課題名

F―3 侵入生物による生物多様性影響機構に関する研究

課題代表者名

五箇公一(独立行政法人国立環境研究所 生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクトグループ 侵入生物研究チーム)

研究期間

平成13−15年度

合計予算額

180,314千円(うち15年度 58,590千円)
※上記の予算額には、間接経費54,094千円を含む

研究体制

(1)侵入種の生物学的特性に関する研究

(独立行政法人国立環境研究所、(財)自然環境研究センター)

(2)侵入種が種多様性に及ぼす影響機構の解明に関する研究

(独立行政法人国立環境研究所、東京大学、九州大学、琉球大学、岐阜経済大学、長野県自然保護研究所)

(3)侵入鳥獣の在来種への影響と対策に関する研究

(独立行政法人森林総合研究所、北海道大学)

研究概要

1.序(研究背景等)

 生物の多様性に関する条約が1992年リオでの地球サミットにおいて締結されて以来、生物多様性の保全
は地球環境問題の国際的な重要課題としての位置づけを得た。我が国でも、1995年に生物多様性国家戦
略が策定され、多様性のある自然の保全は環境行政の重点施策の一つとされる。生物多様性を脅かす要
因として、開発による生息地の破壊、環境汚染物質による生息環境の悪化の他に、本来の生息地以外に
生物種が人為的要因により運ばれ、定着する生物学的侵入があげられる。前二者はダイレクトに生物の
死滅を招く要因であり、一般にもよく認識されているが、生物学的侵入については社会的関心は相対的
に低い。しかし、生物学的侵入は一度起こると生物問相互作用により生態系に不可逆的な変化をもたら
し、回復を非常に困難にする。これまでにも我が国ではブラックバスやアライグマ、チョウセンイタチ、
マングースといった中型ほ乳類による日本在来の生物種あるいは農作物への被害などが議論され駆除も
検討されているが、小型の昆虫や植物をも含め年々増加を続けていると考えられる侵入種の実態および
影響に関する調査研究は極めて立ち後れている。すでに2000年の生物多様性条約締約国会議(COP5)に
おいても加盟国は侵入種対策を早急に立てる必要があることが決議されており、国際自然保護連合IUCN
においても「生物学的侵入による生物多様性減少を阻止するためのガイドライン」が2000年に制定され
ており、侵入種問題に対する取り組みは国際社会に参画する国としての責務となっている。我が国も2003
年1月に環境省が中央審議会小委員会を設置し、侵入種対策のための法律案の検討を進め、2004年6月
に「外来生物法」を制定するに至っている。しかし、我が国における包括的な侵入種に関する情報ソー
スは確立されておらず、侵入種という生物の実体が十分に把握されていない。加えて侵入種による生態
影響に関する研究はこれまで侵入種が分布拡大した後の在来種の種数や個体群密度の減少といった状況
把握にとどまり、侵入プロセスや機構を生物学的に解析した例も少ない。さらに我が国ではすでにアラ
イグマやタイワンリスなど定着を果たし、その生態的、経済的被害が甚大となっている種も存在し、そ
れらの影響を除去するための具体的方策を確立することが緊急の課題となっている。

