課題名

C-1 東アジアにおける環境酸性化物質の物質収支解明のための大気・土壌総合化モデルと国際共同観測に関する研究

課題代表者名

村野 健太郎(環境庁国立環境研究所地球環境研究グループ)

研究期間

平成8−10年度

合計予算額

346,93010年度 108,884)千円

研究体制

(1) 東アジアスケールの環境酸性化物質の総合化モデルの開発に関する研究

ヾ超酸性化物質の輸送・変質モデルと大気・土壌総合化に関する研究

(環境庁国立環境研究所、委託 九州大学)

∋誓雨前駆物質の発生量分布とその将来予測に関する研究

(環境庁国立環境研究所、委託 埼玉大学、名古屋大学)

酸性物質の土壌影響モデルによる臨界負荷量推定に関する研究

(農林水産省農業環境技術研究所)

ご超酸性化物質の輸送・変質モデルに関する研究(運輸省気象庁気象研究所)

(2) 東アジアスケールの国際共同観測による環境酸性化物質の物質収支に関する研究

“行機及び船舶を用いた環境酸性化物質の物質収支に関する国際共同観測

(環境庁国立環境研究所、委託 慶磨義塾大学、北海道東海大学、
広島大学、大阪府立大学、豊橋技術科学大学)

国際地上観測による環境酸性化物質の物質収支に関する研究

(環境庁国立環境研究所、委託 長崎県、福岡県)

森林生態系における環境酸性化物質の物質収支とその影響に関する研究

(農林水産省森林総合研究所、委託 東京農工大学)

(3) 東アジア地域の乾性沈着量測定に関する研究

ゝぢ里よび微小水滴の沈着速度の測定に関する研究

(環境庁国立環境研究所、委託 東京農工大学、桜美林大学)

⊃肯喟限峽呂砲ける乾性沈着量測定手法の開発及び湿性沈着物の動態に関する研究

(環境庁国立環境研究所、委託 富山大学、宇都宮大学、筑波大学、弘前大学)

N鎧匸物質に対する沈着速度評価に関する研究(厚生省国立公衆衛生院)

 

研究概要

1.序

 欧米では酸性雨問題は石炭から石油への燃料の転換によってかなり沈静化してきている。しかし一歩目をアジアに転ずれば、そこには中国を初めとする発展途上の国々が存在し、今後も酸性雨の原因物質を排出し続けるものと思われる。酸性雨の原因物質である二酸化硫黄、窒素酸化物などの大気中への放出量はヨーロッパ、北米大陸に次いで東アジア地域が多いが、今後東アジア地域ではそれらの排出量が飛躍的に増大するであろうことは議論の余地がない。欧米では国際共同研究プログラムが精力的に遂行され、欧州の多数の国々間での越境汚染に関するコンセンサスを得るためのモデル構築(レインズ(RAINS)モデル:Regional Acidification Information and Simulation)も行なわれた。このモデルをアジアにも応用してアジア地域の酸性雨とその影響を総合的に記述したレインズアジアが構築されている。日本としても匹敵するモデルの開発の必要性が認識されている。このため、これまでモデュールとして開発された越境汚染、酸性雨の影響等のモデルの総合化が必要である。また、モデルの検証のため、この地域特有の気象条件等を含んだ汚染物質の空間分布、変質過程のフィールドデータが必要とされる。また、これらの地域では湿性沈着のデータは多いが、乾性沈着のデータが国内を含めて不備であるため、乾性沈着の測定が不可欠である。

 

2.研究目的

 本研究課題では、東アジア地域において二酸化硫黄、窒素酸化物等の大気中への放出量とその将来の増加量を把握し、環境酸性化物質の生成過程、輸送沈着過程、影響過程を総合化し、物質収支解明のための大気・土壌総合化モデルの開発を進める。このモデルの検証、あるいは物質収支の把握のために、日本国内のみならず韓国、中国を含む領域での有機性窒素化合物や強酸化性物質の測定を含む国際共同航空機観測、国際共同地上観測を行い、さらに乾性沈着量を求めることを目的とする。

 

