-19	1人当たり廃棄物収集運搬費とDID人口密度

加えて、人口減少や少子高齢化に伴い、わが国の投資余力は急速に低下することが見込まれています。このような中、高度成長期以降に建築された社会基盤施設やニュータウンをはじめとする建築物が築後30年〜40年を経過して更新時期を迎えることから、今後、大量の廃棄物が発生することが予測されています。
建築物からの廃棄量は、2030年には1億2,000万トンに上り、その取り壊しに要する社会的費用は概算で1兆3,000億円となることが試算されます。また、土木構造物からの廃棄量は同じく1億5,000万トン、その取り壊しに要する社会的費用は1兆3,000億円を要することが試算されます(図1-2-20)。

図1-2-20	建築構造物及び土木構造物からの廃棄量と処理費用の推計


(4)これからの都市のあり方
都市の拡散により、環境効率性の低下や行政コストの増大をはじめさまざまな問題が生じており、これらの問題は人口減少に伴いさらに深刻化するおそれがあります。
都市の拡散を防ぐ取組も始まっています。例えば、青森県青森市では、市街地の拡大に伴い、除雪費など多額の行政投資を余儀なくされたことを契機に、郊外のスプロール化や中心市街地の空洞化を食い止めるため、平成11年にコンパクトシティの形成を基本理念に掲げた青森市都市計画マスタープランを策定し、ゾーン規制によって郊外開発を抑制した都市整備を進めています。
また、都市機能の集積の促進など意欲のある地区への支援等を通じた「賑わいの核」づくりや街なか居住の促進により中心市街地の活性化を図るため、中心市街地における市街地の整備改善及び商業等の活性化の一体的推進に関する法律の改正案が、さらに、人口減少・超高齢社会を迎える中、大規模集客施設や公共公益施設等の広域的都市機能の適正立地を図り、高齢者を含む多くの人々にとって暮らしやすいコンパクトなまちづくりを実現するため、都市計画法等の改正案が、それぞれ今国会に提出されました。
このように、今後は、人口規模にも見合った適切な都市構造に再編することが重要となります。このため、都市機能の無秩序な拡散に歯止めをかけ、地域の実情に応じて、都市の郊外開発の抑制や都市の中心部への都市機能の集積・促進といったコンパクトなまちづくりに向けた取組を推進することが必要となりますが、都市構造の再編に当たっては、地球温暖化対策や廃棄物対策の観点だけでなく、以下の環境面への影響にもあわせて留意する必要があります。
ア 自然再生の取組
これまでに農地、林地といった農林業的土地利用から工場、住宅地といった都市的土地利用への転換により都市の拡散が進み、多くの自然環境が失われてきました。
今後、都市の郊外開発の抑制や都市の中心部への都市機能の集積・促進など都市構造の再編に当たってコンパクトなまちづくりを進める場合には、地域における自然を取り巻く状況をよく踏まえ、自然環境の復元・再生に向けた取組を進めていく必要があります。
イ 土壌汚染の対策
市街地の再開発や都心部の工場跡地の住宅地などへの転換等を契機として、土壌汚染が判明する件数が近年増加しています。判明した事例の土地利用状況を見ると、工場・事業場から住宅地に転換されている事例も増えています(図1-2-21)。

図1-2-21	主な土壌汚染調査・対策場所の土地利用状況

今後、工場跡地が住宅地等へ転換されるにつれ、土壌汚染がさらに顕在化することが懸念されることから、より経済的で合理的な土壌汚染の調査や対策を推進することが求められます。
一方で、土壌汚染が明らかになったときの地域の関係者への説明の難しさの懸念などから土壌汚染の調査を要する土地の改変が回避されることにより、有効な土地利用の妨げになっているのではないかといった懸念も生じています。このため、土壌汚染の状況を説明する上での土地所有者等の不安を払拭するためのリスクコミュニケーションを担う人材の育成と活用が課題となっています。
ウ 交通公害対策
都市構造の再編を行っていく場合には、地方都市に比べた大都市地域における大気汚染の程度を踏まえなければなりません。自動車と関係の深い二酸化窒素(NO2)及び浮遊粒子状物質(SPM)といった大気汚染物質の測定状況を見ると、局地的に高濃度になっている地域の特徴として、交通量が多いことや大型車混入率が高い道路に面していること、周辺の建物が拡散を妨げるような分布であることなどが挙げられます。
このため、自動車の低公害化を進めつつ、大気汚染が著しい地域への交通集中を回避するための自動車交通を分散する幹線道路ネットワークの整備や公共交通機関活用へのシフト、駐車対策等の交通流対策、交差点付近でのオープンスペースの確保に加え、街区や建築物の形状等が局地的に大気環境の質に影響を与えることを認識し、さまざまな対策を組み合わせて中長期的に都市環境対策を進めることが必要です。
エ ヒートアイランド対策
都市形態の改善に当たっては、緑地の保全を図りつつ、緑地や水面からの風の通り道を確保する等の観点から、水と緑のネットワークの形成を推進する必要があります。例えば、東京中心部では、夏季の日中において新宿市街地が約33℃であった時に、明治神宮の中の樹林地は、約7.5℃低い25.5℃を示していたというデータがあります(図1-2-22)。