2.研究目的

 本研究ではまず、日本における侵入種に関する情報を体系的に整理したデータベースを構築すること
を目指して、主要な侵入種を選定し、それら種の情報のデータベース化にあたり、GISP(全地球的侵入
種対策計画)データベースのデータ構造を参考にして、記載項目の設定を行う。データペースに掲載す
る種を決定して、それら種の形態、分類、分布、侵入特性、在来種への影響、情報源などの情報パラメ
ータをデータ入力する際の仕様を用語の統一に留意しながら整える。データ入力を行い、最終的にイン
ターネット上で公開して情報検索が可能なデータベースの基礎を構築する。また、データベースの侵入
種対策上の有用性を高めるために、今後解決すべき問題点を検討する。
 次に、侵入種による在来種への生態影響機構を生物間相互作用の観点から明らかにする。特に代表的
な侵入種を鳥類、は虫類、魚類、昆虫類および植物から選定し、これらの侵入種が在来種に及ぼす影響
を競合・捕食・遺伝的浸食・寄生生物の持ち込みの各要因に分けて解析し、それらのデータをもとに侵
入種の生態影響の類型化を図る。即ち、特に代表的な侵入種を鳥類、は虫類、魚類、昆虫類および植物
から選定し、それら侵入種と在来種の分布を時間的・空間的に把握し、分布拡大状況を明らかにすると
同時に、侵入種と在来種間の分布規定に関わる種間相互作用(競合・環境改変)メカニズムを室内実験
および野外調査により明らかにする。また侵入種の生態的特性を解析し、分布拡大のシミュレーション
モデルを構築する。交雑実験および分子遺伝学手法を駆使して、侵入種と在来種の種間交雑リスクおよ
び影響実態を明らかにする。そして侵入種による寄生生物の持ち込み状況を検査によって明らかにし、
侵入種の持ち込んでいる寄生生物の起源や分類学的位置を明らかにし、在来種に対する感染状況を調べ
る。以上の実証データをもとに、侵入種による生態リスク評価の方向性について提言を行う。
 続いて、既に日本に侵入して分布拡大が進行し、在来種に対して重大な生態影響を及ぼしている侵入
鳥獣類について分布拡大の実態把握、定着要因、在来種への影響及び管理対策指針を得るために、1)
定着要因や個体群動態予測、2)分布拡大抑制の観点で研究を進める。重要侵入鳥獣としてアライグマ、
タイワンリスおよびチメドリ類を選定し、分布拡大の様相と環境選択、個体群動態の特性、在来生物層
への影響及び効果的な駆除事業のための管理対策指針の検討及び地域住民の意見把握を行う。すなわち,
これらの侵入鳥獣の選好する生息環境及び食物の解明と在来種に対する影響の有無の評価を行い、個体
数の爆発的増加や急激な減少に関わる特徴的な個体群動態の特性を検討する。また、分布拡大の実態把
握とその理論的な背景を明らかにすることにより、捕獲による個体数管理の数値的な基礎を作る。本種
の環境選択性を明らかにすることにより、植生管理による個体数増加の抑制手法を提示する。在来種と
の競合を防ぐために、対策を優先するべき地域を抽出する。さらに、効果的な駆除方法の検討や駆除事
業のための地域住民の情報発信・普及啓発に関する調査を実施し、今後の管理対策指針について検討す
る。

3.研究の内容・成果

(1)侵入種の生物学的特性に関する研究
 まず、既往の文献から移入種の一覧を作成し、ほ乳類26種・鳥類27種・は虫類14種・両生類3
種・魚類32種・昆虫246種・維管束植物1,336種を記録した。この中から生物多様性への影響
の大きい種を中心にデータベース化を始めた。国際的な標準データベースとして参考とするために、I
UCN(国際自然保護連合)の運用するGISP(全地球的侵入種対処計画)データベースのデータ構
造を点検したところ、各侵入種について1)生態、2)分布、3)生息適地、4)情報源、5)照会先の5項目か
らなっていることがわかった。さらに、全体的な構成として、侵入種の予防・制御に役立つ事項が重視
されていることがわかった。このデータベースは早期警戒システム(GISP Early Warning System)の一環
でもあり、その面では生息適地予測地図は重要な試みとして特に注目された。本研究で作成する侵入種
データベースもこれらの参考にすべき点を取り入れながら、侵入種名・侵入特性・生態特性・影響・文
献の項目と国内分布地図から成るデータ構造を設定した。侵入種データベースから侵入種の侵入・定着
に関する危険度を判定するために適切な基準を設けることが望ましいが、RDB(レッドデータブック)
種の判定要件を逆の状況の事例として参考にした。大きな項目としては1)個体数減少、2)生息地悪化、3)
狩猟採集圧、4)別種との交雑、がRDB種判定要件に含まれていた。これに倣えば、侵入種判定基準と
しては1)個体数増大、2)生息適地普遍性、3)捕食・利用圧、4)別種との交雑、の4点が適当であると考
えられた。このほかにも、侵入種に特徴的な項目として、貿易・交易による持ち込み頻度も重要である
と考えられた。
 以上の検討をもとに、前出の移入種一覧を参考にデータベースに掲載する種をその影響度や知名度の
大きさから選定した。ほ乳類26種・鳥類27種・は虫類22種・両生類13種・魚類32種・昆虫1
00種(種名未定)・維管束植物100種を選定した。それらの侵入種名・侵入特性・生態特性・影響・
文献と国内分布地図のデータ入力を行った。各項目の入力にあたっての仕様を整備した。最終年度まで
に、国内初の侵入種生態データベースの基礎が完成した。今後、インターネットを通じたデータベース
公開を独立行政法人国立環境研究所ホームページ(http://www.nies.go.jp/index-j.html)にて行なう。