3.研究の内容・成果

(1)東アジアスケールの環境酸性化物質の総合化モデルの開発に関する研究

 ヾ超酸性化物質の輸送・変質モデルと大気・土壌総合化に関する研究

  梅雨期にみられる長距離越境汚染の特徴と大気汚染物質濃度の変化を、3次元長距離輸送モデルを用いたシミュレーション結果と長崎県対馬、福岡県筑後小郡、韓国ソウルで19916月に観測されたエアロゾル高濃度の観測と対比し、その汚染物質の濃度変化の特徴を示した。長距離輸送モデルとトラジェクトリー解析より中国大陸〜朝鮮半島で発生した大気汚染物質が、日本の南岸にかかる梅雨前線の北部を長距離輸送・反応・変質しつつ、九州北部にもたらされることが明瞭に示された。梅雨前線の南北の移動に伴う大気汚染質の輸送が、梅雨期の九州から西日本域のエアロゾル濃度レベルに重要であることが判明した。冬季の北西季節風によって大気汚染物質が輸送されることについての報告は多いが、観測データと長距離輸送モデルから、梅雨期に特徴的な気象条件下においても大気汚染物質が輸送されることが明らかとなった。

  長距離輸送モデルの開発に関しては、3次元長距離輸送モデルに雲、降水過程を組み込んだ結果、乾性沈着量と湿性沈着量を計算することが可能になった。二酸化硫黄の乾性沈着量は発生量が大きい、中国の東シナ海沿岸域のきわめて狭い地域で高かった。また、硫酸塩の乾性沈着量も中国の東シナ海沿岸域で高いが、二酸化硫黄よりは西側へ広がっていた。湿性沈着量は降水量と降水中濃度の積であり、それを観測値と比較したが、陸上では分布的にはほぼ一致したが、絶対値は異なっていた。冬型の気圧配置で日本海側では降水量が多く、それに伴い日本海側で硫酸イオンの湿性沈着量が多いことがシミュレートされた。また、湿性沈着量は東シナ海上で高く、これまで観測で明らかにされていなかった点を明らかにした。このために、従来の研究に見られるように陸上の降水量を単純に海上へ内挿するのではなく、海上の降水過程を表現できる気象モデ.ルの利用が不可欠であることが明らかとなった。

 

 ∋誓雨前駆物質の発生量分布とその将来予測に関する研究

  長距離輸送モデルの基礎データとなる発生源インベントリー研究では、中国の非メタン揮発性炭化水素(NMVOC)排出量推計を行った。中国でのNMVOC排出量についてはこれまで信頼できる推計がなかったが、燃焼系、蒸発系の固定、移動発生源について排出量を推計した。推計に当って中国の発生源で実測された排出係数が得られればより信頼できる推計が可能であるが、NMVOCに関しては実測事例の報告は得られていない。次善の策としてEUUSAの、あるいは日本の排出係数資料から中国での排出条件に近いと考えられる排出係数を適用して推計した。排出係数の想定によって推計結果はかなり異なって来るが、今回の推計結果によれば、中国の全人為発生源排出量は14.8TgNMVOCである。うち燃焼系発生源が9割を占めており、蒸発系発生源が8割近くを占めている日本とは好対照である。とくに中国では石炭燃焼からの排出寄与が大きく5割以上を占めているが、これは小規模燃焼機器で還元雰囲気で燃焼しNMVOCが発生しやすいと想定しているからであり、やや過大推計の恐れも否めない。次いで農業廃棄物等のバイオマス燃焼からの排出も多く2割を占めている。塗料、石油化学、石油製品取扱い等の蒸発固定発生源からの排出は1.2Tgと小さかった。日本における家畜、肥料からのアンモニア発生量の推定をアップグレードした。前回、(1991年)と発生量に大きな差は無かった。経済成長モデルと汚染物質排出モデルをリンクさせた新しいモデルを開発した。このモデルを用いて、中国の4つの経済発展のシナリオを仮定したときの、二酸化硫黄と窒素酸化物の将来の排出量をシミュレートした。この結果、中国の二酸化硫黄の排出については、2020年から2030年ころをピークに排出量が減少する傾向にあるが、窒素酸化物については排出のピークが2030年から2050年にずれることが明らかとなった。

 

 酸性物質の土壌影響モデルによる臨界負荷量推定に関する研究

  酸性物質の負荷による生態系影響評価のため、定量的な評価があまり行われていなかった硫酸吸着過程と鉱物風化過程について検討し、モデル化を行った。硫酸吸着に関して、金属水酸化物の表面水酸基のプロトン化とSO42-による外圏錯体形成を仮定した静電理論的モデル(Extended Constant Capacitance Mode1)が吸着実験結果の再現に有効であった。Freundlish型吸着等温式と、この理論モデルから導かれたSO42-吸着量とH+吸着量の関係に関する経験式を土壌酸性化モデルに導入した。鉱物風化モデルとして、既存のPROFILEモデルに火山ガラスの溶解実験結果から見積もったガラスの溶解速度定数導入し火山灰起源の土壌への適用を可能にした。

