課題名

F―6 アジアオセアニア地域における生物多様性の減少解決のための世界分類学イニシアティブに関する研究

課題代表者名

志村純子(独立行政法人国立環境研究所環境研究基盤技術ラボラトリー)

研究期間

平成14−16年度

合計予算額

192,894千円(うち16年度※63,999千円)

「※上記の予算額には、間接経費14,770千円を含む 

研究体制

(1)GTI地域プログラムの基本プロジェクト開発における分類学的側面に関する研究

  インドネシア・タイにおける植物の分類学的研究(京都大学大学院理学研究科)

 ◆インドネシア・タイにおける海産無脊椎動物の分類学的研究(京都大学フィールド研究教育センター)

  インドネシア・タイにおける沿岸性動物の分類学的研究
                        (文部科学省独立行政法人国立科学博物館)

 ぁインドネシア・タイにおける微細藻類の分類学的研究(環境省独立行政法人国立環境研究所

 ァインドネシア・タイにおける菌類の分類学的研究(経済産業省独立行政法人製品評価基盤機構)

 Αインドネシア・タイにおける微細藻類生息環境に関する研究
                        (環境省独立行政法人国立環境研究所)


(2)
GTI地域プログラム実施における生物多様性情報共有化と利用に関する研究

  地域協働による生物多様性データベースシステム構築に関する研究
                        (環境省独立行政法人国立環境研究所)

 ◆生物多様性分布解析のための情報学的研究(筑波大学電子情報工学系)

  生物多様性情報の持続的構築に関する研究

 ぁ分類学データベース利用手法の開発に関する研究




研究概要

1.序(研究背景等)

 生物多様性のモニタリングとアセスメントの基盤となる分類学のキャパシティ構築が緊急の課
題であるとし、生物多様性条約締約国会議は世界分類学イニシアティブ(以下GTI)の作業計画
実施を決議した。これを受けてGTIパイロットプロジェクトとして地域レベルに拡大可能な分
類学キャパシティ構築方法の調査・研究が必要である。アジアオセアニア地域の生物多様性モニ
タリングには生物種の分類・同定に必要な分類学の知識継承、タイプ標本情報へのアクセスが不
足していることが言われているが、本研究では、その現状を調査し、問題点を明らかとした上で、
適切な優先順位と国際合意にもとついたGTIの実施方法を検討するものである。アジア地域
は、研究キャパシティの不足から地球規模で生物多様性保全を検討する場合に必要な情報、すな
わち、正確に同定された生息生物種とその観測地点の地理情報が欧米に比べて圧倒的に不足して
いる。このことは科学的根拠に基づいた政策決定をアジア地域の国々で困難としているだけでな
く、国際的な生物多様性保全の政策決定に情報が不足していることにほかならない。また、太平
洋島嶼地域においては研究キャパシティの不足だけでなく、離島の環境に固有の生物種が侵入種
の影響を受け始めていることから、早急にべ一スラインとなる生物種のインベントリを必要とし
ている。さらに、アジア地域で採用されている分類体系は、必ずしも欧米の分類学研究者の採用
する分類体系と一致していないため、地球規模で生物種の情報を統合的に解析が困難である。こ
れらの問題解決は一部の地域だけでは困難であるため、地球規模生物多様性情報機構(GBIF)
およびその参加機関となっている研究ネットワークとも連携した分類学技術移転ならびにデー
タ構築を実施し、国際標準となっている手法と手順にもとづいて、本研究で明らかとなった生物
種の観測情報を公開することとした。本研究により、タイ・インドネシアの生物種モニタリング
の基盤が強化されただけでなく、地域に必要な分類学情報の一部が世界のどこからでもアクセス
可能となった。地域の研究ネットワーク、EASIANET(東アジア)およびPBIF(EA
SIANETを含むアジアオセアニア地域を網羅する生物多様性情報ネットワーク)の活動が開
始された。また、本研究でとりまとめたGTI地域ワークショップの結果を2005年のGTI
作業計画見直しに反映させるよう、第7回生物多様性条約締約国会議決議にもりこむことができ
た。