(2)侵入種が種多様性に及ぼす影響機構に関する研究
 研究対象種は産業利用を目的として意図的に導入されている種の中から、侵入種としての世界的ステー
タスが高く、今後我が国でその生態影響の拡大が懸念される種として鳥類メジロ、ソウシチョウ、は虫
類リュウキュウヤマガメ、サキシマハブ、魚類オオクチバス、カワマス、昆虫類セイヨウオオマルハナ
バチ、外国産クワガタムシ類、植物シナダレスズメガヤを選定した。
 まずソウシチョウを材料として競合影響の評価を試みた。宮崎県えびの高原において侵入種ソウシチ
ョウと在来種の資源利用様式を調べた結果、ソウシチョウは在来種が利用していない森林下層部の下生
えの多い環境において飛翔性昆虫という資源を有効利用していると考えられ、在来鳥類群集との間に餌
資源を巡る激しい競争は示唆されなかった。次に、野生巣の除去区と対照区で在来種ウグイスの繁殖成
功率および生存率を比較した結果、除去区のほうがウグイスの繁殖成功率・生存率ともに高いことが示
され、直接的な競合が生じなくても在来種の生態ニッチェに侵入種が入り込んできた場合、天敵などを
介して在来種の適応度に影響を及ぼすことが示唆された。
 またメダカと生態ニッチェが近似するとされるカダヤシについて濃尾平野においてメダカの生息域を
奪いながら分布拡大している傾向が示され、水槽内での競合実験の結果、カダヤシはメダカに対して個
体数比に関わらず高い攻撃性を有することも示された。
 オオクチバスについてその捕食圧による在来魚個体群の多様性の低減を定量的に把握するため、愛知、
岐阜、兵庫県のため池および河川におけるブラックバスおよび餌魚種の分布を調べた結果、オオクチバ
スが採集される水域では明らかに在来魚の採集数が少なく、捕食による在来魚多様性への影響が強く示
唆された。
 侵入種と在来種の種間交雑の実態を調べるため、リュウキュウヤマガメ、サキシマハブ、カワマス、
セイヨウオオマルハナバチ、クワガタムシ類について在来種との雑種をモニタリングするための分子遺
伝マーカー(アロザイムおよびDNA)の確立を行った。この分子遺伝マーカーを用いて、カメ、ハブ、カ
ワマスおよびクワガタムシ類の野外で採集された個体の遺伝子組成を調べ、雑種化が実際に進行しつつ
あることを明らかにした。またマルハナバチおよびクワガタムシ類については侵入種と在来種の種間交
雑実験を行い、マルハナバチの場合、種間交尾(行動)および授精まで成立するが雑種卵の胚発生が生
じないことが明らかとなり、種間交雑が生殖攪乱をもたらす恐れがあることが示された。一方クワガタ
ムシについては分子遺伝解析から500万年以上前に分化して隔離されていたと考えられる侵入種と在来
種の間ですら交尾前後ともに生殖隔離が存在せず、妊性のある雑種が生じることが証明され、種間交雑
による遺伝的浸食のリスクは地理的・遺伝的距離の概念を越えて起こることが示された。
 寄生生物の持ち込みについては、まずメジロを含む輸入鳥類における血液寄生虫の感染状況を把握す
るための分子生物学的手法(PCR法)を確立し、大陸産鳥類の血液寄生虫の感染率が日本産種よりもはる
かに高いことが示され、また国内メジロの寄生虫の種類をDNA鑑定した結果、一部にマラリア属の寄生
虫が発見された。セイヨウオオマルハナバチおよび外国産クワガタムシ類については輸入商品の検査を
行うことにより寄生性ダニの持ち込みを確認した。また、輸入セイヨウオオマルハナバチから発見され
たダニについてはDNA分析により侵入ルートを追跡し、在来種個体群にも感染が始まっていることが明
らかになった。さらにDNA系統解析によりダニに感染するマルハナバチ種群がセイヨウオオマルハナバ
チに近縁であることも示した。クワガタムシの寄生ダニについては感染実験をくり返し、その病原性の
再現性を確認した。またクワガタムシと寄生性ダニの分子系統樹を比較した結果、クワガタムシと寄生
性ダニの共進化が示唆された。
 また、侵入種による環境改変の評価については鬼怒川中流域の外来牧草シナダレスズメガヤの分布拡
大にともない河原基質が砂質に改変され、河原固有植物種の生息地が圧迫されている実態を明らかにし
た。シナダレスズメガヤの生活史特性パラメータを計測し、それらのデータを基に河原における分布拡
大シミュレーションモデルの構築ができた。