  観音台と八郷で林外雨、林内雨、O層浸透水、土壌浸透水を継続的に採取し、生態系内における塩基の循環を推定することにより、樹冠、O層及び土壌層の酸緩衝能を評価した。花崗岩質土壌の八郷で、土壌から供給される塩基の量(鉱物風化+交換性塩基溶脱+有機物分解)は淡色黒ボク土の観音台よりむしろ大きいことが示され、八郷土壌も火山灰の影響を受けているためと考えられた。八郷土壌生成への火山灰の影響は、土壌の鉱物分析からも示唆された。更に観音台に関して鉱物風化の寄与を、Sr同位体比の測定に基づいて見積もった(八郷は同位体比測定値のばらつきが大きいため推定を行っていない)。観音台のSr同位体比に基づいた鉱物風化速度、及び他の火山灰土の溶解実験から推定した風化速度を前述の改良型PROFILEモデルによる計算結果と比較した。モデル計算において砂画分(0.022mm)の表面積を一次鉱物の表面積と仮定した場合、計算値と測定値がよく対応したが、シルト画分以上(0.0022mm)の表面積を用いた場合は過大な計算値となり、火山灰土壌では砂画分が鉱物風化による塩基の主な供給源であることが示唆された。

  これらの緩衝機構の他に、陽イオン交換反応、A1酸化物溶解反応、溶液内の反応など、土壌内の様々な化学的緩衝機構を考慮したダイナミックモデルを作成し、観音台と八郷の土壌水濃度の経時変化を推定した。植物吸収、鉱物風化などによる土壌層での元素の正味の消費(供給)速度が年間一定の条件下で、アカマツ林の観音台土壌水の塩基と硝酸イオン濃度変化の推定値は実測値とよく一致した。落葉広葉樹林である八郷では、元素の消費速度に植物吸収量変化に対応する季節変化を考慮することで実測値の再現が可能であった。

 

 ご超酸性化物質の輸送・変質モデルに関する研究

  大陸における発生源の影響を調べるために、東アジア地域における硫黄酸化物の輸送モデルを開発した。さらに輸送モデルの変質過程に液相酸化を取り入れ、また湿性沈着過程では最大凝結層より下層において降水沈着するように改良した。そのために気象予測モデルの空間分解能の向上を図り雲を表現する機能を付加した。東アジア地域の広い領域をカバーするモデル領域を保持し、且つモデルの高い空間分解能を確保する必要があり、このために2つのモデルをネスティングすることによってこの問題の解決を図った。ネスティングした気象予測モデルのパフォーマンスは気象衛星やアメダスデータ等によって検証した。また、移流・拡散モデルのネスティングは効果の検証はチェルノブイリ原子力発電所事故時に放出された放射性沃素(機131)の輸送過程を観測値と比較することによって行った。

  東アジア地域における硫黄酸化物の発生源インベントリーに関するデータが既に整理されている1985年について1年間の輸送シミュレーションを実施した。その結果わが国における年間のnss-SO42-の湿性沈着量は硫黄換算でおおよそ30meq/m2/年程度であった。一方、測定値は60meq/m2/年であり、シミュレーション結果は測定値の50%の過小評価をしているように見える。しかし、わが国では火山によるSO2の発生量は人為的発生量と同等であるという報告もある。シミュレーションでは火山による発生量は含まれていないので、このことを考慮するとモデルは妥当な結果を算出しているものと考えることが出来る。

  輸送シミュレーション結果から大村、東京、新潟及び札幌における乾性、湿性沈着に対する各国の発生源寄与率の解析を行った。大村では中国の発生源に起因した湿性沈着に対する寄与率が国内の発生源より大きかったが、その他のリセプターでは国内の発生源の寄与が大きかった。

 

