課題名

B-10 地球温暖化によるアジア太平洋域社会集団に対する影響と適応に関する研究

課題代表者名

安藤 満 (環境庁国立環境研究所地域環境研究グループ健康影響国際共同研究チーム)

研究期間

平成8−10年度

合計予算額

83,524千円 (うち10年度 30,196千円)

研究体制

(1) 地域住民の内分泌系および循環系等疾患に対する温暖化の影響と適応に関する研究

   温暖化による内分泌系等疾患と感染抵抗性への影響に関する研究

  住民の罹患率に及ぼす温暖化の影響に関する研究

(国際交流研究:国立環境研究所)

(2) 流行モデルによる、動物媒介性感染症の地球温暖化に伴う拡大予想に関する研究

 −デング熱、デング出血熱を中心に−

(環境庁国立環境研究所)

(3) 社会集団の健康事象に及ぼす気候変動の影響−アジア太平洋地域のライフスタイル研究

(厚生省国立公衆衛生院)

研究概要

1.序

 図1に示すように、人間活動の拡大に伴って赤外領域に吸収を持つ温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素等)の放出と、対流圏への蓄積が引き起こされている。温室効果ガスの人為的放出傾向が現状のまま継続すると、地球の温暖化は避けられないと予想されている。このため地球温暖化の推移とその影響を人の健康事象との関連で評価する必要ある。評価手法としては、現時点で得られる疫学的知見を中心に、モデル実験による予測を組み合わせ、将来の影響に関する予測評価を総合的に行うものである。図2に示す温暖化のシナリオは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第二次評価報告書(1995)と気候変化の地域へのインパクト(1998)に基づいている。

 図3に示すように、地球温暖化による気温上昇と降水量変化は、環境温度や湿度の変化による熱ストレスを介した直接的インパクトと、生態系や環境変化を介した間接的インパクトをもたらすと予想される。直接的インパクトのうち疫学調査により暴露量−影響関係が成立する要因については、データの相関解析から予測できる。熱ストレスによるこのような疾病や死亡率への影響に関しては、気温が限界を超えて上昇したときに増加することが知られている。熱ストレスによる健康への影響を予想するうえで、集団の構成員の健康状況が重要で、それが社会集団の「感受性」と「閾値」として反映する。

 温暖化による動物媒介性感染症の分布の変化による健康へのインパクトのように、生態学的相互関係や媒介動物の生存域の変化による影響を予測するには、複雑な要因解析が必要とされる。デング熱等の動物媒介性感染症は、媒介動物と感染病原体の気候依存性によって分布が左右される。気候要因に加え、媒介蚊と他種の蚊との相互作用や環境衛生対策、感染者の治療施設の完備状況により、世界における動物媒介性感染症の根絶域と分布域が規定されている。

 

 

 

1 地球温暖化の予測、影響評価、緩和対策の関連

 

 

1990年より2100年までの大気中CO2濃度変化(IPCC, ‘96

 

 

1990年より2100年までの全球平均気温変化(IPCC, ’96

 

2 IPCC1996)による大気中炭酸ガス濃度の変化と温暖化の予測

 

2.研究目的

 地球規模の気候変動シナリオが予測の幅をもちながらも確定し、地域毎に気候シナリオの適用が可能となりつつある。アジア太平洋域は熱帯から寒帯まで分布し、生態学的視点から変化に富む一方、先進国・途上国が同時に存在し、環境衛生学的視点からも変化に富む状況を呈している。日本を含むこのような地域において、温暖化による影響を検討するためには、多様な研究手法を駆使し研究していく必要がある。

