課題名

B−8 有機エアロゾルの地域規模・地球規模の気候影響に関する研究

課題代表者名

畠山史郎(独立行政法人国立環境研究所大気圏環境研究領域大気反応研究室)

研究期間

平成14−16年度

合計予算額

130,858千円(うち16年度 42,234千円)

研究体制

(1)有機エアロゾルの輸送と放射強制力に関する研究

 ‘逎▲献◆歸貽逎▲献△離┘▲蹈哨詬∩・分布に関するモデル研究
    ・有機エアロゾルの輸送に関する研究(独立行政法人国立環境研究所)
    ・化学輸送モデルによる有機エアロゾルに関する研究(豊橋技術科学大学)

 ⇒機エアロゾルの放射強制力に関する研究
    ・有機エアロゾルの放射強制力に関する研究(独立行政法人産業技術総合研究所)
    ・多環芳香族炭化水素類の組成変化からみた長距離輸送の影響(東京農工大学)

 バイオマス燃焼に伴う一酸化炭素の輸送と分布の解析に関する研究
    ・沖縄における反応性気体の輸送に関する研究(独立行政法人国立環境研究所)      

(2)有機エアロゾルのキャラクタリゼーションに関する研究

 .┘▲蹈哨襪硫蹴愿性状の観測に関する研究(独立行政法人国立環境研究所)

 ▲薀ぅ澄爾鰺僂い織┘▲蹈哨襪龍間分布に関する研究(独立行政法人国立環境研究所)

 3萓化学種との反応による不飽和炭化水素からのエアロゾル生成機構の研究(独立行政法人国立環境研究所)
    ・活性化学種の反応に関する研究(独立行政法人産業技術総合研究所)
    ・不飽和和炭化水素の反応に関する研究(豊橋技術科学大学)

 づ譽▲献△ら輸送される有機エアロゾルの化学成分に関する研究 (独立行政法人国立環境研究所)

 

研究概要

1.序(研究背景等)

 地球温暖化研究において、「二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの発生・吸収量の評価・予測、循環メカニズムの解明」の重要性とともに、「エアロゾル、オゾン、SOxその他の物質が気候変化に及ぼす影響とその濃度の将来動向予測」の研究が、緊急に取り組むべき重要な課題のひとつとなっている。とりわけ、エアロゾルは地球・地域の気候を支配する放射収支に大きな影響を持っていることが知られているにも係わらず、温室効果ガスに比べて、その実態の解明が遅れている。それは、エアロゾルによる放射強制力はその空間分布のみならず、サイズ、形状、化学組成などに依存しており、その発生、成長、変質、移流、消滅の過程を詳細に捉えることの困難さに起因している。モデルによって温暖化の将来予測を精確に行うためには、これらエアロゾルによる放射強制力をタイプ毎に、空間分布を考慮して精確に求めなければならない。一方、アジア地域においては、近年行われたINDOEX大規模観測研究によって、南アジアから東南アジア、東アジアの広い地域において高さ3kmにも及ぶ密度の高い粒子層(Atmospheric Brown Clouds, Asia; ABC)がかかっていることが発見された。モデルの結果からは、炭素質の粒子が東南アジアから中国南部を越えて日本にまで到達していることがうかがえる。この粒子層の粒子は主に硫酸塩、硝酸塩、有機物、黒色炭素からなっており、地域規模・地球規模の気候や水循環、農業や人間の健康にも多大な影響を及ぼしている可能性のあることが指摘されているが、(1)粒子層の空間分布のスケールについては十分な情報が存在せず、粒子層とその前駆体の分布と輸送に関する質の高いデータが必要であること、(2)粒子層は温室効果ガスによる温暖化を増幅するのかそれとも緩和するのかが不明であること、(3)アジアからのエアロゾルを含む大気汚染物質が世界のオゾン濃度にどのように影響するか不明であることなど、多くの問題が残されている。特に有機エアロゾルに焦点を絞っても、構成要素の複雑さや、水溶性の有無が雲の形成能に大きな影響を及ぼすことなど、放射に対する影響も不確定要素が多い。エアロゾルによる長距離越境大気汚染は、多数の国に対し様々な環境影響を与えている可能性があるため、温暖化の問題と同様に、グローバル又は広域的な視点から研究を進め、解決の
道を探っていくことが重要である。