2.研究目的

 アジアオセアニア地域の豊かで固有種を多く含む生物多様性保全のためには、生息生物種の観測
に分類学のキャパシティが必要である。生物多様性条約横断的課題である世界分類学イニシアテ
ィブの適切な実施は、地域協働で生物種の分類・同定の技術をこの地域に構築し、政策決定に必
要な生物多様性の生息情報を収集し活用する基盤を構築するプログラムである。そこで、タイ・
インドネシアのモデル観測地において、わが国および現地の研究者が協働してこの地域に適した
世界分類学イニシアティブのプロジェクトを実施するための方途を明らかとし、アジアオセアニ
ア地域に拡大可能な分類学キャパシティ構築の手法と、政策決定に必要とされる生物種情報構築
ならびにアジア地域における分類学の知識継承に必要な情報共有の仕組みを明らかとすること
を目的とする。分類・同定に関する技術移転ならびに電子媒体による分類学知識の構築を実施す
る分類学チームとインターネット上で情報共有を実施するための問題解決をはかる情報学チー
ムにより実施し、両チームは共同で途上国研究機関と連携しながら、地球環境のスケールで生物
多様性情報を統合していく複数の研究・情報ネットワークとの協力をはかり、国際協調性のある
プロジェクトの実施方法を検討する。また、本研究をとおしてタイ・インドネシア観測地点にお
ける生物多様性の実態を調査し、現地の生物種インベントリ構築に寄与する。

3.研究の内容・成果

 (1)GTI地域プログラムの基本プロジェクト開発における分類学的側面に関する研究

 .ぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける植物の分類学的研究(京都大学大学院理学研究科)

14年度はインドネシア・タイ両国における調査研究を行い、本研究のモデル地域としてインドネ
シアのロンボク島を選んだ。15年度は、2回にわたるロンボク島におけるフィールドワークの結
果、合計492番までの番号を付した植物標本を採集し同定した。採集した標本は98科269属337種
に達した。本研究によって同定された種のうち、196属(72%)、293種(87%)は、ロンボク島から初
めての記録である。また、GTIワークショップヘタイ王国研究者を招聘し、地域研究に関する情
報交換を行った。16年度は、前年に引き続き、それまでの成果をデータベースへ格納し、ロンボ
ク島における多様性情報として拡大させる一方、(17年)2月にロンボク島におけるフィールド
ワークを実施した。その結果、トウダイグサ科の新種を含む600点の標本を採集した。これらの
標本は現在まだ同定中であるが、前年までの植物標本との重複を考慮しても、全研究期間を通し
て約800種の記録が可能になった。また、GTIワークプログラムの主旨に即して、地域分類学振興
のため、フィールドガイドブックとして「Flowers of Lombok Islands, Indonesia」の発刊を目
指して準備を進めた。

 ▲ぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける海産無脊椎動物の分類学的研究

インドネシアとタイにおける海産無脊椎動物の分類学的研究を行うために、タイについてはリボ
ン島において2002年度に行った現地調査で得られた試料の解析を現地の研究者と共同で実施し
た。2002、2003年度はプーケット海洋生物学センター(Phuket Marine Biological Center:PMBC)、
2004年度はカセサート大学との間でMOUを取り交わし、共同研究を実施した。特に現地に今回の
現地調査を通して採集された大量の海産無脊椎動物試料を分別分類し、それぞれを適切に処理し
て研究材料に供するための前処理行程が完全に行えるスタッフ10名養成できたことによって、
現地に於ける分類学的研究実施の基礎を築くことができた。これらのスタッフの作成した生物試
料は669,978個体、プレパラート標本は10,742個体である。
また、現地研究者5名(内1名は2回)を日本に招へいし、線形動物、環形動物、軟体動物と節
足動物について、分類学的研究を実践した。線形動物については、すべての種の記載について、
京都大学が所蔵する文献を電子化し、タイへ移転した。そのファイルサイズは、5.88GBに達する。
これらの文献情報を元に現地研究者と協同して、線形動物の分類学的研究を行い、予備的なデー
タベースを作成した。また環形動物については、プーケット海洋生物学センター所蔵標本を元に、
さらに和歌山県田辺湾においても近縁種の採集を実施し、分類学的研究を推進した。また軟体動
物についてはタイ国産二枚貝綱(軟体動物)の分類学的再検討を実施し、フネガイ目を中心に
PMBC所蔵の361標本について再同定を実施し、データベース化を行った。また全26種を取
り扱ったフィールドガイドの原稿も完成した。さらに、タイ国内に保存されている軟体動物標本
について調査を行い、7機関に保存されている軟体動物の原生および化石種の標本コレクション
の保存状態と管理状況について明らかにした。この結果はタイの軟体動物に関する分類学的研究
を行う際にきわめて有用な情報となる。海藻類については、標本整備と画像データベース構築へ
むけてタイ・ハジャイのプリンスオブソンクラ大学理学部生物学科と共同で海藻類画像データベ
ースの構築と整備を開始した。これらの活動の結果、GTIワークプログラムを踏まえた本研究計
画によるタイにおける地域分類学研究の推進の着実な第1歩が踏み出すことができた。またイン
ドネシア科学院(LIPI)との協議の結果、現地に新たな共同研究拠点が開設できる見通しとなっ
た。