図1-2-22	東京都心部の気温分布[℃](1994年9月20日14時)

また、都市の大規模緑地である新宿御苑の冷熱効果(クールアイランド効果)を昨夏測定したところ、市街地に比べて平均的に1℃以上気温が低く、その気温低減効果は周囲100メートルの範囲に及ぶと明らかになっています(図1-2-23)。

図1-2-23	新宿御苑北側街区の平均気温分布(2005年7月27日〜8月29日)

さらに、新宿御苑の実測結果を踏まえ、このような大規模緑地の周辺街区について、大規模緑地からの良好な通風性の確保、建物等への最大限の緑化などによりクールアイランドの効果を最大限引き出すよう設計した場合、地表面から大気に放出される熱を全面芝地だった場合と同程度まで抑えることができるといった試算が示されています(図1-2-24)。

図1-2-24	冷熱効果を最大限引き出すための街区案、屋外熱環境シミュレーションによる結果、風シミュレーション:提案街区の断面図

そして、コンパクトで環境負荷の少ない都市の構築を推進する必要があります。より身近なところで日常生活ができるよう市街地を形成することは、例えば、自動車交通に過度に依存しないエネルギー消費の少ない交通体系の実現、冷暖房等のエネルギー利用の効率化、市街地周辺部等での自然や緑の回復が可能となります。
ヒートアイランド現象は、人工排熱、地表面被覆、都市構造や地形・気象条件など多岐にわたる要因により形成されるなど、メカニズムが複雑です。今後も、因果関係の解明や現象のメカニズム、さらにはその影響の評価に関する調査研究を進め、そこで得られた最新の科学的知見や技術の進展に合わせて対策を強化していく必要があります。
人口減少・超高齢社会を迎える中で、都市構造の再編に当たっては、自動車依存型の都市構造が環境負荷の増大につながることから、特に地方都市においては、都市機能の拡散を抑制し、公共交通ネットワークを軸とした、都市開発の立地を誘導していくことが必要となります。
一方、大都市においては、高密度な市街地の形成と都心部等における都市機能の集積によって、公共交通ネットワークが有効に活用されていますが、自動車交通の日常的な渋滞が見られるとともに、建て詰まりや緑地の減少等をもたらすおそれがあるほか、先に述べたヒートアイランド現象のように、都市の環境に関する新たな問題を生じる可能性があります。このように都市機能の集積を進める一方で、市街地における環境の悪化を緩和することについても目を向ける必要があります。
都市全体の環境は様々な事象が複雑に影響を及ぼし合っていることから、これらを複合的に考慮する視点を持って都市全体の環境負荷が増大しないようにするなど、環境負荷の小さな都市の構築を進めていく必要があります。
今後の都市形成に当たっては、以上のような環境配慮も視野に入れつつ、その都市の歴史や文化など地域性や土地柄を十分に生かし、人が集まり多様な活動が展開される「快適で居心地が良く、利便性もありながら、美しいまちづくり」を行政・市民が一体となって進めていく必要があります。

コラム シュリンキング・ポリシー

ドイツのフランクフルト市は、職を求めての労働力の移動、出生率の低下などにより急激に人口減少が進みました。この結果、中心市街地では空き家が増加し、まち全体の概観を損ねるばかりか、都市インフラや産業地帯の利用の変化などのさまざまな問題が発生しました。こうした状況を悲観することなく、絶好のチャンスととらえ、空き家の解体、撤去、さらには住宅の撤去後の土地を緑地や森林などの自然に戻すといった取組を積極的に行い、「シュリンキング・ポリシー(創造的縮合政策)」に基づいたゆとりあるまちづくりが進められています。自然と共存することで安全と美しさとゆとりを取り戻し、まちを質の高い魅力的な空間へと変えていく効果が期待されています。

写真	建築現場の解体風景 (財)日本生態系協会提供




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