(3)入鳥獣の在来種への影響と対策に関する研究
中国南部を原産地とするガビチョウのわが国における分布拡大の実態把握、定着要因、在来種への影
響及び管理対策指針を得るため,国内のガビチョウの分布,及びその拡大の様相を解明,ハビタット選
好性を解明,ガビチョウの食性,保有寄生虫等を解明,本種の個体群密度のコントロール手法の提案を
行った.その結果,本種は現在国内に4つの個体群を持ち,現在分布拡大中であることが明らかになっ
た.また,下層植生が密生した広葉樹林を好み,在来種と食性を重ねているものの,今のところ特に在
来種に対し深刻なインパクトを与えていないことが明らかになった.本種が選好する密生した下層植生
を除去することにより,その個体群密度をコントロールすることが可能であることが判明した.また,
繁殖期の早朝にソングセンサスを行うことにより,その個体群密度を簡便に測定することが可能である
ことが明らかになった.
 ヒマラヤから中国中南部に自然分布するソウシチョウでは,定着個体群(筑波山頂付近の落葉広葉樹
林)における1991年から2001年にカスミ網で捕獲標識した成鳥581羽、幼鳥591羽を対象に、年齢を
考慮したJolly-Seber Mode1によって調査期間の個体群パラメータを推定した。また2000-2002年の繁
殖期には、林内を踏査してソウシチョウの巣を発見し、巣立ちの成否を調べた。ソウシチョウと在来鳥
類との餌を巡る競合関係を明らかにするため、1997-2000年に捕獲したソウシチョウから494,ウグイス
から208の糞サンプルを採取して食性を調べた。期間中の調査地のソウシチョウ成鳥の推定個体数は平
均205.6±34.3であり、年によってばらつくものの増加傾向は見られず、侵入当初の爆発的増加期は終
わっているものと考えられる。期間中の平均生残率は成鳥0.395±0.054、幼鳥0.206±0.043であり、温
帯性の小型鳥類としては低かった。完成に至ったソウシチョウの巣は2000年には31巣、2001年には67
巣、2002年には55巣を発見した。記録された最も早い初卵日は4月26日で、最も遅い初卵日は9月10
日で雛の巣立ちは10月初めであり、ソウシチョウは約7ヶ月に及ぶ長い繁殖期を持つことが明らかにな
った。平均の一腹卵数は3.4±0.9(mean±SD)で、繁殖期の進行と共に減少した。巣立ち成功率はそれぞ
れ22.6、14.9,45.3%であり年によってかなり違いがあった。失敗のほとんどは捕食によるものであっ
た。糞分析による食性解析からは、ソウシチョウは在来種ウグイスに比べて果実に依存する割合が高い
と考えられた。また、春先の4月に膜翅目、甲虫目に依存するのは両種とも共通していたが、ウグイス
は5月以降、ソウシチョウがあまり利用しないクモ目に大きく依存した。
 台湾原産のタイワンリスでは,神奈川県において2002年現在、304km2の範囲に分布していた。移入か
ら52年間の分布拡大パターンは、指数関数的な個体数増加によって説明されることが明らかになった。
これ以上の個体数増加を防ぐためには、毎年現在の個体数の5〜10%を捕獲する必要があることが推定さ
れた。本種は、樹種が多く、上層木密度が高い環境を好んで利用する。そのため、常緑広葉樹の混交林
が最も選好される一方、下刈りや間伐が実施されていないスギ植林地や公園なども好んで利用する。市
街地内に点在する小さな緑地の植生管理は個体数を抑制するために有効である。ランドスケープレベル
の解析によると、林分面積が大きいこと、常緑広葉樹の割合が多いこと、周囲が田畑に囲まれているこ
とがその生息確率を上げる要因であることが明らかになり、生息予測モデルが作成された。これによる
と、現在まだ生息していないが、今後生息する可能性が高い区域が、神奈川県全体に広く分布すること
が予測された。特に、在来種ニホンリスが生息する神奈川県西側山塊への侵入を防ぐために、相模湾沿
岸および相模川沿い丘陵地の対策は急務であることが示唆された。
 北米原産のアライグマの野生化情報は全国で41都道府県に達し、全国で野生化が進行している。北海
道では繁殖率や一腹産子数は原産地北米よりも高く、好適な環境に定着すると爆発的な増加を示した。
侵入地域では、農業被害や住居侵入・在来エゾタヌキとの競合・ニホンザリガニやエゾサンショウウオ
等の在来種の捕食といった被害が発生している。特に北海道で同所的に生息する在来エゾタヌキとの種
間関係においては、通常エゾタヌキが占有すると考えられる人家周辺地域が侵入アライグマによって占
拠され、エゾタヌキが排除されている可能性が新しく示唆された。捕獲手法については、親子が連れ立
って行動する時期には、ワナの複数設置による多頭捕獲法が駆除対策には効果的であるものと考えられ
た。被害地域の住民意識では、アライグマの侵入が問題であるという意識は9割を超え、駆除に対して
も8〜9割の住民が賛成している。しかし,外来種としての住民の問題意識の多くは農業被害の観点が
強く、今後効果的な侵入種対策を継続するためにも、生態系への影響についてさらに普及・啓蒙の必要
がある。