 インドネシア・タイにおける沿岸性動物の分類学的研究

研究の内容・成果
 インドネシアとタイの沿岸性動物の標本を収集し、データベース化した。特に沿岸域の藻場と
マングローブの標本を多数採集し、研究の堅固な土台を構築することができた。インドネシアに
おいてはLIPIの研究施設や博物館、タイにおいてはプーケット海洋研究所と協力関係を発展させ
た。
 インドネシアのロンボク島とスラウェシ島の浅海性魚類のWEB版フィールドガイドを作成する
とともに書籍として出版した。また、タイのプーケット南方に位置するリボン島の浅海性魚類に
ついても同様のフィールドガイドを作成した。これらのフィールドガイドは英語(インドネシア
の魚類については英語とインドネシア語)で書かれているので現地研究者や環境保全関係者に大
いに役立つ。
 また、浅海性魚類やエビ類の分類学的形質として重要な計数形質のデータベースを4,000種以
上の魚類と約170種のエビ類について作成した。浅海性動物に関するこのような同定ツールは世
界で初めてのものであり、分類学研究や環境保全活動に極めて重要な役割を果たすことは確実で
ある。これらの研究成果はつくば市で平成15年10月に開催されたGTI・GBIF連携生物多様性情報
に関する国際会議において発表した。

 ぅぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける微細藻類の分類学的研究

微細藻類は基礎生産者として、また、有用資源として重要な生物であるにも係らず、微細なため
に多様性研究の遅れている生物群である。タイとインドネシアをアジアオセアニア地域における
モデルケースとして、微細藻類の分類学情報が資源国の多様性研究者に利用できるような仕組み
を作るため、共同研究体制構築のための包括的覚書の締結、タイとインドネシアにおける微細藻
類分類学に関するニーズ調査、特にタイのインベントリーにないグループに焦点を当てた現地調
査およびそれらの分類学的研究を行った。その結果、8門11綱に及ぶタイ新産の微細藻類を見出
し、タイ微細藻類インベントリーの更新に貢献した。同時にこれらの藻類の一部について資源国
の研究者が参照しにくい原記載論文の収集を行った。本研究で収集された培養株、同定の基礎と
なる写真、塩基配列などの分類情報は、今後フィールドガイドなどの作成に利用することが可能
であり、現地研究者の微細藻類多様性モニタリングに活用されることが期待される。また、現地
調査やトレーニングコースの開催などによって分類技術の移転をはかった。

 ゥぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける菌類の分類学的研究

インドネシアLIPIの研究者と国際共同研究を行うことにより、インドネシアにおける菌類分類学
振興、人材育成、分類情報の共有システムの構築をめざして研究を行った。「インドネシアにお
けるマングローブ及びその周辺域に生息する菌類の分類学的研究」をテーマに、現地カウンター
パートとともに、菌類の採集を、インドネシア、ジャワ島Nusa Kambangan(2003年2月)、同島Muara
Angke(2004年1月)において行い、さらにHerbarium Bogoriense, LIPI(Bogor)の実験室において
共同で菌類の分離を行った。得られた分離培養株440株をインドネシア、日本双方で保存すると
もに、それらを用いて同定、分類学的研究を共同で行った。菌類の同定、分類のための培養、観
察手法などの技術移転を考慮し、2004年7月にインドネシアからカウンターパート2名を日本に
招へいした。研究によって同定された菌類のリストは、同定ガイドブック"A Guide book to
Identification of Fungi Inhabiting Mangroves and Surrounding Area in Indonesia"として
まとめた。2005年2月には、Research Centre of Biology, LIPI(Bogor)において、プロジェク
トの成果報告を兼ねて、マングローブ域生息菌類の分類及び生態に関する講義と研究法に関する
実技講習を含むワークショップ、"GTI Training Workshop on Diversity of Fungi Inhabiting
Mangroves and Surrounding Area in Indonesia"を開催した。

 Εぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける微細藻類の生息環境に関する研究

生息環境の劣化が多くの生物の多様性減少を引き起こしている。本研究では、人間活動による劣
化の顕著な沿岸域に位置するマングローブ林の底生微細の中で、これまでにほとんど報告のない
"珪藻以外の種"に焦点を当て、サンプリング、細胞計数、出現種の観察にいたる方法論を確立
し、その方法を用いて種の出現頻度と環境要因の比較研究を行った。タイ南西部ラノンマングロ
ーブ林において、塩分濃度、日照などの環境の異なる6地点26サンプルを採集し、集積培養後に
底生藻類の組成を調べた。その結果、69種類を上回る属/種が検出された。底生藻類の種組成、
細胞数、および多様性指数はマイクロバビタットごとに異なり、一定の傾向が示されなかったが、
これはマングローブ林に生息する藻類が、特に塩分濃度などストレスが多い生態系において生き
残る手段を発達させているためであると考えられた。また、本研究において非常に多数の"珪藻
以外の種"が検出されたことから、本研究で用いられた方法論は、底生藻類の多様性調査に有効
な手段であることが示された。