(2)東アジアスケールの国際共同観測による環境酸性化物質の物質収支に関する研究

 “行機及び船舶を用いた環境酸性化物質の物質収支に関する国際共同観測

  本研究では、中国および韓国と共同観測を行って、中国・韓国と我が国の間の海洋(東シナ海、黄海)上空におけるオゾン、SO2NOx、エアロゾル、PAN、酸性ガス等を測定し、観測データと、流跡線解析を組み合わせて、酸性雨原因物質の輸送過程、気塊の流跡による我が国に到達する汚染物質の濃度の差、我が国周辺における大気汚染物質の空間分布等を明らかにすることを目的とする。平成89103年度に各1回航空機観測を行った。また日本(国立環境研究所)、中国(北京大学)、韓国(科学技術研究院)の三者の合意に基づき航空機観測と時期を合わせて国際協同観測が行われた。これらのデータは本研究課題の他のサブテーマで進められているモデルにもインプットされ、重要な成果が得られた。

  3年間の航空機観測はすべて長崎県福江西方沖・韓国済州島南方沖の東シナ海上空で行われた。その結果、前期の地球環境研究総合推進費C-3課題で明らかになった、我が国にアジア大陸から飛来する気塊の3パターンの他に、中国中南部から東シナ海を経由して九州、さらには本州をも縦断しうる気塊の流れがあることが明らかになった。特に、平成1122日の観測では、前日中国中南部から出発して、翌日にかけて本州南岸を通過する低気圧の影響を大きく受け、SO2が境界層内においても高度2500m付近の自由対流圏内でも10ppbを越え、過去8年間の我々の観測の中でも最も高い濃度を記録した。この日の観測ではNOyや硝酸ガス、塩化水素、ホルムァルデヒドアルデヒド、アセトアルデヒドなどいずれも一様に高く、大規模な汚染気塊が通過したことを物語っている。このような大規模汚染の発生は、上記モデルによっても予測されていたが、今回の観測によって、このモデルを裏付けるデータが取れたことになり、この地域の大規模越境汚染パターンが明確になった。

  また、日中韓3力国の共同観測が行われ、そのデータを交換・共有することができた。今後この地域は更に広域の大気環境研究を進めていく必要があり、そのためにも国際共同観測は重要な要素である。今回の共同観測の成果は今後に向けて貴重な一歩となった。

 

 国際地上観測による環境酸性化物質の物質収支に関する研究

  越境大気汚染を把握するために北西の季節風が強まる冬季と比較のために他の季節に、九州北部地域の西端にある長崎県の五島列島の国設五島酸性雨測定所(以下五島)及び九州本島の内陸部の福岡県太宰府市にある福岡県保健環境研究所(以下太宰府)において、ガス・エアロゾル等の観測を実施した。1996年夏から1998年春までの、五島におけるSO2、年平均値は1.22.3ppbであり、長崎県内の大気汚染が低い測定局と同レベルかそれ以下であった。このうち、北西の季節風が吹く期間に、時間値で7ppb以上の濃度ピークが観測される期間が観察され、大陸からの移流影響が示唆された。SO42-は年間を通して90%以上が非海塩性のnss-SO42-であり、西及び西北西の風向の期間に、五島ではnss-SO42-濃度が上昇し、大陸からの影響が示唆された。オゾンの月平均値は春季及び秋季に高かった。

  冬季に、五島及び太宰府の2地点で短期間集中観測をした結果、nss-SO42-2地点で同様の濃度推移が認められ、広域的な汚染の広がりが確認できた。五島のNH3・濃度は0.01μg/m3以下と、太宰府の1/10程度に低く、このことが両地点のエアロゾルの酸性度、化学形態に大きな影響を及ぼしていることが分かった。五島では、エアロゾルの酸性度は太宰府の数倍高く、主にNH4HSO4粒子の存在が確認できた。これら酸性エアロゾルは1.1μm以下の微小粒子として存在し、その高濃度期間ではSO2HNO3濃度も上昇した。一方、太宰府ではNO3-NH4+SO2NH3濃度が高く、地域的人為汚染の影響が大きかった。大陸からの酸性物質は北西の季節風が吹く期間に、その他の汚染物質と共に五島などの九州北西地域に流れ込み、環境を酸性化させ、九州内陸に輸送されるに従い中和されていく現象が明らかとなった。

 

森林生態系における環境酸性化物質の物質収支とその影響に関する研究

 東アジア地域の森林生態系に及ぼす環境酸性物質の影響を解析し、酸性物質の影響評価手法の開発に資するために、次のことを行った。1)工業化が進行する中国および韓国で、環境酸性化物質の森林生態系への影響について現地調査するとともに、韓国においては土壌の酸緩衝能を評価する。2)韓国ソウル市郊外と日本の東京八王子のアカマツ林流域における物質収支を比較する。3)中国・韓国の植栽樹種を用い、人工的に酸性処理した土壌で苗木の成長特性を調べる。4)土壌型や林相を異にする様々な土壌を用い、森林土壌の窒素無機化および硝酸の生成速度を明らかにする。5)簡易な土壌酸緩衝試験を開発するとともに、有機物分解等に伴う有機酸に対する土壌の緩衝能も調べる。