2.研究目的

 有機エアロゾルについては、地球温暖化の将来予測を行う上で現在必要とされる精度を満たすための情報とその信頼性が不足していること、ABCと呼ばれるアジアにかかる密度の高いヘイズが主に有機エアロゾルによって構成されており、このヘイズについては生成機構、広域空間分布と輸送過程、気候変動に与える影響など未知のことが非常に多く残されていること、の2点から考えて、ABCに含まれる有機エアロゾルを主要な研究対象として、有機エアロゾルの温暖化抑制効果を解明することにより、アジア地域を覆うヘイズについて生成機構、広域空間分布と輸送過程、気候変動に与える影響などを解明し、国際的な環境問題の解明に貢献するとともに、温暖化機構を精緻化することを目的とする。

3.研究の内容・成果

 (1)有機エアロゾルの輸送と放射強制力に関する研究
‘逎▲献-東南アジアのエアロゾル輸送・分布に関するモデル研究
 エアロゾル粒子の地球温暖化に対する影響は主として冷却、そして、ある場合には加熱という二つの側面から現れる。この二つの影響を大気中の放射収支に対する直接効果および間接効果の2つの観点から検討した。粒子サイズや化学組成などのエアゾール粒子の性質や雲マイクロ物理学および大気の動力学フィールドなどの間の複雑な関係のために、特に間接効果の正確な定量的評価が困難であり、また、そのシミュレーション結果は、大きな不確実性をともなう。本サブ課題では、アジア地域を覆うヘイズ(主に有機エアロゾルなどの含炭素エアロゾル)についての広域空間分布と輸送過程を解明することを目的として、人為、自然の種々のソースを持つエアロゾルの全球分布を予測するモデルを開発した。特に上記の不確実性を多少なりとも小さくするために、エアロゾル粒子を形成することのできる様々な化学種の間のソースーレセプター関係を明示的に記述することができるAGCTM(Aerosol Global scale Chemical Transport Model: 全球エアゾール化学輸送モデル)を開発している。このモデルを用いて、2001年2月20日〜3月31日の米国NASAによるTRACE−Pキャンペーンの際のエアゾールおよび他の化学種の輸送/化学/沈着の数値シミュレーションを行なった。AGCTMのパフォーマンスは、主として中国の様々な観測地点におけるTSP(全浮遊粒子)濃度と計算結果を比較することにより評価した。
 全球輸送計算は、2001年2月20日00Z−3月31日10Zまで行った。流れ場はECMWFの2.5°x2.5°、鉛直23層(上端10hPa)である。輸送化学種は30、化学反応(97化学反応;ラジカル種については定常状態近似を適用)、移流拡散、乾性・湿性沈着等を含む。タイムステップは輸送30分、化学反応12秒である。
 TRACE-P期間を対象にしてエアロゾル全球輸送/反応/沈着モデルのパフォーマンスを検討した結
果、定性的には、満足できる結果が得られた。


⇒機エアロゾルの放射強制力に関する研究
 小笠原父島等の島嶼および富士山頂において長期に観測を行い、人間活動の影響を受けたアジア大陸起源の大気エアロゾルの長距離輸送の状況、その光学的特性を支配する有機エアロゾルおよび黒色炭素粒子の挙動およびその発生源を解析した。父島における観測から、海洋境界層内における汚染物質の長距離輸送の特徴である間欠的輸送が捉えられ、富士山頂で観測された自由対流圏における輸送と比較して顕著な季節性を示した。父島において大陸性汚染気団中で測定されたエアロゾルの複素屈折率虚数部は、WMO WCP-55エアロゾルモデルでContinental Typeとして採用されているO.Olとの比較でやや大きい吸収性(〜0.013)が導かれた。光学式パーティクルカウンタによる長期観測結果から、大陸性汚染気団と海洋性清浄気団の典型的な粒径分布が得られた。また、広域輸送モデルにより、父島に到達したBCの濃度が高い気塊の発生源地域は、中国南部を起源とする場合が多いことが示された。父島および済州島でフィルターサンプリングされた有機エアロゾルの分析結果は、ともに冬季に多環芳香族炭化水素類が高濃度を示した。多環芳香族炭化水素類の各物質濃度の季節変化から、父島に到達した燃焼起源アロゾルには冬季の石炭燃焼等産業起源系のもの、および夏季のバイオマス燃焼系のものの寄与が示唆された。夏季のバイオマス燃焼系の有機エアロゾルは、濃度レベル自体は低いものの、滞留時間の長さから、やはり長距離輸送されたものであることがわかった。父島における海洋境界層内エアロゾルの光学特性および鉛直分布を詳細にとらえるため、冬季に短期集中観測を実施した。これより、寒冷前線通過時の散乱係数および吸収係数の急増、その際のエアロゾルの鉛直分布、測定値の湿度補正係数等、今後の放射伝達計算に必要なパラメータをほぼセットとして揃えることができた。