 (2)GTI地域プログラム実施における生物多様性情報共有化と利用に関する研究

 |楼莇働による生物多様性データベースシステム構築に関する研究(環境省独立行政法人国
立環境研究所)

世界分類学イニシアティブ(GTI)は生物多様性の迅速で正確なモニタリングに必要な、分類・
同定のキャパシティを向上し、保全研究の基盤となる技術と知識を先進国ならびに発展途上国の
研究者が共同研究とおして推進する生物多様性条約のプログラムである。このプログラムに必要
な分類学の手法と分類学情報の基盤を構築するために、地域協働でアジアオセアニア地域におけ
る分類学キャパシティ調査を行い、調査結果に基づいて地域作業計画を起草するための国際ワー
クショップをアジア地域で最初に開催した(平成14年度)。地域作業計画にもとづきその進捗
を調査し(平成15年度)、さらに、本格的なプロジェクトに拡大するための第2回地域ワーク
ショップにアジアオセアニア地域の研究者が参集し、拡大地域プロジェクト設計と代表機関・研
究者を選定した(平成16年度)。国立環境研究所に、アジアオセアニア地域GTIのためのW
WWサーバを設置し、アジアに拠点をもつ分類学研究者のディレクトリ、アジア地域の博物館標
本情報データベース、および情報共有のためのGBIFデータプロバイダーを構築した。これら
の情報資源を地域規模の網羅性をもったデータベースに拡張するため、必要となる遠隔地研究者
からのデータ提供フローを明らかとし、既存の地域ネットワークであるEASIANETと連携
し、タイ産菌類のデータベースを公開した。ワークショップの結果から、アジアオセアニア地域
の途上国・先進国のどちらにおいても、インターネットを介した標本情報へのアクセス、および
原記載論文へのアクセスが困難であることが明らかとなったため、地域に適した電子フィールド
ガイドを作成するための基盤となる情報源として、希少な文献を含む原記載論文の研究者間での
共有を実現する手法を開発し、国立環境研究所のサーバ上にファイル共有システムを構築した。
地域固有の分類学概念に沿った情報検索システムを構築するため、細菌ならびに日本の植物誌に`
関する情報を参照するためのデータベースを構築し、その利用者インターフェースを開発した。

 ∪己多様性分布解析のための情報学的研究(筑波大学電子情報工学系)

 本研究の目標は、多様な生物種の標本やライブカルチャのバウチャ情報の電子データを対象と
し、生物多様性分布解析を容易に行うために必要となる情報学的な技術開発とした。
 初年度である平成14年度は、関連する分野の研究者から生物多様性情報のデータ化に関する聞
き取り調査を行い、標本やライブカルチャを管理する側が容易に情報提供できるような枠組みお
よび発信された情報の柔軟に活用する枠組みの実現を目指し、データ交換のフォーマットとして
XMLを用いることとし、外部で提供される変換サービスや変換スクリプトなどを柔軟に取り込み
ながら処理を進めることができる言語の作成と処理系の試作を行った。
 平成15年度は世界規模のデータ交換の現状の取組みについて調査を行った。その結果、GBIF
でも採用されているDiGIRプロトコルを採用することにし、そのためのシステムの実装を行い、
試験的な運用を通して、運用に際しての問題点に関する調査研究を行った。また、前年度の聞き
取り調査結果に基づきデータ提供サーバの運用コストを低くするために、パーソナルコンピュー
タで一般的に使われている表計算ソフトの形式で入力されたデータを集中管理しているサーバ
に投入するためのツール、および、公開されたデータの検索用インタフェースを容易にカスタマ
イズできるツールの設計および開発を行った。さらに、生物多様性情報の利用方法の詳細につい
ての聞き取り調査を行った。また、その結果の一部として、生物多様性情報から抽出できる生物
分類体系の相違点を判別する仕組みについて研究を行い、その試作システムを作成した。
 平成16年度は前年度の聞き取り調査の結果を踏まえ、世界規模でデータを収集しその結果から
分布図を作成するためのシステムアーキテクチャの設計を行った。まずは、日本地域をテストケ
ースとして取り上げ、ネットワーク上のデータから採取国が日本であるデータを収集し、そのデ
ータの記載状況を調査した。実際には緯度経度情報の記載がなく、採取地名の記載しかないデー
タが多数存在することがわかり、そられの記述の精度も曖昧であることがわかった。その結果を
踏まえ、記載精度の異なるデータを同じ分布図内で表現する方法について試作を行った。

