課題名

H-1 アジアにおける環境をめぐる人々の消費者行動とその変容に関する国際比較研究

課題代表者名

青柳みどり(独立行政法人国立環境研究所社会環境システム領域環境経済研究室)

研究期間

平成12−14年度

合計予算額

48,923千円(うち14年度 12,871千円)

研究体制

アジアにおける環境をめぐる人々の消費者行動とその変容に関する国際比較研究

(独立行政法人国立環境研究所、国立公衆衛生院、
(株)住友生命総合研究所、(株)ニッセイ基礎研究所)

研究概要

1.序

  地球環境問題特に気候変動問題の解決のためには、様々な主体における積極的な取り組みが必要不可欠である。本課題は、政府以外の主な主体である、企業と市民・消費者を取り上げて、その取り組みについて調査分析をするものである。

 

図−1 課題の概要

 

  本課題の全体概要を図−1に示す。図−1において横軸は時間軸、縦軸は経済発展レベルを表す。背景には、急激に変化するアジア発展途上国のライフスタイルの現状と、同時に急激に増大する消費の現状がある。また日本においては、急激に変化する企業の環境対策、および同時に急激に変化する消費者と企業の関係がある。環境を巡る状況でいえば、経済が急激に発展する途上の状況での環境配慮をいかに組み込むかという議論と、経済がある程度成長して生活の質の向上がある程度達成した場合、    社会のガバナンスのあり方から環境対策を考えていこうという二つのレベルの議論である。

  消費者の行動を様々な形でプロモートしている企業にとって消費者とはどのような位置づけにあるのか、を明らかにすることによって、構築しようとする循環型社会のガバナンスのあり方を探ろうとするものである。もう一つは、アジア発展途上国の視点である。本プロジェクトでは、中国を取り上げるが、中国においては開放経済の効果もあり一般消費者の消費意欲は非常に大きい。しかし、その実態についてはなかなか把握し切れていない。中国における分析では、現在、急激な経済発展段階にある国の中でも特に発展が著しい地域において、人々は環境に対してどのような認識・態度を持っているのか、住民・消費者としてどのような環境関連の行動をとっているのか、について背景となる経済力、社会的な地位、教育などのデモグラフィックな変数や政府の広報宣伝活動や環境配慮のための社会システムとの関連で分析する。さらに、それらの背景にある、環境観、価値観などについても、国際比較調査GOESのデータとの比較分析を通じて明らかにすることを目的としている。

 

2.研究目的および内容の概説

  本課題の研究目的は、世界的に大きく問題となる地球環境問題の各主体からのアプローチの中でも、特に市民・消費者と企業、及びその相互作用に焦点をあて、各主体の環境問題についての考え方(価値観や信念)、態度、行動を国際比較調査を実施することにより明らかにし、さらに主体相互の関連について分析を加味することによって、持続可能な社会の構築を目指すものである。この持続可能な社会の一つのあり方が、パートナーシップ社会であり、そのために必要な要素は、十分で有効な環境コミュニケーションである。そこで、先進国(日本)を中心として、環境コミュニケーションにかかる調査分析、途上国においては一般市民・消費者にかかる調査分析を実施した。

  中国における分析では、現在、急激な経済発展段階にある国の特に発展が著しい地域において、人々は環境に対してどのような認識・態度を持っているのか、住民・消費者としてどのような環境関連の行動をとっているのか、について背景となる経済力、社会的な地位、教育などのデモグラフィックな変数や政府の広報宣伝活動や環境配慮のための社会システムとの関連で分析する。さらに、それらの背景にある、環境観、価値観などについても、国際比較調査GOESのデータとの比較分析を通じて明らかにすることを目的としている。

  また、経済成長が一段落し、環境保全に関する施策がかなり進展してきた先進国では、市民・消費者が環境対策を進める上での一つの主体として積極的な行動をすることが求められている。その手段として、企業・行政・市民のパートナーシップが言われている。本課題では、特にその中でもメインとなるトピックとして、環境コミュニケーションを取り上げる。平成12年度には日本企業、平成13年度にはドイツ企業に対しての環境コミュニケーション調査を実施し、日独の比較分析を行った。一方、平成12年度には中国湖北省消費者調査、平成13年度には江蘇省消費者調査、平成14年度には日本の市民・消費者調査を実施し、一方では中国の市民・消費者との比較、もう一方では日独企業とのコミュニケーションについての比較分析を行った。

 

3.本研究により得られた成果

 1)中国における消費者調査

 本課題では、はじめての環境に関する中国国外で利用可能な統計的なデータ解析の可能な世論調査を湖北省、江蘇省において実施した。中国国家環境局が中国全土を対象にして1997年にはじめて実施した中国一般市民の環境意識調査についでのものである。不運なことに、この全土についての調査はサンプルレベルでのデータの入手は不可能である。