 結果は1)韓国の工業地帯周辺では降水の酸性化が認められた。一方、中国の重慶市と貴陽市では、降水の酸性化物質濃度は高いが、高いカチオン濃度で中和されていることが観測された。また韓国の土壌は日本の土壌より緩衝能が小さく、影響が顕在化しやすかった。2)八王子の降水は酸性化していたが、降水中の物質は森林流域へ蓄積傾向にあった。一方、韓国では、降水の酸性化は認められなかったが、流域から塩基類が流出し、酸性化傾向にあった。3)土壌の酸性化(土壌の(Ca+Mg+K/A1モル比の低下)に対し、アカマツ苗は感受性がノルウェースプルース苗より高かった。また馬尾松の感受性は、ノルウェースプルースとほぼ同程度であったが、スギやアカマツに比べて低かった。4)日本の森林土壌の硝酸化成速度は、植生よりも地質条件が決定要因として重要であった。5)キレート作用のあるシュウ酸は、土壌pHの酸性化を伴わずに土壌溶液中のAl濃度を上昇させる可能性があった。

 以上のことから中国、韓国では工業化により酸性化物質負荷量が大きいこと、また、土壌酸性化に対する樹木の感受性は樹種によって異なるので地域に適.した臨界負荷量を評価する必要があること、韓国の土壌は緩衝能が弱く、渓流水から塩基の流亡が観測されることが明らかとなった。また森林土壌の酸性化プロセスには硝酸化成と有機酸類の影響が大きいことがわかった。

 

(3)東アジア地域の乾性沈着量測定に関する研究

 ゝぢ竜擇喩小水滴の沈着速度の測定に関する研究

  東アジアの環境を特徴づける沈着面として、農作物、森林樹木および乾燥土壌を取り上げ、それらに対する二酸化硫黄、二酸化窒素(いずれも酸性化物質)、オゾン(酸化性物質)の乾性沈着速度を測定した。まず、農作物についてはコムギ、ダイズ、トウモロコシ群落に加えて裸地面を対象として、熱収支ボーエン比法により沈着速度と日射量や葉面積指数との関係などを明らかにした。得られた結果より、オゾンの沈着は植物体への経路が支配的で気孔開きの影響を受けるのに対して二酸化硫黄は土壌への沈着が主要経路で土壌水分の影響を受けることが推測された。

  森林樹木としてはアカマツを対象として長野県大芝高原の平地林に高さ約15mの観測塔を設置して同じくボーエン比法による観測を行なった。その結果、夏期のオゾン沈着速度が秋期に比べて異常に大きい現象が見い出され、オゾンと植物起源気体との反応が除去過程に寄与していることが示唆された。この推測は、同時に観測した硫酸塩粒子が上向きのフラックスを示したことと整合性を持つ。また乾燥土壌については、流通反応法による室内実験で、アルカリ処理表面を対照面として用いることにより、表面抵抗のみを評価する方法を考案し、二酸化硫黄の沈着に対する黄土試料の抵抗を求めた。この結果に基づいて黄土への二酸化硫黄沈着速度を計算すると、従来報告されている一般土壌に比べて少なくとも2倍程度大きな値が得られ、中国北部における二酸化硫黄の収支に乾性沈着が寄与していることが裏付けられた。一方、北京市内の裸地に近い。地表面を対象として、風速プロファイル法によって二酸化硫黄沈着速度を測定した。得られた速度には大きな時間変動が見られたが、概して上記の計算値に近いかそれを上回る値であった。

  さらに、酸性霧によるものと疑われる森林被害が我が国でもまた中国南部でも報告されていることを考慮して微小水滴沈着に関する研究も行なった。自然の霧の発生が制御不可能であるという状況を打開するため、高さ430mの立坑内に上昇気流を起こすことにより人工霧を発生させ、高分子吸水材を用いた擬似葉への沈着を重量法で測定した。得られた沈着速度は重力沈降速度よりはるかに大きく、この結果より、微小水滴の沈着において重力沈降は重要でなく、水滴が乱流状態の気流に乗って対象面の向きにほとんど無関係に沈着することがわかり、微小水滴沈着過程は湿性沈着よりはむしろ乾性沈着に近い性格を持つことが明らかとなった。