4.考察


 侵入種は一度侵入して定着を果たした後で除去することは極めて困難であり、侵入生物対策は未然予
防が基本と考えられる。従ってどのような生物種が侵入種となり得るのか、また侵入種と化した場合に
どのような影響が在来生態系に及ぶと考えられるのかを事前に予測することが重要である。本研究では
まず、侵入種の情報整備を目指してデータベースの構築をサブテーマ1として推進した。本研究ではGISP
データベースの情報整備の仕方を調査し、対策を意識したデータベース構築が図られている点を参考に
した。将来的にはあらゆる侵入種を対象としたデータベースに拡大する方針であるが、構築開始にあた
り、まず重要度の高い侵入種をデータベース掲載種として決定した。これらの種についてデータ入力を
進めたが、データベースを完成させて侵入種対策に役立てるためにデータ量だけではなく、いくつかの
重要な事項の検討を行った。一つは用語法の統一である。二つ目は、対策の記載を充実させることであ
り、データベースの有用性を検証する際に鍵となると考えられた。三つ目は、公表・更新方法の確立で
ある。公表することによって、情報の集積がさらに進み、実際の侵入種対策にも役立つものとなると考
えた。
 本研究ではGISPデータベースの情報整備の仕方を調査し、対策を意識したデータベース構築が図られ
ている点を参考にした。将来的にはあらゆる侵入種を対象としたデータベースに拡大する方針であるが、
構築開始にあたり、まず重要度の高い侵入種をデータベース掲載種として決定した。これらの種につい
てデータ入力を進めたが、データベースを完成させて侵入種対策に役立てるためにデータ量だけではな
く、いくつかの重要な事項の検討を行った。一つは用語法の統一である。二つ目は、対策の記載を充実
させることであり、データベースの有用性を検証する際に鍵となると考えられた。三つ目は、公表・更
新方法の確立である。公表することによって、情報の集積がさらに進み、実際の侵入種対策にも役立つ
ものとなると考えた。四つ目は、侵入種の危険度予測のためにデータベースの中のどの項目が使えるか、
またどのような項目を充実させるべきかの検討である。これらの点についての作業・検討を行い、国内
初の電子媒体データベースを完成させた。
 侵入種に関する情報は多くの場合その時点で被害や問題を引き起こす特定の種についてのみ話題が集
中し調査研究が進むため、産み出される情報の所在が分散し、また体系立てられていない事が多い。そ
のため情報を閲覧して対策に役立てたり、対処するための知識の普及を図る作業が不均等に進みがちで、
総合的かつ円滑な進行が難しい。ひいては侵入種問題に対面している現場で専門的な知識を役立てる体
制が必ずしも十分ではないことが起こりうる。また、侵入種全般に共通する対策の要点については種々
の侵入種の例を参照することによって理解や創意工夫が進む面もあるが、そのための条件整備も遅れて
いる。本研究で作成したデータベースは侵入種について蓄積されてきた情報に広く公衆の立場から接触
しやすくすることを目指しており、今後、更なるデータの拡充と整備を進めることによって上述した侵
入種問題への理解・対策の発展に多いに資するものであると考えられる。
 次に、侵入種による在来種への生態影響機構の実証データを得るために鳥類から植物に至る様々な代
表的侵入種を対象として生態実験および調査もサブテーマ2として進めた。これらの結果からオオクチ
バスのような強力な捕食者の捕食圧だけでなく、カダヤシのメダカに対する強力な攻撃性のように生態
ニッチェが類似した侵入種と在来種の間には強い排他行動が生じることで在来種を駆逐していることが
示唆された。またソウシチョウのように直接在来種に対して競合行動を示さない場合でも天敵の攻撃率
を介して在来種の適応度に影響を及ぼす場合もあり、侵入種と在来種の生態ニッチェの重複は複雑な生
物間相互作用をもたらし、結果的に在来種の衰退を招く可能性があることが新しい知見として得られた。
 侵入種と在来種の種間交雑は本研究においても様々な生物種で確認され、今後も侵入種の慢性的な生
態影響として重点的に追跡調査が必要と考えられる。その上で分子遺伝学的手法は極めて有効であるこ
とも本研究で示された。特に、侵入種と在来種の交雑による遺伝的浸食は、在来種個体群の地域固有性
を喪失させることを意味するが、そのリスク評価を行う上でも、日本国内の在来種個体群および周辺地