 解析結果をまとめると以下のようである。経済成長より環境保全優先の考え方は若い、管理職・専門職層を中心に定着しつつある。また、情報源も関係し、新聞を主な情報源としている層がやはり環境保全優先の傾向にある。しかしながら、環境問題に対して深刻と認識しているか、世帯の年収のレベルはどの位か、という変数は有意ではなかった。

 従来、先進国において有効である、と批判されていた、エコロジカル・モダニゼーションの根本的な考え方が、中国のような途上国においても適用可能性が高いことは、これからの環境保全と経済成長のとらえ方が世界的に先進国・途上国の隔てなく共通認識になっていく可能性が高いことを示唆する。つまり、環境保全か経済成長かという二者択一のものではない。むしろ、経済活動の中に環境保全を効果的に組み込んでいく考え方である。というよりも、むしろ、環境保全は経済発展の基礎である、という認識である。

 調査に当たっては、先行する調査分析の結果をみて、環境保全と経済成長の二者択一の選択肢方式での調査を実施した。そのような結果を持ってしても、今回の分析で、従来言われていたような、地域の環境悪化状況や、また個人の経済状況は、この二者択一の問題には有意な要因ではないことが判明した。これは、個人を取り巻く社会経済的な状況による判断というよりも、情報源となるマスメディアや政府広報がどのようなコンテクストの情報を発信しているか、に大きく依存していることを示している。今回も新聞や雑誌という媒体が有意な変数になったことがそれを物語っている。一方、危険率がやや高いながらも、工員・作業員が職業のなかで管理職・専門職とともに環境保全を選択する傾向にあることがわかった。工場や作業の現場での環境配慮が進みつつある証左であろう。

 2)日本と中国の消費者調査比較

 国内における最重要問題の中での「環境問題」の位置づけを、97年調査と比較すると、97年調査では33%2位)であったが今回は3%9位)と、大幅に低下している。また、中国での調査と比較すると、「環境問題」は、湖北省で第5位(7%)、江蘇省で第3位(10%)と上位に位置づけられるのに対し、今回調査のわが国は第9位(3%)と、相対的な位置づけが低くなった。

 世界における最重要問題の中での「環境問題」の位置づけを、97年調査と比較すると、97年調査では43.9%と第1位であったが、今回は第2位(10.4%)と、低下がみられる。また、中国での調査では、「環境問題」の順位は江蘇省では第1位に、湖北省でも第2位にあがっており、順位では、今回のわが国調査とかわらない。

 97年調査及び中国調査と比較すると、今回、「環境問題」は国内では景気低迷の影響を受け、また世界全体で見ると、テロなどの影響を受け、その重要性は相対的に低くなっている。

 また、個別の環境問題についてみると、最も危険としてあげられた項目は、男性と女性で若干相違が見られる。「地球温暖化」については、男性は21.2%と最上位になっているが、女性は15.7%と第4位である。反対に、「農業での化学肥料や殺虫剤」は、女性では19.3%2位であるが、男性では14.4%で第5位である。

 97年の調査と比較した場合の大きな違いは、「地球温暖化」である。97年には、最も危険と2番目に危険をあわせて、わずか9.6%でしかなかったものが、今回は34.3%と、第3位となっている。2000年及び2001年の中国の調査では、「大気の汚染」「水の汚染」を危険と感じる割合が高く、「地球温暖化」を危険と感じる割合が低いという傾向が出ているが、この点は1997年の日本の傾向に類似している。

 個別の項目についてみると、中国と日本で大きな傾向の差がみられるのは、科学技術に対する態度である。中国では「現代の技術は環境問題をうまく解決してくれるだろう」を支持する回答が68割を占めており、技術への期待がわが国より明らかに強い。また、中国では、「私だけでは環境問題の解決に大したことはできない」を支持しない層は、湖北省、江蘇省とも非農村戸籍に多く、農村戸籍では少なかったが、わが国は中国の非農村戸籍と農村戸籍の中間のレベルとなっている。

 企業の環境コミュニケーション研究とも関連するが、日本の消費者の一つの特徴は、情報源としての企業に対する信頼性の低さである。「地球環境問題に関する情報や知識」「どのような行動が環境をよくすることに結びつくのかについての情報や知識」「どのような製品やサービス、どのような企業が環境によいのかの情報や知識」のいずれについても、「テレビ、新聞、雑誌などのジャーナリスト・評論家」が最も信頼できる情報源だと感じられている(それぞれ、29%33.4%38.6%)。

 次いで、信頼されている割合が高いのは、「地球環境問題」と「環境改善に結びつく行動」に関しては、「環境保護団体」である(それぞれ、17.1%17.7%)。一方、「環境によい製品、サービス、企業」に関しては、「消費者団体・市民団体・生協など」が2番目にきている(19.4%)。企業に関しては、「どのような製品やサービス、どのような企業が環境によいのかの情報や知識」といった企業が直接関連する事柄に関しても、情報源としては4%の回答者しか信頼できるとしていない。