 温暖化による疾病、死亡への直接影響と動物媒介性感染症への影響を社会集団全体について把握するため、この研究においてはアジア太平洋域に存在する先進国、途上国の社会集団について解析する。アジアの大陸域においては、1901年から1996年の96年間において、顕著な気温上昇が観察されている。夏季における気温の上昇は、循環系の成人病、免疫系、感染抵抗性に直接反映し地域集団の健康上重要なリスクとなる。熱帯域の途上国においては、動物媒介性や水系の感染症が重要なリスクとなっている。地球温暖化は、このような多様な疾病の発生率を変化させたり、疾病の既往をもつ人に対する強いストレスとして反映し社会集団の健康リスクを増加させる。この研究においてはアジア太平洋域を対象に、社会集団の健康リスクを予測することを目的に、疫学調査とモデル実験を実施した。このため夏季の熱ストレスの解析と実験研究、デング熱流行に係わる要因解明のための調査、ライフスタイルと温度適応の関連についての調査を実施した。

 

3.研究の結果・考察

(1)地域住民の内分泌系および循環系等疾患に対する温暖化の影響と適応に関する研究

 本研究においてはモデル実験の結果と疫学調査が一致し、暑熱下では免疫系に顕著な影響がみられた。即ち抗体応答やウイルス抗原に対する抗体価の有意な低下が認められ、肺の抗細菌防御系が抑制され、感染抵抗性全般の低下が観察された。また熱ストレスで低下した感染防御能の回復には、比較的長期間のストレスからの解放が必要なことが判明した。このモデル実験の結果を一部に反映している疫学調査の結果として、日平均気温と肺炎患者の発生との間には明確な相関関係が見いだされ、熱ストレスが閾値温度を越えると患者が指数関数的に増加する結論が得られている。

 循環系への影響に関しても、生理的には脳血液循環系の機能低下が予想され、社会集団における循環系への影響が示唆される。循環系への影響として脳虚血の救急患者の発生数と日平均気温との関係を解析した結果、気温の上昇と脳虚血患者発生との間には有意な正の相関が観察される。

(2)流行モデルによる、動物媒介性感染症の地球温暖化に伴う拡大予想に関する研究

 デング熱、デング出血熱を中心にした本研究においては、媒介蚊の生態に関する実験的研究において、従来のデータに比ベネッタイシマカは蛹化速度、羽化速度とも遅く、逆にヒトスジシマカでは蛹化速度、羽化速度とも早いことが判明した。生存率についてみると、ネッタイシマカ(雌、雄)、ヒトスジシマカ(雌、雄)とも、従来報告されている生存率に比べ著しく長い生存期間が観察され、今後温暖化による分布への影響上注目される結果が得られている。

 北部タイにおけるデング熱媒介蚊の発生状況調査では、ネッタイシマカの発生には地域と産卵トラップ設置場所の二つの要因が、またヒトスジシマカの発生には地域と産卵トラップ設置場所のほか季節の要因が有意に働いていることが明らかになり、今後媒介蚊毎の細かい規定要因の解析が重要と考えられた。

 デング熱流行に係わる諸要因解明のため、過去の流行に関する資料収集、気温と媒介蚊の成長、生存との関係解明のための調査研究を実施した。中国海南省、北部タイにおいて、デング熱媒介蚊の発生状況調査を実施し、環境要因との関連を解析した。また、中国南部から60地区を選び、過去10年間の気象データ(気温、降雨量、他)、デング熱患者発生数、デング熱媒介蚊(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ)生息密度等に関するデータを収集・解析した。収集データの解析により、デング熱媒介蚊の発生消長並びにデング熱発生は、気温、降水量と密接な関係のあることが明らかになった。

(3)社会集団の健康事象に及ぼす気候変動の影響

 アジア太平洋地域のライフスタイル研究を中心とした本研究においては、ヒトの死亡リスクの温度依存性はライフスタイルによって修飾を受けているため、ライフスタイルが生活温度にどの様に適応しているかを自律神経機能の面から検討した。日本における死亡と日別気象条件との継年的解析では、65才以上の循環系疾患の死亡は温度依存性があり、ある気温以上では再び死亡リスクは増すことが判明した。

 将来炭酸ガス倍加時の超過死亡リスクの予測については、温暖化により夏季7-8月の平均気温3℃上昇時に65才以上の死亡リスクは2倍に増大した。地理的気象条件の違いが少ない関東地方の地域間で、温暖化による超過死亡に対する地域環境・社会経済水準の影響を比較した結果、わが国の死亡と日別気象条件:1972-1995年の65才以上の循環系疾患の死亡は温度依存性があり、ある気温以上では再び死亡リスクは増加した。