4.考察

 (1)GTI地域プログラムの基本プロジェクト開発における分類学的側面に関する研究
 .ぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける植物の分類学的研究(京都大学大学院理学研究科)

 ロンボク島は車で1日2日で1周できる小さな島であるが、島の北部には3700メートルを超え
る火山があり、海岸にはマングローブ林が広がるなど、起伏に富んだ地形と生物にとっての多様
な生息環境が包含している。本研究による3年間(モデル地域を選択するために1年を要したた
めに実質的に2年間)で、これまでほとんど知られていなかった植物相を相当程度に明らかにす
ることができたと思われる。しかし、植物相のリストを完成にはまだ遠い段階にある。もっと精
度を上げるために、地域分類学に真に貢献するためには、インベントリー研究が今後も引き続い
て行われる必要がある。

 ▲ぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける海産無脊椎動物の分類学的研究(京都大学フィールド研究教育
センター)
現地調査を通してタイにおける海産無脊椎動物の分類学研究現状を把握した結果、この国の分類
学的研究の社会的ニーズが極めて高いこと、また分類学研究を推進するための人材育成が急務で
あることが明らかになった。また特に協力関係の構築が非常に重要であり、MOUを取り交わした
こと、タイの若手研究者と共同で調査に当たり、記載、比較等の指導を行い、文献の収集を支援
したことなどは、タイにおける若手研究者との長期的な研究協力を行い、安定した後継者の育成
に寄与することにつながる。特に試料の採集と調査を共同で実施し技術移転することに成功した
ことは、特にこの国の将来の研究者の養成に貢献すると考える。しかし、このプロジェクトでは
継続的にスタッフを雇用できないため、残念ながら平成16年度はPMBCでMOUが取り交わせなく
なってしまった。このような日本側の事情でせっかくの努力が無駄になった事例を教訓に、今後
の国際協力のあり方を真剣に検討していく必要があるだろう。
 軟体動物に関して作成したフィールドガイドと標本の管理情報は、現地の分類学研究者や水産
関係者、環境保全関係者がこの類のサンプルを自力で分類同定するために大いに役立つ標準的な
文献となることだろう。
本研究によって、今後の研究協力と分類学の持続的な研究の発展を支援する基礎を築くことに十
分寄与することができたと考える。またこのような活動の成果をメディアを通していくつか社会
に公表することもできた。

 インドネシア・タイにおける沿岸性動物の分類学的研究(文部科学省独立行政法人国立科学博
物館)

タイのリボン島においてビーチセインやトラップを使用して浅海性魚類を多数採集できたが、イ
ンドネシアでは普通に見られるベラ科魚類のカマスベラやギマ科魚類が採集されなかったこと
等、インドネシアとの違いが見られた。タイやインドネシア研究者の熱心な協力が得られたが、
協同作業においては、役割分担を明確にし、貢献度に応じて出版物や成果物に参画研究者の氏名
を表示する等、研究上の取り決めを明確にすることに留意した。発展途上国の研究者の力量を発
展させるためには、このような合意形成と自助努力の促進が必要となる。また、この作業を通じ
て生物多様性情報を格納したデータベースの重要性が改めて認識された。
 電子同定ツールについては、魚類の計数形質を利用して4,000種以上を対象にできる段階まで
到達した。また、エビ類についてはクルマエビ類に焦点を絞り、標本調査によって約170種の計数
形質データベースを作成して、魚類と同様に同定ツールを作成した。このツールは分類学専門家
でなくても使える点が特色であり、生物多様性研究や環境保全研究にとって大いに役立つことは
確実である。エビ類については同定ツール作成を行ったが、魚類と比較すると利用できる出版物
が少ないため、標本調査に時間がかかり、収録種数を魚類ほど多くできないという問題点があっ
た。今後の課題としては、同定精度を上げるために、画像を同定ツールに付け加えることである。

 ぅぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける微細藻類の分類学的研究

タイおよびインドネシアにおける微細藻類分類学ニーズの調査の結果、多くの分類群がインベン
トリーから欠如していることがわかった。これらの分類群に着目して分類学的研究を進めた結
果、いくつかの新種が見出され、また、分子系統解析の結果、熱帯地域固有の種が存在すること
が示唆され、熱帯域における多様性研究の重要性が示された。微細藻類の分類学は、現在でも分
子系統解析や電子顕微鏡を用いた微細構造解析により分類学的改訂が盛んに行われているのが
現状である。資源国の微細藻類多様性について、そのような現状を踏まえ、正確な科学的情報を
蓄積するためには、本研究で構築された共同研究体制を、地道に、また発展的に継続していく必
要がある。

 ゥぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける菌類の分類学的研究(経済産業省独立行政法人製品評価基盤機構)

プロジェクト開始当初は、共同研究を行うにあたってインドネシア側と共同研究契約(包括的覚
え書き(MOU)、研究計画(PA))、さらに菌株の国外への持ち出しに関わる同意書など、生物
多様性条約に関わる種々の契約締結に労力と時間を要した。分類学研究という基礎的な研究にお
いても、生物多様性条約がこのような国際共同研究の障害になることを実感したが、今後このよ
うな事例を積み重ねることによって、共同研究開始までの手続きのスキームが確立され、研究が
容易に進められるようになることを期待したい。また、プロジェクトの成果としてまとめた同定
ガイドブックには、菌種リストのほかに各々の菌種の特徴を記載した部分と研究法を解説した部
分を含み、今後インドネシアにおけるこの分野の研究の手引きとなること、及び菌類のインベン
トリーの基礎資料のひとつとなることが期待される。また、分離株の中には、未記載種と考えら
分を含み、今後インドネシアにおけるこの分野の研究の手引きとなること、及び菌類のインベン
トリーの基礎資料のひとつとなることが期待される。また、分離株の中には、未記載種と考えら
れる菌類もいくつか含まれており、現在も継続して分類学的研究を行っており、今後の分類学上
の貢献が期待される。また、ボゴールにおいて開催した3日間のワークショップには、約60名が
講義を聴講し、12名が実技講習に参加した。このような活動が、インドネシアにおける菌類研究
のキャパシティビルディングに寄与することを期待する。

 Εぅ鵐疋優轡◆Ε織い砲ける微細藻類の生息環境に関する研究

本研究では、現在最も脆弱だと考えられている東南アジア地域のマングローブ林の底生微細藻類
相を調べるための方法論を確立した。特に、これまでマングローブ林を始めとする沿岸干潟の生
態系では、優占種とはいえ、ほとんど全てが珪藻の知見であった。しかし、多様性モニタリング
では、食物網で重要な働きをする混合栄養を行うグループなど、他の微細藻類の存在もできるだ
け多くの種の存在を知る必要があろう。底生微細藻類は均一な分布をしないために、既報で用い
られている表層コドラートやコアサンプルでは優占する珪藻類しか見出されない場合が多い。本
研究で確立した方法は"珪藻以外の種"を検出するのに有効と考えられた。環境要因との一定の
関連は検出できなかったが、環境要因との関係を調査する方法論が整ったといえる。

 (2)GTI地域プログラム実施における生物多様性情報共有化と利用に関する研究
 |楼莇働による生物多様性データベースシステム構築に関する研究(環境省独立行政法人国
立環境研究所)

 地域規模で実施した分類学ニーズ・キャパシティ調査の結果は、従来実施されていた観測サイ
トごとの調査から地球環境における生物多様性の実態把握へと現在の環境に適した研究スケー
ルを構築するために、具体的な問題点を提示した。本研究をとおして、国際協働体制で克服する
ための研究基盤としてインターネット上での情報共有の有用性は、すでに公開されているWeb
サーバコンテンツだけでなく、潜在的に、先進国・途上国ともアクセス困難な希少文献の電子化、
統合されることによって地球環境研究に発展可能な研究成果の活用が重要であることが明らか
となった。本研究は限られた期間における情報活用と、生物多様性情報共有化に必要な要素とな
るデータベース構築が実現したが、地域の侵入種や絶滅危惧種の動態をデータベースを用いた計
算科学的手法による解析へすすめるためには、より一層のデータ空白域を埋める必要がある。既
存のチェックリスト・観測情報の統合は本研究で試作またはGBIF等との連携で活用したツー
ル類を用いることによって、比較的容易に実施可能であるし、今後新たな調査計画が行われる際
には、原生動物や微生物などの観測情報が極めて少ないが環境指標・炭素循環・環境補修に重要
な役割を果たす生物群の観測をすすめ、確実に情報共有の仕組みにデータが流通するよう取り組
むべきであろう。

 ∪己多様性分布解析のための情報学的研究(筑波大学電子情報工学系)