域の個体群の遺伝的関係や変異の実態を明らかにしておくことは重要である。本研究では、日本列島や
アジア域における爬虫類、メジロ、マルハナバチ類、クワガタムシ類の系統解析を進め、各種の遺伝的
変異の実態を解明すると同時に、保全対象となる「進化的に意味のある集団単位Evolutionary Significant
Unit」の存在を実証した。同時に、こうした分子遺伝解析の過程で、野外における遺伝的浸食の進行も
捉えることが出来た。今後も、本研究で確立された分子遺伝解析手法によって、遺伝的浸食の拡大を追
跡していく必要がある。また、室内レベルでの交雑実験からマルハナバチのように種間交尾が生じても
交尾後生殖隔離によって繁殖攪乱をもたらす場合もあるという、交雑に関わる新しい生態リスクの概念
が見つかったことも注目すべきことである。この場合精子レベルでの影響評価が必要となり本研究では
すでに女王バチの貯精嚢(昆虫がオスから受け取った精子を貯蔵しておく体内器官)内の精子DNA分析
の検討を始めている。またクワガタムシ類でDNA系統解析と種間交雑実験の結果を照らし合わせた結果、
種間の地理的・系統的距離と生殖隔離機構の進化は決してパラレルな関係にはないことが示され、進化
生態学的および生物地理学的にも極めて興味深い現象が侵入種という切り口から発見されつつある。同
時に実際的な侵入種の交雑リスクを評価する上での推測困難な不確実性も実証された。侵入種という生
物学的要因のリスク評価手法の開発に際してはこの不確実性を大いに考慮する必要がある。
 以上の競合や交雑の問題に加えて侵入種の生態リスクで最も深刻なものは寄生生物の持ち込みであ
る。このことは最近話題の人間という動物の移動にともなう新型肺炎ウィルスの感染拡大の例からも明
らかである。本研究においても輸入商品個体より容易に寄生生物が検出された。生きた生物を輸入する
ということはその生物の生息していた生態系の一部を切り出して持ち込むことを意味し、そこには共進
化の枠を越えた侵入寄生生物の持ち込みというリスクが付随する。特に本研究の分子系統解析からも、
宿主-寄生生物の密接な共進化関係が実証されており、生物移送が地域個体群の固有性を攪乱するだけで
なく、この宿主-寄生生物間の共進化関係も攪乱することを示唆した。長年の進化プロセスで築かれた共
生関係の攪乱が生物多様性に及ぼす影響は、基礎データが十分に蓄積されていない現状では予測困難で
ある。侵入種の生態リスク管理の一貫として、随伴侵入してくる寄生生物の検疫システムの検討が急が
れる。
 そして、シナダレスズメガヤの例から在来種個体群を回復させるためには侵入種の除去に加えて改変
された環境の修復も必要となり、大きな労力を要するであろうことが示された。将来的にはこうした環
境復元コストを試算することにより侵入種の経済被害を定量化することも検討課題となる。
 以上、本研究では、従来の侵入生物による在来生物の減少という現象面的解析の枠を越え、侵入種-在
来種間の生物間相互作用を様々な角度から捉え、実証データを得ることに成功し、侵入種リスク評価の
方向性を提示することが出来た。
 一方、すでに日本に定着してその分布を広げ、深刻な生態影響をもたらしている侵入鳥獣類について
は早急な駆除対策が望まれ、本研究ではアライグマ、タイワンリス、チメドリ類を対象としてその対策
研究をサブテーマ3として推進した。
 低山を中心に現在も分布を拡大中のガビチョウでは,その分布は積雪に制限されている可能性が高い.
本種は今後も東日本以南の少積雪地帯を中心に分布を広げていくことが予想される.現在は,本種が在
来鳥類に対して深刻な影響を与えている証拠は得られなかったが,これは,環境破壊等の他の影響が,
より大きく在来鳥類の個体群に影響しているためと考えられる.今後本種が分布を拡大する中で,在来
種にインパクトを与えていく可能性がある.本種の個体群密度を抑制する方法として,下層植生の除去
が効果的であることがわかったが,この方法は同時に在来種の密度にも大きく影響すると考えられる.
本種をコントロールするための方法として,より効率的な方法を開発していく必要がある.
 個体群動態と繁殖生態分析から,ソウシチョウ個体群の維持は比較的低い生残率を高いリクルートで
補っていることが明らかになった。ソウシチョウの個々の巣の成功率はさほど高くないものの、長い繁
殖期間を利用して繰り返し再営巣が可能であるとすると、ペアあたりの成功率はかなり改善されること