バイオマス燃焼に伴う一酸化炭素の輸送と分布の解析に関する研究
 バイオマス燃焼に伴う一酸化炭素の動態を把握することを目的とし以下の3項目について…拘連続観測データの解析および連続観測、▲轡戰螢⊃肯啣从劼留洞舛よび3ね梁腟い了晴叔修砲弔い童‘い靴拭F世蕕譴深腓雰覯未蓮中高緯度帯でのVOC濃度の季節変動は主にOHラジカルの反応により制御されているということ、沖縄のような中低緯度帯では夏季以外は大陸の影響が大きく汚染物質が高頻度で飛来すること。また、特に春期は低気圧の通過に伴い大陸起源の高濃度オゾンおよび一酸化炭素が周期的に輸送されることが明らかとなった。冬季における炭化水素濃度は発生源からの輸送時間で規定されていることから化学反応ではなく主に、希釈過程により濃度が決まる。沖縄で観測された中国由来の汚染物質はVOCと一酸化炭素濃度の測定結果から、中国南西部沿岸域から飛来する空気塊でも、都市型の汚染空気であり、バイオフューエルの寄与は大きくない可能性が示唆された。海洋上での生物活動による反応性の高いVOCが観測された。これらは日射の強い、低緯度帯で比較的高濃度で観測された。植生の存在しない海洋上での光化学反応において、海洋上でのVOC発生がある場合、局所的にOHラジカル濃度が低下することから、DMSの酸化過程に影響を与える可能性があることが示唆された。

 (2)有機エアロゾルのキャラクタリゼーションに関する研究
.┘▲蹈哨襪硫蹴愿性状の観測に関する研究
 地球温暖化の将来予測に欠かせないエアロゾルの変動や、南アジア東南アジア地域から輸送される有機物を中心としたエアロゾル(ABC)の輸送経路などを明らかにするため、AMS(エアロゾル質量分析計)を導入した。AMSでは飛行時間分析により粒径分布を、四重極質量分析計によりエアロゾルの化学成分を分析できる。平成14年度にはAMSを国立環境研究所で調整したあと、平成15年3月中旬から長崎県福江島においてエアロゾルの野外観測を行った。さらに平成15年10月からは沖縄辺戸岬にある国設酸性雨観測所においてエアロゾルの通年観測を開始した(図1)。