本研究を通して、データベースを分散管理することにより、小さい組織単位で提供できるデー
タの精度の制御や情報の修正頻度を高めることができる反面、各組織毎にサーバの維持運用を行
う必要があり、情報科学の研究者が不在の生物系の研究機関に運営リスクと対応コストが必要に
なることが明確となった。それらを考慮すると、国家レベルでの実装において、データ提供サー
バの管理単位を細かく分離することにより総コストが高ってしまう。現状では、ある程度の単位
で集中的に管理する方式がコストの面から考えて実現可能性が高いといえる。その際に問題点と
なる更新頻度の高める方法としては、データ提供者自身が遠隔地よりデータをサーバに投入でき
る仕組みを用意することで解決できると考えられる。また、アメリカ、欧州中心のデータフォー
マットでは、非アルファベット言語の支援がなく、それらを英語に翻訳できないなどの問題点も
ある。したがって、非アルファベット言語をそのまま提供できる枠組みをアジア・オセアニア地
域から提案する必要性がある。分布図の利用を想定し、研究開発してきたが、実際の科学研究の
データとして使える分布図を作成するには、もとのデータに記載している情報だけでは不十分で
あり、また推論するためには、相当数の背景知識を投入しなければならない。

 生物多様性情報の持続的構築に関する研究

 生物多様性情報の構築は、これまで標本データの収集・同定・目録作成・所蔵品管理といった
非電子的な整備が中心に行われてきたが、近年、生態系への関心の高まりやインターネットの普
及により、生物学の専門家ではない一般の利用者への生物多様性情報の公開が国際的に進められ
ており、電子化・データベース化を効率的かつ持続的に行う必要がある。このような背景の認識
に基づき、電子化・データベース化における問題点を調査したところ、主にデータベース化の際
のデータ入力にかかる人的コストと、データベース化を行うことによりどのような利益があるの
か不明確であるという2点が主要な問題点であることが分かった。そこで本研究では、(1)電子
化・データベース化による活用方法の提示、(2)電子化・データベース化における技術的な問題の
軽減の2つを情報工学の手法を用いることで実現することを目的とした。(1)は生物多様性情報の
構築を進める原動力を増し、(2)は西部多様性情報の構築にかかる障害を低くすることによりコス
トを軽減する。これにより、電子化・データベース化を推進し、持続的な構築を目指す。
 平成14年度には、GTIワークショップなどでヒアリング調査を行った結果、生物種の分布図
が生物学専門家にとって価値があり、これまで作成が困難であったことを確認した。その上で標
本ラベルに記載されている採集地の文字列情報を自動的に経緯度に変換するジオコーディング
(位置参照)技術を用い、標本データベースから生物種の分布図を自動的に作成し可視化するシ
ステムを開発した(上記(1)に対応)。図1に参画研究者の松浦より提供された淡水魚類の分布を
検索・閲覧する試作システムを示す。
 平成15年度には、14年度に開発したシステムでは対応できなかった英語(ローマ字)表記
の地名を扱うジオコーディング技術を開発した。図2に参画研究者の戸部より提供された植物標
本データベースから作成したアネモネの分布図を示す。英語表記では記載者によって語順や表記
がまちまちであり(たとえば「つくば市」を「Tsukuba-shi」「Tsukuba city」「City Tsukuba」)、
高い精度での変換が難しい。また、英語表記の地名辞書も存在しない。そこで、日本語の地名辞
書を変換して55万件の英語地名辞書を作成し、語順や表記の変化に強いアルゴリズムを用いる
ことで、約7割の変換精度を得た。しかし全自動で処理をするには十分な精度とは言えないため、
対話的に候補を示し、選択できる入力システムを合わせて開発した(上記(2)に対応)。

  な類学データベース利用手法の開発に関する研究

 異なる学名記述間を表現するNomuncuratorスキーマをRDBによって実装するための手法と、そ
れらをXML・SOAPによって公開するインターフェイスおよび、異なる学名記述間表現手法を検
討し、標本データベース、学名データベース、Geographicデータベース等の連携に応用できるか
どうかについて、データ交換手法の技術的検証をおこなった。同時に国際的なXMLを用いたデー
タ交換における標準について調査し、北米の博物館を中心に標準的なデータ交換手法として定着
しつつあるDiGIRプロトコルに基づくデータベースの利用形態の実装についても調査検討をおこ
ない、GTIの学名および標本情報の整合性ある検索手法について基礎となる学名データベースイ
ンターフェースの基本設計をおこなった。


5.研究者略歴

課題代表者:志村純子
        1956年生まれ、東京大学大学院医学系研究科卒業、理化学研究所研究員、同先任
        研究員、現在 国立環境研究所環境研究基盤技術ラボラトリー主任研究員