 

4.成果

 地球温暖化によって増強すると考えられる夏季の熱ストレスの影響を、免疫系との関連について検討した結果、感染防御能が顕著に低下することが明らかになった。またその回復には長時間を要するため、感染抵抗性の低下が危惧される。実際の疫学調査では、夏季の暑熱の著しい日に肺炎患者の発生が増加することが明らかとなり、夏季の高温は社会集団の健康リスクを考える上で注目する必要のあることが判明した。

 脳血管系の疾患については、特に気温の上昇が脳虚血患者の発生と正の相関があることが明らかになり、一般的に指摘されている冬期の気温の低い日のみではなく、夏季の高温の日にも脳血管系患者数が増加することが明らかになった。今後夏季の暑熱の増強に対しては、脳血管系疾患についても注目する必要のあることが判明した。

 疫学調査とモデル実験の結果はいずれも、免疫系、感染抵抗性、脳血管系疾患が夏季の気温に影響されることを示し、地球温暖化による夏季の気温上昇による関連する疾患の変動に注目する必要のあることを示している。

 デング熱媒介蚊の発生消長並びにデング熱発生は、気温、降水量と密接な関係にあり、媒介蚊の生存率についてみると、ネッタイシマカ(雌、雄)、ヒトスジシマカ(雌、雄)とも、従来報告されている生存率に比べ著しく長い生存期間が観察され、今後温暖化による分布への影響が注目される結果が得られている。

 生活温度はライフスタイルに依存するため、温暖化による影響をライフスタイルとの関連で検討した。死亡は環境温度に依存する側面があり、最適温からのずれが過剰死亡として反映していると考えられるため、死亡に対する地域環境・社会経済水準の影響を比較した。その結果、わが国の1972-1995年の65才以上の循環系疾患の死亡と日別気象条件の間には関連があり、特定の気温以上では死亡リスクが増加する温度依存性が観察された。

 

5.健康からみた温暖化への適応

 熱ストレスによる健康障害は日本やアメリカ合衆国のような先進国においても、中国やインドのような途上国においても起こっており、社会基盤や技術的対応の違いは、その被害の深刻さとして反映している。先進国は当然ながら、途上国においても暑熱による影響は主に都市部に集中する傾向がある。都市は人口密度の高さに由来する膨大な廃熱によりヒートアイランド現象が顕著で、熱ストレスを加速する要因が強く働いている。

 温暖化による動物媒介性感染症の分布や食糧生産の変化による健康へのインパクトのように、生態学的相互関係や媒介動物の生存域の変化による影響を予測することは、より複雑な要因解析が必要とされる。表に示すように、動物媒介性感染症は、媒介動物と感染病原体の気候依存性によって分布が左右される。気候要因に加え、媒介動物防除のための環境衛生対策や治療施設の完備状況により、現実の世界における動物媒介性感染症の根絶域と分布域が規定されている。

 図4に示すように、地球温暖化による広範な影響を予防するため、都市や生活空間の緑化、上水道の完備、水処理、運動や行動適応の教育、屋内外環境の整備等によるリスクの低減化と緩和策が重要と考えられる。またリスクの高い集団である高齢者人口の世界的な急増に対応して、暑熱による健康被害の緩和策も公衆衛生的側面と生理生化学的側面から検討される必要がある。温暖化による気候の不安定化と熱ストレスの増強が避けられないため、健康影響の予測と生理的および社会的適応を、今後の研究の中心に備えていく必要がある。気候変化に影響される疾患に対する社会教育と予防対策、発生時の救急医療体制の充実等は、リスクの低減化と重篤化の防止の上からも今後の検討課題である。

 

 

 

3 地球温暖化による健康への直接的インパクトと間接的インパクト

 

 

 

 

4 温暖化への適応と緩和策による健康リスクの低減化