平成15年3月から5月にかけての長崎県福江島におけるエアロゾルの観測では平成15年3月25日から27日にかけてサルフェート、ナイトレート、有機エアロゾルのいずれも大きく増加した。また粒径分布はいずれのイオンに対してもほとんど同じ形をしており観測されたエアロゾルは内部混合していたものと考えられた。質量スペクトルの解析では、質量電荷比(m/z)44のシグナルが強くカルボキシル基など酸化された有機物の割合が高かった。同年5月にも高濃度の有機物が観測された。後方流跡線解析との比較により、中国から気塊が来た場合にはサルフェートの濃度が高く、韓国・日本から来た場合には有機物の濃度が高いことがわかった。東シナ海北部の日本や韓国沿岸では、春季、平均的にはサルフェートより少し有機物の濃度が高いことがわかった。
沖縄辺戸岬での観測では平成15年12月19日前後の典型的な冬型の気圧配置の場合にサルフェートの濃度が非常に高く、後方流跡線解析によると中国中北部から気塊が到達していた。その場合、サルフェートに対するアンモニウムの比が0.3程度まで下がり、サルフェートが過剰であった。平成16年3-4月にはエアロゾル、CO、水銀の総合的な観測を行った。サルフェートに対する有機物の比が小さく、エアロゾルの主成分はサルフェートであった。辺戸ではSO2の濃度は低く、輸送中に硫化物の酸化が進んだものと考えられる。有機物の質量スペクトルでもm/z=44のシグナルが強く酸化された有機物の割合が高かったと推定される。辺戸でのCO/S比は中国での比の約10倍になっており、輸送中に硫黄化合物はかなり消失していることがわかった。
 エアロゾルの化学成分の高時間分解能測定に対するAMSの有用性が明らかになり、沖縄辺戸岬における観測を継続することで、種々の方角から輸送されるエアロゾルの成分分析が可能であることが明らかになった。今後も観測と解析を継続してゆく予定である。

▲薀ぅ澄爾鰺僂い織┘▲蹈哨襪龍間分布に関する研究
 東南アジア域のバイオマス燃焼などによって生ずる有機エアロゾルの時空間分布を把握するために、インドシナ半島および日本の南西諸島におけるライダー(レーザーレーダー)観測結果を解析した。連続運転型2波長偏光ライダーにより、エアロゾルによる光の散乱強度や、粒子の非球形性の指標である偏光解消度が1時間に4回、鉛直分解能6mで連続的に取得された。タイ北部シーサムロン観測所においては、2001年10月から2005年1月まで観測が行われ、毎年10月から4月にかけての乾季に特徴的なエアロゾル層が観測された。即ち、大気境界層の高度が明瞭な日変化を示し、かつその上端高度は乾季の間に徐々に上昇してエアロゾルが上方へ輸送されていることが示された。そしてこの季節内変動には顕著な年々変動も存在する。4シーズンの乾季観測では、特に乾季初頭の光学的厚さには2倍程度の年による差が見られた。また、多波長データから有機エアロゾルに特徴的
な光学特性の波長依存性が見られた他、偏光解消度の計測によってインドシナ半島ヘインド亜大陸側から到達する砂塵を観測した。この時、有機エアロゾルと砂塵は内部混合状態にあった可能性が示された。南西諸島宮古島での観測は2002年6月以降継続して行われ、冬季にやや偏光解消度の大きい空気塊がしばしば観測された。この時期黄砂等の発生は考えられず、これらの空気塊は連鎖状のすすなど有機エアロゾルを含むものと推定される。化学天気予報モデルではこの時期東南アジアから長距離輸送された有機エアロゾルが南西諸島方面まで到達したことが示されており、日本列島上空でも東南アジア起源の有機エアロゾルの影響が無視できないことが示された。

3萓化学種との反応による不飽和炭化水素からのエアロゾル生成
 二次有機エアロゾル生成機構では、気相から不均一相への変換過程における主要な反応経路を理解することが重要である。本研究では、比較的沸点が低くエアロゾル生成に大きな寄与をしていると考えられる、不飽和炭化水素由来のアルデヒド類やカルボン酸類の生成機構に関する基礎的な理解のために、活性化学種と不飽和炭化水素の反応素過程を追跡し、その主要な生成物を定量的に評価した。実験は、レーザー光分解法により活性化学種を瞬時に生成し、反応器中で直ちに反応を開始させて生成物を観測した。生成物の観測には、光イオン化質量分析法およびレーザー誘起蛍光法を用いた。
 まずC3、C4のアルケンに対して、活性化学種として水素原子(H)、ヒドロキシラジカル(OH)、酸素原子(O)を選び、それぞれの反応性を調べた。H、OHについては付加体を生成する反応が主要と考えられ、それ以外の新たな生成物検出することは出来なかったが、Oについては、ビラジカルの付加体を形成後に2つのラジカル種が分解生成する複数の経路が存在し、特にその特徴としてビノキシ型ラジカルが生成することが知られており実際にそれを検出することが出来た。そこで、これらを定量して反応分岐比を決定した。さらに、不飽和結合を持つラジカル種の大気中での挙動を理解するために、ビノキシ型ラジカルおよびビニルラジカルと酸素分子との反応による生成物の検出・定量を試みた。前者においてはOHラジカルが検出され、活性化学種が再生される反応経路が存在することが解った。この経路の分岐率は低圧ではO。2程度であるが、高圧では分岐率が低下し、大気圧程度まで圧力を上げるとかなり小さくなる(O。05以下)ことが推定された。後者においては、これまで実験的に確認されていない新たな経路としてビノキシラジカルと酸素原子に解離する経路が観測され、その分岐率は大気圧以下の範囲では0。2程度でほぼ一定となることがわかった。
 以上のことから、不飽和炭化水素類の大気中における活性挙動として、ラジカル分岐再生が存在すること、また、その特徴としてビノキシ型ラジカルの挙動が比較的重要であることが分かった。