主要参画研究者
(1) Ц揺堯’
    1948生まれ、東北大学理学部卒業、千葉大学助手、京都大学総合人間学部教授、現在、
    京都大学大学院理学研究科教授
  ◆白山 義久
    1955生まれ、東京大学理学部卒業、東京大学海洋研究所助手、助教授、京都大学大学
    院理学研究科教授、現在、京都大学フィールド科学教育研究センター教授
  :松浦啓一
    1948年生まれ、東京水産大学卒業、水産学博士、現在、独立行政法人国立科学博物館
    動物第2研究室長
  ぁС洌翳験
    1951年生まれ、日本女子大学大学院家政学研究科修士課程修了、現在、独立行政法人
    国立環境研究所生物圏環境領域系統・多様性研究室長
  ァ中桐 昭
    1957生まれ、筑波大学博士課程生物科学研究科修了、(財)発酵研究所主席研究員、
    現在、(独)製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門遺伝
    資源保存課研究職員
  ΑMary-Helene Noel
    l968年生まれ、パリ第7大学大学院博士課程修了、現在、独立行政法人国立環境研究
    所生物圏
    環境領域系統・多様性研究室EFフェロー

(2) (課題代表とおなじ)
  ◆Ш監A
    1967年生まれ、筑波大学大学院工学研究科課程修了退学、博士(工学)、現在、筑波
    大学学術情報処理センター講師
  :相良毅
    1969生まれ、東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、同博士課程中退、博士(工
    学)、現在東京大学生産技術研究所附属戦略情報融合国際研究センター助手
  ぁЬ野哲
    1960年生まれ、生産管理、制御系システムエンジニアを経て、1989年株式会社ランス
を設立。同社取締役社長

6.成果発表状況

Kimoto, Y., N. Utami and H. Tobe. Embryology of Eusideroxylon (Cryptocaryeae,
  Lauraceae), and character evolution in the family. Bot. J. Linn. Soc. (2005 in press).
Chang, C. Y., Kubota, S. And Shirayama, Y.: New marine gastrotrichs of the family
  Thaumastodermatidae (Gastrotricha: Macrodasyida) from Shirahama, Japan. Proceedings
  of the Biological Society of Washington, 115(4): 769-781. (2002)
白山 義久:海には何種類の生き物がいるの?「海の生き物100不思議」東京大学海洋研究所
  編、pp.196-197(2003)
白山 義久:海洋生態系と生物多様性の保全。遺伝、57巻2号、35-40(2003)
白山 義久:海洋生物のセンサス。遺伝、57巻2号、95(2003)
白山 義久:海洋・干潟の線虫。「線虫の生物学」石橋 信義編、東大出版会、東京、pp.75-83
O'Dor, R. et al.: The Unknown Ocean, Baseline Report of Census of Marine Life,
  Consortium for Oceanographic Research and Education, Washington D.C., 33 pp. (2003)
O'Dor, R. et al.: The Unknown Ocean, Research Plan of Census of Marine Life,
  Consortium for Oceanographic Research and Education, Washington D.C., 48 pp. (2003)
志村純子:生物多様性保全のための情報基盤。遺伝、59巻3号47-52(2004)
H. Imamura and K. Matsuura: Species Diversity, 8, 27-33 (2003) "Record of a sandperch,
Parapercis xanthozona (Actinopterygii: Pinguipedidae), from Japan, with comments on
its synonymy"
K. Matsuura and T. Yoshino: Rec. Aust. Mus., 56(2): 189-194 (2004) " A new triggerfish
of the genus Abalistes (Tetraodontiformes: Balistidae) from the western Pacific"
K. Iguchi, , K. Matsuura, K. M. McNyset, T. Peterson, R. Scachetti-Pereira, K. A.
Powers, D. A. Vieglais, E. O. Wiley, and T. Yodo: Trans. Amer. Fish. Soc., 133: 843-852
(2004) "Predicting invasions of North American basses in Japan using native range data
and a genetic algorithm"
相良 毅、松浦啓一、佐藤 聡、志村純子:日本データベース学会Letters、1,1,39-42(2002)
「曖昧な地名照合手法を用いた生物種標本の地図ブラウザ構築」
Sagara, T., Matsuura, K., Shimura, J., Research Report from the National Institute for
Environmental Studies, 175, 281-286(2003), "A Web-based Biodiversity GIS Using a
Robust Geocoding Algorithm."
Sagara, T., Matsuura, K., Shimura, J. GlScience2002, Boulder/USA(2002), "A Web-based
Biodiversity GIS Using a Robust Geocoding Algorithm"
Sagara, T., 1st International Workshop on Agrobiodiversity, Pilot Conservation Project
and Taxonomy Gap, Hanoi/Vietnum(2003), "A prototype specimen database using GIS"
(Invited)
Sagara, T., 1st Annual GBIF Science Symposium, Copenhagen/Denmark(2003),
"Cleaning and adding value to inaccurate geographical descriptions on specimen labels"
(Invited)