 

 ⊃肯喟限峽呂砲ける乾性沈着量測定手法の開発及び湿性沈着物の動態に関する研究

  全国から、200余りの針葉樹(主にスギ)の葉試料を集め、その葉面に沈着しているエアロゾルの元素組成を分析した。葉面に沈着したエアロゾルは、クロロホルムでエピクチクラワックスを溶解して捕集し、中性子放射化分析によって29元素を分析した。エアロゾルの葉面沈着は、5月頃の当年葉の出現と同時に始まり、経時的にその量を増して、冬季に最大量に達した後はほぼ一定となる。この沈着量は樹種に特有で、広葉樹に比べ針葉樹で多く、特にスギ、ヒマラヤスギなどで多い。沈着エアロゾルには、化石燃料の燃焼で発生した元素と土壌粒子に含まれた元素の他、海塩や火山ガスに由来する元素などが含まれるが、AuAgSbClSe及びIでは90%以上が、BrZn及びAsでは8090%が、CrCsCo及びVでは4060%が、そしてFeNaでは約30%が人為起源もしくは海塩・火山ガス由来であると推定された。

  一方、ThHfRbTaTiMnA1及び希土類元素は全て地殻物質起源であった。地殻物質の影響が最も少なかった元素の中、Sbはほぼ全量が人為起源と考えられ、エアロゾルヘの濃縮係数も大きい(100倍以上、対地殻)。この元素は、植生や土壌中の賦存量が低く、かつ、一度環境に負荷されると容易に滞留・蓄積するので、大気を経由した植生や土壌の汚染の良い指標となる。事実、汚染の激しい埼玉県では、スギの1年葉に、Sbがエアロゾル成分として100ng/g新鮮葉以上沈着していた(cf. 屋久島では、ca.10ng/g新鮮葉)。Sbは大気輸送・沈着過程が硫黄・窒素酸化物と類似している可能性があり、酸性物質の沈着をモニターするための指標元素として有効と考えられる。

  京都大学芦生演習林と屋久島において、それぞれ土壌植生調査と渓流水の水質調査を実施した。土壌の理化学性は立地に依存し、尾根から谷に向かって、pHMgCa、塩基飽和度は増加、一方C/N比は低下した。この変化は、植物の元素組成にも反映され(谷底部の植物はKMgCaを多く含んでいた)、植物群落型にも影響を与えた。また、渓流水のpHCa濃度は高地から低地に向かって上昇した。これらの結果から、山岳地域の高地(尾根)では、低地(谷)に比べて、土壌の酸性化や地質の風化が進行していて、土壌が既に貧栄養の状態にあり、僅かな環境変化でも植生に影響を与える可能性があると推測された。

 

 N鎧匸物質に対する沈着速度評価に関する研究

  推定法により乾性沈着を評価するためには大気中の物質と沈着する表面の種類の組み合わせに対して沈着速度を決める必要がある。森林に対する乾性沈着速度はエアロゾルの濃度の高度分布を測定し、別に求めた熱輸送係数と合わせれば見積もることができる。コナラ林、トウモロコシ群落、マツ林のそれぞれにおいて樹冠高度と同等あるいは50%程度高いところまでの硫酸エアロゾルと二酸化硫黄ガスの濃度の高度分布を測定した。またトウモロコシ群落に対してはサブミクロンエアロゾルの個数濃度に関する粒度分布と二酸化硫黄ガス濃度を樹冠上20cm220cm2つの高度で測定し、サブミクロンエアロゾルの沈着速度の評価を試みた。まず大喜多らの乾性沈着速度モデルの仮定となっている、エアロゾルとガスの濃度の高度分布が同一の高度で濃度がゼロになるようなパターンになっているかを詳細に検証した。ガスの高度分布は地表に近づくにしたがって濃度が減少するパターンが見られたが、エアロゾルについては基本的に濃度が一様と思われ、地上12.5cmから400cmまでの6つの高度で精密に測定したがこの範囲でも一様であった。したがって大喜多モデルの適用に当たっては注意が必要であることが示された。トウモロコシ群落やマツ林においてもエアロゾルとガス濃度の高度分布の基本的なパターンはコナラ林の場合と同様であったが、夏期に行ったマツ林での観測は硫酸エアロゾル濃度が樹冠に比べてその上方では減少するパターンが認められた。この濃度勾配は硫酸エアロゾルが大気に放出されていると示唆するものである。熱の輸送係数からエアロゾルの放出速度を算出し、並行して測定したオゾンの沈着速度とを比較するとオゾンが沈着するときにエアロゾルが放出されている対応関係が認められた。マツ林からのテルペン類の放出は夏期に盛んであることと、オゾンとテルペンの反応によるエアロゾルの生成は広く知られた事実である。これらを併せて考えると、マツ林が放出するテルペンと反応してエアロゾルを生成するのでオゾンの沈着速度が大きくなり、生成したエアロゾルの表面で硫酸が生成し硫酸エアロゾルとして放出されていると解釈できる。オゾンやOHラジカルなど酸化性物質の濃度が高いときや、森林からのガスあるいはエアロゾルの放出があるときは推定法を機械的に応用することができないことになる。森林に対するエアロゾルの乾性沈着はかなり複雑であると予想されるので、関連するガス、エアロゾル、気象要素を総合的に観測し考察する必要を認めた。