づ譽▲献△ら輸送される有機エアロゾルの化学成分に関する研究
 東アジア地域から日本へ輸送される有機エアロゾルの影響を明らかにするため、沖縄辺土岬において捕集したエアロゾルの有機化学組成を、フィルター捕集、分子レベル化学分析、及び後方流跡線解析を組み合わせて研究した。2004年3月6日から3月15日の間に沖縄でエアロゾルを捕集した。捕集されたエアロゾルに含まれる19種の多環芳香族炭化水素(PAH)類及び20種のモノカルボン酸(MCA)類を、それぞれ高速液体クロマトグラフ-紫外吸収法及び新たに確立された高速液体クロマトグラフ-電子スプレーイオン化質量分析法を用いて分析した。特定のPAH類の分析結果から、検出されたPAH類は、燃焼によって大気へ放出された後に長距離輸送を経て観測されたものであることが明らかになった。MCA類の炭素数に対する濃度の分布から、検出されたMCA類が海洋微生物叢及び陸生植物からの有機物に由来し、なかでも前者を主な発生源とすることが明らかになった。後方流跡線解析の結果から、観測された有機エアロゾルの発生源は東アジア地域であると予想された。春季に東アジアから沖縄に輸送された有機エアロゾル中の化学組成には、PAH類及び分子量が比較的大きなMCA類(炭素数20〜31)が含まれると考えられる。