が予測された。一腹卵数がさほど多くないソウシチョウが急速に個体数を増加させることができた要因
の一つは、この長い繁殖期であると考えられる。営巣成功率には年ごとのばらつきが大きかったが、今
後捕食者の増加などで低下していくことがあれば、ソウシチョウの個体数が減少に転じることも考えら
れる。ソウシチョウと在来種ウグイスの競合関係をみると、ソウシチョウが果実を好み、ウグイスがク
モを好むなどの違いがあることが明らかになったが、果実が利用できず、両種とも膜翅目と甲虫目に依
存する春先には食物を巡る競争が起こる可能性も考えられた。
 タイワンリスの分布拡大パターン分析から、外来哺乳類の移入初期にしばしば見られる急激な分布拡
大を示した。神奈川県全体でみれば、指数関数的な増加パターンを示していたが、詳細にみれば、多様
な環境が含まれているため、個体数増加のパターンは地域ごとに違いがあることは予想される。したが
って、環境ごとに異なる対策を講じることが有効である。大きな面積の林分、とくに常緑広葉樹など好
適な植生が多い林分は、個体数増加のソースとなっている可能性が高く、そうした場所での捕獲対策は
効果があるだろう。一方、市街地に残された小さな孤立林分は、個体数増加のソースというよりも、分
布拡大の足場としての意味が重要である。小さな林分では、下刈り、間伐による植生管理が有効であろ
う。上記の対策を県全体で体系的に行っていく必要がある。特に在来種への影響を考慮するならば、神
奈川県西側への分布拡大を阻止するための対策を急ぐ必要がある。
 すでにアライグマは全国各地に侵入し、その生息環境も森林・農地から市街地まで幅広い。人間の生
活圏では農業被害や住居侵入などの被害をもたらす他に、在来の生態系に対しては在来種との競合や捕
食といった問題を引き起こしている。食性は雑食性であり、オポチュニスティックに手に入れやすいも
のを入手するという戦略をとるため、既知の在来種への影響だけではなく、今後どのような在来種に影
響を及ぼすか、継続して注意が必要である。在来エゾタヌキとの競合という側面も明らかとなったが、
こうした捕食・競合によって生物多様性に与える影響は大きく、早急な駆除対策の確立が望まれる。北
海道では捕獲個体から収集した年齢・繁殖率・産子数などのデータから個体群動態を予測して駆除プロ
グラムを作成したが、今後はこのプログラムを円滑に遂行するための社会的基盤づくりが重要であり、
そのためにも具体的にモデル地域を設定し、駆除成功例を示すことが必要と考える。
 以上のように,本研究の結果,侵入鳥獣の分布拡大の要因や個体群動態の特徴が解明されたことによ
り、今後の分布変化や動態予測が可能になる。また、これらの結果にもとづいた分布拡大予測や個体数
予測手法が確立されたことによって、分布抑制の管理対策の優先される地域の抽出が可能となり,また
効率的な駆除方法の確立に寄与する。さらに、侵入生物問題の地域住民の意識調査は、円滑で効果的な
管理対策を進めるための合意形成方法や情報内容及び情報提供方法の確立に寄与する。
 在来鳥類との生息環境を避けながら定着した侵入鳥類の地域個体群の侵入定着プロセスや個体群の維
持機構をみると,今後も同様の環壕に侵入定着する可能性を示唆している.現段階では在来種に与える
影響は小さいようにみえるが,分布拡大や個体数増加が進んでいることから,今後も様々な観点から他
の在来種や生態系への悪影響を監視しつつ,初期段階での根絶方法を検討する必要がある.一方,生態
系に甚大な影響力を与える侵入生物の具体的管理対策としては生態系からの排除,根絶のための戦略が
求められる.しかし,わが国ではこのような管理対策指針は確立されておらず,わが国では侵入鳥獣の
根絶が達成された例は少なく,ましてや広域に分布拡大しつつある食肉性哺乳類や地域的に分布拡大し
つつある樹上性哺乳類の根絶例はない.本研究から得られた定着要因,在来種への影響,管理対策,合
意形成や情報交換法などのデータおよび方法論は,管理対策指針を確立するうえで必要な要素であり,
本研究は管理対策指針の確立に大いに寄与する成果を得た.
 以上、本研究では侵入種の情報整備から具体的駆除策にいたる様々なレベルでの侵入種生態影響に関
わる実証研究を推進してきた。このような侵入種に関する体系的研究は世界的にも例がなく、本研究で
得られた新しい知見と具体的事例データの蓄積は、今後の日本国内および国際レベルでの侵入種対策研
究の発展に大いに資するものである。