 3)日独企業の環境コミュニケーション調査と企業に対する消費者の信頼について

 1990年以降のエコロジカル・モダニゼーションの現象を比較的容易に観察できるのが、日本とドイツであろう。ドイツは1990年代はじめに「循環経済法」を制定し、環境問題と経済成長の調和を宣言した。日本においても、1990年以降の施策のあちこちに片鱗がみられる。本課題では、特に両国において環境先進企業と呼ばれる企業を調査対象として日本においては郵送で、ドイツにおいては電話インタビューで調査を実施したものである。

 企業の社会的責任、持続可能な社会の形成という概念がでてきた段階で、企業活動を考える上でのステイクホルダーの範囲は広がったと考えられる。本課題では、ステイクホルダーを従来のような狭義の株主、投資家、取引先、従業員などだけではなく、消費者・地域社会、一般市民などと広く定義し、これに基づいて環境コミュニケーションを「企業とステイクホルダーが環境保全という視点で、誰でも参加できる形で情報や意見のやり取りをする相互作用」と定義した。特に日本の環境政策において地域社会は、公害防止協定などの締結に重要な役割を果たして来たという歴史があり、一方、ドイツにおいては多くの環境保護団体は既に企業の社外取締役として企業活動に助言を与える役割を果たすなど、本課題における定義は現実世界でのステイクホルダーの範囲に適合しているとも言える状況である。

 その結果、ドイツ企業と日本企業での環境対策についての位置づけの差、また、企業を取り巻く周辺状況の差が明らかになった。日本企業にとっての環境コミュニケーションは、ステイクホルダーとの相互理解であり、売り上げには直接結びついていない。しかし、ドイツ企業にとっては、経営戦略に生かし、売り上げに結びつく経営戦略上の重要な柱であるといえるであろう。その結果として、1/4ほどの回答企業が売り上げ増を認識している結果になっていると解釈できるかもしれない。

 また、同時に、本課題では、消費者行動と企業活動の相互作用という観点から、消費者の企業活動に対する信頼についての統計的な分析を行った。企業の環境活動に対する消費者の回答結果を用いて、不信係数を定義し、それに対する要因を情報源、社会的有効性感覚、消費者行動、政府の役割、企業の役割、消費者の役割、市民の役割、といった観点から関連をみた結果、政府、企業、市民、また市民団体、環境団体がそれぞれの行動を通じて環境配慮した社会の構築が可能である、と考えるほど、企業の環境配慮表明に対する不信係数は低い結果となった。また企業の役割に限定すると、企業の自主的な環境配慮で企業が変わると考え、また、企業の発行する環境報告書などを情報源としている回答者ほど、不信係数は低い結果となった。

 企業は、今まで以上に自主的に環境配慮をするように努力し、また環境報告書を消費者に対して積極的に開示していくことが、自らの信頼を獲得する方法の一つになろう。また、消費者教育の観点からみると、企業の自主的な取り組みを積極的に評価し、環境報告書などを積極的に紹介していくこと、消費者パワーの有効性を訴えることが、また有効であろう、と考えられる。企業に期待している消費者は、企業の発信する情報を気にかけているのである。

 

5.研究者略歴

課題代表者:青柳みどり

1963年生まれ、京都大学農学部卒業、農学博士、

現在独立行政法人国立環境研究所社会環境システム領域環境経済研究室主任研究員、

主要論文:

Midori Aoyagi-Usui, Henk Vinken, Atsuko Kuribayashi (2003): Pro-environmental Attitudes and Behaviors: Human Ecology Review, Vol. 10, No. 1

James Nickum, Midori Aoyagi-Usui, Takashi Otsuka: Environmental Consciousness in Southeast and East Asia: Comparative Studies of Public Perceptions of Environmenta1 Problems in Hong Kong (CHINA), Japan, Thailand, and Vietnam, (2002)

 『東南アジア研究』411

Peter Ester, Henk Vinken, Solange Simoes and Midori Aoyagi-Usui (Eds.)(2003)

 Culture and Sustainability: A Cross-National Study of Cultural Diversity and Environmental Priorities among Mass Publics and Decision Makers, The University of Amsterdam Press, 2003(このうち、2, 5, 10, 14章執筆)

 

主要参画研究者

(1):青柳みどり(同上)

 

(2) Э径縞飮

1948生まれ、国際基督教大学教養学部卒、経済企画庁参事官、審議官、現在、(株)住友生命総合研究所取締役生活部長主席研究員

主要論文:新村保子「第6章「実りある社会」を追い求めて」天野正子、新村保子、須賀由紀子、松田義幸 著「愛したくなる「家族と暮らし」」(2003PHP研究所

◆Х林敦子

1958生まれ、津田塾大学理学研究科博士前期課程修了、(株)ニッセイ基礎研究所主任研究員

主要論文:栗林敦子・青柳みどり (2000): 環境問題を通じてみた企業への信頼−消費者の情報行動との関連分析、広報研究、4, 51-62