4.考察

 南アジア/東南アジアにおいてはABCと呼ばれる密度の高いヘイズがかかっていて、農業生産にも影響を及ぼしている可能性が指摘され、UNEP(国連環境計画)が国際的な研究を開始し、我が国にも協力が求められている。本研究は、このABC研究の日本における第一歩として開始したものである。最近の研究ではエアロゾルの影響は地球温暖化に対する負の影響もさることながら、健康への影響や、日射や地域スケールの降雨などの変化による農業への影響など、地域規模の環境問題としての影響が重要視されている。しかし2001年のIPCCの報告書において有機エアロゾルの温暖化に対する負の効果が初めて公に表示されたことにより、多くの人に重要性が再認識されることとなった。
 本研究では、沖縄辺戸岬にある国設酸性雨観測所においてエアロゾルの通年観測を開始した。従来のようなフィルターサンプリングによる半日に1回程度の時間分解能ではなく、エアロゾル化学成分を10分に1回程度の高時間分解能で測定し得るAMS(エアロゾル質量分析計)を導入し観測に用いたものである。このような非汚染地域でエアロゾル化学成分を長期に、頻度高く測定したのは世界でも初めてのことであり、エアロゾル化学成分をガス成分(オゾン、NOx、SO2など)と同じ土俵の上で解析できるようになったことは、気塊の由来や輸送パターンなどを明らかにする上で画期的なことである。平成15年10月にはこの観測において頻繁に高濃度の硫酸が観測され、高濃度硫酸塩を含むエアロゾルが飛来していることがわかった。有機物と硫酸の重量濃度比を計算したところ1以下の場合が多く、また硫酸に対するアンモニアの等量濃度比を計算したところ0.5以下の期間が頻繁に見られるところから、中国本土や東シナ海北部で得られたエアロゾルの硫酸成分がアンモニアによってほぼ1:1に中和されているのに比較し、海上を長距離に輸送された後では硫酸が卓越することが示された。辺戸岬における通年観測を解析した結果、冬季は大陸起源の気塊が観測地点に飛来し、各成分の濃度が高く、夏は海洋起源の気塊が飛来してくるため、各成分の濃度は低くかった。通年観測を行い、冬季に大陸起源の汚染の影響が顕著であるという明確な季節変動パターンが明らかになった。エアロゾルの海上での雲形成への影響や、その中での有機物の効果などはまだ十分な情報が得られていない。特に東アジア〜西太平洋地域は観測の空白地帯であると言っても良い。今後この地域での観測を充実させ、エアロゾルの地域規模気候への影響をさらに明らかにしていく必要がある。
 一方、小笠原父島における多環芳香族炭化水素類の各物質濃度の季節変化から、父島に到達した燃焼起源アロゾルには冬季の石炭燃焼等産業起源系のもの、および夏季のバイオマス燃焼系のものの寄与が示唆された。夏季のバイオマス燃焼系の有機エアロゾルは、濃度レベル自体は低いものの、滞留時間の長さから、やはり長距離輸送されたものであることがわかった。父島における海洋境界層内エアロゾルの光学特性および鉛直分布を詳細にとらえるため、冬季に短期集中観測を実施した。これより、寒冷前線通過時の散乱係数および吸収係数の急増、その際のエアロゾルの鉛直分布、測定値の湿度補正係数等、今後の放射伝達計算に必要なパラメータをほぼセットとして揃えることができた。小笠原父島におけるBC濃度の経時変化は、高濃度のBCが比較的短時間(1日〜数日)現れては再び低下する状況が明確に捉えられており、寒冷前線に引き連れられたpollution frontとして大陸起源物質が次々と輸送されていることがわかる。散乱係数およびBC濃度から換算した吸収係数の両データから計算された単一散乱アルベドは夏に高く(O.98以上)、冬〜春の輸送シーズンでO.9程度に下がる状況が見えている。父島において大陸性汚染気団中で測定されたエアロゾルの複素屈折率虚数部は、WMO WCP-55エアロゾルモデルでContinental Typeとして採用されている0.Olとの比較でやや大きい吸収性(〜0.Ol3)が導かれた。
 また、タイ・シーサムロンにおける2波長偏光解消ライダーの連続データを解析し、有機エアロゾルの推定・多種エアロゾルの混合状態の検出・エアロゾル鉛直分布の季節変動/年々変動の導出等を行ったところ、有機エアロゾルに関しては、東南アジア域でのバイオマスバーニング起源と思われるプルームが乾期終盤に観測所に到達していたので、2波長データの解析を行った。その結果、可視域で吸収が大きいという仮定を置かないとミー散乱理論で観測事実を説明できないことが分かった。また、有機エアロゾルと思われる空気塊が存在する時期には北西インド方面から風送されてきたと考えられる土壌性粒子もほぼ同時期にライダーにより検出された。高度領域が一致することから、有機エアロゾル・土壌性粒子等は内部混合状態にあったことが考えられる。一方、国内の南西諸島宮古島での観測は2002年6月以降継続して行われ、冬季にやや偏光解消度の大きい空気塊がしばしば観測された。この時期黄砂等の発生は考えられず、これらの空気塊は連鎖状のすすなど有機エアロゾルを含むものと推定される。化学天気予報モデルではこの時期東南アジアから長距離輸送された有機エアロゾルが南西諸島方面まで到達したことが示されており、日本列島上空でも東南アジア起源の有機エアロゾルの影響が無視できないことが示された。
 これらの観測結果を総合的に解釈するための化学輸送モデルの高度化も行われ、2001年に行われたTRACE-P観測のデータを用いて比較を行ったが、満足できる再現性を示した。本研究により、観測とモデルのコンビネーションによる大気エアロゾル環境の解析に道筋をつけることができた。我々の研究をべ一スに、沖縄辺戸岬に大気・エアロゾル観測ステーションが建設されることになり、国内で初めての総合的エアロゾル観測ステーションが立ち上がる。今後これを核に、国内における大陸規模・地球規模の観測の連携を図り、大規模大気汚染・エアロゾル汚染の環境・気候への影響を明らかにすることができるようになるものと期待される。