 

4.考察

 重点研究として行われている本研究は、非常に広い範囲の研究分野を内包しているので、これの全体を概観して考察を加えるのは難しいことである。しかし、本研究が目指しているアジア地域の越境大気汚染問題の定量化に向けて着実に成果を上げつつある。酸性雨の輸送モデルと生態系影響に関しては、雲物理過程、降水による除去過程がモデルに導入されて、冬季の季節風による越境大気汚染を明らかにした。また、湿性沈着、乾性沈着が分離して評価できるようになり、生態系へのインプット量が提示されれば、生態系影響の程度が評価できる道筋が見えてきた。エミッションインベントリーも揮発性炭化水素が中国で得られた。さらに、SOxNOxの発生量予測が、モデルヘの導入に耐えるだけの信頼性を獲得してきている。国際共同観測も航空機、地上、土壌・生態系ともデータの蓄積がなされて、モデルの評価にとっては大きな助けとなっている。なかでも航空機および地上の観測では共同観測者である韓国のデータが入手され、九州の清浄地域において得られたガス・粒子状汚染物質の変質過程と比較ができるようになり、北東アジアでの輸送・変質過程がより広い地域で明確なものになってきた。これまでデータの少なかった乾性沈着も、沈着エアロゾルの由来が人為起源・海塩・火山ガスと分離されるようになり、さらに森林上のSO2、粒子状物質の測定により、越境大気汚染モデルとの比較が可能となりつつある。

 

5.研究者略歴

課題代表者:村野健太郎

1946年生まれ、東京大学大学院理学系研究科修了、理学博士、現在環境庁国立環境研究所地球環境研究グループ主任研究官

主要論文:鵜野伊津志、大原利眞、森 淳子、宇都宮 彬、若松伸司、村野健太郎:大気環境学会誌、32, 267-285 (1997)

「東アジアスケールの長距離輸送・変質過程の数値解析」

K. Murano, H. Mukai, S. Hatakeyama, O. Oishi, A. Utsunomiya, T. Shimohara Environmenta1 Pollution, 102, 321-326 (1998)

"Wet Deposition of Ammonium and Atmospheric Distribution of Ammonia and Part-iculate Ammonium in Japan"

大石興弘、下原孝章、宇都宮彬、向井人史、畠山史郎、村野健太郎

大気環境学会誌、33, 273-283 (1998)

「代理表面法および濃度法による乾性沈着フラックスの比較」

 

サブテーマ代表者

(1) 村野健太郎(課題代表者に同じ)

 

◆村野健太郎(課題代表者に同じ)

 

:新藤純子

1951年生まれ、東京教育大学理学研究科修士課程修了、現在農業環境技術研究所主任研究官

主要論文:J. Shindo, A. K. Bregt and T. Hakamata: Water, Air and Soil Pollution, 85, 2571-2576 (1995).

"Evaluation of estimation methods and base data uncertainties for critical loads of acid deposition in Japan"

新藤純子、袴田共之:日本土壌肥料学雑誌、69, (1998) (印刷中)

「酸性沈着による土壌化学性変化のダイナミックモデルによる予測−モデルの概要と土壌酸性化実験への適用による評価−」

新藤純子、大井 紘、松本幸雄:環境科学会誌、8, 243-260 (1995)

「大気汚染の時間・空間変動特性に基づく観測系設計の考え方」

ぁШ監純次

1941年生まれ、東京理科大学理学部物理学科卒業、現在気象研究所環境・応用気象研究部主任研究官

主要論文:J. Sato: Geophys, Mag. Ser2, vol. 1, 105-151 (1995)

"An analytical study on the longitudinal diffusion in the atmospheric boundary layer"

J. Sato, T. Satomura, H. Sasaki, and Y. Muraji: Tech. Report of the MRI, No. 34, 1-101 (1995)

"The long-range transport model of sulfur oxides and its application to the east Asian region"

J. Sato, H. Sasaki and K. Adachi: J. Met. Soc. Japan (1998)(in press).

"Performance and its evaluation of the MRI long range transport model for AT MES-II Phase of ETEX."