5.研究者略歴


課題代表者:五箇公一
       1965年生まれ、京都大学農学部卒業、農学博士、現在生物多様性の減少機構の解明と保全プ
       ロジェクトグループ侵入生物研究チーム総合研究官
       主要論文:Goka,K.,H.Kojima and K.Okabe:Global Environmental Research,8,(in press)
              (2004)
              "Biological invasion caused by commercialization of stag beetles in Japan."
              K.Goka,K.Okabe,M.Yoneda and S.Niwa:Molecular Ecology,10,2095-
              2099(2001)
              "Bumblebee commercialization will cause worldwide migration of parasitic
              mites."
              五箇公一、岡部貴美子、丹羽里美、米田昌浩:日本応用動物昆虫学会誌、44、47-
              50(2000)
               「輸入されたセイヨウオオマルハナバチのコロニーより検出された内部寄生性ダ
              ニとその感染状況」

サブテーマ代表者
(1):高村健二
   1953生まれ、京都大学理学部卒業、環境省国立環境研究所地球環境研究グループ野生生物保全研
   究チーム総合研究官、現在、環境省独立行政法人国立環境研究所生物多様性の減少機構の解明と
   保全プロジェクトグループ生物個体群研究チーム総合研究官
   主要論文:K.Takamura:Behav.Ecol.,10,498-503(2001)
         "Wing length and asymmetry of male Tokunagayusurika akamusi chironomid males
         performing alternative mating tactics."
         K.Takamura:J.Trop.Eco1.,17,541-548(2001)
         "Effects of termite exclusion on decay of heavy and light hardwood in a tropical
         rain forest of Peninsular Malaysia." 
         K.Takamura:Pedobiologia,43,289-296(1999)
         "Effects of termite exclusion on decay of a high-density wood in tropical rain
         forests of Peninsular Malaysia."

(2):五箇公一(同上)

(3):山田文雄
   1953年生れ,九州大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士、現在 独立行政法人・森林総
   合研究所・野生動物研究領域・鳥獣生態研究室室長
   主要論文:K.Sugimura,S.Sato,F.Yanada,S.Abe,H.Hirakawa and Y.Handa:the Amami
         and Tokuno Islands,Japan.Oryx,34:198-206(2000)
         "Distribution and abundance of the Amami rabbit Pentalagusu furnessi"
         F.Yamada:The Eradication of invasive Species.Veitch,C.R.and Cloout,M.N.
         Eds,IUCN,299-302(2002)
         "lmpacts and control of introduced small Indian mongoose on Amami Island,Japan.
         Turning The Tide"
         F.Yamada,M.Takaki and H.Suzuki:Genes Genetics and Systematics,77:107-
         116(2002)
         "Molecurlar phylogeny of Japanese Leporidae,the Amami rabbit Pentalagus furnessi,
         the Japanese hare Lepus brachyurus,and the mountain hare Lepus timidus,inferred
         from mitochondrial DNA sequences"