5.研究者略歴

課題代表者:畠山史郎
    1951年生まれ、東京大学理学部卒業、理学博士、現在、独立行政法人国立環境研究所
     大気圏環境研究領域大気反応研究室長
     主要論文:
     A.Takami,T.Miyoshi,A.Shimono,and S.Hatakeyama:"Chemical Composition of
       Fine Aerosol Measured by AMS at Fukue Island, Japan During APEX Period",
      Atmos.Environ., in press.
     D.Jaffe,S.Hatakeyama(他6名):"Export of atmospheric mercury from Asia"  ,Atmos.
        Environ.,39,doi:10.1016/j.atmosenv.2005.01.030(2005).
     S.Hatakeyama(他6名):"Aerial measurement of air pollutants and aerosols  during
      March20-22,2001,0ver the East China Sea",J.Geophys.Res.,109,D13304,
      doi:10.1029/2003JDOO4271(2004).

主要参画研究者
(1) 畠山史郎(同上)
   ◆Х麒歡昭
   1963年生まれ、北海道大学大学院工学研究科卒業、現在、独立行政法人産業技術総
   合研究所 環境管理研究部門 主任研究員
   主要論文
   Kaneyasu,N.,(他5人):"Properties of smoke from Siberian forest fires observed at the
     Summit of Mt.Fuji,Japan"Geophys.Res.Lett.,in press,
   兼保直樹:「小笠原−西部太平洋の大気観測塔−」月刊海洋、36,107-113(2004)
   N.Kaneyasu,et al.(他3人),Aerosol properties around marine tropical cumulus  clouds,J.
   Geophys.Res.,106,14435-14445(2001)
   :畠山史郎(課題代表者に同じ)

(2) 畠山史郎(課題代表者に同じ)
   ◆Э本伸夫
   1954生まれ、大阪大学基礎工学部卒業、理学博士、現在、独立行政法人国立環境研究所
   大気圏環境研究領域遠隔計測研究室長
   主要論文:
   Shimizu, A., N. Sugimoto, (他8名):Continuous observations of Asian dust    and other
     Aerosols by polarization lidar in China and Japan during ACE-Asia,J.Geophys.Res.,109,
     D19S17, doi10.1029/2002JDOO3253(2004).
   N. Sugimoto, I.Matsui,A.Shimizu,I.Uno,K.Asai,T.Endoh,T.Nakajima,Observation of
     Dust and anthropogenic aerosol plumes in the Northwest Pacific with  a two-wavelength
     Polarization lidar on board the research vessel Mirai,Geophys.Res.Lett.29,10,
     2002GLO15112(2002).
   N.Sugimoto,Network observations of Asian dust and anthropogenic aerosols  with
     dua1-polarization Mie-scattering liars,in Laser Remote Sensing in Atmospheric  and Earth
     Sciences,edited by L.R.Bissonnette,G.Roy,and G.va11ee,Quebec,Canada,pp.269-271
     (2002).
   :椎名拡海
   1969年生まれ、東京大学工学部卒業、工学博士、現在、独立行政法人産業技術総合
   研究所爆発安全センター 研究員
   主要論文:
   H.Shiina,K.Tsuchiya,M.Oya,A.Miyoshi,H.Matsui:Reactionrates of O(3P) atom with
     fluoroethanes at 1000-1400K,Chemical Physics Letters,336,242-247,(2001).
   H.Shiina,A.Miyoshi,H.Matsui:Investigation on the Insertion Channelin the S(3P)+H2
     Reaction,J,Phys,Chem.,102,3556-3559,(1998).
   H.Shiina,M.Oya,K.Yamashita,A.Miyoshi,H.Matsui:Kinetic Studies on the Pyrolysis of
   H2S,J.Phys.Chem.,100,2136-2140,(1996).