 

(2) “山史郎

1951年生まれ、東京大学理学部卒業、理学博士、現在国立環境研究所大気圏環境部大気反応研究室長

主要論文:S. Hatakeyama, et al: Bull. Chem.Soc. Jpn, (in press)

"Enhanced formation of ozone by the addition of chloropicrin (trichloronitro-methane) to propene/NO/air photoirradiation systems"

S. Hatakeyama, et al., : J. Aerosol Res. Jpn., 12, 9195 (1997)

"SO2 and Sulfate Aeroso1s over the Seas between Japan and the Asian Continent"

畠山史郎、村野健太郎:大気環境学会誌、31, 106-110 (1996)

「奥日光前白根山における高濃度オゾンの観測」

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 石塚和裕

1949年生まれ、東京大学大学農学系研究科卒業、森林総合研究所土壌化学研究室長

主要論文:石塚和裕:森林立地 34, 26-35 (1992)

「酸性降下物に対する土壌緩衝能の実態と評価」

K. Ishizuka,: Tropical Forestry in the 21st Century JIFPRO (1996).

"Japanese System for Monitoring Forest Damage Caused by Acid Rain and Air Pollution Result of the First Stage (1990-1994) Part 2 Precipitation and Soil condition"

K. Ishizuka, et. al: International workshop on tropical forest ecosystems by El Nino and others, p277-284 (1995).

"Nutrient distribution and accumulation in different forest condition"

 

(3) (〇魁[

1942年生まれ、東京大学理学部卒業、国立環境研究所大気圏環境部大気動態研究室長

主要論文:K. Izumi and T. Fukuyama: J. Aerosol Res. Japan 12, 103-114 (1997).

"Aerosol Formation from Selected Cycloalkanes"

Y. Ozaki, M. Utiyama, T. Fukuyama, M. Nakajima, Y. Hayakawa and K. Ojima: Aerosol Sci. Technol, 26, 505-515 (1997).

"A Device to Measure the Size of Volatile Droplets Utilizing a Hot-film Sensor"

M. Utiyama, T. Fukuyama, M. Mizuochi and K. Yano: J. Aerosol Res, Japan 7, 44-53 (1992)

"Chemical Composition of the Winter Precipitation at Mt. Zaoh"

◆々眈症霄]

1946年生まれ、京都大学理学部卒業、国立環境研究所土壌環境研究室長(千葉大学大学院自然科学研究科教授併任)

主要論文:H. Sase, T. Takamatsu, and T. Yoshida: Can, J. Forest Res., 28, 87-97 (1998).

"Variations in amount and elemental composition of epicuticular wax in Japanese cedar (Cryptomeria japonica) leaves associated with natural environmental factors."

T. Takamatsu, T. Kohno, K. Ishida, T. Yoshida, and T. Morishita: Plant and Soil, 192, 167-179 (1997).

"Role of the dwarf bamboo (Sasa) community in retaining basic cations in soil and preventing soil acidification in mountainous areas of Japan."

T. Takamatsu: Eur J. Soil Sci., 45, 183-191 (1994).

"Determination of DTNB-reactive sulphhydryl groups in soil humic acids: their enrichment in humic acids from volcanic acid soils."

 原  宏

1946年生まれ、東京工業大学博士課程化学専攻 昭和49年修了、国立公衆衛生院地域環境衛生学部主任研究官

主要論文:原  宏:日本化学会誌 733-748 (1997).「日本の降水の化学」

Y. Ishikawa and H. Hara: Atmospheric Environment, 31, 2367-2369 (1998).

"Historical change in precipitation pH at Kobe, Japan; 1935-1961."

Y. Ishikawa, K. Yoshimura, A mori, and H. Hara: Atmospheric Environment, in press.

"High sulfate and nitrate concentrations in precipitation at Nagasaki impacted by long-distant and local sources."